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境界防衛  作者: 蓑火子
プロキシファイトにて
98/131

第98話 憤慨の女/憤慨の男

「気をしっかり、タクロ君!」

「ふぁっ!」

「女子供にも容赦しない冷血無惨のあなたはどこへ?」

「ムムム……」

「さあ、もう一度。ここは分水嶺よ」

「ワ、ワカってらい!うおっ!」


 飛んできた槍をギリギリで躱すタクロ。太子の天幕からではなく、投擲方向からタクロ目指して駆けてくる者たちが多数。近衛の女性兵だ。


「何奴!」

「ちっ」

「蛮斧の野蛮人か!」

「曲者め!」

「うおっ」


 槍で鋭く攻め立てられるタクロ。巧みに避けてはいるものの、反撃ができていない。表情にも余裕がない。


「こ、この女たち、つ、強い!ば、蛮斧の女どもより!」


 今、私が認識している魔術士は二人。衝力でタクロを弾き飛ばした者と、女兵士を肉体強化している者。想定通りだが、厄介なことに違いはなく、もう一度太子に至る道を拓くには対処が必須だ。


「ぐぐぐ……」


 女性を殴ることはできてもどうやら殺せはしない様子のタクロ、手加減ができない以上、女兵士たちに押し込まれていく……ダメか。そして今、私が直接手を下すわけにはいかない以上、この襲撃は失敗とみなさざるを得ない。仕方ない、タクロを逃がす側の道を拓こう。


 瞬間、武具の押し合いをいなしてするりと向きを変えたタクロが手斧を天幕へ向けて投擲。射線上に立つ兵士の甲冑に当たって地に落ち、届かなかったが、女性兵士たちの視線がそちらへ向き、動きが止まった。


「この……下郎!」

「ワワ!」

「ワワワワ!」


 その時、後続の蛮斧戦士たちが追いついた。光曜兵の視線がさらに移った瞬間、


「!」


 タクロが駆け出した。疾く、素早い突破に近衛兵たちはついていけない。手斧を回収して再び天幕に飛び込むことに成功。太子に飛び掛かるが、


「!」


 あと一寸の距離を、間に入った騎士によって阻まれた。今度は私の意識がとられる。バックラーとメイスで武装し、目線のみ確認できるサレットを身に着けたその騎士が我が息子だったから。百日ぶりに見る若さに溢れたその姿に、私の情緒がわずかに乱れた。さらにタクロがお構いなしで斧を振り回す姿が重なったからだが、


フイっ


「おっ?」


 攻撃はタクロのフェイントだったが、息子は引っかからず、タクロの変則的な動きに合わせて進路を塞いだ。だがそれも牽制だ。すでに特徴的なポージングを為していたタクロの次の手はもちろんインエクだ。


「てめえこの出ていけ!」


 タクロより上背のある息子だが……


プイっ


視線を外した。そしてそのまま迎撃、


「なんじゃこいつ!うおっ」


 振り下ろされたメイスをギリギリで躱すタクロ。対する息子はタクロを直視せず戦っている。


「てめえコッチを見やがれ!」


 挑発にも乗らない。すなわち息子は、インエクの存在と、その仕組みを情報として得ている可能性がある。もちろん、情報を流したのは私ではない。シー・テオダム、光曜に親しい蛮斧人、暗躍する魔術師、私の脳内でパーツが揃っていく。天幕外から女性の声が響く。


「雑魚に構うな!殿下を守れ!」


 いつの間にか、天幕にはタクロ、太子、息子の三人のみで、二人の魔術士はいなくなっていた。タクロは近衛兵が来るまでに息子を突破しなければ、挟撃されることとなる。


ザン


 タクロは天幕の支柱に斧を斬り付けた。そして、


「くんくん、お高級な匂いの柱だぜ!」


ズン!


 蹴り折った。天幕が崩壊し、中心で巻き込まれた息子は動きをとられた。視界も悪い。タクロの狙いは意表を突き、動きを止めないその手はすでに太子の肩に届いており、すぐさま相手を重心にしてバックフリップ、背後から首を掴み火の手が回り始めた天幕から離れた。


 見事と言う他ない……ないのだが、これではインエクは使えない。それにタクロに女を殺害することができるかどうか。


「国境の町から来た暗殺者か」

「おれたちは前線都市と呼んでるが、ご名答だ。太子サマにゃここで死んでもらうぜ」


 蛮斧戦士と白兵戦を繰り広げている一団をよそに、すでに近衛兵によりタクロは包囲されている。同時に、火の手が広まりつつある。


「タクロ君、退路は私が確保します。速く彼女の首をへし折って」

「……」


 返事がない。仕留めもしない。さらに、


「私を殺すのか?」

「この囲みを抜けたらな」


 二人の間に会話が発生した。タクロには太子の命を奪うことはできない。こんな事態を想定しないわけではなかったが、私の仕込みを用いるには今だろう。偵察用に飛ばしていたカラスを、戦闘中の隊長クリゲルの肩に下ろし、


「!」


 瞬時にその意識を奪う。右手に斧、左手にダガー、負傷はない。操作する肉体としては申し分ない。やや離れているが、十数秒で太子に届く。武器を振るって肉体強化された女兵士らを押しよけ進み、


「そ、その下郎を止めろ!」


グサッ

ザグッ


 その体に槍の穂先がどれだけ突き刺さっても構わない。なぜなら私は痛みを感じない。動作の大きい攻撃で障壁を蹴散らし、


「!」

「!」


 道が開けた。タクロも太子も、驚愕の顔でクリゲルを見ている。私はそのまま、太子へ向けて斧を振り下ろした。


ズガッ!


「……」


 全く、タクロがクリゲルを蹴り飛ばさなければ、太子の頭部を割ることができていたというに、一体この男は!


 戦場に場違いな沈黙が支配している今、もう一度攻撃を試みる。だが、クリゲルが女兵士たちによって制圧されてしまった。さらに、クリゲルの体へ多数の槍刃が降り注ぐ。私の遠隔の目が消えた。


 好機をフイにした怒りと失望が、憤怒と幻滅を形作っていく。私はそんな自分自身を驚きをもって、見据えざるを得なかった。




 さてどうしようか。今、太子の命はおれの手にある。細く柔らかい首だぜ。しかし、囲まれちった。さらにクリゲル君を蹴飛ばしたことで、おれはどっちの味方なんだ、というこの微妙な空気。太子の首を掴む右手に力を込め、左手で……手刀を作り、絞めれば大体落ちる箇所に押し当てると、そこは柔い女の肌。うーん、光曜の太子は、間違いなく女だな。


「……貴様!」【青】

「投降しろ!」【青】

「逃げられやしない!」【青】


 男勝りな筋力の女どもの青い声が目に耳にやかましい。もちろん投降なんてもっての他だが、連れてきたトサカ頭たちの姿も見えない。全員逃げたか?いや、何人かは潜んでいるはず。


「蛮族め!」【青】


 おうおう、こういう侮蔑、たまんねいねい。アガってきたぜえ。よーし、作戦変更だ。このアマ、なんとか前線都市まで連れていけないものか。コッチを向かせてインエクで言いなりにさせれるかな?


「蛮斧人、要求は?」


 おっと。また、太子殿が話しかけてきた。色は着いていない。度胸あるな。


「要求、そうだな。この囲み、抜ける方法を教えろ」

「無い。この軍は前線に出ていない。損害もない。つまり隙はない」

「アンタの首に手ェかかってるってんのに、よく言うぜ」

「私を殺せるとでも?」

「もちろん」

「……」


 恐れる様子は見えない。さすがは大国の太子ってやつか。背後に気配。太子を掴んだまま、後ろ蹴りだ。


「フギッ!」【青】

「!」

「おっと女だったか。光曜は本当に女を兵に使ってるんだな」

「……」

「しかも中々強い。だが、おれたち蛮斧男にゃ勝てんわな」


 今の無移動キックで、女兵士どもがたじろいだが、逃げ道は……ない。びっしりみっちり包囲中……女宰相殿が道を拓いてくれるって言ってたから、それまで時間を稼ぐか、どれ。


「太子殿、死に様リクエストがあれば聞くぜ」

「死に様……どんな死因がいいか、ということか?」

「そうだよ」

「その前にもう一度聞く。蛮斧の戦士よ、お前は私を殺すのか?」

「あたぼうよ!あんた、敵だからな」

「ならば先程のはなんだ?」

「先ほどの?」


 クリゲル君には申し訳ないことをしちまった。


「……」

「えっと」

「……」

「あれはだな」

「……」

「野郎はおれを狙ってたんだ」

「そうは思えないが」

「あの与太者にゃ事情があったのさ」

「では、私をさっさと殺せばいいのでは?」

「その通りだな」


 そりゃワカってるんだけれども。


「私に手をかければ、お前の身が危うい。だから躊躇しているのか?」

「そうかも、いや、うーむ。そうなのかな……?」


 しかし、蛮斧戦士たるもの、戦場で女を殺すのもなあ。


「……」

「……」

「私を殺すのではなく、拉致することを考えているのか?」


 大当たり。


「それも悪くないなあ、太子殿におれたち蛮斧男の味を堪能してもらうってのもな、げっへへ」

「私を国境の町の軍司令官の下に連れて行った場合、お前にはどんな褒賞がでる?」


 この問い。そりゃそうか、光曜の太子風情が、おれ様がタクロその人と知るはずもない。


「褒賞、そうだなあ。前線都市のトップにしてもらえるかもな」

「それがお前の望みなのか?」

「男子たるもの、一国一城の主にはなりたい」

「その望みなら、私が叶えてやれるが」

「どゆこと?」

「お前が私の家臣になれば、国境の……蛮斧人が言う所の前線都市の支配者にしてやれる」


 女宰相殿の助太刀は河側からのはず。中身のない話にうんうん唸りながら、すり足で位置を微調整する。


「ほほう、そりゃいいな。だが今のタクロさんはどうすんだ?」

「直に町は光曜軍に包囲される。あとは時間の問題だ」

「タクロさんはどうなる?」

「降伏しなければ討ち死にするだろう」

「そうかね?今おれたち蛮斧は、河を渡ってきた連中を追撃中なんだぜ」

「戦争は数で決まる。彼らの手に負えなければ、この場の軍が包囲を引き継ぐ」


 クリゲル君は動かない。死んじまったか?


「悪くねえな。だが太子サマ、あんたが約束を守るとは思えんな」

「私は光曜国の王太子だ。その発言は実行力とともに責任と名誉が伴う」

「おれたちは今ヒソヒソ声で囁きあってんだぜ?そんな約束誰が知る?」

「というと?」

「お前が守っても他の連中が守らなきゃ、意味ねえな」

「では、私がここで宣言すれば信じるか?」


 目を凝らせば、森の中のトサカ頭がちらほらと見える。その毛先から、おれを支援する気を感じる。あとは女宰相殿の合図のみ。


「宣言、うーん……」

「お前はそのタクロに命じられて来たのだろうから気持ちの整理はつかぬだろう。しかし、私は正真正銘なる光曜の太子、次期国王だ。望みは何でも叶えてやれるぞ」

「命の安全と引き換えに?」

「そうだ」


 女宰相殿、まだですかい?


「でも、いずれおれを始末するんだろ?」

「私に従う限り、その命と地位の安全を保証しよう」

「それも宣言する?」

「お前が望むのならば」


 女宰相殿……そういや、この女の首をへし折れってところから連絡がない。まさか怒ってるとか?女宰相殿?


「おれを前線都市の支配者として認め、後日におれを罰することはしない、そういうことだな?」

「そうだ」


 ……返事は来ないし。怒りっぽい女だよなあ。


「おれに対する不可侵権が与えられる?」

「それも与えよう」


 ちっ。やっぱ自力救済しかねえか。女の首を抑える力を解く。


「いいだろう。じゃ、宣言してもらおう」

「ワカった。それで、お前の名は?」

「名前?」

「それに従い、宣言しよう。家臣として」

「タクロだ」

「?」

「タクロ。おれがタクロ様だよ」

「……」

「驚いたか?」

「何!」


 振り向いた、今だ!整った顔してやがるぜ!


「おれの命令をぐえっ!」


 横からの強い衝撃……だが、ふ、踏ん張った。そのおれの目には、太子を抱きかかえて背を向けるさっきのバックラーメイス野郎!こいつ無事だったか!だが!しかし!でかい図体で完全防護の体制。付け入るスキが……無い。


「捕らえろ!いや、殺せ!」


 や、やばい。こりゃさすがに失敗だ!逃げる!逃げる逃げる!籠城戦に切り替えだ!


 背後で太子の声が飛ぶ。


「その男が国境の町の軍司令官タクロ本人だ!」


 兵士たちが一斉にざわつく。そりゃそうか。


「絶対に逃すな!そやつを町に帰さねば、この戦い我々の勝利だ!」

「嘘つき女め!人としてどうなんだそれ!」

「耳を貸すことはない、かかれ!」

 

 女兵士たちがおれの行く手を遮る。見かけと異なり、ここの女どもは強い。が、こいつらにならインエクは効くか?


 ビシッ


「おれを守って道を空けろ!空けさせろ」

「!」

「!」

「!」


 効いた!くるりとおれに背を向け、おれを守り始める女兵士数人。


「何をする!」


 今のうちに倒れているトサカに近づき、


「ふん!」


 背負う。気のせいか軽い、血が流れたせいかな?だがまだ心臓は動いてる。そこに茂みに潜んでいたトサカ頭たちの遅滞投擲。


「怯むな!進め!」

「斧が飛んできて……ダ、ダメです!」


 背後の女兵士たちが怯んでいる。接近戦は強いくせに度胸ないヤツらめ。だが、おかげで戦場からは抜け出せる。



 夜の闇の林を水辺まで走る。他の十人は無事のようだ。気を利かせて放火しているヤツもいて、時間も稼げそう。鍛え上げた甲斐があったぜ。


 ややあって、渡河ポイントを守るトサカを発見。


「聞け、太子襲撃は失敗。すぐ都市に戻るぞ」

「ク、クリゲルの兄貴。すげえ血だ」

「まだ生きてっから大丈夫だ。早く連れてってやろう、止血してくれ」


 ああもう、このタクロ様ともあろうお方がちょっと早口になってるぜ。クソ、クソクソ、自分の動揺が情けない。と、見れば翼人も渡河ポイントに立っていた。ざっくりとした方だが、深刻な顔をして近づいていた。ほかの連中に聞こえないよう、低い声を出してくる。


「旦那。悪い報せを持ってきた」

「悪いのか。聞いてやる」

「町でクーデターが起きたぜ」

「はっ?」

「事実だ。庁舎の広場で旦那の部下たちが、旦那を追放して新たなる秩序を作るってさっき宣言してた。今もまだしてる感じだ」

「……」

「……」

「マジか?」

「マジだ。どうする?」


 女宰相殿と連絡はとれない。太子暗殺もできなかった。この上、都市でクーデターって……おれ、大丈夫かな?

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