第72話
前回の続きです。どうぞ宜しくお願い致します。
さっき川島さんに会った時、ちらっと言ってたことが気にかかっている。
「…まあ、原さんも前の彼女とは…」
え?今、なんて?
助手席の真後ろで聞いたから、よく聞き取れなかったけれど…
原さんが前の彼女と別れた理由を、言っていたと思った。
確か…あのマンションの部屋で隠れて浮気した挙句、原さんが留守の時、全財産じゃないにしろ、通帳などには手をつけず、部屋にあった現金を持ち逃げしたとかって聞こえたけど…
え?え?え?えーっ!えーっ!えーっ!
嘘っ!嘘でしょ!
そんな…そんな酷いこと…易々(やすやす)とできちゃう人って…えーっ!
世の中には色んな人がいる。
そんな簡単なこと、十分過ぎるほどわかっているけれど…
それはどこか遠い話で、自分ないし、自分の周りの人にはそんなこと絶対に起こらないと思って…あ!あった。
北山口さん。
そうだった、忘れてたよ。
浮気の話は出てこないにしろ、マネージャーにお金を持ち逃げされて、グループのメンバーの事故死や脱退、薬物で逮捕など、私の生活とはまるでかけ離れた出来事の話だったので、聞いた時も正直あまりピンときていなかったところがある。
でも、川島さんからの話は、私が今現在結婚を前提としてお付き合いしている人の身に降りかかったとんでもない事件。
うん、これはもう事件と言っていいと思う。
そんな…そんな強く打ちのめされちゃうことが、あの原さんにあったなんて。
大好きからこの頃「愛してる」に、だんだん移ってきている最中だというのに…
どうしよう…そんな大きなこと、聞いちゃったけど…
これからどんな顔で、どんな態度で原さんと接していけばいいんだろう?
多分、傷は完全には癒えてないよね。
たかだか5〜6年前のことだものね。
前の彼女と別れた理由なんて、聞いてない。
と言うか、特に聞く必要もないんじゃないかって思ってたから。
実際、私だって、もうかれこれ長いこと前の話になっちゃうけど、前の彼と別れた理由を聞かれても困るってのか、あんまり言いたくないから。
そういうデリケートなことって、聞いちゃいけない様な気もするから。
過去があっての今だけど、今はやっぱり今だから。
相手のことを大事にすることだけに集中したらいいと思うから。
…とは言いつつ、ちょっぴり気になった。
きっと今も辛いよね。
慰めてあげたい…って、どこか上から目線だけれど、今は猛烈にそうして差し上げたい。
多分、本人は普段忘れちゃってる出来事だと思うけど。
なにもわざわざ思い出させることもないんだけど。
モヤモヤした気持ちを胸に、とりあえず買ったばかりの材料でプレゼントのパジャマを縫った。
あれこれ原さんのことを考えながらだったこともあり、ミシンのスピードをマックスにしちゃって。
腹立つ〜〜〜〜っ!
前の彼女、許せな〜〜〜〜い!
なんで、なんで原さんを傷つけた〜〜〜!
持ち逃げしたお金返せ〜〜〜〜っ!
そんでもって、原さんに土下座して謝れ〜〜〜〜〜〜っ!
原さんが可哀想だよ〜〜〜〜っ!
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダーーーーッ!
脳内でいっぱい叫びながらだったからなのか、なんだか知らないけれど、あっという間に完成しちゃった。
ついでに私の分も、バババーッと縫ってしまって。
「洋裁ハイ」みたいになっちゃたもんだから、「他になんか縫うものはないか?」って、勢いに任せたまま、パジャマを入れる袋など、「別になくてもいいんじゃない?」いう物まで縫ってしまった。
まだまだ縫い足りない。
そう思ったけれど、一旦落ち着かなきゃと、自分の中にいる冷静な私が、「とりあえず」と純喫茶「純」へ向かわせた。
縫ったばかりの巾着に、買ったばかりの毛糸と編み針を入れて。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。




