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ぼくらの恋は、きっと(たぶん)両想い。  作者: くたくた
《生徒会長×庶民編》
8/10

第三章:お前は私のものだと宣言してやろうか?

 日曜の午後。俺はなぜか、駅前のショッピングモールにいた。


 そして隣には、私服姿の葛城会長——いや、葛城さんがいる。


 “会長”と呼ぶのが当たり前だったのに、今日ばかりは、なぜかそれがしっくりこなかった。


 白のブラウスにグレーのロングカーディガン、黒のパンツという落ち着いた装い。

 制服とは違う雰囲気に、彼女の気品はより際立って見えた。


「神谷。遅い。庶民にしては健闘しているが、集合時間は守れ」


「駅の時計でピッタリでしたけど……」


「私は五分前集合を是とする。庶民の感覚に合わせてはならん」


 そんなやりとりも、もう慣れた。


 今日の目的は生徒会で使う備品の買い出し。だが、どこか遠足のような緊張感があったのは、俺だけじゃないはずだ。


 ---

 

 まず向かったのは文具店だった。


「このファイルとこのインデックスラベル。あと、帳簿用紙。神谷、リストに従って選べ」


「わ、はいはい……あ、こっちの方が安いですけど?」


「価格ではなく、品質と信頼性が重要だ。庶民感覚は度外視せよ」


 ぶつぶつ言いつつも、結局は彼女の指定通りにカゴを満たしていく。


 制服姿しか知らなかった彼女が、街の空気に自然と馴染んで見えたのが不思議だった。

 すれ違う人が思わず振り返るのも、無理はない。俺も何度目かの視線をそっと送っていた。


「……なんだ、神谷。黙って見て」


「いや、私服、似合ってますねって思って」


「当然だ。私が選んだのだからな」


 少しだけ目を逸らす仕草に、意外なほど人間らしさが見えた気がした。


 ---


 買い物の合間、近くのカフェで休憩を取ることになった。

 並んで座ったカウンター席には、静かな音楽と甘い香りが漂っていた。


 俺はミルクティーを、彼女はホットコーヒーを選んだ。


「……神谷」


「なんですか」


「貴様は、今日私といることを、どう感じている?」


「え? いや、そりゃ……緊張してるし、疲れるし……」


 でも、と俺は続けた。


「でも……嫌じゃないです」


 その一言に、彼女のまつげがピクリと揺れた。


「それは、私の“庶民代表”としての義務感からではなく?」


「……違います」


 言った瞬間、自分でも驚いた。

 正直、会長と一緒にいるときの俺は、いつもよりちゃんとした“自分”でいられる気がしていた。

 いいところを見せたいとか、怒られたくないとか、そんな単純な理由だけじゃなくて——


 彼女に、認められたいと思っていた。


 ---


 帰り道。会長は、俺の隣をいつもより半歩近く歩いていた。


 街灯の下、彼女の黒髪が風に揺れ、横顔がほんのりと橙色に染まる。


「神谷」


「……はい」


「今の私は、“命令”でなく、“意思”でここにいる」


 その言葉は、どこか告白にも似ていた。けれど、それ以上踏み込むことはなかった。


「……俺も、そうです」


「何?」


「今日の買い出し。庶民代表としてじゃなくて、俺自身が一緒にいたいって、思ったからです」


 会長の足が、ぴたりと止まった。


「……なぜ、そう思う?」


「わかりません。でも、会長といると、ちゃんとしようって思えるんです。だから——」


 俺は一度息を吸って、彼女の横顔を見た。


「だから、これからも隣にいたいって、思ってます」


 しばらくの沈黙。


 それから、彼女は小さく首を振った。


「……理解不能だ。貴様は、本当に厄介だ」


「すみません。でも、それが俺ですから」


 会長はふっと笑った。珍しく、穏やかな笑みだった。


「ならば、私も言おう」


 彼女はまっすぐこちらを向き、静かに、でも確かに言葉を重ねた。


「神谷、貴様は——私にとって、ただの庶民ではない。私の、特別だ」


「……!」


 不思議と、怖くはなかった。ただ胸が熱くなって、まっすぐに彼女の目を見返した。


「……俺も、そう思ってます」


「よろしい」


 彼女は、少しだけ照れたように視線を逸らしながらも、口元をゆるめて言った。


「返事は合格。次回は、もう少し明瞭に言え」


「……はい、会長」


 そう答えると、彼女は少しだけ眉を寄せた。


「……今は、それではないだろう」


「え?」


 不意に、彼女がほんの少しだけ視線を落とす。


「……“美琴”と呼べ。今日くらいは……そう呼んでほしい」


「……美琴、さん……」


 そう口にした瞬間、彼女はそっぽを向いたが、その耳はほんのり赤くなっていた。


「——よろしい。……合格だ」


 ---


 その夜、布団に入っても眠れなかった。


 “会長”ではなく、“美琴”と呼んだ彼女の顔が、何度も頭をよぎっていた。


 ——明日もまた、隣にいられるだろうか。


 そんなことを考えて、少しだけ幸せな夜だった。



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