第25話
前回の続きです。どうぞ宜しくお願い致します。
赤瀬川君と2人、何も喋らず、ただひたすら坂を上った。
どれぐらいの時間が経ったんだろう。
ぎこちない静寂を打ち破ったのは、赤瀬川君だった。
「あ、あのっ…そだ、あのっ…おでこ…」
「おでこ?」
「ほら、金曜日におでこゴツンって、テーブルにぶつけて…それで…その…」
「あ〜…おでこね、おでこ…うん…触るとまだちょっと痛いけど…でも…大丈夫だよ…ありがと…気にかけてくれて…」
「…いいえ…」
静かにそう言うと、赤瀬川君は自転車を支える手じゃない側の手で、私のおでこをそっと撫でた。
「ひゃっ!」
「あ!ご、ごめんなさい!いきなり触って…痛かったですか?」
「いや、あの、そうじゃなくって…」
そうじゃないの。
そうじゃなくって。
男の人におでこ触られたのって、随分、久しぶりだったから。
だから、ただ…びっくりしちゃっただけ…
「いたいの、いたいの、遠くの遠くの山の向こうの、深〜い海の底に飛んでいけ〜!」
赤瀬川君の独特の「いたいのいたいの」が、あまりにもファンタジーで、私はただ黙って聞きながら、徐々に顔がにやけていくのを感じた。
そして、この時間がいつまでも続けばいいなあと思ってしまった。
…
再び静寂が戻った頃、ようやく我がアパートと純喫茶「純」が見えた。
いつもと同じ風景。
…じゃない!
「あれっ?灯りがついてる!」
見ると、北山口さんが出てから空室になっていたあの部屋から、灯りが漏れている。
へ?
今の今までぎこちなかった赤瀬川君と共に、とりあえず純喫茶「純」の中へ。
「いらっしゃい!あら、ゆりちゃん、おかえり!え〜と、そちらは、確か、昨日の…」
大家の純子さんの問いかけに、赤瀬川君は「はい、昨日の赤瀬川です!」と元気よく応えていた。
「純」の店内に、今日お休みだった原さんが大盛りナポリタンを頬張っている姿と、ヒデさんがクリームソーダをちゅ〜っと吸っている最中。
「あ!そだ!純子さん、純平さん、あの、北山口さんがいた部屋に、あの、電気ついてたんですけど…」
つい今しがた見たばかりの光景を思い出し、早速、2人に尋ねてみた。
「ああ、あのね、今日ね、あのお部屋に新しい方がね、越していらしたの」
純子さんがそう言うとすぐ、私は原さんの方をチラッと見た。
「へ?あの…もしかして…原さん?ですか?」
「いや、違うんだよねえ」
私の質問に素早く返してくれたのは、残念そうな顔の原さんだった。
「え?あ!そ、そうなんですか?」
少しだけ戸惑ってしまったのと同時に、何故かホッとしたのはどうしてなんだろう?
そうしていると、赤瀬川君がおもむろに「ゆりさんもオムライスセットでいいですか?」と聞いてきた。
聞かれるまま「ええ、はい」と答えるも、私の心はここにあらず状態だった。
え?原さんじゃないなら、一体どんな人なんだろう?
頭の中がぐるぐる。
どうしても新しい住人が気になって仕方がない。
気になっていると言えば、まだナポリタンを食べている原さんも、私と赤瀬川君の仲が気になっている様子。
「ねえ、赤瀬川君、広瀬川さんのこと、ゆりさんって呼んでたけど…」
そこにすかさず
「ああ、僕も昨日からゆりさんって、呼ばせてもらってました」とヒデさん。
「ん?なんか、変ですか?」
キョトンとしたままの赤瀬川君に対し、原さんは「いや…べ…別に…変…とか…そういうんじゃさ…ないけどさ…」と、やや不満気味。
「ん〜…じゃあ、原さんも、広瀬川さんのこと、ゆりさんって呼ばせてもらえば、ねえ」
ヒデさんの軽い提案に「そうですよ!そうしたらいいじゃないですかあ?」と赤瀬川君。
「えーっ!えーっ!でもさ…今更…ゆりさんって呼ぶのも…」
男性3人、何かごちゃごちゃ話している。
けれども!
今はそんなこと、正直どうでもいい!
今、大事なのは、新しいアパートの住人のことのみ!
私の関心はそれだけ!
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。




