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ライカ  作者: こま
1章 くされ縁
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1章 くされ縁

 トロムメトラの森には夕暮れが迫っていた。深い森の奥には財宝があるとか、未知の国があるとか、伝え聞く話が多い。そそられた冒険者が探索しているのが常だ。しかし夕刻を過ぎると話は違って、余程の実力者でない限り、町へと引きあげて行く。

 人気のない木立の中に、ひとりの冒険者が歩いていた。さらりとした金髪は、揃えて伸ばせば娘達が皆うらやむような美しいものだが、長いのは耳より前だけで、後ろにかけて極端に短くなっていた。軽装備ながら、八方をそつなく警戒しているところを見ると、旅慣れているらしい。

 彼女が不意に立ち止まり首をかしげると、目線の先で茂みが動いた。何かいるのだろうか。冒険者は腰に提げた一本の短剣に手を添える。赤い石をあしらった太い腕輪が揺れる。

「待って!」

茂みからは必死の叫びが聞こえてきた。同時に、茂みを突き抜けて、冒険者の方に青年が倒れこむ。どうやら声の主に突き飛ばされたようだ。起き上がって謝るが、山ほどの小言が降ってくる。彼は、何やら間違えて薬品を焚き火にかけようとしていたらしい。さほど重大なことと思っていないため、重ねて小言が降りかかる。薬品の瓶を突きつけて怒っているのは、知的な顔立ちの女性だった。二人組の新米冒険者が、日常の言い合いをしているだけ。冒険者はそう見切って再び歩き出そうとした。

(……ん? やっぱり何かいる。気付いてないなあ、あれは)

 言い合いというよりは説教と立たされ坊主になっているふたりの向こうに、鋭い双眸が光っていた。小さくため息をつくと、冒険者は短剣を抜く。大きな熊が、両腕を振り上げた。逆立った毛並みは紫色で、ただの野生動物と言うにはあまりに獰猛な目つきをし、息を荒くしている。今更ながら、狙われていることに気付いたふたりが身を固くしたとき、熊の眉間に短剣が突き刺さった。冒険者が投げたものだ。その一撃で熊は倒れ、溶けるように崩おれた。そして地面に僅かなしみを残して消えた。普通の生き物ではなかったのだ。

 地面に落ちた短剣を拾うため、冒険者が茂みを分けて姿を現す。

「あなた達、旅慣れてないでしょ。こんな時間に森にいるなら、ちゃんと警戒しなきゃ。食べられちゃうよ」

 焚き火に照らされ、冒険者の顔が明るみになる。生業がちょっと似合わない、品のある少女を見て、二人組はきょとんとした。そんな様子にいたずらっぽく笑い、先に現れた熊のようなものが、夜になると増えるのだと説明する。早くに野営の準備をしたのはいいが、大騒ぎしては奴らを呼び寄せてしまうと。

「あれが……魔物ってやつなのか」

「うん。消えたのが、その証拠。最近、特に多いんだよね」

拾い上げた短剣には血が付いていない。熊と一緒に消えたのだろう。しゃんと鞘に収めると、道中気をつけてと言い、冒険者は立ち去ろうとした。真っ直ぐ伸ばした背筋は自信に満ちて見える。

「ありがとう、助かったわ。あと、ちょっと待って……」

 すっかり怒りの収まった女性が、冒険者を礼と共に呼び止める。冒険者が振り向くと、ほっとした笑みを浮かべた。

「……その先、崖なのよ」

「えっ」

あと何歩か踏み出していたら、冒険者は転落するところだった。彼女は、実は道に迷っていたのだ。

 知的な女性は名をヒスイといい、短い黒髪が活動的に思えるが、冒険者と言うには華奢な印象だ。医術に通じているので、普段は専ら研究をしているという。色白なのはそのためだ。一方、青年はよく日に焼けていて、生業は漁師だそうだ。名はトラメといい、赤いバンダナが似合っている。退役軍人であるトラメの父親に護身術や剣術を仕込まれたらしいが、ふたりとも家出してまで冒険をするような性格ではなさそうだ。

 迷っていたことがばれた冒険者は、助けた礼に森を出るまで同行しようと言うふたりの厚意をありがたく受け取り、一緒に焚き火を囲んでいる。尋ねられてようやく、自分の名前を口にした。

「ライカ」

 他愛ない話をして、交代で火の番をしながら夜を明かす。旅をしていれば何度も出会う、助け、助けられる思い出のひとつだ。ライカはその紅色の瞳で焚き火を見つめて、なるべく感情を込めずに溜息をついた。

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