第三章:告白しないって決めたくせに
文化祭まで、あと二週間。
準備の空気が日に日に本気になっていくのを感じる。
クラスの和風喫茶の出し物は意外と人気で、装飾や制服、メニューの選定までみんなが動き始めていた。
「これ、こっちに貼ってくれる? 両面テープそっちある?」
「あるある。ほら、もうちょい上」
「それだとちょっと斜めじゃない?」
「……え、うそ? マジ?」
「冗談冗談、だいたい合ってるよ〜」
琴羽とふたりで、模造紙にメニューを書いたパネルを黒板に仮止めしていると、周囲から妙に視線を感じた。
「お前ら、ほんと仲良いよな〜」
クラスの男子、今泉が笑いながら肩を叩いてきた。
「付き合ってんの? いや、付き合ってない方が不自然だろ」
「ねー、絶対両想いでしょ、あれ」
女子たちのヒソヒソ声も聞こえてくる。
その瞬間、琴羽と目が合った。
お互いに何かを言いかけて、同時に目を逸らす。
「……そんなわけあるかよ」
「ほんとそれ」
苦笑いで返したけど、胸の奥がざわつくのを押さえられなかった。
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休憩時間、教室の外に出て自販機の前でコーラを買っていると、見慣れない女子が話しかけてきた。
「あの、相馬くん……だよね?」
「え? ……あー、うん。そうだけど」
名前も知らない隣のクラスの女子だった。
彼女は恥ずかしそうに髪を耳にかけてから、言った。
「文化祭の日……お店、回る予定ある? その、よかったら一緒に……」
その瞬間、返事が詰まった。
彼女の顔をまともに見られなかったのは、たぶん——断る理由が“誰かの顔”で浮かんだからだ。
「あー、ごめん。まだちょっと予定わかんなくてさ。準備係だから忙しいかも」
「あっ、そっか……! うん、ごめんね、急に。がんばってね」
彼女は小さく頭を下げて、早足で去っていった。
手元のコーラがやけに冷たく感じた。
(……なんで、ちゃんと断れなかったんだ)
その答えはわかってた。
でも、言葉にしたら全部がバカみたいに思えそうで、やっぱり口にはできなかった。
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夕方、黒板に残ったチョークの粉を拭いていると、琴羽がぽつりと聞いてきた。
「……さっき、話してた女の子って誰?」
「え? ああ、隣のクラスの……名前は知らない。ちょっと話しただけ」
「ふーん……」
その返事があまりに淡白で、逆に気まずくなった。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってない。別に」
「ウソつけ。わかりやすいんだよ、お前」
「……うるさいな。湊のくせに、そういうとこだけ鋭いよね」
琴羽は頬を膨らませて、モップを無言で押し始めた。
俺はしばらく黙って、それを見ていた。
(だったら、俺の気持ちにも気づけよ……)
そんな言葉が喉まで出かかったけど、噛み殺した。
今ここで言ったら全部が変わる。
そんな勇気、まだない。
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帰り道は、ふたりともほとんどしゃべらなかった。
沈黙が長引くほど、何か言わなきゃって焦るのに、言葉が出てこない。
やっとのことで声を出せたのは、家の前に着いた時だった。
「……琴羽」
「なに?」
「その、文化祭の日さ。時間あったら……ちょっとだけ、店抜けない?」
「え……?」
「なんか、ずっと準備ばっかで終わるのも味気ねーし。少しだけ、歩こうぜ。校内とか」
琴羽は数秒、きょとんとした顔をしていたけど、すぐに小さく笑った。
「……うん。いいよ」
その返事に、俺の心臓が跳ねた。
けどそれを悟られないように、俺はぶっきらぼうに返した。
「じゃ、また明日な」
「……うん。またね、湊」
玄関のドアが閉まる音を聞きながら、俺は空を見上げた。
どうしようもなく、今すぐにでも伝えたくて、でも言えない。
(俺、ほんとバカだな……)
それでも、明日が来るのが楽しみだなんて。
そんな自分が、少しだけ嫌いじゃなかった。