表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

最終章:それでも、明日も

 文化祭の片づけが終わった校舎には、いつもの日常が戻っていた。


 飾りも照明も、制服じゃない特別な衣装も全部、もうどこにもない。

 あんなに浮ついた空気があったのが嘘みたいに、教室は静かだった。


「ふう……終わったね」


 琴羽が窓際で、椅子の背に肘をかけながらぽつりとつぶやく。


「疲れたな」


「うん。でも、なんか寂しいね」


「……まあ、そうかもな」


 俺も窓の外を見ながら、なんとなく返す。


 斜め前に並ぶ校舎の壁が、夕焼けに照らされて赤く染まっている。

 気づけば、もう秋が近づいてきているんだな、と思った。


 ---


「……ねえ、湊」


「ん?」


「昨日のことだけど」


 ドキッとした。

 琴羽はベンチで俺の言葉を遮った、あの瞬間のことを話そうとしている。


「言いかけたよね、何か」


「……ああ」


「言わないの?」


 その問いは、優しくて、でも鋭かった。


 少し黙ってから、俺は小さく笑って言った。


「今さら言って、関係壊したくないんだよ」


「……そっか」


 琴羽も笑った。でも、それは少しだけ泣きそうな笑顔だった。


 しばらく沈黙が続いたあと、琴羽がぽつりとこぼす。


「……でも、ちゃんと伝えてくれたら、嬉しかったかも」


「そうか」


「うん。でも、言わなかった湊の気持ちも、ちょっとわかる気がする」


 それは、たぶん琴羽なりのやさしさだった。

 同じように迷って、同じように怖がってたからこその、寄り添いだった。


 ---


 帰り道。

 校門を出ると、季節外れの金木犀の香りがどこからか漂ってきた。


 ふたり並んで歩く道。何も変わってないように見えるけど、少しだけ何かが違っている気がした。


「……来年もさ」


「ん?」


「文化祭、また一緒にやろうよ。受験とかいろいろあるかもだけど、最後だし」


 琴羽の声は、どこか照れているようだった。


 俺は少し考えてから、うなずいた。


「……ああ、そうだな」


 それだけ。たったそれだけの言葉なのに、妙に胸が熱くなる。


 そのまま、ふたり並んで歩く。

 手はつながない。でも、それでいい。


 ---


 家の前に着いて、玄関の前で立ち止まる。


「じゃ、また明日ね」


「おう。またな」


 それだけの会話。

 だけどそこには、確かに何かがあった。


 琴羽は、ドアに手をかけながら小さく言った。


「……言わなくても、伝わることって、あるよね」


 そう言って、少しだけ振り返って笑う。


 その笑顔が、俺の心に焼きついた。


 ---


 部屋に戻って、制服を脱ぎながら思う。


(言わなかった。言えなかった)


 でも——


(きっと、伝わってる)


 それでいい。

 それが、今の俺たちにとっての、精一杯なんだ。


 だけどいつか——


 いつか、ちゃんと伝えられるようになったら。

 そのときはもう一度、あの場所で。


(そのときはもう、“幼なじみ”じゃなくていい)


 そう思いながら、今日という一日を、そっと閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ