第15話
疲れて帰宅して程なく、同じく仕事帰りのさとみが部屋にやって来て…
「は〜、疲れたあ〜」
日勤の今日、やたらトラブルが多かった気がする。
毎度少しはあるけれど、ここまでのは珍しい。
朝からセルフレジの見守りをしていると、明らかに精算せずお肉のパック1つをマイバッグに入れた年配のご婦人が。
だもんで、慌てて声をかけた。
「あの、お客様、失礼ですが、今の商品、バーコード通ってませんでしたよね。」
すると…見る見るうちに顔が真っ赤になったそのご婦人は「あ〜!ごめんなさいね!ごめんなさいね!ただちょっと忘れただけなんですけどね!」と周りに聞こえる大声で逆ギレ。
「あ〜あ〜、なんだろうね!人がちょっと忘れただけだってのに、鬼の首でも獲ったみたいにして!まるで私が万引きでもしたかの様な言い方で!なんなの!なんなのよ!この店!この店員!」
「いえ、あの、決してその様なつもりでは…」
あたふたしている私とそのご婦人の間に、スッと原さんが笑顔で入ってくれた。
「え〜、お客様、どうされました?」
優しく穏やかな口調を崩さず、私に代わって丁寧に対応してくれたっけ。
数分話し合うと、ご婦人は冷静さを取り戻し「あの、ごめんなさいね、私ったらうっかりしちゃって。」などと照れた様子で店内を後にした。
その方だけじゃなく、他にも明らかに精算せず、商品をマイバッグに詰め込む人はいる。
私が声をかけると、キッとこちらを睨みつけながら元に戻して精算をしたり、たまにそのまま店を出て行ってしまう方も。
お昼から担当になった対人のレジでも、パックに入ったトマトを床に落っことして、潰れちゃったトマトと新しいトマトを交換するだの、オムツをとる練習のちびっ子が店内の通路でお漏らししちゃって、その後始末だの、まあ色々あったあった。
だけど…
クレーム対応を引き受けさせてしまった原さん。
申し訳ない気持ちと、原さんの笑顔を絶やさずスムーズに事を収束させたあの姿が、なんだか忘れられない。
原さん、素敵だったなあ。
あのすぐ後、背中に視線を感じてチラッとそちらを向くと、そこに赤瀬川くんがキャベツを持ったまま、こちらをじっと見つめてた。
私の視線に気づくと、慌てた様にキャベツの補充作業に戻ってた。
…赤瀬川くん…
手芸屋さんでばったり会った日から、なんとなくよそよそしい。
あんなに気さくに話してたのに。
ちょっと寂しい。
「ん?メール?」
帰宅してそのまんまソファーで休んでいたところに、さとみからメール。
(これからそっちに行っていい?)
なんだろう?
(いいよ!オッケー!待ってるよ〜!)と返信し、急いで散らかり気味の部屋の中を片付けた。
帰りに勤め先のスーパーで買った揚げ出し豆腐と、ジャンボ蟹シュウマイは、とりあえず電子レンジにしまった。
…
程なく、さとみ到着。
「急でごめんね〜!」
「いやいや、全然!全然!」
「あ!そうそう、ゆり、晩御飯まだでしょ?」
「え…あ…うん…」
「だと思った、来る途中、お弁当屋さんに寄って買って来たんだ!ゆり、一緒に食べよう!ねっ!」
「わあ、ありがとう…そだ!実は私もね、帰りにお惣菜買って来たんだよね…それもさ、一緒に食べよう!」
今日は川島さんに白菜の漬物と、水島さんからレーズンとりんごが混ぜ込んであるパンをもらった。
漬物は今、晩御飯のおかずの一品で出すとして、パンは半分に切って、帰りにお土産で持ってってもらえばいい。
買って来てくれたのは、まだほかほかと温かいチキン南蛮弁当。
テーブルの上に全部並べると、なかなかのご馳走だった。
…
「ねえ、あのダンボール何?」
そう尋ねると、
「ああ、あれさ、なるちゃんとこのバザーにどうかなあと思って」とさとみ。
早速中の物を見せてもらってびっくり!
全然汚れていない綺麗な箱に入ったブランド物のバッグチャームやキーホルダー。
他にもやっぱりブランド物のシャンパングラスのペア。
更には袋に入ったままの高そうなぬいぐるみが5つほど。
「え!これ…いいの?どれも高そうだけど…」
「いいの!いいの!だって、歴代の彼氏にもらったやつだもん。」
「いや…でもさ…」
こんなすごい物、リサイクルショップなどに売ればいいのに。
そしたら、少しでもお金になるから。
私なら絶対そうする。
だけど、さとみに言わせると、そんな形で得たお金はなんとなく嫌だとのこと。
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだよ」
「…でもさ、バザーだから、高くてもせいぜい500円ぐらいに金額設定しないとさ…」
そうなのだ。
教会主催のバザーは、協力してくれる方々からの寄付で成り立っている。
なので、運営する保育園を卒園した小学生や中学、高校生などの子供達や、地域の年金暮らしのお年寄りなどが買いやすい値段にしないといけない。
だから、私が作った動物巾着も、結構材料費がかかったけれど、「バザーだから」300円で売ってもらうことにした。
でも、さとみが持って来たこれらは一体、どんな価格にしたらよいものか。
私が腕組みをして考えていると、「全部100円!いや、10円でいいかなあって」とさとみ。
「えっ?えっ?今、何円って言った?」
「やだなあ、ゆり、何円って…ははは…そんな子供みたいな言い方して。」
「いや…だって…いや…それより、何円?何円で売るつもりなの?」
「ん?全部それぞれ100円か、10円でもいいやって…」
ええええええええ〜〜〜〜っ!マジで?マジなの?それ!マジ本気?マジ本気?
「…ん〜…だってさ…別れたやつから貰った物だから…本当は捨てちゃおうか迷ったんだけどさ…なるちゃんとこでバザーの寄付集めてるって聞いたから…ちょっとでもさ、なるちゃん達のとこの運営の足しになるんだったら、いいかなあと思うんだけど…」
「…そ…そう…なんだ…」
正直なところ、欲しいって思った。
だけど、出所がさとみの元カレ達からのプレゼントだから。
やっぱ、ヤダな。
物それ自体はいいけれど、それにまつわる背景が、ちょっと受け入れられない気分。
じゃあ、さとみの言う通り、バザーに出すのが的確な気がした。
「あ、そうそう、あれからあたし、考えたんだけどね…さよならのど自慢に応募しようかと思ってさ…」
「へ?」
さよならのど自慢。
正式名称は「今日でお別れ!さよならのど自慢」
毎週水曜日の深夜に放送されている、素人さんによる約30分の歌番組。
「その人、その人、それぞれに、どうしても捨ててしまいたいものがある。」
番組冒頭のナレーションが印象的だ。
今すぐにでも捨ててしまいたいもののエピソードと共に、捨ててしまいたい本人の手に寄って思い出の品を捨てた後、そのもの自体にまつわる思い出の曲や、歌詞がピッタリだと思われる曲を、捨てた本人がその場で熱唱。
それをスタジオで見守っている、過去に何かしらの不祥事を起こし芸能界から遠ざかっていたけれど、最近になって静かに復帰している俳優や歌手などに寄って審査され。
出場している3人の中から1人、優勝者を決めるという内容。
出場者の「捨てたい」エピソードが、若干過激な為、人気はあるものの深夜帯の放送となっている。
金属や木製品、陶磁器などは、番組に協力いただいているリサイクル工場の巨大なプレス機へ。
上からドスンと轟音を立てて落ちてくる大きな鉄の塊が、台に乗ったそれらを一瞬のうちに潰したり、粉々にしてしまう。
写真や衣類などの布製品は、同じ工場の焼却炉で盛大に燃やしてもらう。
焼却炉の窓から見える赤々とした炎の中で、あっという間に影も形も無くなってしまう。
出場者の「捨てたいもの」の思い出は様々。
元夫による激しいのD Vから逃れたある女性は、まだ優しかった頃にプレゼントしてくれた思い出の指輪を。
長い年月、姑からいじめられ続けたある女性は、姑の着物や帯などを。
急なリストラで契約を切られてしまった男性は、当時着ていたスーツや靴や鞄など。
出場している全員が、悲しかったり、辛かった思い出の品を捨てながら大きな声で決別の言葉を叫ぶ。
そして、歌いたい曲のイントロが流れると、ほぼ全員、涙を流して絶唱。
素顔のまま出場する方もいれば、目元だけ隠す人、マスクで口元だけを隠す人、顔全体をお面で隠す人などなど。
体型などの身体的な特徴がわからない様に、全員黒いサテンのマントで体を覆って歌う。
優勝者には「リフレッシュして来て下さい」と、旅行券30万円分と旅のお小遣い5万円が貰える。
惜しくも優勝できなかった他の皆さんには参加賞として、どこでも使える全国共通の商品券1万円分と、シャンプー、ボディシャンプー、歯磨き粉などの「全身スッキリ洗い流しセット」をプレゼント。
テレビに出るリスクはあるものの、番組の豪華な景品が魅力なので、出場したい人がいっぱいだと聞く。
事前のオーディションに合格しないと、なかなか難しいのだが…
さとみは是が非でも「出たい!」そうだ。
「そっかあ…」
付き合って間もないマッチングアプリの彼と別れたあの日、二人でフルーツパーラーの3000円もする「シャインマスカットパフェ」を食べてから、その足でカラオケしに行ったっけ。
そこで、男に裏切られた女の心情を歌った曲ばかり歌ってたさとみ。
私はお腹いっぱいで眠くなりそうになりながらも、タンバリン片手に合いの手を入れたり、曲に合わせて手拍子したりしたんだった。
あれからさとみ、仕事帰りや休日に、一人でカラオケに行って歌いまくってる様だ。
そっか。
歌って、さとみの気が晴れるんなら。
そう思ってたけど、違ったみたい。
「さよならのど自慢」のオーディションに向けて、ただ練習してるだけらしい。
今なら言える。
頑張れ!さとみ!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。




