表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界防衛  作者: 蓑火子
プロキシファイトにて
97/131

第97話 一撃必殺の男/躊躇しない女

―都市城壁 西門


「やった。青色野郎どもが引いてくぜ!南にだ」

「これでこの都市も安泰か!」

「マヌケか?俺たちの次の相手は光曜軍だろが!」


 おれ様の新生蛮斧戦士ども、戦況を見て微妙に動揺し始めてんなあ。


 ここまでは確かに計画どおり。が、光曜軍の勝ち過ぎはまずい。連中が青色連中を蹴散らしきったら、帰ってきた大敵二号目になってしまう。介入が必須だな。というわけで、視界に入った元五代目出撃隊長をひっ掴まえる。


「おい、今から追撃すっぞ」

「つ、遂に出撃ですね」

「そうだ。敵は光曜軍だかんな」

「えっ!青い連中じゃないんすか!」

「あいつらはもう敗北した。当然だろ」

「で、でも」

「よく見ろ、今どっちが勝ってる。青色連中か?」

「こ、光曜です」

「このまま光曜が勝ちすぎたら、厄介になるだけだ。追撃に集中している今、忍び寄ったおれたちが連中を後ろから刺す。これっきゃねえだろ」

「……」

「おい目を覚ませ」

「お、起きてます。ただちょっと頭の切り替えが、はい、承知」

「頼むぜ、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぜ!」

「だ、大丈夫です」


 ここは、若い連中の勢いと欲望に任せるか。 


「指揮はお前が執れ」

「お、俺が!?」

「大丈夫、忠実な非デブも付けてやる」

「そ、そうじゃなくて!指揮はあんたじゃないんすか!」

「耳貸せ……誰にも言うなよ。おれはクリゲル君を連れて、光曜の指揮官、つまり太子様を殺しに行く」

「!」

「情報によるとこの野郎はまだ河を渡ってきてねえんだが」

「な、なるほど」【黄】

「なるほど?何がだよ言ってみ」

「つつつ、つまりデバッゲン戦の再現ですね?」

「その通りだ!よくワカってんなさすが元五代目!おれが見出した男だけのことはある!」

「そ、そうすか。えへへ」【黄】

「お前はどう思う?感じたままで」

「イケると」

「よーし、いいぞ。光曜追撃の目標は一人一殺。捕虜はいらねえ、思う存分狩りを楽しんで来い。ただし、青色連中を見かけても放置だ」

「承知!」


 元五代目が元気良く走り去る。と、女宰相の声が脳裏に鳴る。


「タクロ君、出撃するのね?」

「あ、聞いてましたか」

「展開中とは言え、直に光曜軍はこの町の包囲に戻るでしょう。準備はあるとしても籠城は不利。勝利を得るためには、太子を攻めねばなりませんが……」

「?」

「今、太子は迷っているはず。渡河するか、否か」

「まだ河の向こう側にいるんすか。へっ!おれが怖いんすかねえ!」

「その通りよ」


 おっと断言。断言の中の断言とも言える。確信してるようだから。


「……マジすか」

「太子は太子で、功績を稼がねばならない事情があるのです。ですが、あなたを警戒して、本営を前線に移動させられない。踏ん切りがつかないようね」

「それにしても閣下、青色連中を向こうへ差し向けたあの魔術テクは見事の一言でしたよ。だからまた、閣下の魔術工作でなんとかなりませんか?」

「太子には魔術士が付いています。見破られるでしょう」

「えっ、通用しない?」

「それだけならまだしも、私自身まで警戒されれば町の包囲完了まで太子は渡河を控えてしまうかもしれません」


 どうも彼女は太子を都市前に引き摺り出したい様子。それならおれが確実に始末できると思ってんだろう。が……手段がないのならば、


「そんなら、おれが河を渡る。これっきゃねえだろ?」

「来ないなら行く、と?」

「その通り。デバッゲンの時と同じ」

「……」

「大丈夫。おれはタイマン強いんだぜ」

「……」

「インエクだってある」

「……」


 無言の行が長いぞ。らしくないな。


「は、反対ですか?」

「いえ、思案していました」


 ほっ。


「で、見立てはどうです?」

「私もあなたを支援します。デバッゲン戦と同じですね」

「ありがたい!……けど、太子には魔術人間が付いてんだろ?」

「だからこそ、魔術士の相手は私がしましょう。偽旗作戦は困難ですが、攻撃なら問題ありません」

「思ってたのが閣下には追撃側の手助けをしてもらおうかな……なんて……」

「私一人、広い戦場で大したことは出来ないわ」


 まあそうなんだろうが。


「ほら、雨を降らせるとかあったじゃないすか」

「追撃向きではないですね」


 まあ確かに。


「タクロ君には、私が太子を襲撃することについて、道徳的な懸念があるようですが」

「……」

「無用の心配ですよ」

「いや、まあ」


 そう言ったってなあ。


「あんたの元生徒なんでしょ?」

「今は確固たる権力者、ですけれどね」

「それでも元生徒殺しの支援、補助、手伝い。言い方は色々あるけど、気が、咎めませんか?」

「私は大丈夫よ。そういう人間ですから。あなたの知っている通りだと思っていたのだけれど」

「……」

「タクロ君、私を軽蔑するよりも、その私の元生徒は今、あなたを破滅させようと思考を巡らせているということに、思いをいたしてください」


 確かにそうだ。


「ん。戦争だもんな。ワカりました。すぐに準備して出ます」


 暗殺部隊編成だ。こんなことを想像しないでもなかったから、候補の目星は付けてあった。



―都市城壁 蛮斧門


「ほれ、ほれ見ろ。元五代目出撃隊長と突撃非デブが追撃を開始した。おれ様の命令でな」

「はあ」

「もちろん相手は光曜軍。青色連中とウチの荒くれに挟まれて、敵はしばらくこの都市を包囲できん。この状況が意味するものは何か?」

「まあきっと色々……」

「光曜の太子を襲撃する絶好の好機が到来したということだ。ワカるな?クリゲル君」

「……」

「返事」

「マジすか?」

「文句あんのか?」

「いや、その」


 元城壁隊のコイツには、特におれに対する憎悪の感情が強くあるはずだ……見えないけど。


「危険過ぎでしょ……そりゃあ、敵の大将殺しゃあ勝ちすけど」

「光曜は勝利の勢いに乗って、おれたちは所詮少数だって?」

「はあ。もし失敗したら……」

「いやいや、どう考えてもチャンスだろコレ!」

「チャンスはピンチとも」

「おれは成功前提でやってんだぜ!デバッゲン戦では上手くいったろがい!」


 コイツの憎悪は不協力の方に向いてんのか?だったら他の候補者に声を掛けるか?


「でも勝ってるのに前線に出てこないなんて、誘ってるんじゃないすか?」


 おっ。


「誰をだよ」

「あ、あんたを」

「迎撃してくるって?」

「まあその……」


 やっぱコイツは考え無しじゃないな。


「知ってっか?光曜の太子が率いる近衛兵どもは女ばっかの編成らしいぜ」

「女って、あ、噂の?」

「そうだよ!ムチムチバディの女の肉の園に飛び込んで頬ずりして頬ずりして乳首をしゃぶり回すようなもんだぜ」

「さすが光曜」

「自称先進国のお上品なメスブタボディどもの迎撃なんざ、おれたち蛮斧戦士の敵じゃねえ!コイツを雄っ勃てて鳴かせてやろうぜ!」

「いや、罠じゃないすかねえ」


 コイツ……しかし、罠か。そういえば前に女宰相にツメられたあれも、罠と言えば罠ってそう言えばこの野郎、あん時に、


「お前、前におれのケツをつねったこと覚えてっか?」

「いや、そんなことしてないんですってば」

「おれは忘れんし、忘れたとは言わさんぞ」

「んなこと言われてもなあ」

「今は去りし城壁チェリーと格闘相撲とったって日だよ!」

「うーん、それも覚えてないんすけど。でも、あんたに殴られたのは覚えてますぜ」

「ほーん、恨んでっか?」

「まあそりゃ多少は」


 多少……そんなもんか?聞いてる話とちょい違うかも。ま、おれを憎んでれば好都合。声音を低く深く震わせて……っと。


「だからお前らを連れてくんだ。おれはとことん行く。どさくさ紛れにおれをぶっ殺るにゃお前、ついて来るしかないんだぜ……?」

「んな緊急時に、んなことしませんよ……」

「旧城壁隊の連中は皆、おれが憎かろう」

「モチのロンですよ」

「だから報復のチャンスをやるってんだ」

「何が言いたいんで?」

「お前が殺しに良いと思うヤツを十人揃えろ。すぐにだ!」

「あそこに並んでいる全員イケますね」

「ナヌ?」



―都市城壁 前線門


 日没後、まだ薄っすらと明るい時間。


チュドーン!


 大きな爆発音。東の城壁外のどこかだな。無論、自作自演の陽動だから目立つように、人死にが無いように、これは女宰相殿の手腕が問われるところ。


「今のが作戦開始の合図だ。行くぜ」

「うす」


 城壁の内外で騒ぎが大きくなってきたところで、おれとクリゲル、そして三人多く集まった暗殺適性持ち蛮斧戦士たちは都市北の前線門を出て、河を進む。


 女宰相殿の魔術で、渡河の姿は水の膜で隠蔽されているし、河の水面まで流れてきた霧靄が姿を隠してくれる。秘匿性はバッチリだ。


ジャブ

 ジャブ

  ジャブ


 都市正面から気持ち下流の右岸に上陸。静かに水を絞りながら周囲を確認すると、すでに翼人に仕込ませておいた発火道具を確保。


「天才だぜ……おれ」


 トサカの河流れ推測は寸分の違いも無し。クリゲル君が小さく感嘆する。


「おお、すげえ、ですね」

「事業成功には、こういう仕込みが重要なんだよな……コイツで火を点けて回るぞ」

「今、風も強い。流れて来てるこの深い霧も俺達を隠してくれそうですね」

「殺る気でてきたな?」

「そりゃここまで来たら」

「いい返事だ。作戦を説明すっぞ。この渡河ポイントは……お前とお前とお前が死守しろ。何かの形で太子の死を確認したら戻っていい」

「いいんすか?」

「ああ。だが、それまでは死んでも持ち場を離れんなよ。離れたら後で殺すからな」

「しょ、承知」【黄】


 よしよし。


「残りは後詰と火付けに五人、襲撃と火付けに五人。太子はおれが殺る……以上だ。質問は許さん。じゃあ早速、始める。クリゲル君?」

「承知」

「太子を殺った後なら、お前ら徒党を組んで、おれを襲っていいぞ。罪には問わねえ」

「しょ、承知」


 地獄の訓練を施してやった元城壁隊の男たちだ。殺意を胸に、音もなく配置に付く。そして女宰相に最後の確認をとる。


「閣下、ホントにいいんすね?」

「あなたのタイミングでどうぞ。行動開始後、すぐに森へ入りまっすぐ進むようにしてください。安全な進路を誘導します」


 躊躇の無い女……ま、いいならいい。おれが合図を出すと、火が放たれ始める。そして折よく風が吹いた。樹々に火が広がり始める中、おれとクリゲル君を含めた十二人の戦士は森へ侵入し、


「喋らず、おれに追ってこい」


放火疾走を開始。光曜の森は蛮斧に比べると険しくない。ちょろいぜ。


「そこを右へ」


 女宰相の声に従い、右に曲がる。後方の火災が目に明るい。光曜人にも見えているはず。暗殺行一同、進行中も簡易的な導火線や燃料を手に握り、時折、立ち止まっては茂みや倒木に火を放つ。


「さらに右へ。そのまま一直線に、森を抜けます」


 森の道なき道を走り抜ける。どれだけ走ったかな、なんて考えていると同時に思い浮かぶは……太子の野郎を始末できればおれは……ぐへへ。蛮斧世界の王になれるんじゃないか。


「もう、太子の天幕まで遠くありませんよ」


 おっと、彼女に心の中を覗かれたのかな?油断するなってことだろうが、確かにその通り。篝火が見えた。一度立ち止まる。


「大丈夫、脱落者はいません」


 良し。なら、背中だけを見せ続ければいい。気づけば空はもう漆黒。後方の火災に闇夜の暗殺、近距離接近、完璧な状況が整った!


「クリゲルと後詰はここで待機。六人時間差、戦いが始まったら突入して殺しまくれ!他はおれと斬り込み残った火を放て!目につく者は殺せ!」


 森を飛び出すと光曜の天幕がズラリと並んでいる。当たるを幸い篝火を蹴倒し、混乱を撒き散らしてやる。


「火事!」

「いや、敵襲だ!」

「迎撃!?いえ、消火を!」


 この連中、近衛軍らしいが、動きが悪い。というか、女だ。女、女、女。メスの匂い。武装した女が不器用に何かしてる。本当に、おれたち蛮斧戦士の敵じゃない。戦場に女を出すとは、聞きしに勝る愚かさだ。これはイケる?イケる、イケるぞ!イグイグ!


「タクロ君ダメよ!」


 はあはあ、ダメっつったってな!はあはあはあ。


「太子の天幕はそこを左なのよ」


 だっ!行き過ぎてた!し、しかし立ち止まっては他の六人の足も止めちまう。走って周って抜けるしかねえ!


「次を左で曲がればいいわ。落ち着いてね」


 落、落ち着け、落ち漬け、御っちつけ。その瞬間まで、冷静さを保つんだ。心を冷やせ。熱くなり過ぎるなおれ。


 そうだ。敵本陣に突入してるのに、まだ誰も殺してない。火を撒き散らしてるだけじゃんか。信じられんが、誰も迎撃に出てこないんだから仕方ない。


「そのまま直線、あれよ」


 ど、どれだ?どれだ。あれか?


「そう、あれが太子の天幕です」


 光曜の太子があそこにいる!なんて哀れな貴人様。普段はきっと近衛女軍人を喰いまくってんだろうに誰も助けにこないなんて、おれに殺される資格は十分だ。残った火種を目標の天幕に投擲。


ボン!


 よし!動揺してる割には完璧な着弾!いいぞおれ!火が天幕内を照らす。なんか偉そうなオーラをまとったヤツがい見えた。アイツだ!ゴールデン手斧を握り直し、天幕に飛び込む。おれは真の蛮斧男。殺すときにくたばれ!なんて絶対に言わない。無言。無言。無言。無言の行で、ゴールデン手斧を貴人に振り下ろすのみ。死にさらせえ!


ブン


「!」


ビダッ


 思わずおれの手が止まってしまった。まずい!護衛もいる!きっと魔術野郎で反撃が来る!そんなわけで、


ドン

 ドン


 と胸部と腹部に感じた強い衝撃。これはしくじったかも。




 天幕外へ吹き飛ばされたタクロが、宙を舞う。


 天幕の中には火焔に照らされた太子と護衛の魔術士二人。しかし暗殺成功寸前、なぜタクロの攻撃が止まったか、確認せねばなるまい。太子にはそんな魔術は使えないから、二人どちらかの魔術によるものだろうが。


 タクロは、空中回転から着地。まだ攻撃は続行できる。気合いを入れなおそう。


「タクロ君、もう一度よ!」

「お、女!」

「えっ?」

「太子、女、太子!女!」

「ええ、光曜の太子は女性ですがそれが?」

「……」

「まさか知らなかったの?」

「い、言ってくれよ!事前に!」

「当然、知っているものと。というより何故知らなかったの?」

「全然知らんかった」

「そんなことよりもう一度!」

「お、女かよ」


 天幕から護衛魔術士の一人が飛び出してきた。もう一人は太子と消火でもしているのか。しかたあるまい、ここは走査と警告を同時に行おう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ