第11話
職場に新しいバイトの人が入って…
職場に新しいアルバイトの人が来た。
「え〜と…赤瀬川のりやすさん…。」
「はい!宜しくお願いしま〜す!」
元気いっぱいの大きな声。
「あの、広瀬川ゆりです。どうぞ宜しく。」
「あはは」
「ん?どうかした?なんか変だった?」
「あ、いえ、すみません、その、なんか…僕達、苗字が似てるなあって思って…。」
「あ〜、そうだねえ…本当だ…あ、じゃあ、赤瀬川さん、なんか一個多いよねって言われない?」
「へ?一個?」
「そう、苗字の…」
「あ〜!あります!あります!赤瀬か、瀬川か、赤川でもいいんじゃないって…たま〜に言われますねえ。」
「わあ、やっぱり!私もよく広瀬か、瀬川か、広川でもいいんじゃないなんて言われること、たまにあるのよねえ。」
そんな会話をしていて、脳内でふと思い出した。
北山口さんとも、こんな会話したなあ。
アパートの1階、なるちゃん達の部屋の真下に住んでいる北山口さん。
引越しのご挨拶の時、確かそんな会話になった。
「いやあ、僕もねえ、北山か、山口か、北口でいいんじゃないなんて、よく言われたもんだよ。」
とても穏やかなご隠居さんといった風情。
朝、仕事に行く前、アパート前を箒でお掃除している北山口さんと必ず会う。
「おはようございま〜す!行ってきま〜す!」と挨拶すると、必ず笑顔で「ああ、おはようさん、ゆりちゃん、気をつけていってらっしゃい!」と返してくれた。
私だけじゃなく、なるちゃんや前田さんにも同様に「気をつけていってらっしゃい!」って。
あの日も確かに笑顔で挨拶したのだけれど…
仕事から戻ると、アパート前に救急車が停まって、何やら騒然としている。
「あの、これ、どうしたんですか?」
外で心配そうに様子を伺っていた前田さんから、この騒ぎが何なのか教えてもらった。
なんでも北山口さんが玄関の外の灯りの電球を取り替えようとして、脚立から落ちたらしいと。
「え!え!大丈夫なんですか?」
「う、うん、多分…大丈夫だと思う…大家さんが気づいて救急車呼んだ時、ちゃんと会話できてたって言ってたから…」
それ以上の状況は、前田さんも帰宅したばかりでわからない様だ。
程なく、救急車はけたたましくサイレンを鳴らすと、スッと道路に出て行った。
あれから約2ヶ月。
肩と足を骨折しちゃってるけど、命に別状はないとのこと。
私の仕事場に近い大きな病院に入院したので、何度か仕事帰りにお見舞いに寄った。
最後にお見舞いに行った時、「来週ギブスが取れる。」と喜んでいたのだけれど…
未だ、なかなか退院できずにいる状態。
アパートのみんなも心配している。
前田さんがお見舞いに行くと、始めに入院していた病室から違う病棟に移っていたらしく、「会えなかった」とがっかりしていたっけ。
北山口さんのおじいちゃん。
昔、「北山口たかしとクール&ドライ」とか言う、男性コーラスグループを率いていたんだと。
ジャンルで言うと、「ムード歌謡」
「二人のいつもの5番街」や「女の6合目」、「雨に濡れたアロハシャツ」などのヒット曲があるそうで。
特に「女のブルース3丁目」は大ヒット。
大晦日の「東西歌合戦」に出場したこともある様だ。
そんなすごい歌手の方が…と思ったけれど、なんか色々、色々あったみたい。
色々あって、今はここに流れ着いた。
そんな感じ。
前は、たまに、アパートの隣の純喫茶「純」で、歌を披露していたっけ。
だけど、北山口さん、「北山口たかしとクール&ドライ」のリーダーだったけれど、リードボーカルではなかった模様。
なので、純喫茶「純」の中でのカラオケで、演奏の部分に合わせて北山口さん、「わわわわ〜」とか、「う〜、う〜うう〜う、わ〜ああああ〜」なんて、コーラスの部分しか歌わないもんだから、曲を知ってる店内にいる誰か彼かが、慌ててメインを歌うという妙なライブが行われてたっけ。
それはそれで面白くって、たいそう盛り上がったからいいんだけど。
大家さんも「家賃はきちんと振り込まれてるんだけど、なかなか連絡が取れなくて…」と言っていた。
だから、ここ最近は少し寂しい。
はあはあ息をあげながら、いつもの坂を上って来ると、アパートの駐車場に黒塗りの外国車がババーンと停まっている。
え?誰?何事?
まさか所謂「あっちの世界の方」ではと警戒しながらも、自分の部屋へ戻るのに近づくと、1階の北山口さんの部屋の前に、高そうなスーツ姿のサングラスの男性。
ひゃあ〜〜!
こ、怖〜い!
見ず知らずのその方に、なんとなく会釈をして、そうっとそうっと階段を上っていると、「あの、ちょっと!」と、いきなり声をかけられ、思わず階段から落っこちそうになった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ…は、はい…あの…大丈夫ですから…」
お願いだから、もうこれ以上声をかけないでもらいたい。
「あの!」
私の心の声が聞こえたんだろうか?
ハッとなって、そちらの方を向くと、サングラスの人が「ここの、ここに住んでる人は、どこに行ったか、わかりませんか?」と聞いてきた。
「へ?」
「いや、だから、ここに住んでる北山口さんって人、まだここに住んでるんですよねえ!」
え?
なんでそんなこと聞くの?
まさか…まさか、まさか…北山口さんを追いかけてきたんじゃ…
昔、歌手の頃、色々、色々あったって言ってたけど、詳細は聞かなかったし、教えてもらえなかったけど…なんか、ヤバい…感じ?とか?
あ…どうしよう…この場合、「はい、住んでますよ!今、ちょっと入院してるんですけど」なんて、軽く答えていいものなのか?
それとも、ここはしらばっくれて「いいえ、ちょっとわからないんですよねえ。」なんて、とぼけてやり過ごす方が正解なんだろうか?
誰か!誰か助けて欲しい!
今、神様みたいな人に「願い事を3つ叶えてあげよう!」って言われたら、真っ先に「今すぐ助けて!この状況どうにかして!」って願いたい。
どうしよう。
そうしてる間にも、時間は刻々と過ぎていく。
答えられずに黙っている時間が、妙に長くなっていく。
どうしよう。
そんな時。
「あれ?ゆりちゃ〜ん!どしたの?」となるちゃん親子の声。
そちらを見ると、前田さんも今帰宅した模様で、こちらをキョトンと見ている。
「あ〜!あ〜!あ〜!あ〜〜〜〜〜!」
身振り手振りで、今のこの状況を必死で説明しているはずなのに、言葉が全然出てこない。
「え?何?どしたの?」
なるちゃんママが何かを察してくれたみたい。
なるちゃんを前田さんに預けて、スタスタと私とサングラスの人の間に入ってくれた。
「あの、なんですか?何かご用ですか?」
きっぱりした強い口調のなるちゃんママ。
今更だけど、素敵!
惚れ惚れしちゃう!
すると、サングラスの人、今度はなるちゃんママことミズエさんに切り替えた。
「ああ、あのですね、ここの人、今、どこにいるかわかります?ここにまだ住んでるんですよねえ。北山口さんって言うんですけど。」
さて、ここはどうでるミズエさん。
「それ聞いてどうするんですか?」
は!
その答え!
そっか!そう答えればよかったんだ!
私ったらバカバカバカ!
そういう機転が何故きかぬ!
両手を腰にあて、「なんだ!やんのか?オラあ!」体勢のミズエさん。
さっすが!元レディースの頭。
かっこいい〜!
じゃなくて、どうしよう、どうしよう。
何か怖いことになったら、すぐに間に入って止めて…そんで、なるちゃんを前田さんに安全な所に連れてってもらって、警察に連絡してもらっ…
「いや、あの…これをね、渡したいんですけど…」
そう言って、サングラスの人は、手にしていた大きな紙袋をミズエさんの前に突き出した。
「何ですか?これ…」
「…実は…」
危害を加えてきそうにないことと、話が長くなりそうなので、とりあえず一旦、全員で純喫茶「純」の中へ。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。




