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姫り眠  作者: 宮野やしろ
6/7

〜共通点〜

10月3日 木曜日


「おはようございます!9月33日のお天気をお伝えします!」


朝起きてくるなり、女性キャスターがありえない日付を言っているのがテレビから聞こえて、津堂はげんなりとした顔でため息をついた。視線をテレビから台所へ移すと、津堂の母は朝ご飯と弁当作りで忙しく、椅子に座る父は新聞を読むのに夢中になっていて、日付がおかしい事について何も言及しない。 いや、そもそも2人はおかしいと感じていないのかもしれない。

もしかしたら自分がおかしいんじゃないか?そんな錯覚に陥りそうになるのを頭を振って否定し、津堂はいつものように「おはよう」と両親に声を掛けた。


「おぉ、おはよう」

「おはよう灯。体調は大丈夫なの?」

「うん。よく寝たら元気になった」


昨夜疲れ果てていた津堂はいつもより早く布団に入り、おかげで今朝はすこぶる体調が良い。これであと学校の事さえ無ければと、少し憂鬱な気持ちになりながら津堂は茶碗にこんもり盛られた白米をパクッと口に運んだ。



「あっ、おはよー津堂君!」


登校して教室に入るなり、同じクラスの女子の善哉がパタパタと津堂の方へ駆け寄って来た。珍しいなと思いつつ、津堂も挨拶を返して自分の席に行こうとすると、なぜかそれを阻むように善哉が津堂の前に立ち塞がり津堂が困惑した表情を浮かべる。


「あの、鞄置きたいんだけど・・・」

「まぁまぁ、ちょっとこっち来てよ」


クルリと体を反転させられた津堂は、女子とは思えぬ力で善哉にグイグイと背中を押されて廊下の隅に連れて来られた。


「えっと、俺に何か用?」

「うん。あのね、単刀直入に聞くけど・・・津堂君って篠山さんの事好きなの!?」

「はぁ?・・・あー・・・」


「加東に続いてまたか」と、津堂の目がスンッと細くなる。ただ純粋な気持ちで篠山を庇っただけなのに、それでどうして仲良いだとか、善哉に至っては好きにまで発展するのか。いくら考えても津堂には理解出来ない。 ともかく、面倒事にならないようここはハッキリ言っておこうと、目をキラキラ輝かせる善哉に津堂が断言する。


「いや、全然好きじゃないけど」

「えぇ!?じゃあ何で篠山さんの事庇ったの?」

「それは、勝手に疑うのはよくないと思って」


そう津堂が伝えると、善哉は「なんだぁ」とかなりがっかりした様子。そんな彼女を見て、恋バナとか噂話が好きなのかなと津堂が推測していた時だった。


「ねぇ、勝手な憶測はやめてもらえる?」

「うわっ、びっくりしたぁ」


突然背後から篠山が現れ、驚いた津堂の肩がビクッと跳ね上がった。 今の台詞からして、篠山は津堂達の会話を最初から聞いていたようだが、あまりの気配のなさに声を掛けられるまで全く気付かなかった。

まるでお化けでも見たかのような津堂の反応に篠山が大きな瞳をスンッと細め、気を悪くしただろうかと津堂が内心焦る。


「篠山、あの・・・」

「言っとくけど私、彼氏いるから」

「えっ」

「えぇ!?」


てっきり文句を言われるのかと思いきや、篠山の口から出たのは意外な告白だった。小さく驚嘆した津堂の声は善哉の黄色い声に掻き消され、新たなスキャンダルに善哉が再び目を輝かせて興奮気味に篠山に詰め寄る。


「誰っ!?同じクラスの人!?」

「それは内緒。そういう善哉さんはどうなの?」

「?どうって?」


質問の意味が分からず首を傾げる善哉に、篠山がコソッと耳打ちする。すると善哉は右の掌を胸の前で振りながら「ちがうちがう」と笑った。


「あのね、実は私と鈴木君、」

「あれ?こんな所で何してるの?」

「あっ、夢宮さん・・・」


ちょうど登校して来た夢宮がニコニコ笑顔で近寄って来ると、一瞬にして善哉から笑みが消え表情が強張る。どうやら連日の騒動により、すっかり夢宮に対して苦手意識を持った善哉は逃げるようにその場から立ち去り教室の中へと消えた。それをきょとんとした顔で見届けた夢宮が篠山に尋ねる。


「もしかして私お邪魔だった?」

「いいえ、大丈夫よ」

「そう?それならよかった」


天然なのか鈍感なのか。明らかに善哉に避けられた事を気にせず、夢宮は軽い足取りで教室に入っていった。 ひとまず何もなくてよかったと津堂が安堵していると、横から篠山が津堂のカッターシャツの袖口をクイクイと引っ張ってきた。


「?どうかした?」

「さっきの夢宮さん、偶然かわざとかどっちだと思う?」

「?わざとって?」

「善哉さんが何か言おうとしたのを遮ったように感じたから」

「!・・・言われてみれば確かに」


たまたま夢宮が通り掛かっただけだと思っていたけれど、篠山の言う事も一理ある。だとすると、善哉は何を言おうとしたんだろうと気になった所で、津堂は篠山に聞きたい事があったのを思い出した。


「なぁ、さっき善哉に何て言ったんだ?」

「あぁ、あれ?鈴木君とおそろいのキーホルダー付けてるでしょって」

「えっマジで?全然知らなかった」


よく見てるなぁと津堂が感心する一方、篠山は外れた予想について真剣に考えている。


「付き合ってる訳でもないのに、どうして同じキーホルダーを付けてるのかしら・・・」

「手っ取り早く鈴木に聞いたらいいんじゃないか?」 「・・・それもそうね。じゃあよろしく」

「!?俺っ!?」


左肩をポンッと篠山に叩かれ、任務を任された津堂が人差し指で自分を差す。篠山が真顔でコクリと頷く。


「津堂君の提案なんだから当然でしょ?」 「いやまぁそうだけど・・・俺、鈴木と喋ったことないし」

「津堂君ならきっと上手くやれるわ。私は夢宮さんを見張っておくから」

「・・・・わかった。俺が聞くよ」


教室だと善哉の時のように妨害されるかもしれないので、鈴木が教室を出たら後を追って人気の無い所で話を聞く。決行は昼休みという事になった。

はたして上手くいくだろうかと、不安を抱えながら迎えた昼休み。昨日と同じく加東達と昼ご飯を食べながら、津堂はさり気なく鈴木の様子を伺う。都合の良い事に鈴木はスマホの画面を熱心に眺めながら1人で昼ご飯を食べていて、これなら気付かれないだろうと津堂は弁当を食べながら鈴木に視線を送る。

その際、鈴木の隣の空席が津堂の目に留まった。そこは氷上の席で、聞いた話によると昨日の夢宮との一件の後、知らぬ間に帰っていたらしい。またしばらく来ないのだろうかと考えながら、視線を鈴木の方にスライドする。


「津堂、鈴木がどうかしたのか?」

「ン゛ッ!?」


唐突に加東から聞かれ、津堂は口をもぐもぐさせながら目を見開いた。どうやら鈴木にはバレていないが、加東にはバレバレだったようだ。


「えっ、俺そんなに鈴木の事見てた?」

「見てた。なぁ?守子」

「うん。だから何かあるのかなって」

「う゛ぐっ・・・」


バレてしまっては仕方ないと、津堂は2人に事情を話す事にした。


「実は鈴木に聞きたい事があってさ。出来れば人気のない所が良いんだけど・・・」

「それなら心配ないぞ」

「?どういう事?」


津堂の質問に、加東に代わって守子が答える。


「鈴木っていつも昼ご飯食べたら教室からいなくなるんだ。あっ、ほら。今ちょうど席を立ったよ」

「!ほんとだ!俺ちょっと行ってくる!」


加東と守子の情報提供に感謝しつつ、津堂は鈴木を見失わないように急ぎ足で廊下に出た。右方向にスラリと背の高い鈴木の後ろ姿を見つけて、尾行がバレないよう一定の距離を保ちながら後をついていくと、鈴木は2階の渡り廊下を渡って北館へ向かう。北館には授業以外で訪れる事はなく、シーンと静まり返った昼休みの校内はまさに声を掛ける絶好のシチュエーション。・・・なのだが、鈴木の行き先が気になる津堂はもう少しついて行ってみる事にした。


「どこまで行くんだろ」


トントンとリズム良く階段を上って行く鈴木の背中を、手すりの下に身を低くして見上げながら津堂が小声で漏らす。間もなくして階段を上りきった背中が左に曲がり、津堂も階段を上がり始めたその途中。「ガチャッ、バタン」とドアを開け閉めする音が聞こえて、津堂は一段飛ばしで階段を駆け上がった。左に曲がって廊下に出るもそこに鈴木の姿はなく、津堂は静寂に包まれた長い廊下を上がった息を調えてからゆっくりと歩き出す。教室のドアならガララッという音がするはずだから、ここじゃないと1つ目の教室の横を足早に通り過ぎ、2つ目の教室に差し掛かる手前で津堂は足を止めた。2つの教室の間にドアを発見したのだ。それは白い鉄製の開き戸で、窓が付いていない為中を確認出来ない。

だが、さっき聞こえた音からして「ここに違いない」と確信した津堂は、躊躇わずにコンコンと扉をノックした。思った通り中から鈴木の「はい」という返事が聞こえ、津堂が手を掛けたドアノブを回してドアを押し開ける。初めて入った部屋の中は教室の半分程の広さで、部屋の隅に様々な名前のラベルが貼られた段ボール箱が積み上げられている。段ボールの横には畳んだパイプ椅子が立て掛けてあって、鈴木はその内の1つに足を組んで座り本を読んでいた。


「あの、ここって俺が入っても大丈夫?」


津堂が聞くと、鈴木がコクリと頷く。


「ここはただの物置き部屋だから」

「そうなんだ。いつもここで本読んでんの?」

「うん。1人で静かに読める場所を探してたらたまたま見つけてね。それで先生に使わせてほしいって頼んだんだ」

「なるほど」


ここなら人が来る事もなさそうだし、何だか秘密基地みたいで良いなと津堂の中の子供心がワクワク浮き立つ。


「でも、今まで誰も来た事がなかったからびっくりした」

「ん!?それはその・・・たまたま鈴木が北館に行くのを見てついて来たんだ。ちょっと聞きたい事があって」

「聞きたい事?僕に?」


不思議そうな顔で自分を指差す鈴木。いきなりこんな事を聞いたら変に思われるだろうかと不安に思いながらも、津堂は思い切って話を切り出した。


「あのさ、鈴木って善哉と同じキーホルダー付けてるよな?」


津堂が指摘すると、目に見て分かる程に鈴木の顔が赤くなり、朝の善哉のように胸の前で掌を振って否定する。


「あれは別に深い意味はなくて・・・」

「それは善哉から聞いた」

「えっ・・・善哉さん、何か言ってた?」

「ん?えーっと・・・ちがうちがうって笑ってたよ」


まだ新しい記憶のままを津堂が伝えると、鈴木は「そっか・・・」と寂しそうに呟いて俯く。そんな鈴木を見て、津堂はすぐにピンと来た。


「もしかして鈴木って、善哉の事好きなの?」 「っ!!!・・・・うん」


さらに耳まで赤くなった鈴木が頷けば、津堂のテンションは一気に上がり、段ボールの横のパイプ椅子を鈴木の向かいに広げて座って、そこから恋バナトークが始まった。


「えっ、いつから?」

「同じクラスになってすぐ、かな。席が名前の順だった頃に善哉さんが話し掛けてくれたんだ。僕あんまり人と喋るの好きじゃないんだけど、善哉さんと話してると楽しくて」

「へぇ〜いいじゃん」


はにかんだ笑顔で話す鈴木につられて、津堂も顔が綻ぶ。まさか初めて喋る相手との話題が恋バナになるとは思わなかったが、善哉の好きな所や告白しないのかなど津堂が聞くと、恥ずかしそうにしながらも鈴木は答えてくれて話が弾む。津堂の質問タイムが終わり、今度は鈴木から津堂に質問する。


「津堂君は好きな人いないの?」

「ん?いや、俺は別に・・・」

「そうなの?篠山さんは?」

「あ〜、ハハハ・・・」


お前もか!とツッコみたくなるのを堪えて、苦笑いを浮かべる津堂。誤解がないように鈴木にもハッキリ断言しておく。


「篠山の事は何とも思ってないよ。ていうか彼氏いるって本人が言ってたし」

「そうなんだ。ちょっと気になるな」

「善哉が同じクラスかって聞いたら、内緒ってはぐらかしてたけど」


津堂の話を聞いた鈴木は、手元の本に視線を落として数秒間考え込み、それからまた顔を上げてまとめた意見を述べる。


「僕は違うと思う。篠山さん、入学してすぐに入院したから彼氏作ってる時間ないと思うんだ」

「って事は、中学からとか?」

「もしかしたら昔からの幼なじみかも」

「それ漫画でよくあるやつ!」

「あははっ、本当だ」


他愛のない鈴木との会話が楽しくて、津堂はすっかりここに来た目的を忘れてしまっている。代わりにそれを覚えている鈴木が、脱線したままの話を津堂に振る。


「ところで、津堂君は僕に何を聞きたいんだっけ?」 「っぶね!そうだった。えっと、鈴木が善哉と同じキーホルダーを付けてる理由を知りたいんだ」

「あぁそれはね、僕達た」

「・・・・・は?」


バサッと音を立てて、鈴木が読んでいた本がパイプ椅子の上に落ちた。たった今まで津堂の目の前にいた鈴木が、忽然と姿を消した。


「えっ鈴木?・・・鈴木っ!?」


椅子から立ち上がった津堂が部屋の中を見回し名前を呼ぶが、鈴木の姿はどこにもなく、もちろん返事もない。

どうして急に消えた?キーホルダーの理由を言おうとしたから?それともただの偶然?

まさか、神隠しに遭ったんじゃーーー。

様々な思考が脳内を巡る中、津堂がハッと目を見開いて呟く。


「善哉・・・」


嫌な胸騒ぎを覚えて、津堂は物置き部屋を飛び出した。

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