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ライカ  作者: こま
1章 くされ縁
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1章 くされ縁2

 翌日、出発すると早々に、漁師のトラメはさすがに大した方向感覚の持ち主だとわかった。町の方向に見当を付けると、迷わず進めた。研究に使う薬草を探す旅で、ここトロムメトラの森では見つからなかったため、ヒスイとトラメは他の土地を目指すという。ライカも次の土地を目指すつもりでいたから、町までは同行することになりそうだ。

(なりゆきだね。怖い、怖い……)

浮かんだ言葉は努めて忘れることにした。はっきり思い浮かべたら、本当のことになってしまう気がしたのだ。

 森を出て、目指すのは王都。かなり大きな町で、他国への通行証の手配や乗合馬車、定期船を動かす港まである。堅固な城壁に囲まれた町の門をくぐると、ヒスイとトラメは中央にそびえる城を見上げて感嘆の声を上げた。

「あれれ、お城見るの二回目なんだよね?」

笑い声で言われて、ふたりはちょっと赤面した。故郷から船でこの町に着いたときも、城を眺めて同じようなことをしていたのだ。きっと、ライカは何回もここへ来ていて、城も見慣れている。ヒスイ達は、田舎者だと宣言しているようなものだった。

「それじゃあ、気をつけてね。探し物に夢中になるのもいいけど、夜の森は危険だよ」

町で情報収集をするヒスイ達とはお別れだ。ライカはぱっと微笑んだ。

「ああ、ライカも。森は道に迷いやす……痛って!」

「全く、素人の私達が言うことじゃないわよ。本当に助かったわ。ありがとう、ライカ」

茶化したトラメを小突いて、ヒスイも微笑む。月並みな別れを経て、両者とも雑踏に紛れていった。

 歩いて国境を越えられる国へ行くには、通行証を必要とするのがこの大陸のルールだ。商業の利益だけでなく、国境の行き来に課金して、国の利益としているのだ。ライカは発行のために、城下の役所に向かった。東の橋で渡る島国のサイトレットは、森が深い所と知っていたので、次の目的地に定める。ところが、今は魔物が大発生しているので、通行証の発行を規制しているのだという。護衛つきの商人や、何としても橋を渡りたい強引な旅人に限り、それを手にしている状況だ。危険は承知だと訴えても、なかなか発行してくれない。

「森の奥の沼地には、宝があるなんて噂ですけどね。入っていった人が戻らないから、あれこれ言い立てられるだけですよ。魔物の巣窟です」

窓口の係の意見はもっともだが、旅を急いでいた。事態の収束を待ってなどいられない。ライカは、強引な旅人の仲間入りをすることにした。

「いいから、発行してください。遊びに行こうとしてるんじゃないの」

しばらく食い下がったら、通行証を発行してもらえた。

 案外あっさり手に入ったと胸をなでおろしていたら、東の橋でその理由がわかった。行く手を阻む係が、まだいたのだ。通行証を見せても、首を横に振るばかりで通そうとしない。ただ、魔物が橋を渡って来はしないかと及び腰でいるので、横を通り抜ければ進める。普段は二十人乗りの乗合馬車も通る大きな橋に対し、係はひとりだけだった。

「本当、危ないんですって! 災禍の再来らしいじゃないですか! 絶対、その影響ですよぉ! ちょっと〜、聞いてますぅ……?」

 試しに橋を渡り始めたら、引止め係の声だけが追ってきた。彼の仕事は、トロムメトラ側でおしまいなのだろう。橋を渡る間に日が傾いてきた事の他に、不穏な気配に近付いているから空気が暗く、重い。なるほど、サイトレットを悩ませているのは、けっこうな大物のようだ。ライカは気を引き締めた。

 夕刻、町に着いたときには廃墟かと錯覚した。どこの家も明かりが点いておらず、出歩く人が全くいない。息を殺したような気配が、一際大きな建物に集まっていた。恐らくは、宿屋に皆で立てこもっているのだ。近付いてよく見ると、窓を目張りしてあった。

「すいませーん、誰かいるんですかー?」

 あえて緊張感のない声で呼びかけ、ライカは扉を叩いた。その方が、穏便に事が運ぶと思ったのだ。

程なく、指一本分だけ扉が開いて、充血した目が外をうかがった。町人は、かなりまいっているようだ。来訪者が旅人だと認めると、一気に扉を開けて中に引きずり込む。建物はやはり宿屋で、普段なら客でにぎわう食堂が、一階の大半を占めていた。今は、武器を手にした町の大人たちが顔を揃えている。女性までフライパンやおたまを握り締めていた。

「あんた、冒険者なのかい」

物々しい町人に囲まれて苦笑するライカに、町長らしき壮年の男性が問いかけた。

(期待半分、落胆半分って感じかな。私の見た目、屈強じゃないもん)

普通の町娘の格好をしていれば、馴染んでしまう体格のライカだ。身長は低いくらいで、武器を持っていなかったら冒険者には見えない。

「一応、そうですよ。ここには冒険者の方が見えないけど、もしかして森から戻らないんですか?」

強引な旅人は、何人かサイトレットに渡っていたはずだ。状況を察すると、嫌な予感がしてくる。切羽詰った町人は、わらにもすがるのだ。

(これ、魔物退治を頼み込まれるパターン……だよね)

 予想通り、先に森に入った者達は戻っていないらしい。護衛つきの商人が出入りして何とか物資を補給しているが、これでは生活が長続きしない。畑の手入れもできないし、通行証の収入も激減した。誰でもいいから魔物を退治してほしいというのが総意だった。

「ここへ来たのは、森や沼地の探索が目的だろう。その……ついでと言っちゃなんだが」

「町長、女の子ですよ。大丈夫なんですかい?」

頼みにくそうな町長に、鍛冶屋の男が横槍を入れる。普段槌をふるっているだけあって、見た目だけならライカより強そうだ。しかし、じゃあお前が退治に行くのかと奥さんにフライパンで叩かれて閉口した。この様子なら森には入れそうだ。

「もし魔物に会ったら、やっつけますよ」

 ひとまず町人はほっとしたらしく、今日は泊まっていけと愛想よく部屋を勧められた。この歓喜の後には不安が待っているのに、無理やりでも明るい気持ちを作りたいのだ。本心、町人たちが期待していないことをわかっていても、否応なしにライカは気合が入った。


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