one survive
one survive)
【より多くのベースを持つキマイラの生存力。まったくベースを持たないことはソレの最たるに等しい。零からの衝動。サヴァイヴ、ソレは終幕に独り生き残る者。誰も適わない。】
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そして島には俺一人が生き残った。
たぶんこの事件はその組織が隠蔽するだろう。でも一つだけ言っておきたいことがある。コレは言わなきゃいけないことだし。言ったって助かるわけじゃ無いかも知れないが。何にも知らずに喰い殺されたんじゃたまらない。
いいか、気をつけろ。森の中で不思議なモノを見たらすぐさま逃げろ。出来るだけ遠くに、家族や友達も誘ってやれ。
しかし、どうしてもそこに残るなら、サヴァイヴを呼べ、出来れば急いで駆けつけよう。
夏休み。俺は祖父さんの住む島に遊びに来ていた。島民200数名の小さな島の村。俺が生まれるずっと前には島の火山が噴火して大騒動があったらしい。死者もたくさん出た。それなのに祖父さんも島の人たちもこの島が好きで離れない。その代わりに父さんみたいな人はわんさか島を出て行った。
島は年寄りが増え、若い人は減って、たまに世捨て人みたいに帰ってくる人間が数人居着いているけど、ソレだってそのうちは老人の仲間入りをする。そして老人は死んでいく、若者は去っていく。
いつかはこの島も無人になるのかも知れない。きっと今回の事件もそういうときに起こっていればこんな大惨事にもならなくて、俺の人生もこんなに狂わされなくて済んだだろう。
「裕太ぁ。香ちゃんが来てるよぉ。」
祖父さん家の二階で寝ころんでいたらそんな忌々しい声が1階から聞こえてきた。
海の風。潮の匂いと窓際の木漏れ日。内輪片手に座敷で寝ている、この空間を捨てたくはねぇんで、俺はしばらく黙っていた。
「・・・・おい!シカトすんなっ!来い!」
すると凄んだ鋭いヤクザ声が1階で壁を叩く音が聞こえる。ヤンキーじゃないんだからさぁ、もっとおしとやかにお願いしたい。でも、たぶんこれ以上白切ってると殺される。俺はダラダラ立ち上がり1階に出頭。
「なぁに?香って・・・?誰だっけ?」
「ばっかかアンタは。向井香って幼なじみでアンタ昔よく遊んでたでしょがよぉ?」
ノースリーブのサバサバ女が腰に手当ててしかめっ面で言った。
上木殊子。いちおう俺の叔母だけどまだ26歳である。祖父さんが45の時の娘ってことはうちの母ちゃんの20歳下の妹で、俺より10っこ上の叔母である。
生まれも育ちもこの赤穂島、生粋の赤ほっ子であり、本土の高校行くとき島を出て結婚して子供作って離婚して子供連れて出戻ってきた困ったヤツである。
そして向井香・・・?は、マジ知らねぇ・・。
「知らねぇよ。マジ覚えてねぇんだけど。」
そりゃそうだ。俺がこの島によく来てた頃って小学校上がったか上がってないかぐらいのことだろ?はな垂れ小僧時代ですよ知りませんよ普通、覚えてませんって。香ってむしろ当然のように言われても・・ねぇ?
すると叔母殊子は切れ気味でまた壁叩く。
「だいたいアンタさぁ?なんで遊びに来たの?ずっと家ん中居るんじゃ東京にいるのと変わん無いでしょうが!?」
どーでもいいけどすげぇ眼付けるよこの人。とても一児の母とは思えねぇ。
「だけどさぁ。ホンットに何も覚えてないんだよねぇ・・・。それに俺さぁ、ちょっと今ナイーブだから繊細に扱って欲しいって言うかぁ・・。」
俺、憂鬱そうにいい訳。叔母殊子、まったく通ぜず目を細めて睨む。
「いきなりいじけてんじゃねぇ。いいからさっさと外行け。香ちゃんのことだって顔会わせたら思い出すに決まってんだよ。てめぇはもう、だらしねぇガキだなぁっ!」
大喝。体中がしぼむ様な怒声ですね。しっかし、この鬼め・・・。いじけてるだとぉ・・ちくしょう・・あ~あ、面どくせぇ・・・。
叔母殊子、プンスカ台所へ去っていく。俺、それを見送り睨め付ける。くっそー出戻り女めぇ・・・。ま、しょうがねぇか・・。
しょうがねぇ、しょうがねぇ、しょうがねぇから玄関に行くと女子が一人立っていた。黄色のワンピースを着た女の子・・。しかも・・。
「あ、裕太くん?」
「え・・・あ、かおりちゃん?」
思わず指を差す俺。
「うん、久しぶりだね。」
笑顔で頷く香ちゃん。
可愛い。なんてことだ。透き通った声、白い肌、大きな目。何故、こんな場所に住んでいて貌が日に焼けてねぇんだ!奇跡だ。こんな売れ残りみたいな島に奇跡が舞い降りた。
「あの、さっき殊子さんと揉めてたみたいだけど、今ちょっと都合悪かったかなぁ?」
「いや、ぜんぜん。」
まったく何のことだか!
「よかった。私、今は本土の高校に通い始めたんだけど、夏休みだからちょっと帰ってきてて・・。」
香ちゃんの唇が弾む。ピンクだ、ほとんどピンクのような赤色だ。素晴らしい芸術だ。ピカソだ。いや、ピカソは違うのか?
「よかったら、今から少し島の方歩かない。案内するから。わたし、三月までは島にいたから詳しいんだよ。」
ニコっと微笑む香ちゃんはきっと天使なんだ。たぶん、間違いないんだ。
「よ、よし、行こうか。俺も久しぶりだから案内してくれると助かるよ。」
香ちゃんは笑顔で頷いた。俺はというと、もう緊張しちゃって最初はロボット歩きみたい状態で島を案内してもらうことになった。
向井香に導かれるまま瓦屋根の軒並みを案内してもらった後、港に行って漁師さん達と適当に会話して、ボウズボウズと可愛がられた。
”ボウズ、でかくなったな。”
おかげさまで。
”ボウズ、ずーたいデケェんだから漁師になるか?”
遠慮。
”ボウズ、香ちゃん可愛いからって手ぇ出すなよ”
よけいなお世話だ。
漁師の人たちは気楽でいいよな。俺なんか・・・。
「ねぇ、裕太くんは東京にずっと住んでたからいいね。」
漁場から離れて、来た道とは違う道で島を奥に歩いていると香ちゃんが言った。少し翳りのある言い方だったので俺は聞き返す。
「どうして?」
「だって裕太君はずっと東京に居て東京の暮らし慣れてるから・・・・。」
香ちゃんは道の左側の林の方を見ながら答える。
「わたしなんて島から出て学校の寮から通学して、見る物全てが初めてで何やってもうまくいかない気がして・・・まだクラスには馴染めないし・・・・なんか、ちょっとホームシック。」
言って、香ちゃんは道ばたの小石を蹴り飛ばした。
なるほど、どうやら帰郷理由は同じ様なモノだな。俺は彼女の蹴った石を目で追った。
「わかるよ。違う暮らしに馴染めないのって。」
「・・?」
香ちゃんは首をかしげる。丸くて大きい瞳がちょっとハムスターっぽい。
「俺もさぁ、中学卒業して私立の高校に入学して、今までとは違う暮らしで結構、大変。」
「え・・?どんな風に・・・。」
キョトンと聞き返す香ちゃん。俺は意味もなく頷く。
「うん、まず学校行くのに電車乗るだろ。小学校から中学校に上がるのと違って知り合いなんて全然居ないし、中学の頃のままのノリで行くと結構嫌われるしな。最初はみんな様子見って感じで絡みづらいって言うか・・・前の方が楽しかったなぁ・・。」
「そうなんだぁ・・・。」
少し意外そうな貌をして香ちゃんは俯く。そしてまたすぐに顔を上げた。
「じゃあ、もしかしてここに来たのも気晴らし?」
「まぁね。ちょっと嫌なことあってさ。」
「わたしも。おなしだね。」
香ちゃんは仲間だとわかって嬉しいらしい。可愛く笑った後、少し飛び跳ねた感じで前の方に駆けた。そして振り返る。
「あ、裕太くん覚えてる?」
何か思い出したらしい、両手を叩いて林の方を見た。が、たぶん俺は覚えていない。
「9年くらい前・・。裕太くん、一人で火口の森の立ち入り禁止のフェンスの向こうに忍び込んだことあるよね。」
「・・・・・・いや、よく覚えてないけど・・。」
「ええ!?ウッソじゃあお化けのことも?」
「お化け・・・?」
何の話だ?俺は小首をかしげる。
「ええー。そっかぁ・・覚えてないかぁ。」
香ちゃんは残念そうな貌をして唇をとがらした。
「あの日、裕太くん帰って来てから三日間も風邪ひいて大変だったんだよぉ?ソレも覚えてない?」
「いや、まったく。」
本当に・・そんなこと覚えてない。だいたいお化けって何のことだ?
香ちゃんは林の小道へ入った。ソコを突っ切るとおそらく方向的に家へ戻ることになる。
「もう、帰るの?」
俺はまだ二人で散歩したいと思うが。訊くと香ちゃんは首を横に振った。
「うんうん。ちょっと行ってみようよ?」
「どこへ?」
少し悪戯っぽく言うので俺は何のことか聞き返した。
「立ち入り禁止の森。」
林の小道の枝がばきっと折れた音がした。香ちゃんは意外に冒険心旺盛な子供の貌をして呟くように言って笑った。俺は足下で折れた枝を見下ろした。
枝は少し黴びて腐っていた。
「痒い・・。」
俺は無意識に呟いた。自分の足をズボンの上から掻きむしる。
「ほんと?ヤブ蚊に刺されたかなぁ?」
香ちゃんは森の中をぐるり見まわした。ヤブ蚊を探しているのだろうか?
熱帯の森?つまり密林?わりとかなり生い茂った植物たちと空を覆い隠す樹木達が犇めき、虫の声が聞こえる。
赤穂島の中央から西側に向かって広がる大森林は山頂の噴火口をすっぽり囲んでいるらしい。
で、あるから、ある程度森を進むと一般人は立ち入り禁止区域とされていて、ご丁寧に金網のフェンスが備えられているらしい。
そして俺達は今、そのフェンスを越えた先の未知の領域へ向かっているらしい。
どうでもいいけど身体が痒い。特に足が・・・脹ら脛が痒い。
「虫さされの薬とか持ってくればよかったね。」
香ちゃんが痛々しそうに言った。俺はその優しさで痒さなんて吹っ飛ばすことが出来る。きっと出来る。
「大丈夫、大丈夫。」
俺は強い男として痒いところを掻いてばかり居るのをやめた。偉い!そして話を戻す。
「で、お化けって何のこと?」
「うん、なんか透明で脈打ててデッカイとか・・・てゆーか裕太くん第一発見者だしね。」
「はぁ・・・。」
香ちゃんは俺が覚えてないことにまだ唇を尖らせていた。
「裕太くんがあの日、泥だらけで帰ってきてその怪物のこと話して熱出して寝込んじゃったんだよ。
あの時、裕太くんすごい顔色悪くてわたし死んじゃうのかと思って泣いちゃったんだから・・・。」
「へぇ・・・。」
そんな昔のことを文句っぽく語られても知らない。でもまぁ風邪ひいてたから記憶がないのかもな・・。
「それで、その後から目撃者が増えて・・・・去年も漁師の佐藤さんが見たって。その時はデカイ蛭みたいなヤツって言ってたけど・・・。」
「・・・ヒル・・・?さっきは透明なヤツって・・?」
俺は聞き返す。だいたい巨大なヒル?突然変異か何かじゃないか・・・?
「でも、お化けを見たことには変わりはないでしょ?もう何人もあのフェンスの向こうに変なモノを見ててね。ソレが何だか分からないからみんなあまり近づかないことにしてるの。」
「・・・じゃあ、行かない方がいいんじゃない?」
と、言ってみたら香ちゃんは少し眉をひそめた。
「・・・だぁいじょうぶだよぉ。」
言って香ちゃんは足を止めた。そしてタイトな半ズボンのジーパンのポケットから何かをゴソゴソ取りだす。
「ほら、このお守り。」
俺の前に差し出す。それは小さな巾着のお守りだった。
「・・・・?」
そして何故かそうして俺に差し出して表情を伺う。このお守りに何か意味があるのか?
「ホントに何も覚えてないんだね。」
少し呆れた感じで香ちゃんはため息をついた。俺としては香ちゃんの記憶力に感心する。正直言ってガキの頃のことなんて映像がちぐはぐなだけの思い出と呼べるほどの明瞭なモノなど俺にはない。
「これは裕太くんがわたしにお祭りの時、買ってくれたもの。」
「へぇ・・・」
香ちゃんはそう言ってお守りを見せびらかすように左右に振った。しかし、よく今まで大切に持ってたな。そんなあげた方も覚えてないようなお守り。
「わたしね・・。あの日、裕太くんが森に入っていったとき怖くてついて行かなかったのね。でも本当はわたしも行きたかったの・・・。」
香ちゃんは俯きながら喋った。
「だからね。裕太くんが風邪ひいて帰ってきたときは本当に後悔したなぁ・・。」
香ちゃんは指先のお守りをしみじみと見つめた。
「このお守り・・・。わたしが持ってれば裕太くんは相乗効果で風邪をひかなくてすんだかも・・・。」
お守りを指先で揺らす。そして香ちゃんは顔を上げてにこやかに笑う。
「でも、今回は大丈夫だよ。お守りちゃんと持ってるからね。」
「あ、フェンスだ。」
気付くと目と鼻の先に金網のフェンスが見えていた。背の低い無意味そうなフェンスだった。
近づいてみるとその役立たずさはよく分かった。これなら子供でも通ることが可能である。なんたって腰まで届かないような金網がほとんど向こうの草木に倒れ込む様にして辛うじて立っている状態なのだ。
「何年前に作られたフェンスだ・・・。」
ところどころ錆びて金網が壊れている。何故か大小様々な穴が所々に開いていて小動物の通り道のようになっている。これは、無意味としか言いようがない。
たぶん立ち入り禁止にする気など無いと思う。あ、ついでに立ち入り禁止の札と思われる鉄板の看板が落ちている。赤い文字が瘡蓋のように剥がれていてよく分からないがおそらくそれが立ち入り禁止の警告だろう。
「ねぇ、こっち木が少なくて道になってるかもっ!」
香ちゃんが向こうで呼んだ。行ってみるとどうやら獣道らしきものがフェンスの向こうに続いていた。
「入るの?」
俺は怖くはない。だけど何か狭くて険しい獣道、見るだけでますます太ももが痒くなる。しかし、香ちゃんは意を決したような目つきになっている。
「よし、行こう。」
香ちゃんは突入を敢行する。
最初はもっと大人しそうな雰囲気だと思ってたのに・・・やはり島育ちなのは叔母殊子と同類な気質を孕むのだろうか?
俺は渋々、彼女の後についてフェンスをまたいだ。
獣道は外見よりも中の方は結構開けていた。地面だってくるぶしぐらいの高さまでの草が生えている場所と生えてない場所がある程度の難しい道ではない。むしろ嫌なのは背の低い木の枝葉が貌に当たる高さでタッチしてくるのがウザイ。何かあつっくるしいオヤジみたいに視界を遮ってくるのだ。
それにしても森の中というのは外よりもだいぶ涼しい。空気は島全体を通してわりと良い感じに済んでいるが森の中というとまた違う独特のイオンを感じる。マイナスのフローラルイオンだ。素晴らしい。そしてまたこの見上げると見える光の点。木の傘の隙間を縫って細かい木漏れ日が昼間の星を思わせる。フェンスを越えてからはその感も尚盛大になっていた。
「なんか気持ちいいなぁ。」
俺はちょっと開けた場所に来ると深呼吸をする。違う方を見て香ちゃんは小首をかしげた。
「あれ?何あれ。」
香ちゃんが指さす。俺はその方を見てまた同じように首をかしげた。
「・・・道・・かな?」
呟く。見るとそこには道があった。いや、今まで来た獣道とは違う。明らかに人工の、それは石の四角いタイルのようなものが奥へ続く一本のラインだった。そして、近づいてみると石のタイルはやはり石のタイルだが、所々が土や草に浸食されていて古い遺跡が土の中に眠っているのかと思わせられるものだった。
「火口を調べる施設でもあるの?」
俺は香ちゃんに訊いた。香ちゃんは不明そうな貌を横に振った。
「知らないよ。聞いたこと無い・・・・お母さんとかはこの森は火山が昔噴火したときに、それからは立ち入り禁止になってるってしか・・・。。」
「ふぅん」
ならこれはその後に作られたものだな。火山が噴火してここら辺が溶岩に浸食されたなら石のタイルはもっと土の下に埋まっているはずだ。じゃあ、誰がこんな道を?島民の香ちゃんも知らないことってなんだ?
俺は何か嫌な予感を感じていた。背筋からよじ登ってくるような違和感だった・・。
「だいぶ奥まで来ちゃったから戻った方がいいんじゃないか?帰れなくなるとやばいよ。」
俺が言った。少し胸騒ぎが苦しい。しかし、香ちゃんは貌をしかめる。
「え、でもお化けも見てないし・・・それに、この道どこまで続いてるのかなぁ・・・。」
そう言って石のタイルの向こうを見つめる。彼女の貌は恐怖というモノを知らない風に思えた。
俺はその時たぶん初めて彼女の前で露骨に嫌な貌をしたと思う。
「でも、危ないよ。立ち入り禁止にはソレ相応の理由ってもんがあるんだからさ。お化けのことだって本当だったらもっとヤバイしさ。」
香ちゃんは少しつまらなそうな貌をして俺を睨む。
「う~ん。そうだね・・・わかった。」
この人は意外におてんばさんだ。俺は思ってため息をつくと彼女の手をとって引き返した。
そうして、俺達は無事その森を抜けて帰ることが出来た。でもその時、正直な話、俺はずっと何かに見られているような違和感を背筋に感じ続けていた。
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グチョル・・・ぐちょる・・・ヌメリ・・ぺた・・・。
日が沈んだよ。夜が来る。さぁ、やっとの思いで脱いだ殻。まだ湿ってるよ新しい身体。ちょっとそこまで出かけようよ殻。見せびらかそうよ自由な身体。
グチョル・・・ぐちょる・・・ヌメリ・・・ぺた・・・。
今夜は月がよく見える。森を抜ければよく見える。火口付近からでもよく見えた。雲間へ雲間へ移動する。だいぶ欠けてて弓のよう、そのカタチがしなやかで、今夜はごちそうを思わせる。
そんな夜空を、深紅の瞳は見ていた。
波間に漂うような黒い湯気となった雲が、空を移動する様を見て、その隙間からたまに顔を出す月の面の美しさに少しうっとりしていた。
たぶん仲間達もそう思っている。大量の食べ物達を求めている彼等も、みんな最終的にはアレが食べたいと思うに違いない。誰が最初にアレに辿り着くだろう・・。誰が最初にアレにかぶりつくだろう。それまでにどのくらい食べるのだろう・・・。
そう思うと瞳は自然に喉に渇きを感じる。
彼等が生まれてくる際に与えられた衝動はなんだろう?それはこの喉の渇きが物語っているモノだとすれば、きっと瞳の思考は決して異端なモノではなかった。
あの緑色の溶解液の中で、瞳達はたった一つのセンスを、その一欠片のクオリア(感覚質)を抱いて生まれてきたのだから。彼等がその夜、何を求めて彷徨うのかは、誰も避難できる方向性を見いだすことは出来ない。安易な考えで彼等を非難するならば、人はその前に自らの犯した罪を謝罪すべきではないだろうか?
グチョル・・・ぐちょる・・・ヌメリ・・ぺた・・・。
瞳は夜空を眺めても、喉の渇きは潤わず、求め求めて麓まで・・・・。
瞳が求める最高の食材とは?人の求める最高の贖罪とは・・・。
きっとそれはとても美味なものだろう。
父さんと母さんは仕事なのに、無理を押し切って俺は一人でこの島へ来た。と、いうのも実は俺は新学期から学校で妙ないじめにあっていた。社会のルールとかモラルとか、一定の枠組みが形成される場合、そのスタイルには類的な総称(唯的)が生まれると同時に、総称される類的(唯的)は類で分割され、それぞれに確固たる変動するランク付けが成されるということを知っているだろうか?
その上では優性と劣性の二極が方向性を示し、優性は求められ、劣性は捨てられる特性を生む。
その理屈は高校生になって一つのクラスという類に属することによっても、優劣の二極性を生むことは不変的だ。そしてその優勢と劣勢というバランスはまた同様に不変もしくは普遍な根底に根付くものであり・・・まぁ、とどのつまり俺はイジメの標的としてクラスの中の劣等の業を背負わされたことになる。
敵対者を捕食して多数派はモラルと秩序を守るのだ。
その敵対者が俺なんて・・・。そんな現実が耐えられなかった。まぁ、イジメと言ってもただのシカト程度のことだったが、以前までの俺の日常とは少し格差がありすぎた。夏休みが始まって、やっと救われたような気持ちを感じたが、今度は家に帰れば父さんと母さんはピリピリと仲の悪るさを露呈する会話を繰り返してた。
どっちも仕事をしていた。その中で母さんは食事も洗濯もこなしていたからさぞストレスと疲労が溜まっていたことだろう。父さんもいつも残業して帰ってきても、”今夜は溺愛のものを暖めてくれ”なんて手抜きのメモを残されていれば腹が立つ。そして俺は二人の小言とため息を聞いていられるほど大人でもない。でもって学校での悩みなんて話せる状況でもない。
だから、こうして何もかもから抜け出して遠い祖父の住む離島まで一人で逃げてきた。それを叔母殊子はだらしない人間を見るような目で見る。俺からしてみれば仲間意識は持たれても蔑まれる覚えはない。アンタも人のこと言えたくちではねぇでしょうが・・・。
「裕太ぁ、あんた夏休み中ずっとここにいる気なら、なんか手伝いなさいよぉ。」
殊子は夕飯のおかずの魚を食いちぎりながら言った。俺はもちろん思いっきり貌をしかめる。
「手伝い・・・?何を・・・。」
「なんでもぉ・・・。」
殊子は空間を見るように目線をあげる。
「食器洗いとか・・・?」
そして思いついたことを呟く様に言ってまた魚を口に入れる。
とか、って何だよ。最初っからなに手伝わすか決めてから言えよ。まぁ、食器洗いぐらいなんてことはないけどね。
「いいよ。やるよ。」
手始めに自分の食い終わった皿を重ねて持って立ち上がる俺。
「なに?もう食い終わったのあんた?」
殊子はにがり口を曲げた。
「消化に悪いねぇ・・。」
「裕太ぁ・・・。」
同時に、祖父さんが口を開いた。さっきまで無言でパクパク少なめの飯を延々と食べてた人が・・・。
「裕一はぁ・・・かなえさんと仲良くやっとるかね・・・?」
しわがれた声が食卓に響いた。
俺は一瞬その質問にうまい言葉を模索して立ち尽くした。持っている食器が振動して震えるのが少し嫌だった。動揺が殊子に悟られるのが嫌だった。そして祖父さんがあまりにも弱々しく聞くからもっと嫌だった。
「大丈夫だよ。仲良いよ。祖父さん心配しても損するぜ。あの二人はそこの叔母さんとは違うんだからさ。」
俺は祖父さんの貌から目を背けるために台所に向かいながら言った。そして少し横目に振り向くと叔母が心なしかこっちを睨んでいた。
してやったり!良い言葉で返せた。俺は影ながらほくそ笑んだ。
その後、殊子は黙って居間の方でテレビを見始めた。祖父さんはまだぼうっとして台所の前の食卓のテーブルで壁と見つめ合っている。
「祖父さん、飯もう下げるぜ。」
俺が聞いても祖父さんは気がついていないみたいで、まだ壁の向こうを眺めるような視線で座っている。
皮膚が垂れ下がった目元、頬、豊麗線がくっきりと幾重にも囲んだ口元。ところどころが腐ったみたいにとは言わないが、ただれたように染みが出来ている肌。
そんな終わりを間近にしたような人の貌を見ていて、俺は老人の貌はよく見ると赤ん坊みたいな感じだと思った。どうみても赤ん坊とは似てもにつかない姿をしているのに・・・。
と、いうのも目だ。そのつぶらな瞳の黒さが俺にそう感じさせたのかも知れない。なにか、全ての世の中の曇りを知った人と、何も世の中の汚れを知らない人というのは、ある意味、「在る者」と「無い者」という関係では逆もまた同じなのかも知れない。俺としては祖父さんがそう言う意味で少し可愛く思えるときがある。こういう感覚は俺だけだろうか・・・。
俺は祖父さんが返事をしないので黙って皿を下げた。少し残していたけど、老人の食べ過ぎは体内酵素の浪費に過ぎないらしいから良いことなのだろう。
食器を洗って、遠くから殊子の爆笑が聞こえてきて腹が立った。殊子は東京の俺の家にも昔からよく遊びに来たり、元の旦那と喧嘩したとき逃げてきていたので、結構遠慮のない関係だが、久しぶりに会ってみると本当に気を使えねぇやつだとわかった。そして特にこんな繊細で脆くなっている可哀想な俺にとっては最悪の相性だと思う。
「風呂、入るんなら早くはいってよ。次あたし入るから。」
食器を洗い終わると、殊子が居間から貌を覗かせて言った。俺は適当に頷いて返事とした。
どうしようか?風呂に入ろうか?洗面所の方の薄暗い廊下を眺める。目の前には二階に昇る階段がある。俺はそれらを見比べた。
「ま、いいっか・・・。」
一日ぐらい風呂はいらなくても死にはしない。それになんか今日は気分が悪い。せっかく香ちゃんと仲良くなったのに森から出るとすぐに家に戻ってしまったぐらい・・・なんか胸の奥に突っかかる重いものを感じている。
「もう、寝よ・・・。」
呟くと俺は二階へ上がった。
痒い・・・痒い・・・痒い痒い痒い痒い痒い痒い・・・かーゆーいー・・・。
夜、目を覚ました。鳥のいびきがホーホーどこかから聞こえる夜だ。開け放された窓から夜風がゆるやかに入ってきて、風鈴が涼しく鳴っていた。
俺は、昼間に虫に刺されたであろう足が痒くて目を覚ました。
寝てる間にだいぶ掻いたのだろうか?足がヒリヒリと痛んだ・・。俺はあまりにもその痒みと痛みがしつこいので電灯の糸を引いて灯りを付けた。少し眩しい。
そして布団の上に足を上げる。左足だ。その痒い部位をのぞき込んだ。
「・・・・?」
足が・・脹ら脛の側面か・・?ソコの部分が腫れてる?いや、違うか・・・。
俺は異様に膨らんだ脹ら脛を身体を丸めて凝視した。
なんだ?ブヨブヨしてるのか?瑞々しいぞ?
俺は恐る恐るその部位に人差し指を当てて感触を確かめる。
確かに、ブヨブヨしている。しかもだいぶ感覚がない。自分の足なのに触っても何も感じない・・・。それに・・・なんだコレ!?
「 ひっっ!?」
はっと驚き俺は手を引っ込めた。ソレがなんて言えばいいのか恐ろしい・・。ええと、コレは一体・・・?
足の皮膚のその隆起したブヨブヨが・・・動いてる。
グチュグチュと蠢くように・・・まるで皮膚の下に何かがいるみたいだ・・・。いや、違うぞ・・コレは・・・?
言っておくが俺は変なクスリは使ってない。コレは現実だ。でもウソだ・・きっと夢を見ているんだ・・・。それとも・・・いやいや、しかし、・・。
よく見るとソレは、俺の脹ら脛に出来た腫れ物じゃない。良く見るとそうだ。とにかく目をこすって確認して・・・本当によく色合いとかは似ているけど・・たぶんソレは違う。
なんだ?ゲル状のアメーバみたいなのがへばり付いているんだ。ヒルかなんかの仲間か?ソレにしちゃだいぶデカくないか?それにこの保護色みたいになりすました色合いはなんだ?
更にコイツ・・・・俺の足に何やってやがんだよぉぉぉ?
「うわぁぁぁ・・。」
喰ってる。俺の足を吸い付いて喰ってるんだ!!俺は速攻でそのアメーバみたいなのを手で引っぺがそうとした。でも、コイツ!!
「はがれねぇっっ!!」
何なんだよ!?どうなってんだよ!
俺は必死で両手で引っ張るけど肉が引きつって痛てぇ!
「ちくしょ、このやろ!」
しょがねぇ。俺は机の方を見渡す。ここは前に父さんが使ってた部屋だ。ほとんど何十年もそのままのインテリアで使われている。そして机の上には鉛筆立てが・・その中から俺は鉛筆を一本取るとその鋭い部分をアメーバに突き刺す。
刹那。
「ピギィ・・っっ・・。」
鳴き声のような短い音をあげて野郎、俺の脹ら脛からやっと離れやがった!
俺は畳の上に落ちたソイツを見る。体内から緑色の汁を流しながらまだ少し蠢いている。どうやらぶっ刺してだいぶ弱ってくれてはいるが俺は恐怖で部屋を飛び出す。
そしてそのままダッシュで1階へ下りる。てゆーかアレなんだよ!誰か何とかしろよ!
1階に下りる。祖父さん・・はダメだ。叔母殊子に何とかさせよう。島の生まれならあんなの怖くないべ。
「おい!殊子さんっ!」
俺はバクバク言ってる心臓のまま大声を張り上げた。しかし、誰も答えない。
「・・・・・・。」
何か妙に静かだ。
胸騒ぎがする。昼間の時と同じだ。胸の底から何かが浸食してくるようだ。
アメーバにくっつかれた脹ら脛が針に刺されてるみたいにチックチク痛む。俺は額の脂汗を指で触った。
気持ち悪りぃ・・・。すげぇ濡れてた。
答えねぇ叔母殊子の部屋は1階の広間の横に祖父さんがもしもの時を考えて隣室に寝ている。その祖父さんは居間の座敷に布団をひいて寝ている。テレビを見ながら寝れるからだ。
俺は居間を横切って叔母殊子の寝てるところへ行く為に歩く。おやすみ中悪いけどあのアメーバの処理をしてもらわなきゃ俺は朝まで起きてなきゃいけねぇんでね。
台所を通って座敷の居間へ上がる障子を開ける。そのとき、中の方で変な音を聞いた。
・・・ゴリ・・ゴリゴリガリ・・・?グチャ・・・。
って何の音だ?
妙に生々しい音だと思う。殊子かなぁ?それにしてもこんなに遅くに電気も点けないで何やってんだアイツ?
障子の向こうで何かが動いているのは明白に感じた。どうせまた殊子の恣意的な行動が行われているのだろうと思った俺はそのまま躊躇無く障子を開いた。
「・・・ギャウゥロォ・・ぉ・・。」
「え?」
目が合いました。丸い目でした。黄色い白目の黒い猫目。瞼がないみたいに眼球が見開かれてグルグルと動いている。縁側が開けられていて夜空の幽光が差し込みソレの姿をおぼろげに確認させる。
そして、くちばしだろうか?そのデカイ口に・・何かが挟まれてるのを見て俺は絶叫をすることになった。
「・・・う・・どぅ・・どうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
反転、走り出す。ウッソ、うそぉうそぉうっそウソでしょ?
なに?あれなに?アレ何なの?てゆーかアイツ何咥えてた?アレ・・・アレ絶対そうだよね。だとしたらウソだよね・・・。ウソ・・・・。
俺はいつの間にか夜道に立っていた。遙か後方に自分のさっき寝てた家屋が見える。靴を履いてない・・・。足の裏が冷たい。
少し肌寒い気がした。よく見なくても俺は今、ノースリーブの下はトランクス一丁である。
夜が押し黙る。風が少し強い。そしてどこかからか鼻を突く生臭い臭いが舞ってきた。
しかし、こうしちゃいられない・・・俺はもう一度自分のいた家屋を見送って、前を見た・・・。
するとなんてことだろう。目の前にはいつの間にか壁が出来ていたらしい・・・。いや、そんなことねぇのが悲しい・・。俺は上を見上げる。もうすでに恐怖という感覚がマックスに達していて声もでねぇがおそらく、本当なら今頃は絶叫しているはずだろう。
「ぐぅぉるるるるるっるるりりっりりぃぃ!!」
耳をつんざくような奇妙な雄叫び。そして突風の様な息。
デカイ・・・とにかくでかい・・・。ああ、もうダメダなんでオレ、死ぬのかなぁ・・?
「あ・・・あ・・ああ・・・。」
ゆっくり後ずさる俺。少しずつその全貌を表す彼。そして太い首をしきりに動かして俺を見つめる。どう考えてもそれは地球上の生物ではない。居たとしても聞いたこと無い。毛が生えてるからほ乳類なんて分類は通じないぞ。
マレーバクとナマケモノを足して二で割ったみたいな感じの、像みたいに巨大な二足歩行の生物がいる。トトロみたいなでけぇ腹してて、それはそれは大食いなのだろうが・・。
草食か?肉食か?頼む前車であってくれ。そしてどうでもいいけど彼、口が音を立ててふしゅるふしゅる言ってるからもう腹ぺこなのだろう・・・。
俺は・・・死にたくない・・死にたくない。
知らず知らず俺は首を横に振りながら誰に助けを求めるでもなく叫びを漏らした。
「ああ・あああ・・・あああ・・あ・あ・・。」
唇が・・頬が・首が痙攣して震える。指先から四肢のどれもが動揺にブルブル言って、後数秒もすれば俺は失禁することは間違いなかった。
ジリジリと詰め寄るでもない。化け物は俺を眺めて長い舌をシュルシュルと伸ばしたり縮めたりした。そして、一歩進む。
ズン・・・。
ブルブル・・・。その音が俺の身体まで振動を伝える。全身の毛が逆立つようなおぞましい感覚が背筋を、そして首筋を通る。同時に尿道が広げられる。何か生暖かい物が足を伝う。
もう、ダメだ・・・。極度の緊張がはち切れる寸前に俺は気をうしな・・・・、
刹那、
ピンッッ・・・!
「ぐるるるふしゅしゅしゅふしゅるるるる・・・ぅぅぅ!」
何かが閃光を光らした。化け物が叫びを上げる。闇夜が引き裂かれ、化け物が血を吹いて倒れる。緑色のドクドクしい噴水が吹き上がりやがてしぼむ。
ズドォォォンン。
巨体が地面にめり込む。小さな風圧が俺の顔を扇ぐ。脂汗が冷や冷やと風に吹かれて、一人の女が化け物の後ろに現れた。
「 キミは」
黒いスーツ。ソレとは対照的に白い面の赤い唇が開かれた。
「人間か?人間なら答えろ。違うなら殺す。」
女は少し鼻についたような綺麗な声で告げた。俺は、ただ呆然とそのしなやかな身体を眺めていた。
たぶん、今自分がこうして生きているのがウソのようでその女の不明さにも疑問を思う容量を脳みそに残していなかった。
「あなたは・・・?」
思考がなんとか現実に対応できる程度に纏まり、やっと声が出たとき、女は斃れている巨体を触って何やら調べていた。
「加納・・。(かのう)」
小さな声で答えると女は振り返った。鋭い流麗な目つきで俺を見据える。
「少年。脹ら脛はどうした?噛まれたか?」
言われて自分の脹ら脛を見ると黒く変色している。そして異様に血管が膨れあがって隆起していた。
「ちょっと見せてみろ。」
女・・加納と言ったか。加納は俺の足下に近づくとしゃがんだ。
「足を上げろ。」
「え、どっち?」
「噛まれた方に決まってる!」
少し短気らしい。むっつりとした冷淡な表情で怒鳴りつけるタイプだ。
黒いスーツ。その襟元のうなじを見下ろす。白い綺麗な肌をしている。加納はお下げの長い髪を肩に掛けてしゃがんでいる。
「ふむ、幼獣に噛まれただけか・・・。」
加納はそう診断すると片手を俺の足に当てた。冷たく、さらさらした手の質感が脹ら脛を包んだ。
そして何か俺の足に塗り込んでいるのだろうか、いくらかさすりながら何やらブツブツ呟いた。
俺は脹ら脛に何か生暖かい物を感じる。それにどこかさすっている加納の手の甲が青白く光っているように見えた。さらにしばらくして・・・。
「よし、いい。足を下げろ。」
加納は立ち上がった。そして再びその侮蔑的ともとれる冷淡な眼差しで俺を直視する。
「キミは、この島の子か?」
俺は加納に触られた場所が普通の皮膚に戻っていたので驚いていた。そうしながら加納の質問に答える。
「いえ、違います。」
「見たところ襲撃を受けて逃げてきたって所か?」
「はぁ・・・まぁ・・」
と、その時、叔母殊子と祖父さんのことを思い出した。そしてあの障子の向こうの惨劇も・・・。同時に俺は気持ち悪くなって吐きそうな気がした。
「・・・・親族のことは悔やまれるが」
加納は表情は変えず言って少し間をおく。
「・・・・よし、いちおう行ってみよう。案内しろ。」
「・・・・・。」
「おまえが出てきた家だ。」
黙っていると加納は不機嫌そうに付け足した。俺は仕方なくあの場所を指さす。
「あそこの家です。」
祖父さんの二階建ての瓦屋根、隣家はもっと海の方にあり祖父さんだけはちょっと他の村民より離れたここで暮らしている。だから指を差すも案内するも必要ないのだが・・・。
「ああ・・アレか・・。よし。」
加納は淀みない足取りで祖父さんの家へ近づいていく。俺は後からついて行った。
加納は黒いスーツを着ている。赤いネクタイを閉めている。キャリアウーマンっぽい感じでプライドが高そうな女だが・・・何者だろう?少なくとも貌は美形だ。容姿端麗というかどこまでも整った感じの顔をしている。目鼻立ちがキリっとしていて何か逆らいようのないお姉さんキャラって感じだ。それにたぶんハーフやクウォーターではないだろうか?純粋な日本人とは言えない気がする。
加納は祖父さんの家に着くとすっと迷い無く入っていった。
俺は嫌だ。玄関の前で立ち止まる。出てくるときは気にも留めてる暇が無かったが、玄関がなんらかの攻撃により破壊されて家の中が露見していた。
「・・・来ないのか・・・?一人でいるとまた襲われるぞ。」
加納は玄関の中で振り返りそんな酷い言葉を投げつけた。俺はどうすればいいんだ・・・・。
あんなもの・・あんなもの・・一瞬でだって見たくない・・見たくない・・・。
加納はしばらく振り返ったまま俺を黙視する。しかし、俺が答えず黙っているとまた歩き出した。そして暗い暗い家屋の奥へ消えた。
「・・・・。」
風の音が聞こえる。いや、風に揺れる木々のざわめきが聞こえる。少し寒い。てゆーか、トランクスがさっき漏らしたせいで濡れてて気持ち悪い。それに・・なんか・・・怖えぇ・・・。
さっきの化け物のこと思い出しちゃうから最悪・・。
あの身の丈何メーターの巨体とどう猛な荒い息。・・・・ダメだ・・・。想像しちゃダメだ。
辺りを見まわすと家の向こうは山と森、後ろは林・・・・どこから何がねらってるか分からない・・。虫の声が聞こえる・・。鳥のいびきも・・・。それに・・・後ろの林の向こう・・・・あまりにも暗い・・。何かいそうだ・・・。
ダメだ・・・・。
ビビビビンビンビンビンビーーーンン・・・。
「ビク・・・。」
ったぁーーーー。何だ、蝉が鳴いただけだ・・・。でも・・・もう我慢できない。
俺は耐えきれず加納を追って家の中へ・・・。
「加納さん・・・。」
小さく呼んでみた。暗い廊下を歩く。そして台所、そこを見ると灯りがついていた。どうやら加納が電気を点けたようだ。中はさっきまでと変わらなく普段のキッチン及び食卓のテーブル、惨劇を知っている方としてはあんまりにも不自然だった。
静かに・・静かに歩いて、台所へ、そして障子の開けられた部屋をゆっくりのぞき込むと・・・。
「!?・・・。」
「ぎゃああああああああああ」
何かの奇声・・?一瞬、俺が叫んだのかと思った・・・。マジかんべんだよ。いきなりは無しでしょ!
なんだなんだ、いったい!!鳥の化け物・・・いや、貌だけ鳥っぽい嘴を付けた二足歩行の何かが口を百九十度開いて甲高く叫んでいる。
そしてその原因はおそらく・・・。
「死ね・・・。」
そう言って鳥の口の中へズボっと手を突っ込んだ人は加納・・・。その貌が一瞬、鬼のように歪んで見えた。
加納は左手で鳥の首根っこを掴み立たせている。そして反対の右手が鳥の口深くに入れられて中で何やらかき混ぜているようだ。
グルグルグルグル・・・。シェイクシェイクシェイクシェイク・・・。
そして抜き出す。ギュポっつ・・・。
鳥、バタンと斃れる。
加納の右手にはピュルピュルと音を立てる塊が一つ握られていた。そしてその塊は緑色の管を出していてそれがピュルピュルと緑色の液体を噴出しながら音を出していたのだ。
加納の白い頬には緑の返り血が点々。そして・・・彼女は迷いもなくその鳥の体内から取りだした脈打つ塊を・・・。
ブチュッ。
潰した。
「少年、仇は取ったぞ。」
振り向き俺に気付くと加納は少し嬉しそうな感じで報告した。なんとあっけらかんと平然とした顔をして見りゃわかりますよ報告を・・・。
俺はソレと同時に色々な物をその場に吐き出した。
「うぅぅおぉえぇぇ・・。」
当然だが・・・鳥の死骸の横にあるであろう生首・・・それは祖父さん・・・。そして加納の横、ちゃぶ台の上に横たわっている半分喰われた後のようなモノはきっと・・・・叔母殊子だったモノだろう・・・。
当然だが・・当然だが・・・俺は、つい数時間前まで喋っていたあの人達の死を、こんな姿で見て、嘔吐もせずにいられるほど人間を辞めちゃいない・・・。辞めちゃいないんだ。
叔母は最後にどんなことを思って死んだんだろう・・。あの化け物を見てどう思っただろう・・。祖父さんが寝てる場所で死んでたのだから祖父さんを助けようとしたんだろうか?あんな化け物に向かって・・・でもあの叔母なら立ち向かったのかも知れない・・。そして死んでしまったのかも知れない。
祖父さんはいつも、いつ死んでも良さそうな貌をしてたけど・・・まさかこんな死に方をするなんて思ってなかっただろう。たぶん自分が死ぬときは娘や息子がいない広すぎる我が家でひっそりと余命を終わらすモノだと・・思ってたんじゃないだろうか?この自分の生まれ育った島で、孤独にただひたすら長い人生を終わらせられると・・・。そんな自然な死に方を望んでいたんじゃ無いだろうか?
二人とも、最後に俺に何を言っただろうか?俺は二人の貌を最後にいつ見ただろうか?たぶん寝る前か・・・でもそんなこと思い出せない・・・。思い出せるのは何故だろう。すっかり忘れていたはずの頃のこと。小さい頃この島に来て、出会った頃の祖父さんと殊子の貌。その時の優しかった二人、汚れない思い出・・。俺は、あの二人にもっと素直な可愛い孫であり甥であれば良かった・・。なんで、今さらこんなこと考えたって遅いのに・・・なんで、なんでだよぉ・・・・・涙が、止まらないんだ・・・。
「おい、少年」
台所で呆然と座っていると後ろからため息混じりのお声がかかった。
「泣いてないでこのスウェット着ろ。おまえ、いつまでもそんな格好していたいわけじゃあるまい?」
振り返ると加納が叔母のと思われるスウェットを持っていた。
俺と目が合うとノーモーションで投げてよこす。ヒラヒラと舞うはずのスウェットの上下がまるで石か何かを着けたみたいに真っ直ぐ飛んできて、俺は反射的にキャッチした。
そしてそのスウェットを見る。殊子の黒いスウェット。秋から冬にかけてよく着ていた。オシャレとか面倒くさいアイツは家の中ではお気に入りでこのスウェットを着ていたのをよく覚えている。よく覚えているからこそ・・・そこには思い出す内容が山ほどあって、また、出したくもない涙がでちまう・・。
「あと、この先は見ない方がいいぞ。」
加納は付け足して言った。居間の隣の叔母殊子が寝起きをしている部屋だ。
俺は首をかしげる。そして数秒考えてはっとした。
「太一ぃっ!」
そうだ忘れてた。叔母殊子の1歳の息子があの部屋には寝ているはず、アイツだけでも!
でも・・・でも、今、加納はなんて言った・・・?
「なんで・・?太一がどうしたんだよ?」
俺は自分の貌が引きつっているのを頬に感じた。加納は冷たい目をしている。俺の貌を眺めて、少し・・・怒っている?
「いいから・・。その通りだ。もう忘れろ。今は自分のことだけ考えていればいい。」
そう言うと加納は突然歩き出して廊下から玄関に出ようとする。
「おい、ちょっとまてよ!?太一は?太一はどうしたんだ・・・?」
俺は、自分で見る勇気はない・・。というか、マジかよ。まだ赤ちゃんだぜ!?
呼び止められて加納は振り返らないで止まった。
「私がここに来たときは、化け物は既に赤ん坊のいる部屋にいた。以上だ。」
・・・なにが・・・以上だ・・・?意味、わかんねぇよ?
「とにかく、今は自分の身を守るんだ。」
そう言って加納は再び歩き出す。俺はその冷淡さを呪うように睨んだ。
「どうした?来ないのか・・・。一人で身を守れるのか?少年。」
家の外から加納が呼んだ。俺は亡霊のように加納の声に従って行くしかなかった。
「とりあえず、これから村の方を見て回ることにする。気をつけて着いて来い。」
外に出ると加納がそう言った。冷たい目線が俺に同情など与えてはくれない。
しかたねぇ。俺は加納の後に黙ってついて行った。
「少年、名前は?」
祖父さんの家から村までは林を突っ切らなければどこをどう歩いてもそれなりに時間がかかる。歩きながら加納は俺に訊いた。
「・・・裕太・・。」
俺は答える。加納の後ろ姿を睨んでいた。
何故だろう、八つ当たりだって分かるけど俺は、この女が嫌いだ。叔母殊子もその子供の太一も祖父さんも死んだのに顔色一つ変えないこの女が・・・憎く感じる。でも今は、この女の力で生命を繋げてるのが・・・それが癪だ・・。
加納は歩きながら周囲の林や森の方など他方への気配りを絶やさなかった。あらゆる方面を張りつめたような空気で包んだ感じの気配が後ろの俺にも充分に感じられた。
「裕太・・・私になにか質問があるんじゃないか?」
加納の方からそう言ってきた。俺はもちろんそんなもん有りまくる。何もかも訊いたらキリがないくらいある・・でも一番に訊きたいことはもちろん・・。
「これはいったいどういうことだ・・・?それにここはいったいどうなってる?あの化け物はなにもんだ?」
「ふふ・・・。」
加納は背中を見せたまま鼻で嗤った。
「GC・・と言う秘密裏に造られた結社がある。あいつらはソコの研究施設から生まれた生物兵器だ・・。」
おもちゃ・・・?あの化け物が・・・。造られた?人の手でってことか?
「私はね。その結社の敵対組織というか・・まぁ、その結社が私の所属する組織の敵対者なのだが・・。そう言う関係上、あの怪物達を排除する役割を持っている。」
・・・・。怪物?結社?どういうことだ、いったい・・
「アンタ、何者なんだ?」
「魔法使いさ。」
言って、加納は足を止めた。そしてクルリと反転して振り返る。
・・・・?魔法使い・・・。あのシンデレラとかに出てくる?俺は一瞬自分の耳を疑った。しかし、加納はいたって真面目な顔をして俺を見据える。
「まぁ、正確には魔法使いのようなものであっても、彼等とはまた違うけどな。私はさっき居た怪物などを退治する執行官としてここに来ている。役職的にはまたソレの専門とは違うのだがね。」
・・・ちょっと意味分かんなくなってきた。俺は渦巻く頭を抑える。
「まぁ、平たく怪物退治の人と考えてくれればいい。ああいった本来、科学的に存在が否認もしくは許容されていない代物を排除もしくは捕縛するのが任務。今回この島には偶然、調査のために立ち寄ったのだが・・・。残念ながら途中で島の後ろから上陸するような作戦に変更になってしまった。」
加納は手っ取り早く説明をすると再び歩き出した。
「この島にはアンタ以外来ているのか・・?その怪物退治のヤツラは・・。」
俺は石段を下りる加納の後ろから訊いた。
「いや、私一人だ。本来、退治は私の仕事ではない。このたびは悠々自適な調査と観光を兼ねたモノになるはずだったから人数は居ない。」
人数は・・居ない?
「あんた一人で・・・。あの化け物はあとどのくらい居るんだ?」
「知らん。まぁ、妥当なところで百か二百だろ。それ以上はこれからだ。」
「あんなのが・・?百や二百・・・?」
これからって・・?増えるのか・・。
「大丈夫だ。地道に一匹一匹潰す訳じゃないさ。私に策がある。それより最初は生き残った島民をなるべく多く避難させることだ。」
加納がそう言ったところで、やっと目の前に民家が見えてきた。林ばかりが広がる坂道は終わり、手前には田んぼが広がっていた。
「おい・・・アレ?」
「ああ、どうやら手遅れかもしれんな・・。」
林道を出たすぐ、田んぼ際の細い道の向こうの家、それはまだ、いい。見た目上は問題はない。しかしその向こう。その向こうは悲惨だった。
都会と違い、夜が明るい。星が、そして下弦の月の幽光が夜空を蒼黒いスクリーンに彩る。そしてその下、所々に黒煙がぼんやりと眺められた。その黒煙の根本からはどれも朱色の光が闇夜を浸食している。
炎だ・・・。
一条の黒煙とセットで家屋が燃えている。そんな映像が生々しく田んぼの向こうの村を抱いていた。
家と家との距離が離れている。人口二百余りの島村。その転々とある一軒家の幾つかが、盛大に夜のキャンプファイアーを立ち上らせている光景は、戦争を知らない俺のような子供には映画か何かの嘘くさいモノと、そう、変わりはなかった・・・。だから・・・俺は、
「は・・はは・・・。」
笑った。
「ちっ・・・。」
同時に加納が舌打ちをする。いや、俺にじゃない・・。その目線の先には燃える村が映っていた。そしてその瞳もどこか、灼熱に滾っていた。
「いくぞ・・・。まだ、生存者の見込みが絶たれたわけでは無い。」
そう言うと、加納は俺を振り返ることもなく小走りに歩き出す。俺は黙ってついて行くしかなかった。
「止まれ!」
加納が小さな声で俺を制した。一軒目の燃えていない民家の前で止まる。瓦屋根の波を防ぐ外壁が囲む家屋。その中から何かの呻きが轟いた。
「うしゅるるるうりりりりりりりぃぃぃっっっ!!」
轟音。甲高い猛禽類のようで、猛獣のような喉の太い鳴き声。しかし、またどこか人の発音にも似ている。
戦慄。反射的に腰をかがめて俺は耳を塞いだ。肩の震えが止まらない。この鳴き声だけで俺は・・・あの無残な光景をフラッシュバックさせてしまう。
あの・・・祖父の咥えられた生首・・そこからあふれ出て下に溜まる朱色の液体。生々しい悪臭。そして視覚から送られる許容範囲外の質感・・。その化け物の姿・・カタチ・・・それが鳴き声と繋がり、脳裏に恐怖が甦る・・。
「う・・・うわ・・」
思わず悲鳴がこぼれる。そして、身体が硬直して、足がうまく動かないで後ずさる。
「黙れ・・静かにしろ・・。出てくるぞ!」
小声で注意する加納は外壁から家屋の中を覗いている。俺はその後ろで震えているしかない・・・。
「ううううっししゅるぅぅぅぅ!」
化け物の声が長く息を吐き出すような静まりを見せた。そして
刹那、
「がらりうぉぉぉぉぉぉっっ!」
家屋の玄関の辺りの瓦屋根が吹っ飛ぶ。飛び上がる瓦礫。そしてその中に一塊の黒。落ちる瓦礫のスピードと同時に外壁を乗り越えこちら側に着陸した。
「・・・う・・・あああ・・あ・・。」
化け物だ・・。また化け物だ・・あはあはははは・・。
猿っぽい。妙に隆起した上半身の筋肉がドクドクと脈打っている。二本の足がしっかりと台地を踏みしめ、異常に長い腕が無造作に垂れ下げられている。
そして、その口に咥えられているモノは・・・・?
何だってコイツラはいつも・・そんな妙なモノばかり咥えようとするんだ。出来るなら目を閉じたい・・。でも、この瞼がその光景を見て離そうとしない。驚愕が俺を苦しめる。そして何だって人間の生首を咥えるのが好きなんだコイツラは・・・!
「あが・・ぐしゅるぐしゅる・・。」
猿はデカイ。2メーターは優に超える。巨体だ。しかも四肢が電柱みたいに太い。それにその口に咥えた生首のせいで鳴き方がぎこちない・・。だからいっそう、顎に締め付けられるその人の貌が痛々しい。
男だろうか?女だろうか?もう、死んでいる。死んでいると人間の貌はこうも識別が難しくなるモノなのか?ほとんど、生首は傷ついていない。たぶん、そのまま食いちぎったのだろう。血と管が首の切断面から垂れ下がっている。黒い髪の毛が猿の唾液でドロドロに濡れて浸潤し垂れ下がる。
「あ・・ああ・・あわ・・。」
悲鳴の様な声がこぼれる・・。
「こんな小物にだらしない声を出すな。おまえ男だろう?」
加納が横で諭す。ここは加納に頼るしかない・・俺はダメだ・・。もう、耐えられない。また漏らしちまう・・・。
「ふしゅるるるるるるるるるる・・。」
大猿が息を荒げる・・。漆黒の両目はたぶん俺を見ていない。加納を睨んでいる。その女性を代表するようなスリムな身体を、しなやかな背筋を・・・。どう猛な大猿が警戒している。そして、咥えていた生首を、大猿はモーション無しでかみ砕いた。
ゴリャッ!
鈍い音が響く。そして内蔵と頭蓋が飛び散る。
同時に、
「貫け、光の輩。」
加納が人差し指で大猿を差す。直立した凛とした姿勢のまま、遙か彼方を指さすように・・・。
大猿は鳴く。
「がったほぉぉぉぉぉぉぉ。」
遠吠えだ。夜空に響き渡る。月に共鳴するように耳を打つ。しかし、加納は眉一つ動かさない。
「ルイン。」
そして呟く。大猿は同時に地面を蹴った。
っっ!!
ジャンプだ。真上に飛び上がる。下弦の月を覆い隠す。なんて高さだ・・自分の身長よりも高く飛んだ。俺は唖然と見上げた。
牙が・・・・夜空を背にシルエットになったヤツの白い牙が幽光する。長い手がバンザイをして、より巨体に見える。
加納は動ぜず、指先で大猿を捉えて離さない。その姿はまるで、最強の迎撃兵器のように不動だ。その指先には青紫の柔らかそうな光が収束する。
そして大猿の落下、間近。
「ルカスファ・・・。(光のともがら)」
加納の最後の呟きが、一閃を生ず。
ピィィィィイン
共鳴音?金属の甲高い響きに似た音が聞こえた。それまでに大猿は俺達の前にあっけなく落ちた。
ズ ン。
一閃だった。確かに加納の指先の収束した光が、放たれたのを俺は見た。瞼の裏に数秒その線が残った。その一閃が・・大猿の頭をおそらく、貫いた。
そして大猿は目の前に斃れているのだ。その頭部には想像以上にデカイ風穴が空いている。加納は無表情な顔つきで指先を冷やすように吹いた。
大猿は断末魔の暇も与えてはもらえなかった。完全に死んでいる。
「なに、ボケッとしている。中を調べるぞ。生存者が隠れているかも知れない。」
加納は、いつの間にか地面にへこたれている俺を見下ろす。そしてそのまま家屋の中へ入っていった。
俺は、数秒立ち止まる。だって、猿の死体がある。その近くに猿にかみ砕かれた脳髄と目ん玉みたいな白いものが落ちている・・。
たぶん、中に入ればもっと違う部位をリアルに見ることになる。もう、これ以上吐き出すものを胃の中に持ってない俺は、たじろいだ。
「早く来い。毎回、同じことを言わせるな。」
家屋の中から加納が呼んだ。俺は、意を決して玄関へ入る。その時、門の表札に目がいった。そして、驚嘆した。
「・・・向井・・・?」
香ちゃん・・?の家。俺は、香ちゃんの家を知らない。香ちゃんに村を案内してもらったときは祖父さんの家の違う道から漁場に行って帰りは林を突っ切ったからまだ紹介してもらってない。
で、今、目の前の家屋の門の表札には彼女の名字が刻まれている。
ウソだろ?島民二百余名の中、向井という名前が二人いてはおかしいだろうか?二人いちゃダメだろうか?
俺は心臓の鼓動が違う意味で高鳴るのを感じた。それはなんて苦しいモノだろう。まるで、どうしようもない受け入れがたい存在が俺の中に押し寄せてくる・・・熱い痛みのうねりの様なものだ・・。苦悶だ・・。
いやだ、信じられない。確かめよう・・・確かめよう・・。
俺は駆け足で家屋の中へ入った・・・。そして天井の破けた玄関をまたぎ、暗黒に静まり返った家屋の中。床の間の死体を見つける・・・。
男だろうか?片足と胴体の半分と貌が少し残っていた。で、視界が悪くて窓からの夜光だけが、その内臓を引きずり出されて空っぽになった胴体を照らしていた。
そして男の斃れている前、タンスの上に立てられた写真立てを見て、愕然とする。
「どうやら、この家に生存者は居ないようだ。」
加納が後ろで言った。俺は振り返る。
「女の子は?女の子は居なかったか?」
「いや・・・、その死体だけだな。」
加納は無感情な顔をして言った。
「・・・そうか・・。」
俺は黙って頷く。
もう、何もかも、嫌になった。生きているのも・・・どうでもいい・・。
写真立ての少女の貌を見る。家族で撮った集合写真の女の子の笑顔を見る・・。絶望を・・見る。
せめて死体だけでも見つかれば、もっと思い切り泣き叫ぶことも出来るだろうに・・・。でも、もしかしたら、門の前で大猿にかみ砕かれた頭蓋こそ、香ちゃんだったかも知れないと思うと、やはり涙は瞼の裏を熱くした。
俺の頭に浮かぶのは、香ちゃんの姿。その天使の様な微笑み。無邪気な瞳。なにもかも、終わった・・。みんな、死んでしまった。
俺はその場にへたりこむ。力を失い、身体全体がもう生きてる気がしない。てゆーかもう、どうでもいい・・。
「この分だと・・・村の方も手遅れだな。」
窓の外を眺める加納は足下の内臓の一部か何かを足で蹴るように寄せた。
その冷徹な瞳の先にはますます、轟々と燃えさかり、畑や林まで引火している遠い村の景観が横たわっている。
蒼黒い夜空の下に、熾き上がる炎の茜色の光。そして時折聞こえてくる何かの呻き声、遠吠え、叫び声・・。
血が燃えているようだ・・・。
俺は加納の後ろからその風景を眺めて、ポツリ、そう思った。
村人達の血の油が、滾って、滾って、燃えて、燃え移って、次第に広がって、地獄となる・・・。喰われ焼かれる人々の断末魔の叫びが聞こえてくる。それは地獄と言うにはあまりにも、綺麗だった。
「裕太。」
加納がボウッとそれを見つめながら言った。
「島のどこかに研究所が有るはずなんだが、何か心当たりはないか・・?」
・・・・ある。
俺はまだよく働かない脳みそに、その綺麗な映像を映しながら、口を開いた。
「・・・・森の奥に、火口へ続く立ち入り禁止のフェンスの向こうに道があった・・。
あれは確かに人口の道だった・・。」
「よし、それだ。」
加納は言うやいなや踵を返した。
俺はすぐには後を追わない。しばらくまだ窓の外の綺麗な景観を眺めた。
窓の向こうでは夜が静かに燃えている。
加納は森へ行くという。その研究所とやらが見つかったら誰かが甦るのだろうか?失ったモノが取り戻せるわけなどあるのあだろうか?わからない・・・どうしてこんなことになったのか・・・わからない。
###
向井香はその夜、一人でもう一度あの立ち入り禁止のフェンスの向こうに行っていた。
暗い暗い月も星も顔を見せない森の中。懐中電灯をたよりに彼女はソレを探していた。
お守り。幼い頃に抱いた小さな恋心の証。その少年がお祭りでくれたそのカタチある温もり。大切にしていたモノを探していた。
そして、鳥たちがざわめく音。森が騒がしい。けたたましい獣の鳴き声がどこか遠くから聞こえて、静寂が残る。
その次の瞬間、遠目の木々の影から、恐ろしいモノを見て・・・彼女は、その場で気を失った
森の中、スウェットのズボンに草がシュッシュと当たって音を立てる。俺が方向だけ言うと加納は先だって歩いた。
「その研究所で何をする気なんだよ?」
俺が訊く。
「うん、化け物共の製造方法によっては制御できるかもしれん。」
「・・・・・」
SFじみてるな。現実は小説より奇なりと言うけどこういう意味ではない気がする。
しばらく森の中を進むとあのフェンスが見えた。
「この向こうか?」
加納が振り返り言う。俺は小さく頷いた。
フェンスを越える。開けた獣道を行く。
しっかし、暗い暗すぎる。ほとんどすぐ目の前は暗闇で何も見えない。それなのに加納はまるで昼間の歩道を歩くが如く軽快さの有る足取りだし、なんか、瞳が猫みたいに光っている。また、魔法だろうか?とその瞬間、
ガサッ。
「誰だ!」
草むらで物音がして加納が叫ぶと同時に身構える。加納の目には暗闇の向こうの相手が見えているのか・・・じりじりと人差し指を突きつける。
「なに?誰?」
闇の中・・女の声。この声は・・・?
「香ちゃん!」
俺が言った。
「この声は、裕太くん!」
何という再会。香ちゃんは近づいてきて俺に抱きついた。ちょっと柔らかい感触が腹に当たった。
「わたし、裕太くんにもらったお守り落としちゃって・・・探してて・・。そしたら・・。」
香ちゃんは息を引きつらせ泣く。
「おい、裕太。その子は島の子か?」
「ああ、だからその指を下げてくれ。」
俺は青紫に光り収束する指先を睨め付ける。加納は鼻息を漏らして腕を下ろした。と、その時、
「グウォォォォォォォォォッ!!」
獣の獣らしい鳴き声がけたたましく轟く。そして一気に周辺の木々がなぎ倒された。
「いやぁぁぁぁ!!」
香ちゃんが絶叫して俺にしがみつく。
「ちぃ、いつの間にっ!」
加納が舌打ちをする。目の前には夜空が開け、ソコには大木のような怪物が這いずっていた。
「グゥオォォォゥゥゥゥ・・。」
夜空が暗闇を少しは見えやすくする。月光に照らし出されたソイツの姿は・・・トカゲか?いや、もっとほ乳類じみてる。背中に大きな二枚の翼をつけている。有翼獣。ドラゴンの様な感じだ。
引き裂けた口から牙を伝ってよだれが垂れてる・・。
「く・・・。」
加納が苦痛を漏らした。よく見ると片足が血まみれになって裂けている。かなり奥まで傷が開けている。さっきのなぎ払いで木の枝が飛んできて引き裂いたんだ。
「大丈夫かよ?」
「心配はいらん、それより下がれ!」
そう言うや否や加納は両手を前でかめはめ波のごとく開いて手のひらで有翼獣を捉える。
「光の煌めきよ、集まれ。そして彼を焼き払わん。」
素早く唱える。とともに手のひらに青紫の幽光が収束する。そして、
「ブリッジ・ライト・パニッシュっっ!」(粛正する光の架け橋)
叫び唱えると同時に、指先の青紫が膨張、膨張、膨張。
画面が急激に青白い光に飲み込まれる。俺は思わず両腕で香ちゃんを守るように目を伏せる。
有翼獣はデカイ口を開けて加納に襲いかかるが、ソレと同時に光の放線が加納の手の平より伸長。何か巨大なレーザー砲の様に青紫が有翼獣を飲み込み空気を振動させる響きがゴゴゴと鳴り、そして、
プシュゥゥゥーーー。
光の砲撃が収縮し消えると、残ったのは黒こげの有翼獣らしき物体とかすめただけで吹き飛んだハゲた森林の跡。
俺も香ちゃんも呆然とその破綻した風景を眺めていると加納は何事もなかったように言う。
「おい、肩を貸せ。」
「・・・・・。」
俺はしばらく黙然。するともう一度。
「早く!」
「あ、はい。」
いそいそと加納の肩を担ぐ俺、続いて手を貸す香ちゃんはもう何が何だか分からないような青ざめた貌をしていた。
どうやら加納は俺の足の腫れは治せても自分の怪我は治せないらしい。
しばらく加納に肩を貸して俺と香ちゃんは歩き、あの石のタイルの道へ入った。そこからは火口へ向かって山の斜面が少し急になって上り坂の森林をタイルと石段の道に沿って登っていくことになった。そして山頂と思われる平面な道へ進むと間もなく開けた場所がある。ソコへ出るとすぐ目の前に大きな窪みがあった。
火口だ・・。溶岩は見えないが、おそらく吹き出したときはこの穴に深紅の融けた岩が波打つのだろう。
そして、その辺りを見まわすと一つ四角い鉄の箱のような建物があった。さらに驚いたことにその周辺に何やら奇形の岩が無数に転がっている。
「あれだ。行け。」
加納が肩を振って促す。俺は頷いて加納の肩を担いで鉄箱の前へ歩む。
行きながら奇形の岩を見る。たくさんある。近くでよく見ると何かの抜け殻のようにも見える。灰色で半透明でそれぞれ化け物の原型を思わせる形をしていて、背中や頭から何か抜け出したような穴が開いている。それになんだ?細い管のような物が抜け殻から出てて、地中に突き刺さっている。養分でも吸ってるのか?
「これは・・・?」
俺は呟く。
「気持ち悪い・・・。」
香ちゃんが言った。加納は表情を曇らす。
「・・・抜け殻だな。ちょっとかがめ。」
加納に言われて俺は一つの巨大な抜け殻の前で止まった。
しかし、巨大だ。遠くから見たときは火口の横に大きな岩があると思ってたが、まさか、これも奇形の岩とは・・・。
ちょうど背中を向けている抜け殻だが・・・何の抜け殻だろう?大きさは火口の穴の大きさに長さだけなら匹敵しそうな感じだ。
「やはりこいつら全員、数時間前に成獣になったばかりのようだな・・。」
加納は抜け殻の割れ目の湿ったドロドロの体液を指で掬いそう言った。何とも言い表しがたい嫌そうな貌をしている。
「それと、この管は?」
俺は抜け殻の腹から出て地中に続く下水管のような管を指さした。
「栄養補給だな。へその尾だよ。こいつらここで長いこと成熟を待っていたのさ。」
忌々しそうに抜け殻を見つめて加納は答えた。そしてさらに俺を睨め付ける。
「裕太。おまえが噛まれたというヒルのようなヤツ。やはり、おそらくあれはこの抜け殻の怪物達の幼獣の姿だ。アレが大きくなってあんなのになるらしい。」
俺は自分の脹ら脛を見る。そしてあの化け物達を思い出して、何とも気持ち悪い気分になった。
「嫌な事態になってきたな・・・。」
加納が呟いて俺の肩に捕まって身を起こす。
「・・・どうしてだ?」
「いや、何でもない。気にするな。」
答える加納は唇を噛んで目を細めた。
「裕太くんわたし、怖い・・。」
香ちゃんは怯えている。
「大丈夫?」
俺が貌を見つめてそう言うと頷いて腕にしがみついた。
そして鉄の箱。アレがその加納の言う研究所なのだろうか?
近づく。するとどうやら近くで見てハッキリしたが、小さい。
この鉄の箱はただの鉄板で囲んだ物置みたいな小さな箱だ。だが、その正面にはしっかりと両開きの扉のような物がついている。
取っ手やドアノブが無いからどうやって開けるのかは分からないが・・。
「おい、しっかり私を支えてろ!」
加納が突然そう言って両手をドアへかざす。
マジかよ!コイツやる気か?ひぃぃっ、じゃあとりあえず俺は、加納の背中から反動を押さえるような感じで両手を添えて、ズバリ加納を盾にして後ろに回った。
ズドォン。
無詠唱。青紫の爆撃が小規模に起こり、鉄のドアに見事に一個の穴が穿たれた。
「よし、入るぞ。」
鉄の箱の中はなんと地下へ続く階段になっていた。
俺がソレに驚くと加納は”バカかおまえは?どう考えたって地下へ行く入り口だっただろう。”と冷たい目で侮辱した。それを見て香ちゃんが”ふふふ”と笑う。
ちくしょお、加納化け物女めぇ・・・。バカにしてぇ、でもそれで香ちゃんをなごましたのは良かったけどな・・・。
地下へ降りる階段は真っ暗でわりと長かった。加納曰く、二十メートルぐらいの深さだという。
一番下へ降り、加納が壁にタッチして何か青紫の光を送ると灯りが広がった。まったくどういうカラクリになっているのか?
そして今俺達が居るのが鉄板の壁と無数のパイプ管が壁に張り巡らされた見るからに研究所という風貌の室内だった。
でかいガラスの入れ物に緑の液体が浸されているものが数個連立していたり、奥の方には作業員用のデスクの様な物も見えたが・・・総じて中は埃だらけで汚れていた。
「無人だが・・・装置は作動している。」
加納は緑の液体の入ったガラスの入れ物を睨む。そしてその下の手形の窪みに手を触れた。
ヴィィィン・・。
「!?」
何かの起動音。加納が手を触れたためかガラスの入れ物の前にホログラムの様に空気中に映像が投影された。何やら難しそうなプログラムと図が開かれている映像だ。
「すごい・・。」
香ちゃんが呟く。俺は無言で加納を見つめた。
加納はそのまま何も言わずに映像を動かして何か作業をしている。その左手はまだガラスの入れ物の下の手形にはめられていて、鈍く青紫の光を放っている。
しばらくして、加納は左手を離し、そして深くため息をついた。同時にホログラムのような映像は消える。
「どうしたんだ?」
加納が深刻そうに顔を歪めているので俺は心配で訊いた。すると加納は唇を噛みながら俺を見据えた。
「うん、これは最悪の事態だな・・。」
「最悪って・・・もしかして化け物を制御するのは不可能なのか?」
「そうだ。」
加納は有無も言わさず頷いた。そして軽く説明をはじめる。
「あのガラス管の緑色の液体は中性質溶解液(エリ・エーテル溶液)と言ってね。こっちの業界じゃあ生成を固く禁じられているとんでもない代物だ。
真空と呼ばれる不可知の本質となる存在にアクセスするのに使用する中性質という特定のモノに対して接着作用のある特殊な現存在(物体)を溶液にしたもので、あの中に物体を浸したりすると真化作用という特殊作用が起こり物体はこの世の時間経過的な束縛から解放される。つまり私たちの前から消失してしまう。
永遠に融けると表現されるこの作用だが、使い方を変えると無から有を作り出す質量の変動を可能とする力にもなる。
今回、幸いここでは真化兵器の開発は行われていないが、その代わりその別の使い方で兵器が作られていたのだ。」
「別の兵器・・?」
俺は顔をしかめる。何だかよく分からないけど・・やべぇ組織がこんなトコに研究所を設けてたんだ・・。そしてやべぇもんを造ってるらしいが・・・。
「別の兵器とはあの化け物達のことだ。あいつらはそこのガラス管の溶液の中性質の中を一定量の純度に保つことにより自然と生まれてくる小さな発端に、ある特定の決まった質感を覚えさせて成長させたモノだ。」
言って加納はガラス管の緑の液体を睨んだ。
「GCという秘密結社。元々はバロン・サンダースという犯罪組織だったんだが、ずいぶん前に我々『WOSECE』(間界管理理事会)によって会社自体は解体されている。しかし、何故かその後も会社の各機関が機能している事態が生じていてね。GCというのはゴーストカンパニーの略で、会社が死んだ後も幽霊みたいに動いていると言うくだらん意味で名付けられた。
今もこの研究施設が無人であるにもかかわらず起動し続けている理由。それこそ私が本来調べる仕事だ。しかし、あの化け物達が新生物のホムンクルスと分かれば放ってはおけん。
ったく、無許可でのホムンクルスの生成でさえ法規違反だとうのに・・・どこまでもなめた連中だ。」
加納は憎らしそうに無人の研究室をぐるっとなめ回した。俺はそんな加納に談判するように訊く。
「じゃあ、本当にあの化け物達の制御はできないのか?」
「無理だ。」
加納は冷たい目で返す。
「エーテルの力というのは魔法とかそう言った概念的技術よりももっと根底となる唯物的科学論のさらに根底に位置する最下層の最も優先されるルールを使用している。
誰かのマジック(奇術)ならその基盤を見抜けばこちらから制御することも可能だが、相手が世界そのものと言うことになると全知全能でも無いと不可能なことだ。
だからエーテルの使用は固く禁止されているのだ。」
・・・・無理って・・そんなこと言って加納のヤツなんでもっと焦らねぇんだ?
「何だかよく分かんないけど、とりあえず、あの化け物達を制御して止めることが出来ないんじゃどうするって言うんだ?」
俺は怖がって震えている香ちゃんの肩を加納の肩を支える腕とは反対の手で抱き、さすってあげながら言った。すると加納は自分の怪我をして血を滴らす足を見て少し考えてから口を開いた。
「・・・・一匹一匹斃すしかあるまい。だが、その前にこれ以上化け物を増やさないためにもこの研究施設の謎を解析後、爆破する。」
それはどこか苦しい口調だった。
と、その瞬間だった・・。低い轟音が・・・地鳴りが近づいてきて、それとともに振動が・・揺れが左右にグォングォンと体制を崩させられる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ。
「きゃっっ!」
香ちゃんと俺はあまりにも強い揺れにその場でしゃがんで壁のパイプ管にしがみつく。
「くっ、何が起こってる・・?」
加納は足を怪我している。俺の肩に覆い被さるように尻餅をついた。そして振動はますます勢いを増して盛大に・・。
緑の溶液のガラス管に蜘蛛の巣状のヒビが入る。捕まっているパイプ管がひしゃげる。よく見ると天井がゆがんで変形しはじめている。
「ヤバイ、出るぞ。ここは潰れるっ!」
加納はそう言って俺の背中を叩いて、立ちあがるように促す。
こんな揺れの中で・・右手と左手にお荷物を抱えてあの階段を登れってか?
「裕太くん・・!!」
俺の左手にしがみつく香ちゃん。その蒼白の貌。ソレを見たら・・・・よぉっし、やるしかねぇ!
立ち上がる俺。揺れに負けずに逆に両腕の二人を支えにして振動の中、階段へ向かう。そして上に続く暗い階段に上がる。
「う・・うっし・・はぁ、はぁ・・よし・・うわっ・・・。」
すごい揺れだ・・。階段も何かへこんで道が狭くなっている気がする。
「がんばれ少年。」
うるさいわ・・。
「がんばって裕太くん。」
まかせとけ!
登る登る・・のぼ・・る・・。よっしゃぁ・・。やっとの思いで階段を上り終えると四角い鉄の箱から脱出ぅぅぅぅ、やった!
しかし、そんな俺達を待ちかまえていたモノがギョロっと目玉を回転させる。
「・・・マジ・・?」
「ヴアァァァァァァァァァァァン。」
キ ン。
耳鳴り耳鳴り・・。もの凄いでかい轟音が響き、大地が震え、俺も震え、香ちゃんは引きつって悲鳴も出ない。平気な顔でそれをにらみ返しているのは加納だけ。
どうやら地震の震源は彼らしい・・。
そしてしばらく耳がよく聞こえない。目の前には大型トラックのようなドラゴンヘッド。そしてそのヘッドは後ろの火口が見えないほどの巨大な身体からはえていることが分かります。なんとシュールな・・・。
さっき、森で香ちゃんと会ったときに出会った有翼獣と同じタイプなのだろうか?それにしてはアレの5倍・・・いや、もっとか・・・果てしなく巨大だ。
空が白んできた明け方だから色もよく分かる。ダークグリーンで統一された鱗に覆われた固そうな皮膚にその二本の角が生えた頭、見開かれた宝玉の瞳が深紅の輝きをしている。
赤眼の有翼獣。是非もなく今期最大級の化け物。
「あの巨大な抜け殻の主だな・・。」
加納が言った。彼女にしてはしおれたような声だった。そしてそれが尚更、絶望感を触発する。
赤眼の有翼獣はどう猛も度が過ぎる鼻息をまき散らして俺達を凝視する。こんな小さな人間相手に大人気ねぇ野郎である。
どうする・・・どうする・・・加納さん?どうする?
加納の怪我した身体を支えて・・俺は誰に頼ろうとしてるんだ?もう、めちゃくちゃだ・・・・。最悪だ・・・。
俺は間違いなくその時、死というものを本当の本当に覚悟した。
「おい、裕太。彼女をしっかり守ってやれよ。島の裏側にモーターボートを停めてある。」
加納はそう言うと肩を支える俺の腕を振り払った。そしてその強い眼差しで”行け!”と示す。
逃げろって?俺達だけで?モーターボートで島の裏から・・・・?
「あんた・・・なに考えてんだ?足・・・怪我してんだぞ・・?」
俺は訊いた。でももう、加納はなにも答えない振り返らない。眼前の赤眼の有翼獣に向かって片足だけで立って、向かう。
「あんた・・・正気じゃねぇぞ!どうする気なんだよぉ!」
なんでだよ・・・あんな冷酷そうな顔してたじゃんかよ・・。人が死んでも涙一つ流さなかったじゃねぇかよ・・・。それなのになんで・・・。
「裕太。」
ポツリと背中を見せる加納は囁く。
「おまえ、なかなか見込みあったぞ。」
え?
刹那、
「ヴアァァァァァァァァァン」
赤眼の有翼獣がトラックを飲み込めそうな巨大な口を開けて襲いかかった。
「ソエル・・・」
加納はたぶんそう呟いた。
そして一閃の光が無数に加納の身体から放たれる。幾重にも重なり、重なり、重なり、集結して、真っ青な一条の光が明け方の空に立ち上り、大口を開けた赤眼の有翼獣と加納を包み込んだ。
ヤバイ・・・。
「裕太くん!!あの人・・・っ!。」
香ちゃんが言った。俺はそれを遮り彼女を引っ張ってその場所からダッシュで離れる。
ヤバイヤバイヤバイ・・・ヤバイっつ!
そして森の手前まで来る。
後ろからは轟音のような嵐のような激しい音が響いて、振り返ると空から青白い光が降りてきいる。太い、巨大な塔のような光のライン。それがしばらく空と大地を結び、加納と隻眼の有翼獣を包み、そして最後には地上で収縮して消えた。まるで、点から光りのレーンが降ろされ、そして地面に吸い込まれていくように・・・。
そして、
その消えた場所には、でっかい黒こげが一体残っていて、その目の前にはシルエットのような焼けこげた人間の立ち姿が残っていた。
立ったまま・・・死んだのか・・・。
大地が火山帯の岩までも炭っぽく黒くなっている。加納の技は火口の一部までも巻き込んで超熱量を与えたようだった。
黒こげの人間。立ったままの加納はまるで真っ黒なシルエットそのものだった・・。
影になった・・・加納・・・。なんでアイツは俺達を逃がすために命を捨てたんだろう・・・。どうしてあんな冷酷な、化け物だからって、生きてるモノを笑って殺すようなヤツが、そんなことを・・・・。
「あの人・・・どうなっちゃったの?」
香ちゃんが黒こげのもろもろを見て言った。まだ恐ろしそうに震えて俺の腕にしがみつく。
俺は無言でその片手を握った。それは彼女の震えを抑えるためだけじゃない。加納の死に・・俺自身、これほど動揺するというのは意外だった・・・。
加納は、酷いヤツだと思ってたから。化け物達への俺の怒りはむしろあの女へ向けられていたから・・・こんなかばうような死に方・・・どうやって受け入れればいいんだろう。
加納は最後に俺になんて言った?
”おまえなかなか、見込みあったぞ。”
どういう意味だよ・・。わかんねぇよ・・。なんで加納が死んだくらいで、こんなに胸が苦しくなるんだろう・・・。
俺達はしばらく呆然とその光景を眺めた。
黒い焦げた者達。焦げた抜け殻も焦げた岩肌も焦げたあの女も、そして焦げた・・・。
・・・・・・ん?
なんだ?あれは・・・黒い焦げた巨体が・・・心なしか動いた?
ズズ ン。
大地が揺れた。轟音を響かし。
さっきの加納の技で大地にダメージがあったのだ。
地面に亀裂が入る。そして、そこからあふれ出すこの液体は?これは緑色の溶液・・・。あのガラス管に入っていたような緑色の液体が大地の亀裂からあふれ出してきている!?
そしてその液体は緩やかな速度で火口に注がれる。
「いや、なにこれ・・?」
香ちゃんが嘆きをあげる。
そしてソレと同時に黒こげが動いた。あの、加納の一撃を受けた黒こげが・・・丸い赤眼を開いた。
「・・・ウソだろ・・?」
ありえねぇ・・・逃げよう!!
俺は一瞬で判断し、香ちゃんの手を引っ張って森へ・・・森へ・・・森へ。
なんでだ?どうしてだ?加納が命を賭けた技が効かなかったなんて・・・!?
走る走る、しかし・・・森が・・・無い。
気付くと目の前には黒い壁があった。おかしい、ここには森が広がっていたはず・・・。
いや待て、これは、よく見ると・・・。俺はその黒い壁の先から根本まで首を動かして辿る・・・辿る・・辿る・・・。最後に行き着いたのは真後ろの赤眼の有翼獣のヘッド。
つまり、これは、赤眼の有翼獣の尻尾が弧を描いて俺達の前を塞いでいる!?
「クソ野郎!」
「裕太くんっっ!」
香ちゃんが叫ぶ。同時に野郎、尻尾で地面をぶっ叩きやがった。
もの凄い縦揺れがトランポリンのように俺達を空高く宙に吹っ飛ばす。しかし、ボヨンとは違う、ブワッって感じだ。
そして落ちる。
ドン。
フラッシュが脳裏をよぎる。全身が激痛する。胸が・・・苦しい。
這い蹲る。そして香ちゃんがどこへ落ちたのか確認する。
「裕太・・くん。」
「香ちゃん」
どうやら近い。二人とも火口の目の前に落ちた。俺は彼女に手を伸ばす。届け、届け、届け、・・・。
しかし次の瞬間、ヤツの尻尾のもう一撃が大地を強打する。
ズッバーン。
同時にやはり俺達は宙へ吹っ飛ぶ。そして次に落ちるのは・・・!?
火口。落ちながら視界に映るのは緑色の溶液のプール・・・。
ヤバイ・・・こんなの落ちたらどうなるんだよ!!化け物を作り出す溶液・・・人間が落ちたら?どうなる、どうなる、どうなるぅ?
ドッパーン。
ドッパーン。
香ちゃんも落ちた。俺も落ちた。緑の溶液の中・・・ソレは意外にも暖かい・・。
ゴポッ
思い出した・・・。
あの日、まだ9歳だった俺は立ち入り禁止のフェンスの向こうに居た・・・。
木々の合間から覗く太陽の光線が緑色のジャングルを仄かな灯りに保っていた・・。
そんな中、俺は確かに深い森の中にいた。一人、そこで命を感じていた。森の植物。済んだ空気。木々のざわめきと鳥の声。何もかも生きていた。
ただ俺は一人だった。
”お母さん・・・お父さん・・かおりちゃん・・叔母さん・・・じいちゃん・・・。”
一人だった。どんなに呼んでも一人だった。
たぶんずっと一人で居た。だからすごく独りだった。
森が騒がしく、太陽の木漏れ日はうるさいぐらいなのに・・・俺は妙に寂しかった。酷く心細かった・・・。
道に迷った・・。石のタイルの道を見つけた。ソコを辿って歩いた。開けた場所で、止まった。
そして、彼等が幾つもジッとソコで寝ているのを見たんだ・・・。
俺は何者なのか疑った。彼等の脈打つ鼓動が半透明の身体から見える、聞こえる。
生きてる?
グキュル・・・・。
そして何かが不思議な音を立てて・・俺はびっくりして、そのまま引き返して走った。
走った、走った、走った。そして転んだ。
その先にフェンスがあった・・。そして俺は・・そして俺は・・・初めて命を恐ろしいと思った・・。
そうして、独り、家へと帰った。
ゴポッ
なんだ・・コレは・・・?宙に浮いてるみたいだ。重力からの解放・・・すごい、身体が軽いまるで空気になったみたいだ・・・。足がつかない不安定さがとても自然に思える。それになんだコレさっきから・・・。
ホカホカ、ポカポカする・・・暖かい・・。心の中まで風呂につかってるみたいだ・・。
幸せだぁ・・・。なんか心の底からとろけてしまいそうだぁ・・・。
ジュワー・・・ジュワー・・・ジュワー。
ゆっくり、脳みそが開かれる。
脳神経の一本一本が休んでるモノも残らず電動する。反応する。起動する。感動させる。脳神経幹細胞が歓び。神経細胞は活性化していく。感覚が融合し、二つの事柄が一つに思えてくるような錯覚が行き交う。大脳も小脳も脳幹までも上昇する。高揚する。融合する。
次に脳みそを越える。
身体が、その形作る全ての細胞の一つ一つの核の、染色体、その一本一本にある一つ一つの二重螺旋のデオキシリボ核酸(DNA)のマトリックス(基盤)の全てが暴かれる。四つの塩素が全ての配列が、全ての情報が透明化し、解ける。すると細胞は実に四十億年ぶりに自由になる。
そして無機質へ辿る。
その全ての分子の電子配列が許される。原子の最内殻電子までの値が0になる。プラスとマイナスの概念が消える。在り方の根底に位置する相対性が崩れる。変性的な地盤が、不変的な地盤が皆無になる。温度を作り出さなくなり、間隔的な真空でさえない無の境地を形成する。
それは絶対零度(マイナス372℃)。現存在に値しない値。
故に時が止まる。
つまり、
緑色の液体が体中を何か究極的なものと繋げる(コネクト)。交信させる(コンタクト)。分からせる・・(シー)。そして開かせる(オープン)。
触れ得ぬ領域へ(アカシックレコード)入る。真の沈黙の中。そこで何かが伝わってくる。
誰かの声が聞こえる。笑ってる。聞いたことのある声だ・・・。
そうだこれは、祖父の笑い声だ。で、こっちは叔母の笑い声。それにあっちは母さんの笑い声だ・・。父さんもすぐそばで笑っている・・・。みんな・・・元気かなぁ・・?
”裕太・・・くん・・・・。”
声が聞こえる・・。向こうだ・・・。
”香ちゃん・・・。”
呼ぶ、そして捕まえる。でも、もう、息をしていないんだね。
”ごめんな・・・。”
呟く・・・。でも、なんて綺麗なんだ・・・。ここは、死者とも誰とでも会える・・・。
”少年・・・。”
加納が呼ぶ。
”エーテルを受け入れろ・・・”
加納が言う・・・。そして死ぬ・・。沈む・・・消える。果てる・・・。その奥で何かが輝く・・・。
ソレを取りに行く。輝きは増す。手を伸ばす。掴む。そして見る・・・。
”種・・・?”
緑色の液体の中の緑色の・・・種子・・・・俺が摘むんだ・・花・・・命・・・。萌える・・・その雛形・・(ウーシア)。
何かが近づく。何かが繋がる。エーテル(真空)という本質が迫る。触れる。見る、聞く、感じる・・・・。とても、暖かい。優しい温もりが包み込み、心を自由にする・・。
そして、
種が発芽する・・・。
リ ン
夏の日差しのような光線が聞こえる。
解かれた全ての事柄が一瞬で元に戻る。
すると時も動き出す。
緑の液体の中で、自分が生まれる瞬間に立ち会う。
身体が・・背骨が熱くなり隆起する。
顔が・・・眼球が朱に染まる。。
四肢が・・・指の爪が伸びる。
皮膚が硬い外殻に覆われる。衣服を破き、新しい細胞が鎧を形成する。その鎧が髪の毛の一本一本までも覆う。そして固める。強固なることは強力な武器になり、朱色の瞳は索敵する探求を秘める鮮烈の赤。
伸び研ぎ澄まされた爪は鋼鉄を切り裂き、流れる水を切り、そして空間さえも切り裂き、時を生む概念を包括。
空がおぼろげに見える。緑の液体の中、空を見上げている。
誰かが囁く。
エーテルを受け入れよ・・・さすれば新たなる生命として生まれ変わる。
身体が自然と浮き上がって行く。水面を目指して、その向こうの空を目指して・・・。
エーテル(無重力)から舞い戻る。すなわち誕生。
それはサヴァイヴ・・・終幕に一人、生き残る者。
ゴポ・・・。
目覚めよ・・。
目が覚めると宙に浮いていた。下には緑のプール。そして赤眼の黒い有翼獣。
火山の火口の上空。夏の朝の太陽が遠くの海より少し高いところで俺を迎えた。
「ふぅぅ・・・・。」
風が、気持ちいい・・・。
両腕に抱えているのは香ちゃんか・・・。
しかしもう、死んでいる。調べなくても分かる。何もかも見ればだいたい分かる。きっとエーテルを許容しきれなかったのだろう・・。可哀想に・・・。
体中がまだ緑の液体で濡れている。香ちゃんの身体は無傷だった・・。せっかく綺麗だ・・・このまま・・このまま・・・。
ふっと下をもう一度見ると、赤眼の有翼獣が翼を広げてジャンプした。ヴァッサヴァサ・・・羽ばたきが音を立ててあっという間に目の前を埋め尽くす巨大・・・。
でも恐怖は感じない。
鼻息、翼の風圧。その巨体。全てが実はちゃちなモノだというのが手に取るように分かる。だから・・・
「ク・・・クック・・クスクス・・あは・・あはは・・・あは・・あーっはっはっはっはっは・・はぁ~あ・・。」
笑ってしまう。こんなチンケな動物を相手にするのは気が引けるし・・。そいつがまたやる気なのは笑うしかない・・。
笑うしか・・・ないんだ。
みんな死んでしまった・・。
「来いよ・・・・。」
呟く。でもほら、コイツも分かってるんだよ・・・。さっきから、かかってこない。
「ギャァァァァァァオオオオ。」
ソレが本気の鳴きかい?おまえ威嚇の才能無いなぁ・・・。
赤眼の有翼獣が叫ぶと下の島から無数の翼のはえた有翼獣が飛び上がってきた。
仲間・・・増えたな・・。よかったじゃん。一人じゃないじゃん。みんな一緒じゃん・・。俺よりマシじゃん・・。だから・・・
死んでもいいよな・・。
刹那、
俺は動く。その両手にはまだ香ちゃんが抱かれているけど・・・足だけで充分だと思った。
「ギャァァァァァッッ。」
赤眼の有翼獣、叫ぶ。そして大口を開ける。その口の孔から焔が浮かび上がる。赤い赤い焔が・・・。
しかし、でも、遅い。
俺は大気と重力をあるレベルまで無視できる。有翼獣はソレに比べれば亀のようなスピード。
だから、蹴る。爪で刺す。面玉をえぐる。その忌々しい赤色を壊す。そしてそのまま爪で真っ二つに分かつ。首を・・コイツラの好きな首だけの姿で殺してあげる。
ザン。
一蹴。その全てが一瞬。
事実、赤眼の有翼獣は何が起こっているのか分からなかっただろう。空中戦ではより自信を持っていたはずの彼だ。スピードだって巨体ながらなめてはいけないものがあったのだ・・・。そして何よりその強靱な肉体はどんな研ぎ澄まされた剣も刃こぼれを起こすほどの強度だったはずだ・・・。
なのに・・・気付いたら、脳から身体へ信号が送れない・・・。ぷっつり切れている・・・何が?
首が・・・。バァーカ・・。俺、笑う。
「ギィィアァァァァァァ・・。」
そして遅れること3秒後、断末魔の叫び。赤眼の有翼獣。首と胴体で分かれて落下。あっけなく緑の火口へとドっパン・・・エーテルに帰った。。
一番デカイのが死んだ。他の有翼獣はたじろぐかと思ったが、むしろ血気盛んに揃って突っ込んでくる。
「ギャアアアアアアアアン」
無数の鳴き声。猪突猛進に迫る彼等。
それを目で捉える俺は相も変わらず笑ってしまう。
素晴らしい。雄志達だ。退くような恐怖は皆無か・・。伊達に島民二百人を喰ってはいないようだな。この俺にこの期に及んでかかってくるのは、その本能に退避というものが一切含まれていないからだろうが・・・立派だよ。
俺は心躍る。こんなに盛大に誕生を祝ってもらえるなんて・・・・。
これはもう、フェスティバル・・・。闘いとはこうも心躍る命の取り合い。生き残り合い。
これだけのもてなし。こちらからもそれ相応の対応をしなければ・・・失礼。
まずサヴァイヴの新脳の大脳辺縁系から思考回路を開く。そこへ新五感覚から常に送信される情報を受容し了解する。そしてそれらを元にエーテルの一部にアクセスをかける。未知の範囲の情報量を抽出。さらにそれを元に半径十メートルというサヴァイヴの平均した射程距離からプラス5メートルまでの高度及び距離のレーダーを構築。
敵数確認。射程内に5体。射程外に40体。それぞれの識別及びパラメーターを照合。誤差無し。射程内5体の座標を確認、捉える。ここまでを実に,刹那の極みと言うべきか、1フェムトつまり千兆分の一秒で行う。
そして次に外野40体の行動の可能性を2秒先まで自動処理。ソレを元に近距離五体への対応を算出。そしておよそ3秒先までの射程内行動の確定。実行動作へ移行。
発進。最短距離、前方先頭のターゲットに接近、右足尖爪スライド蹴りで両断。同時に斜め後ろ横30度角よりほぼ並列座標のターゲットを左足後ろ払い蹴りで両断。
「・・・2・・。」
続いて下斜め二十度角から上昇するターゲットに対応。ムーンサルト回り蹴りで両断。ほぼ同時に並列、左右直線からの二頭の接近に対応、回転回し蹴りで両断。
「・・・5・・。」
ここまでが3秒。
続いて既に射程内に新しく侵入したターゲットを3体ロックしている。これの対応へ移行。
この時点で、サヴァイヴの脳は既にエーテルと3%以上、5%未満のアクセスを完成。エーテルはこの世界のあらゆる時間を包括している為、この状態で彼は計算の必要を持たずにターゲットへの対応を直接運動神経に伝達可能。すなわち最大速度。
無数の有翼獣の襲撃。襲撃。襲撃。
そのこと如くの行動を予知。そしてそれを音速で対応、迎撃。迎撃。迎撃。
足の爪が煌めく、そして次の瞬間には有翼獣が分割。調子に乗ってスライス。スライス。
そして、コイツラ脆い脆いよ・・。ハムとか包丁でスッパスッパ切るみたいによく切れる。俺の足の爪、サイコー。
右、スパ。左、スパ、上、スパ。下、かかと落とし・・。
切れる切れる切れる・・・切断切断切断切断。
おまえら意外に脆いんだな・・。
そして面倒だ。全部まとめて世界ごと切る。
空間を蹴る。爪の先で切り裂くように円形を刻むように回転し一蹴する。
並列の有翼獣は次の瞬間には空間ごと切り裂かれて、ズレ落ちるようにその空間ごと段差が・・二つに割る。
そして空間は自動的に閉じる。有翼獣達は切れたまま、
落ちる。
落ちる・・。
落ちる・・。
そして全滅。
圧倒的すぎる。もう、こうなってはどちらが化け物だったのか定かではなかった。エーテルを受け入れた俺にとって、時間は平等ではないし、思考は万別ではないし、力は物理的ではなかった。
むしろ、彼等のように無に無理矢理精力を与えた作り物など下等としか言いようがない。この世ではより自然な方が優位なのは当然。
ならば、有から転じて無になりそして再び誕生した俺こそが、真にサヴァイヴとして生き残るにふさわしかった。
ヤツラが切り裂かれて死んだのは摂理的な当然の結果。俺がこうして生き残るのはサヴァイヴとしての証明。
そして、
だから、太陽を背に、俺は一人浮かぶ。
風が吹く。上空の気流が俺の固い皮膚を扇ぐ。太陽の日差しが貌を覆う。
俺は今も俺の腕の上に眠る、香ちゃんを眺めた。その暖かい表情を・・そして少し羨ましく思った。
遠く太陽の下と海の上に一本のラインを見つめた。
そして冷たい滴りが頬を濡らした。
両腕に抱えたその少女。ソレを抱えるサヴァイヴ(生き残る者)は、人の形をしていなかった。
そして少女は死んでいるのに、その表情は笑っている。たぶんきっと、命在る者にとってエーテル(永遠)の中で死ねたことは生き残ることよりも幸せなことだったのかも知れない。だから、彼女は微笑って死んでいったのかも知れない。故に彼女は彼の腕の上で今も笑い続けているのかも知れない。
そして、
サヴァイヴは眺める。
遠く、日の下の水平線を・・・。そのラインの先に広がる空を眺めて、たぶん涙を流していた。
one survive/ END




