第26話
前回の続きです。どうぞ宜しくお願い致します。アパートの新しい住人と、さとみのこれからのお話です。
アパートの1階に越してきたのは、金田あゆみさんと言う私よりも若くて小柄な可愛らしい女性。
私が勤めてるスーパー近くの、「エーゲ海銀行」で窓口業務にあたっているそうだ。
どうりで初対面のはずなのに、どこかで会ったことがある様な気がしていたのは、銀行へ行った際に会っていたからだと判明。
まあ、その時はお互い、その場だけの関係だったから記憶が薄くなっているけど。
とても感じのいい方で、お互い接客業ということもあり、妙に話が合った。
引越しのご挨拶で仲良くなれて、なんだか嬉しかった。
それからしばらくして…
丁度良いタイミングで、さとみと久しぶりに休みが合ったので、毎度お馴染みの駅前で待ち合わせ。
今度こそと思い、駅中のおしゃれカフェに挑むも、やっぱり長蛇の列。
あのカフェの行列に並ぶと、入店は多分夕方ぐらいになるんじゃないかなと思った。
だもんで、今回は駅の地下街にある老舗と言ってもいいぐらいの、古くから同じ場所でやってる喫茶店へ。
純喫茶「ロマネスク旅団」
薄暗い店内には、ステンドグラスのテーブルランプのオレンジがかった灯りがぼんやりしている。
ワインレッドのビロードのソファーは、座り心地抜群で、いつまででも座っていられそう。
お店の中では、静か〜に古いジャズが流れている。
そんな大人な空間で…
「えっ!嘘っ!嘘でしょ!なんでまた?」
いけない…驚いてつい、でっかい声になっちゃった。
だって、そうなっても仕方がない。
「さとみ、沖縄に移住すんの?」
突然の話なんだもの。
「え?え?なんで?なんで沖縄?仕事は?どうすんの?住むところとか…」
頭の中の私が、何もそこまで根掘り葉掘り聞かなくても、落ち着いて落ち着いてと宥める。
一旦、深呼吸してアイスティーをストローでちゅ〜と吸った。
あ〜、美味しい。
…じゃなくて、なんで沖縄?
なんで移住?
「ん〜…なんかね、ほら、あの後…」
ああ、バザーの寄付を持って来てくれたあの時ね。
「あれから、わりとすぐインドに行って来たでしょ!あたし」
そうだった、そうだった。
ついさっきインドのお土産っつって、なんか嗅いだことのない独特の匂いがするお香とか、カレーっぽい香りの香辛料とかもらった、もらった。
「…なんかさ、もう男のことは懲り懲りって感じで、1人でインドに行ってみてさ…なんか…全部吹っ切れたってのか、悟っちゃったみたいなんだよね…」
「何を?」
「…ん〜…なんつうか…言葉で説明するのは、ちょっと難しいんだけどね…こう、なんか、体中のエネルギーが、頭のてっぺんからつま先まで…なんかさ、こういう感じでさ…流れてさ…それまで私の体と心に纏わりついてた悪い気みたいなものがさ、こう、パーッとね、なんつうか、光に包まれて浄化する感じってのか…ほら、こ〜んな感じでね…」
さとみ、座ったまま、身振り手振りで一生懸命説明してくれてるけれど、ごめん、全然わかんないや。
でも…
「そ、そう、なんだねえ〜…」
わかった風の口を聞いちゃった。
「ん〜、それはわかったとして…なんで沖縄?」
あ、本当にごめんね、さとみ。
本当は全然、何もわかんないけど、わかった体で続けるね。
「…ん〜…なんつうの?沖縄ってさ…海がさ、ものすごく綺麗じゃん!」
「うん、そうだねえ」
それはわかるよ!
行ったことないけど。
「そすとさ、沖縄の海が私を呼んでる感じ…いや、なんか…沖縄の自然の豊かさがさ、私を必要としてくれてる感じっての…上手く説明できないけど…」
さっきのインドの説明も、あんまり上手じゃなかったけど、それはさとみ的には上手くやれた感があるんだね。
わかったよ。
私にはさっぱりだったけど、わかった体でいるね。
さとみはミックスサンドのハムときゅうりのパンを一つ食べると、話を続けた。
私はさとみの話が唐突すぎて、まだ鉄板の上でジュ〜ジュ〜いってるナポリタンを食べられずにいる。
とりあえず、粉チーズをかけただけだ。
「沖縄の海にイルカいるでしょ?」
多分、沖縄だけじゃなく、結構日本中どこででも見れると思うけど…まあ、いいや。
「あたしさ…なんつうか…ん〜…なんだろ…なんか…あれだ…ただ、沖縄で暮らしてみたいって思ったんだよねえ…」
「へ〜え」
返事はしたものの、結局、よくわからないまま。
それでも、さとみがそう決めたんなら、応援しようと思った。
「で、いつ行くの?」
「うん、来月…もう、会社には、先週だったかな?辞表出したんだよね…」
「そうなんだあ…」
本当は他にも聞きたいことがいっぱいある。
あんなにカラオケで練習してたけど、もう「さよならのど自慢」に出る夢はいいのかな?
きっと、もういいんだね。
なんかわからないけれど、さとみはインドで何かを悟って、吹っ切れたんだね。
「あ、そうそう、さとみが寄付してくれたあの品々ね、結局1つ100円で売っててね、それで高校生ぐらいの女の子がね、キーホルダー買ってたよ…同じグループの違う子は、バッグチャーム買ってたね」
「へ〜、そうなんだあ〜」
「そうそう、そうなんだよねえ…でもね、あのぬいぐるみあったでしょ?あれの1個は、多分中学生じゃないかなあ?男の子がね、一緒に来てた同じ中学生ぐらいの女の子に買ってあげてたわ」
「へ〜え」
それからバザーの話や、アパートの新しい住人の話など、色々いろいろ。
けれども、赤瀬川君に「いたいのいたいの」された話は、忘れちゃってた訳じゃないけど、なんかさとみには話せなかった。
さとみとは親友だけど、なんでもかんでも全て話してる訳じゃない。
さとみだって、きっとそう。
沖縄に移住するって聞いた途端は、私も若干パニックになっちゃって、色々質問攻めしちゃったけど。
あれは冷静になってみると、自分でもどうよと思ったけど。
でも、それでいいんだもん。
私はさとみに、さとみは私に話したいって思う話だけ話せば、それでいいんだもん。
話したくない話を無理にするのは、自分も相手もしんどくなっちゃうだろうから。
別れ際、いつもの様にさとみの赤い軽自動車に手を振る。
後、何回、さとみとこんな風にバイバイしあえるんだろう。
そう考えると、なんだか寂しくて堪らなかった。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。




