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姫り眠  作者: 宮野やしろ
5/7

〜衝突〜

「津堂、よかったら一緒にメシ食うか」

「えっ、・・・うん」


昼休みになり、1人で食べるつもりだった昼ご飯に誘われた津堂は、弁当を持って加東の席までやって来た。昨日に続いて気を遣ってくれた事に感謝する反面、少し申し訳なくも思いながら加東の近くの空いている席を借りて座る。


守子(もりこ)、俺も一緒に食っていい?」

「もちろん。津堂と食べるの初めてだから楽しみだ」

「うん、俺も」


いつも加東と一緒に食べている守子に快く迎え入れられ、初めての3人でのランチタイムが始まった。

手を合わせて「いただきます」をしてから、津堂は他の2人の弁当にチラリと目をやる。加東はラップで包んだおにぎりが3つ。守子はアルミ製の長方形の弁当箱に梅干が乗った白米と、肉のおかずが半分ずつギュウギュウに詰められている。


「守子の弁当すげぇボリュームだな」

「俺これくらい食べないと夕飯まで保たないんだ。これとあとパンも食べるよ」

「マジで?」


すごい食欲だと津堂は驚くが、縦にも横にも体が大きい守子にはこれくらい食べるのが普通なんだと1人納得する。


「ちなみにその弁当、守子の手作りな」

「えっ、そうなの?すげぇ!」


加東からの情報を聞いてさらに驚く津堂に、守子が「いやいや」と手を振って事情を説明する。


「うち母子家庭でさ、母ちゃんが夜に仕事に出て行くから朝ご飯と弁当は俺が作ってるんだ」

「そっか。偉いなぁ守子」

「別に偉くないよ。料理するの好きだし、自分で作ると好きなおかずいっぱい入れられるから」

「なるほど、たしかに」


改めて守子の弁当を見てみると、見た目は全体的に茶色くて地味だがシュウマイに唐揚げ、ハンバーグにコロッケと津堂が好きなおかずばかりが入っている。見ていたらだんだん羨ましくなってきて、今度自分で作ってみようかと弁当作りへの意欲が津堂の中で沸き上がった。


「ねぇ!元はと言えば西内さんが言い出したんだよね?神隠しって」


そんな平和なランチタイムに突如響いたけたましい声。教室にいる全員が「またか」と視線を送った先には、夢宮に詰め寄られて困惑する西内の姿があった。夢宮の隣には彼女の友達の野々田がいて、何とか夢宮を止めようとしているが夢宮は全く聞く耳を持たないようで。飲みかけのパックジュースを右手に握り固まっていた西内が夢宮の問い掛けに答える。


「えっと、まぁそうだけど」

「だったら私の味方してくれるよね?」

「いや、味方って言われても・・・。ていうか、何でそんなに神様のせいにしたいの?」

「だって神様が消したんだもん」


あたかも自分の目で見たかのように言い張る夢宮に、クラスメイトが白い目を向ける。それに気付いた野々田が涙を浮かべて「さち、もうやめて」と訴えるが、やはり夢宮に野々田の声は届いていない。


「ちょっとうるさいんだけど。ご飯の時くらい静かにしてよ」


そこへ、昼休みに珍しく教室にいた蒔苗が苛立ち気味に夢宮に注意を促した。すると西内から蒔苗へと矛先を変えた夢宮は、素早く移動して蒔苗の机の正面に立ち、座っている蒔苗を上からジロリと睨みつける。

 

「話し合いに参加しなかった蒔苗さんにとやかく言われる筋合いないんだけど」

「別に強制じゃなかったでしょ。一応会話は見てたし。てか、あんた昨日は神隠し主張してなかったのに何なの?頭おかしくなった?」

「はぁ!?・・・あー分かった。蒔苗さんは私の事が嫌いだから、私の言う事を否定するんだ」


それならばと、夢宮は西内の所に残してきた野々田の方にぐりんと勢いよく顔を向けた。


「ねぇ!野々ちゃんは私の言う事信じてくれるよね!?」

「えっ!?」


八つ当たりとも取れる形で唐突に話を振られ、野々田の2つに結った三つ編みが小さく揺れる。困ったように伏せた目を泳がせて、野々田がおずおずと口を開く。


「わ、私は・・・神隠しかどうかは分からないけど、篠山さんが来てから変な事が起きだしたなって・・・」


野々田の意見を聞いて、今はいない篠山の席にみんなの視線が一斉に集まる。ぐるりと教室の中を見渡し、その光景を目にした津堂はどうしようと内心焦った。

今の発言で篠山が犯人だと断定出来る訳ではないが、篠山を疑う者はいるだろう。夢宮の言う神隠しに信憑性がないのと同じで、津堂も絶対に篠山じゃないという確証がある訳ではない。それでもこの状況を見過ごす事は出来ないと、津堂は意を決して椅子から立ち上がった。


「あのさ!」

「わぁ!びっくりしたぁ」

「あっ、ごめん!」


いきなり立ち上がった津堂に守子が驚きの声を上げ、加東も食べかけのおにぎりを手に目を丸くしている。驚かせた事を2人に謝り、今一度津堂が教室の中を見渡すと、さっきまで篠山の席に向いていた視線が津堂に集まっている。何だか責められているようなこの視線が苦手な津堂は、緊張でドキドキ跳ねる心臓を鎮めようとフーっと息を吐き、そして話し始めた。


「実は俺も野々田と同じ事思ってて、それで今日の朝篠山に聞いたんだ。でも篠山は違うって言ってた。だから本当かどうかは一旦置いといて、とりあえず神隠しって事にしとかないか?」


聞いてみたはいいが誰からも返事も反応もなく、訪れた沈黙に津堂は一度鎮めた心音がさっきよりも激しく鳴るのを感じた。

どれくらいの人が賛成してくれるだろうかとみんなの様子を伺っていると、津堂のすぐ近くで手が挙がった。


「俺は津堂の意見に賛成だな」

「俺も」


加東と守子が小さく手を挙げると、それに続いて次々と津堂の意見に賛成する声が上がっていく。


「俺もそれでいいと思う!ミステリー好きに悪い奴なんかいねぇし!」

「木原、ありがとう」

「あの、津堂君」

「!夢宮」


何とかピンチを乗り切り安堵していた所に夢宮が近寄って来て、津堂はギクリとした。今やトラブルメーカーと化した夢宮に津堂が反射的に身構えると、夢宮はにっこり笑って津堂の右手をギュッと両手で包み込んだ。


「ありがとう。津堂君なら味方してくれるって信じてた」

「えっ?あぁ、うん・・・」


本来ならばドキッとするシチュエーションのはずが、夢宮の笑顔がどこか不気味に感じて津堂はぎこちない笑みを浮かべた。


「お疲れさん」


夢宮が立ち去り、やれやれと席に着いた津堂に加東が労いの言葉を掛ける。言葉の通りお疲れの津堂は、苦笑いしながら弁当の続きを食べようと箸を手にして、ふと守子の元気がない事に気付いた。


「守子、どうかした?」

「ん?うーん・・・」


キョロキョロと教室の中を見渡し何かを確認すると、守子はうつ向いてポツリとこぼした。


「俺、いつも笑顔の夢宮さんに癒されてたから、ちょっとショックっていうか・・・」

「!それすげぇわかる」


自分も同じ気持ちだと津堂は守子に頷く。朝挨拶をして、蒔苗に「おはよ」と返された時の夢宮の嬉しそうな顔に津堂も癒されたから。

そう、昨日まではいつも通りの夢宮だったのだ。それが今日になって急に蒔苗に挨拶しなくなり、異常なほど神隠しに執着するようになった。


「なんか夢宮、人が変わりすぎっていうか・・・」

「夢宮じゃないんじゃない?」

「!!蒔苗・・・」


津堂達の横を通りかかった蒔苗の発言に、津堂が反応を示す。


「なぁ、それって」

「ま、どっちみち嫌いな事に変わりないけど」

「あっ!おい蒔苗!」


津堂が呼び止めるのを無視して、蒔苗はスタスタと通り過ぎて行く。そのまま教室から出て行く蒔苗を津堂がじっと目で追っていると、その背後から誰かが「津堂君」と呼んだ。津堂が振り返ると、そこに立っていたのは野々田だった。


「なんだ野々田か。俺に何か用?」

「えっと、その・・・さっきはごめんなさい。私、何とかさちの気を神隠しから逸らせたくて、篠山さんの事疑って・・・」

「あぁ、いや別に気にしてないよ」


「わざわざ俺に謝る事ないのに」と内心思いながら津堂が返すと、野々田はホッとした表情を浮かべて自分の席へと戻って行った。気付けば昼休みも残り僅かとなり、急いで弁当を食べなければと津堂が体を前に向けると、先に昼食を食べ終わった加東が眼鏡越しに津堂を見ながら聞いてきた。


「で、どうなんだ?」

「?何が?」

「お前と篠山だよ。いつの間に仲良くなったんだ」

「えぇ?」


なぜ自分と篠山の仲が良い事になっているのかと困惑する津堂に、横から守子が理由を教える。


「さっき津堂が篠山さんを庇ったからだよ」

「それで仲良いってなるか?」

「仲良くなかったら庇ったりしないでしょ」

「そういうもんか・・・」


ただ篠山が疑われるのを回避したかっただけなのに、まさかそんな風に解釈されるとは想定外だった。しかし仲良くなった経緯を話すと煙草の件がバレかねないので、加東には悪いが話を誤魔化す事に津堂は決めた。


「実は昨日外で昼飯食った時に篠山と話したんだ」

「へぇ。どんな話したんだ?」

「ん?えっと・・・体調の事とか、入院してた時の事とか・・・」


それは荻原と弁当を食べながら話した内容で、思い出して少し切なくなった津堂の表情に影が落ちる。それを見逃さない加東は「そうか」とだけ言って、それ以上何も聞かなかった。

間もなくして予鈴が鳴り、教室にいなかった生徒が戻って来る。もちろん篠山も。その際何人かが篠山をチラリと見たが、特に篠山は気にしていないようで津堂はホッと安心した。

また、神様の仕業になったのが余程嬉しかったのか、昼休みが終わってから夢宮はすっかり大人しくなった。授業の合間に野々田と楽しそうに喋る夢宮は津堂がよく知る笑顔の彼女で、いつもの夢宮に戻ったと野々田も嬉しそうにしている。

それは良かったのだけれど、じゃあ昼休みのあれは何だったんだろうと津堂は考える。もし蒔苗の言った通り、今いる夢宮が「夢宮じゃない」のだとしたら、考えられる可能性は2つ。二重人格か、もしくは何者かが夢宮になりすましているか。

でももし後者だとして、本人に直接聞いて「はいそうです」と素直に答える訳もない。ならばどうやって証明すればいいのかと、津堂は白紙のノートにシャープペンシルの先端でトントンとリズムを刻む。


「津堂。おーい津堂!」

「!!はいっ!」


指名されて慌てて椅子から津堂が立ち上がると、教壇の前に立つ年配の男性教師と、他のクラスメイトが津堂に注目している。状況から察するに、どうやら授業中に当てられたらしい。


「今言った所から次のページまで読んでくれ」

「あ、はい。えーっと・・・」

「87ページの6行目からだよ」


慌てた様子で教科書をパラパラと捲る津堂に、横から小声で教えたのは夢宮だった。言われた所まで読み終え、席に着いた津堂が「ありがと」と小声で礼を言うと、夢宮が津堂に微笑む。

はたしてこれは本物なのか、偽物なのか。

自分に向けられた笑顔を、津堂はもう純粋に可愛いと思えなくなっていた。


「ねぇ、もしかして昼休みに何かあった?」


6限目の後、夢宮が席を外したタイミングで篠山が後ろを向いて尋ね、尋ねられた津堂は首を傾げる。


「何で?」

「みんなが夢宮さんの事をチラチラ見てる気がするから」

「あー・・・」


なかなか目敏いなと感心しながら、津堂は夢宮の件を篠山に話した。話を聞いた篠山は、加東と同じように「大変だったのね」と津堂を労った。


「私は元々の夢宮さんを知らないけど、今のままでいてくれたらいいわね」

「本当にな」


その後始まったホームルームが終わる頃には、津堂の精神的な疲れはピークに達していた。早く家に帰って休もうと津堂が帰る支度をしていると、前の席の蒔苗が椅子から立ち上がる。昼休みの返事を聞きたくて、帰ろうとする蒔苗を津堂が呼び止めた。


「あの、蒔苗」

「!なに?」

「昼休みに言ってた夢宮じゃないってどういう意味?」

「あぁ。あれはただ感じたままを言っただけ。じゃ、消えてなかったらまた明日」

「、また明日・・・」


冷静に考えたら、蒔苗が知っているはずがないと津堂は今さらながらに気付く。

それよりも、また明日誰かが消える。もしかしたら次は自分かもしれないのに、疲労困憊の津堂にはそんな心配をする余裕もなく。


「母さん、悪いけど夕飯出来たら声掛けて・・・」


くたくたで帰宅した津堂は、夕飯の時間まで泥のように眠ったのだった。

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