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ぼくらの恋は、きっと(たぶん)両想い。  作者: くたくた
《生徒会長×庶民編》
10/10

最終章:もう少しだけ


 春の訪れを感じる頃、生徒会の活動も年度末に向けて慌ただしさを増していた。


 新入生歓迎会の準備や会計処理の確認、備品の棚卸し——

 本来なら生徒会だけで対応すべき仕事だが、気づけば俺は、いつの間にかそれを手伝うのも当たり前になっていた。


 もちろん俺は、生徒会の正式なメンバーではない。

 けれど彼女が「神谷、来い」と言うたびに、断る理由も見つからなくて——いや、断る気になれなくて。


 数えきれないほどの細かい作業が積み重なっていたが、不思議と苦ではなかった。


 ---


 書類の山に埋もれながら、俺はふと隣の彼女を見る。


 いつもの凛とした横顔。ペンを握る指先はいつも通り丁寧で、少しだけ力がこもっていた。


「……会長、ちょっと肩、こってません?」


 ふと見た彼女の手元が、いつもより僅かに重たげに見えた。


「当然だ。年度末の決算作業が山積みだ。気も抜けん」


「ですよね。でも、詰めすぎないでください。会長が体調崩したら、誰も帳簿読めなくなりますよ」


 彼女は一瞬だけペンを止め、こちらに目を向けた。


「……貴様は、時折そうやって、油断ならぬ優しさを向けてくるな」


「心外ですね。いつも優しいつもりなんですけど」


 彼女の口元が、ほんのわずかに緩んだ。


 ---


 夕方、生徒会室の窓の外にオレンジ色の陽光が差し込む。


「この景色を見るのも、あと少しだな」


 彼女の呟きに、俺は同じ方向を見た。


 グラウンドでは部活帰りの生徒がボールを追いかけている。

 その背景には満開を目前にした桜のつぼみが揺れていた。


「寂しいですか?」


「少しな。……来年度からは、この役目を後輩に譲る。 この役目を後輩に譲る。そう思うと、今のこの時間が、貴重に思える」


 彼女の手元にある決裁印が、ほんのわずかに止まった。


「——だからこそ、この一年で得たものを、簡単に手放したくないと思っている」


 そう言った彼女は、まっすぐに俺を見ていた。


 その視線の熱に、息が止まりそうになる。


 ---

 

 日が傾き始めた頃、生徒会室の片付けを終えた俺たちは、並んで校舎を出た。


 廊下には誰もいなかった。窓から差し込む夕陽が、床のタイルに長く影を伸ばしていた。


 人気のない昇降口。靴箱の前で、彼女がふいに立ち止まる。


「神谷」


「はい」


 いつになく静かな声だった。


「私はずっと、“生徒会長”として完璧であることを求められてきた。間違えないこと、揺らがないこと、弱音を吐かないこと」


 彼女は、ほんの少しうつむいて続ける。


「でも、貴様と過ごして……私は“私自身”でいてもいいのだと、思えるようになった」


 その声には、誇りと、少しの戸惑いと、そして確かなぬくもりが滲んでいた。


「それ、俺にとってはすごく嬉しい言葉です」


 思わず言葉にしてしまった。

 たぶん、笑って返すのが正解だったのかもしれない。けれど、今だけは嘘をつきたくなかった。


 くるりと背を向けた彼女の耳が、ほんのりと赤くなっている。

 その背中が、少しだけ戸惑っているようにも見えて、俺は目を細めた。


「私は生徒会長であり……同時に、ただのひとりの少女だ」


 彼女の言葉が、まるで風に混じるように届く。


「——貴様の言葉が、私をそうさせた」


 ---


 昇降口の扉を開けると、ひんやりとした春の夕風が頬をなでた。

 桜の蕾がわずかに揺れて、陽は校舎の屋根に半分沈んでいた。


 彼女は靴を履き替えると、こちらを見ないまま一言だけ言った。


「神谷。また、明日も来い」


 その声は、どこか背中を押すようにやさしかった。


「はい。喜んで」


 俺が答えると、彼女の肩がわずかに揺れた。

 それが風のせいなのか、照れ隠しなのかはわからなかったけれど——


 彼女はそのまま、振り返らずに歩き出した。

 少しだけ、背中がやわらかく見えた気がした。


 俺はその姿を目で追いながら、ゆっくりと昇降口を出る。


 彼女の歩幅より、ほんの半歩だけ遅れて歩く。


 ——この距離の心地よさが、もう少し続けばいいと思った。

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