1章 くされ縁5
投げた武器も拾わずに、ヒスイは無事な薬草を探し始めた。剣を収めると、トラメもすぐ薬草探しに加わる。その様子を見て、ライカは棍を拾ってきてヒスイの前に立った。ちょっと迷いながら言葉を紡ぐ。
「本当に、研究の材料探し?」
聞いてはいけないことだと思っていた。ふたりにとっても、自分にとっても。深く関われば後悔するはずなのだ、でも放っておけない。
(本当……駄目だね、私は)
溜息をつくのは自分自身にだ。
「私も手伝うよ。何を探してるの?」
しばし手を止めて、ヒスイは地面を見つめたまま黙っていた。トラメも同じく動きを止めている。ふたりは無言で会話しているようにも見えた。
「……万能薬って、知ってる?」
言ってから顔を上げたヒスイは、ひどく思いつめた顔をしていた。サイトレットの人達と同じ表情だ。万能薬はあらゆる傷や病の特効薬として語られるもので、ライカも知っている。今、ふたりは国からの命を受け、万能薬の材料を探しているのだそうだ。ほとんどの材料は国にあったのだが、ひとつだけ、北の大陸にのみ生息する希少な薬草が足りない。冒険者や医者が焦がれる夢の薬は、幻と言われる薬草を材料に数えていた。
わけあって、彼らの故国には万能薬が必要らしい。目的の薬草は、アピラとよく似た葉を持つが、花をつけるレフティというものだ。
「わかった。よっし、暗くなる前に見つけよ!」
魔物と戦う緊迫した場面でも、切羽詰った薬草探しの今も、ライカの声は明るい。きっと、言い方ひとつで受け手の心の持ちようが大きく変わることを知っているのだ。ヒスイは少しほっとして、再び薬草探しを始めた。
沼の周りをくまなく探した後、三人は石の小山を囲んでいた。見つけた薬草は、全て石になっていた。少しの間うなだれたヒスイは、いくつかの石化した薬草を布に包むと、大事そうに荷物に入れる。
「元に戻せば使えるはずよ。裏を返せば、新鮮なまま持ち帰れるって事だわ……なんとかしてみせる」
ライカみたいに、頑張って明るく言ってみた。すると、できる気がしてくるから不思議だ。
そして、すっかり魔物の減った森を抜け、町へ戻る。本体を倒したことで、子供たちといえる小さな魔物はいなくなったのだ。町に着いたのは、そろそろ明かりをつけようかという時刻だった。誰からともなく、腹の虫がぐぅと鳴る。そういえば森に入ってから、物を食べる間がなかった。
町人が集まる宿の戸を叩くと、警戒の目で町長が顔をのぞかせる。見たことがある顔だと気付くと、ドアを全開にして三人を引っ張り込んだ。
「よく帰ってきた! 魔物は?」
期待の顔がたくさん並ぶと、こうも恐ろしいものか。得体の知れない魔物には平気で挑んだ、ヒスイとトラメが面食らっている。苦笑いのライカが魔物を倒したことを告げると、割れんばかりの歓声が上がった。
久しぶりに、サイトレットの町に明かりが溢れる。明日からは、貿易も畑仕事もできるのだ。外に並べたテーブルにカンテラを置き、ほの明るい屋外での祝宴が始まった。もちろん、魔物を退治した三人にも食事が振舞われた。
ライカとトラメは盛り上がる宴に順応していたが、ヒスイは暗い顔になりがちだ。邪魔にならぬよう、少し明かりから離れる。町人の厚意はありがたいが、できる限り早く故郷に戻りたい。トラメもそれはわかっていて、雰囲気を壊さない態度をとっている。私にはできないわと溜息をついて、ヒスイは幼馴染みから視線を外した。
(……あら?)
そういえばライカの姿が見えない。ついさっきまで、飴を絡めた豆菓子に目を輝かせていたはずだ。代わりに、後ろからサクサクと音がする。
「ライカ? びっくりした」
腰を抜かしそうになったヒスイに笑いかけ、隣に立つと豆菓子の包みを出した。
「ふおあんはん」
菓子の名前を言ったようだが、頬袋になった口では何だかわからない。焦っているヒスイを気にかけて、わざと子供じみた行動をしているように見える。行儀の悪い態度がぎこちないのだ。
「ありがとう。話すのは飲み込んでから、ね」
フロランタン。菓子の名前は知っていた。礼の後にひとこと加えて、少しいつもの自分に戻れた気がした。ヒスイも包みを開けて菓子を食べる。焦がした飴の香ばしさと、しっかりした甘さがおいしい。今は笑っていられた。
先に食べ終わったライカが、あのね、と話し出す。
「トラメにも言ったんだけど、皆が寝静まってる間に町を出ちゃったほうがいいかも。時間ないんでしょ? 町の人、何日か引き止めそうなくらい喜んでるもん」
ライカも旅路を急ぎたいらしい。手厚いもてなしは町の負担にもなるから、遠慮するためもあった。それに深夜にサイトレットを発てば、朝一番でトロムメトラからの船に乗れる。通行証は、幸いトロムメトラ、サイトレット間の往復だった。
「ライカはこの後どこに行くの?」
ヒスイの問いにしばし考えて、ライカは船の航路を頭に浮かべた。この大陸に、もう行く所はない。
「チェルア経由のシャインヴィル行きに乗るかな……」
「あら、じゃあ同じ船になりそうね」
明るくなるヒスイの声に、ほえ? と間抜けな反応をするライカ。出会ってから今までで、特に素の表情が見られた気がする。
たまたま話に出ていなかったが、ヒスイ達の故郷の名はシャインヴィル。豊富な鉱山や火山を擁する暑い国だ。発達した医術も有名で、若くして医者を志す者も多い。
「そっか。……チェルアまで一緒だね」
少しだけ、ライカの声が暗くなった。帰る見通しが立って、余裕ができたヒスイの心に、ライカの様子は不可解に映る。人に優しいのに、人から離れようとする。ひとりになろうとする。宴の輪に戻っていく背中には、空元気がおぶさっていた。
追いかけて、ヒスイも明かりに入る。朝、気が付いたら町の英雄が消えているなど、町の人々は考えてもいなかった。