第2話 病院潜入生配信事件調査記録:怪談蒐集家の調査
鹿鳴市に到着した私は、まずは本来の目的である鹿月マンションを調査することにした。川名さんが言っていた「トン、トン、トン……」という物音が本当に聞こえるのか確かめるためだ。
マンションは特に変わった様子もなく、管理人に部屋の空き状況を聞いてみたが、すべて埋まっているとのことだった。「夜に変な音がするという噂は?」と尋ねてみたが、怪訝な顔をされただけだった。後日、夜間に再度調査する必要がありそうだ。
【とあるバス停にて】
宿に戻るため、バス停でバスを待っていると、下校中の中学生たちの会話が聞こえてきた。彼らは私に気づかず、何やら気になる話をしている。
「えー、マジで? 北山小の子が雑木林で見つかったって?」
「うん、うちの母ちゃんが言ってた。病院に運ばれたけど、意識不明だって」
「いや、意識戻ったって聞いたよ。でも記憶がないらしい」
「どうして雑木林なんかにいたんだろう?」
「わかんない。でも変なんだよ。あの子、学校から家に帰る途中でいなくなったんだって。なのに見つかったのは全然違う学区の雑木林で」
「歩いて行ける距離じゃないよな……」
「だからさ、誰かに連れ去られたんじゃないかって噂になってる」
「怖っ! 変質者?」
「でもさ、あの日、めっちゃ霧出てたよな。視界悪すぎて、部活終わるの待ってもらったもん」
「あー、あの霧か。なんか不気味だったよね。街全体が真っ白になっちゃって」
「ヤバ、こっち来るよ。丸田先生……」
バスに乗りながら、私はメモを取った。「大越家の男児失踪事件」——これは調査に値する不思議な出来事かもしれない。鹿月マンションの調査と並行して、この事件についても情報を集めてみることにした。
【鹿野商店の前にて】
バスを降り、宿へ向かう途中、鹿野商店の前を通りかかった。店先では数人の主婦たちが立ち話をしている。彼女たちも同じ事件について話していた。
「大越さんとこの息子さん、もう意識戻ったんですか?」
「ええ、でも記憶がないそうよ。学校出てから見つかるまでの記憶が、すっぽり抜けてるんですって」
「まあ、それは心配ね。お医者さんは何て?」
「精神的なショックで一時的な記憶喪失になることはあるって。でも身体に外傷はほとんどないんですって」
「え? でも倉橋さんは、服が泥だらけで顔に擦り傷があったって言ってたわよ?」
「服は泥というか……なんか変な匂いがしたらしいのよ。川の水に浸かったみたいな」
「でも見つかったのは雑木林でしょう?」
「そうなのよ。不思議よね。あの子、いつもはまっすぐ家に帰る子だったのに、その日は何故か違う道を……」
「あの日は霧が酷かったわね。道に迷ったのかしら?」
「でもあんなに離れた場所まで行くかしら? 何かあったのよ、きっと」
「最近、この辺り変なことが多いわよね」
「本当ね……ところで、大越くんの家族、気の毒だわ。もう一週間も入院してるんでしょう?」
この話を聞いて、私の中で怪談蒐集家としての直感が働いた。この件は単なる行方不明事件ではないかもしれない。さらに詳しい情報が必要だ。
立ち話の中で、薬局の宮澤さんが事件のことをよく知っているという話が出た。宮澤薬局は大越家の近所にあり、家族ともよく話すらしい。これは貴重な情報源になるかもしれない。私は予定を変更し、宮澤薬局へ向かうことにした。
【宮澤薬局にて】
薬局に到着し、直接話を聞くことにした。薬局の女主人は親切に私の質問に答えてくれた。
「すみません、大越家のお子さんの件について聞きたいのですが」
「あら、あなたどなた? 新聞社の方?」
「いいえ、怪談蒐集家の辻村と申します。不思議な話を集めて書籍にしているんです」
「怪談? まあ、確かに不思議な出来事ではありますけど……怪談というほどのことでしょうか?」
「いや、もしかしたら単なる事故かもしれません。でも、状況が少し特殊なので」
「そうね……確かに変わった話ではあるわ。あの子が見つかった場所といったら、普通の小学生が一人で行くような場所じゃないもの」
「詳しく聞かせていただけますか?」
「私が知ってる範囲でよければ……あの子は放課後、いつもの通学路を帰っていたはずなの。でもその日は霧が酷くて、おそらく道に迷ったのね」
「霧が出ていたんですか?」
「ええ、ひどい霧だったわ。家の前の道路さえ見えないくらい。こんな霧は数年に一度あるかないかよ」
「それで、どうやって雑木林で見つかったんですか?」
「近くを通りかかった百瀬さんっていう方が、偶然見つけたのよ。倒れていたところを」
「倒れていた……怪我は?」
「大きな怪我はなかったって聞いてるわ。でも服は泥だらけで、どこか水に浸かったような状態だったって」
「水に?」
「雑木林に小川が流れてるのよ。そこに落ちたのかもしれないけど……でも変なのは、その服が乾いてなかったこと。何時間も経ってるはずなのに」
「なるほど……」
「あとね、百瀬さんが言ってたんだけど、見つけた時、大越家の子の周りに足跡がなかったんですって」
「足跡が?」
「ええ、泥だらけの地面なのに……まるで空から降ってきたみたい、って」
「それは……不思議ですね」
「ねえ、本当にこれを本に書くの? もしかして、何か……心当たりがあるの?」
「いえ、ただの怪談として……」
「そう……まあ、警察も調査中だし、きっと何か合理的な説明があるのでしょうね」
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(怪談蒐集家のノートより)
鹿鳴市で起きた大越家の男児失踪・発見事件について、複数の証言を収集した。事実として確認できるのは以下の点:
1. 濃霧の日に下校途中の小学生が行方不明になった
2. 数時間後、別の学区にある雑木林で発見された
3. 意識は回復したが、当時の記憶がない
4. 服は濡れており、川の水のような匂いがした
5. 発見場所に足跡がなかった
科学的説明を試みるなら、霧で視界が悪く道に迷い、小川で濡れた後にショック状態で倒れた、というところか。しかし、これだけでは「どうやってあんな遠くまで行ったのか」という疑問は残る。
この町には何か特別な言い伝えがあるのかもしれない。古老たちへの聞き込みを進めよう。
鹿月マンションの調査も継続するが、この失踪事件にも注目すべきだ。二つの怪異は関連があるかもしれない。