第44話
前回のお話の続きです。どうぞ宜しくお願い致します。
まだ、ちゃんと「好き」と告白できていない。
そのくせ、いつまでも原さんの手を両手で強く掴んで、そのまま自分のおでこをつけて寄りかかった。
原さんの胸の鼓動を聞いた。
原さんの匂いも好きだと感じた。
本当は、反対側の腕を私の背中に回してほしかった。
だけど、原さんは、ただじっと立ち尽くしたまま。
私の突然の行動に、完全に固まってしまっている。
このままキスしてくれたらとも、思った。
だけど…
原さんは誠実な人だ。
迂闊にそういうことはしない。
それでも今はいい。
このままずっと、原さんにぺったりくっついていられるなら。
でも、そういう訳にもいかなくて。
原さんの手を掴んだまま、2人でみんなが待つ「純」へ歩き出した。
ここから「純」まで、もう少し遠かったら…
原さんは、何も喋らない。
けれども、それが全然気まずくない。
むしろ心地いいと感じる。
私はね。
お店のドアの前で原さんが手を離そうとした。
「…あ、あのさ…ゆりさん…手…手…」
困った顔の原さんをよそに、私は首を横にブンブン振った。
「…離したくないんです…ダメですか?このままで…」
「…いや…あの…ダメじゃ…ないけど…」
原さんの手を両手で掴んだまま、お店の中へ。
なるちゃんのズボンの両膝は、破けてしまっていた。
赤瀬川君とあゆみちゃんが、せっせと手当てをしてあげている。
「なるちゃん…痛そう…大丈夫?」
「うん、大丈夫なの…」と言いながら、なるちゃんの目から大粒の涙がポロポロ溢れた。
自転車で転んだ際、ズボンの両膝が破けて、膝から血が出ちゃったと。
その拍子に小石が転がる地面に両手を激しく突いたらしく、両手のひらも擦り傷で少し血が出ている。
他にもあちこちぶつけたらしくて。
とにかく、なるちゃん、痛そうで。
ミズエさんにぶたれた頬は、氷のうで冷やしていた。
パパとママの間で、なるちゃんは涙が残る切ない笑顔を見せていた。
「あら、ゆりちゃんと原君…2人もホットミルクでいい?ご馳走するから」
「あ、ありがとうございます…でも、あの、僕は腹減っちゃったんで…ミートソース大盛りもお願いします…あ、あ、ゆりさんは、何にする?奢る…あっ…ああ、ゆりさん、奢られるの嫌だっ…」
「ううん、ううん、ありがとうございます…えへへ、お言葉に甘えます…えへへ…あの、じゃあ、私もミートソースで…あの普通盛りで…えへへ」
今日はテーブルを挟んで向かい合わせではなく、原さんの隣に並んで腰掛けた。
そして、なるべくくっついて、テーブルの下で原さんの手を繋ぐ形で掴んだ。
かなり強引だとわかっている。
けれども、今はこうしていたい。
私のわがままを受け入れてくれた原さんは、ずっと顔を赤くして、おでこに汗をかいてる。
それを繋いでいない方の手のティッシュで、何度も拭いてる。
決して原さんを困らせたい訳じゃないけど…
私と原さんの急接近のことを、そこにいる誰も何も言わず、ただ、ニヤニヤと見守ってくれた。
そんなのがくすぐったくて、嬉しかった。
…
暖かい店内でみんなお腹も膨れて落ち着いて、食後のコーヒーをいただいている時、なるちゃんのパパが静かに話始めた。
「…僕らは、嫌いになって別れた訳じゃないんですよね…」
聞くと、どちらかに他に好きな人ができた訳でも、多額の借金がある訳でも、何か罪を犯して刑に服していた訳でもないけれど、別れることになってしまったそうで。
詳しいことはわからない。
けれども、夫婦には夫婦にしかわからないことがいっぱいあるもの。
一緒に暮らすうちに、何となくお互いの歯車がずれ始めて、それが徐々に広がって、とうとう修復できないぐらいになっていたんじゃないだろうか。
「それでも…もう一度、ミズエとなるとやり直したいって思って…」
膝の上に寄りかかって眠ってしまったなるちゃんの髪を、優しくそうっと撫でながら、今度はミズエさんが続けた。
「…なると一緒に、パパのところに行こうかどうしようか…今、迷ってるんですよね…なるも今の生活が大好きだから…私も今の仕事を辞めることになっちゃうから…それで…」
なるちゃんのパパさん、ここよりもだいぶ都会に住んでいるそうで。
もう一度家族3人で暮らすとなると、どちらかが折れなければならない。
そうなると、折れた側は暮らしを変えざるを得ない。
暮らしを変えるのは、結構な気力と体力を使う。
今、穏やかな環境で暮らしているなるちゃんに、1から新しい生活を始めさせるのが心配であり、苦しいとパパさんもママさんも口を揃える。
…ん〜…
なるちゃんとミズエさんが遠くに行っちゃうのは、とても寂しい。
できれば、このままずっとここにいてくれたら…
話を聞きながら、涙が溢れそうになるのを我慢した。
すると、緩めた私の手を、今度は原さんの手が包み込んでくれた。
「好き」って言っていないけれど…
言ってないけど…でも…
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。




