第30話
前回の続きです。漬物名人の川島さんが辞めた後、新しいパートさんが入ったのだけれど…
川島さんが辞めてすぐ、新しいパートさんが入った。
渡辺まなみさんと言う方は、私より少し年上の30歳。
明るめの髪色とツヤツヤしたネイル、キラキラしたピアスなど、若干派手目な印象。
香水の匂いが少々キツいと、初日から店長に注意されていた。
そんな彼女の教育係というか、仕事を教える役目を私が仰せつかっちゃった。
のは、別に構わないのだけれど…
「わからないことがあったら、あの、なんでも相談してくださいね」なんて、こっちはだいぶ気を使っているつもりなんだけど…
「ああ、は〜い」
なんだろう?
この素っ気なさ。
少しだけイラついてしまうも、心で「ダメダメ!親切に優しく優しく」と自分を宥めることしばしば。
蒲鉾の高島さんやパンの水島さんには、普通に接している様なのに、私にだけ、感じ悪い。
まあ、そういうこともあるさ。
今はそんなことをいちいち気にしている暇はない。
と思う。
派手におでこを強打した後、私を抱きかかえて座敷まで運んでくれた話を聞いてしまってから、赤瀬川君とよく喋る様になった。
自分でもよくわからないけれど、どういう訳か、赤瀬川君に自分から話しかけたりして、勝手に1人で盛り上がっている。
年下の男の人相手に、女子高生みたいにはしゃいじゃって。
頭の中では、ちゃんとわかっている。
どうしたの?自分?って。
だけど、赤瀬川君が目の前にいると、胸がドキドキしてしまう。
そんな私のドキドキを察してるのかわからないけれど、この頃、仕事中、気がつくと原さんと目が合う。
そして、そんな原さんに、渡辺さんが甘えた様な態度で擦り寄っている光景を、度々目にする様になった。
「あのう、わからないことがあるんですけどお〜」
そう言って、渡辺さんは原さんに聞きに行く。
そこは、私に聞いてよ!
私があなたの指導係なんだからさ!
こんなこともしばしば。
「原さ〜ん!一緒にランチいいですかあ?」
やたら原さんにベタベタしている態度に、イライラしているのは私だけじゃなかった。
「なんかさ、渡辺さん、原さんのこと狙ってるんだろうねえ」
「だからって、あんなベタベタは、ちょっとどうよ?見てて、イライラする!」
「あ〜、確かに…すごいよねえ!あんなあからさまに原さん原さんって」
「仕事しに来てんだか?原さんにベタベタしに来てんだか?わかんないよねえ…仕事は全然覚えないし」
「どう思う?ゆりちゃん」
高島さんと水島さんにいきなり話をふられて、一瞬どう答えたらいいのかわからず、頭の中がパニック状態に。
本当は「そうですよねえ」と同調したいところだけれど、そうするのもなんだかなあと感じたので、「ん〜…ね〜」と曖昧な返事をするしかできなかった。
赤瀬川君のことで1人テンションが上がっている私が、私に好意を持ってくれている原さんが、別の女性から猛アプローチされてるからって、勝手に嫉妬するのは違うってわかっている。
別の男の人を好きになりかけてるのに、そんな資格私にはない。
でも…
原さん、まんざらでもないのかなあ…
渡辺さん、色っぽいし綺麗だし、胸も大きいから、あんな胸元ががっぱり開いた服ばかりで、原さんに胸の谷間が見える形でアプローチして。
男の人なら誰だってあんな風に猛アタックされたら、悪い気はしないんじゃないかなあ…
だからって、私が同じことするのも、やっぱり違うし。
なんかヤダなあ。
私には全然関係ないことなのに。
…
「あ、ゆりさん…外雨降ってるみたいだから、あの、一緒に帰りませんか?」
「え!雨?そうですかあ、ああ、はい…じゃあ、あの、宜しくお願いします」
久しぶりでもないけれど、原さんから誘われて、少しだけ戸惑い、少しだけ嬉しかった。
「今日は?買い物は大丈夫?」
「あ、ええ、あ、そうだ!ごめんなさい、ありましたありました、ちょ、ちょっとだけ待っててもらえますか?すみません…あの、すぐ!すぐ戻って来ますんで…」
「大丈夫ですって、そんな慌てなくても、ちゃんと駐車場で待ってますから…ははは」
なんだろう?
すんごく嬉しいな。
原さんの車に乗せてもらえるのが、こんなにドキドキするなんて。
どうしてだろう?
「すいませ〜ん!お待たせしちゃって!」
めんつゆや小麦粉など、いつもほどじゃない程度の重くて嵩張る物を買って、駐車場の原さんの車まで来ると、助手席に渡辺さんの姿が。
「え?あ!渡辺さん?」
「あ〜、広瀬川さん、ほら、雨だから、私も原さんに送ってもらうことになったんですう…ごめんなさいねえ、なんか…お邪魔しちゃった感じで…」
「あ、いいえ、あの、全然、私は…」
渡辺さんの後ろで、運転席の原さんが「ごめんね」と手を合わせている。
「じゃあ、あ〜…出発しま〜す」
声のトーンが下がった原さん。
何もそんなにってほど、気を使っているのがわかる。
いつもの原さんの車の中の匂いは、渡辺さんの香水にかき消されていた。
助手席の渡辺さんと原さんが、楽しそうに話している。
と言うか、渡辺さんが一方的に楽しそう。
原さんはどちらかと言えば、戸惑っているんだろうなあ。
後部座席の私だけ、ぽつ〜んと1人ぼっちな感じ。
ぼんやりしたまま、薄っすらと渡辺さんに原さんを盗られてしまった様な気がして。
何故だろう?
胸がギューッとする。
そうなった途端、無意識のうちに涙がつ〜っと頬を伝うのがわかった。
ヤダ、恥ずかしい!
なんで涙。
いけないいけない!2人の前で涙なんか。
右手で涙を拭い顔をあげると、車のルームミラー越しに原さんと目が合った。
そうしている間も、車内では渡辺さんのテンションが高い話し声だけが響いていた。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。




