第94話 ご高覧の女/驚観の男
―会議室
宴会気分の続く中、また一つ夜が明け、町が朝日に染まる中、庁舎会議室に集められた各隊長たちと関係者を前に、タクロが話し始める。
「またまた集まったなお前ら。シンプルに伝える。深蛮斧の件で光曜に使者を送っているが……」
「こ、光曜ですか」
「返事が……ゴクリ」
「無い」
「フッヒ、だだだと思った」
「殺すぞ非デブ」
「ど、どうなるんです?」
「どうなると思う?補給隊長」
「……このまま我々単独で深蛮斧勢と戦うことになる」
「その通り」
場を沈黙が覆う中、タクロの目はギョロギョロ睥睨している。
「アンタを信じた俺が馬鹿だったよって言いたげだな?」
「そもそも信じてないかもホヒッ」
「このブタ!ぶっとばすぞ!」
「た、隊長……落ち着いて」
「ふうふう……ところがどっこいおれは族長会議の承認を得たぞ」
「え!」
「……マジすか?」
「ギリギリの土壇場でよな。早速エリシバーがこの都市に来てる。郎党ここに集まってくるそうだ」
きっとこの幸運はタクロも予想してはいなかったはずだ。
「……幸先が良い」
「その通りだ補給隊長。ともかくすでに深蛮斧に襲われて逃走中の族長衆がこの都市に逃げてきている。こいつは戦力になる」
「やった!」
「勝ち目が見えてきた!」
「そうだ。勝利はかなり現実味を帯びてきた。敵大群に対処できればな」
「相手は万を優に超える群れすからね……」
「だから軍勢を再編成して無駄のない戦いをしなけりゃならん」
「再編成」
「また再編成するんですか?」
「そうだ。個別の力量ではなく、統一された力が欲しいんだ。というわけでこれを見ろ。この布陣で行く」
タクロが巻物を広げると、全員が覗き込む。意外な事が二つ。蛮斧人とはいえ隊長ともなればとりあえず全員文字を識読できるようであるということ。そして巻物の字が丁寧であること。適当に筆奔るタクロの字ではあるまい。
☆
総軍司令官:タクロ
副軍司令官:ヘルツリヒ
参事官:エリシバー
狂犬オオカミ病部隊長筆頭:元補給隊長 補給隊、城壁隊、庁舎隊の混合
カラス電撃部隊長:ガイルドゥム 巡回隊、出撃隊、庁舎隊の混合
暗黒イノシシ部隊長:ジーダプンクト 出撃隊、補給隊、庁舎隊の混合
必殺クマ部隊長:クリゲル 城壁隊、巡回隊、庁舎隊の混合
都市長官:ゾルクフェルティヒ メイド組
☆
「簡単に言うぞ。各隊を闇鍋シャッフルする。そんで隊の名前を変える。出撃、巡回、補給の現隊長は基本変えない。城壁枠の隊長には城壁隊のクリゲル君を昇格させる。庁舎隊からはこのヘルツリヒ君をおれの副官に当てる。以上。はい解散」
「ちょっ、ちょちょちょ閣下」
「文句あるか?」
「い、いえ。文句ってわけじゃ……」
「どういうことかな?フヒッ」
「ついに狂ったかデブ?」
「……」
「そ、そう。このクリゲル、大丈夫ですかアイツ。それに城壁隊なんか、一番色々言ってきそうですけど」
「我々の誇り高き隊を他の連中と混ぜることはできない!それは我々の文化と伝統を冒涜することになる!それに、あんたの約束がどんだけ信用できる?第一名前がクソだっ……て言われた」
「でしょうね」
「なんだとこの野郎」
「し、しつれえ。そ、それで、どうしたんです?」
「殴って黙らせた」
「なるほど」
「すぐ部下を殴る。はははは恥ずかしくないのか?」
「お前に言われちゃオシマイだぜ?」
「部下を……転がす。訳してブッコロ!ひっひっひっ」
五代目出撃隊長とガイルドゥムがよくしゃべっている。補給隊長は問われなければ答えないし、組長ヘルツリヒと秘書ゾルクフェルティヒはタクロの隣で各隊長を観察している。しばしの沈黙の後、最若者が立ち上がって曰く、
「タクロさん。俺は従います。名前がイマイチでも。俺はあなたを尊敬してるし、すでに出撃隊はパッチワーク状態だし、深蛮斧がこっちに向かってるんならやるっきゃない」
「隊長ぶりが板についてきたな、ジーダプンクト君」
「昇給もあったし、デバッゲンにも勝って、ウチからは不満はでないと思います」
「助かる、頼りにしてるぞ。非デブはどうだ」
「おおおれはおおお前の存在にずっと耐えてきた」
「おれもだよ」
「耐えてきたが、今、道標がお前に従えと言っている」
「道標?」
「フヒヒヒ」
ガイルドゥムの精神不安は元々なのか、それとも私の魔術によるのか、よくワカらないのが正直なところだ。だが、私のこの男に対するコントロールはほぼ完全である。
「巡回隊も問題ねえな。補給隊長は?」
この男については、未だインエク制御が切れない謎が残る。だが、その精神に偽りはない。奇妙な事にタクロにとって最も信頼のおける知恵袋になりつつある。
「……良いと思う。敵方に割れた側の族出身者に無用なことを考えさせない役にも立つ」
「もうおれはあんたを愛してるぜ!」
統制がいつ切れるか不明であることはリスクだが、インエク探求のためにも私が確実にモニタリングをする。
「……隊の長い習慣や慣例を消すことになるから、不満はでるに違いないだろう」
「その通りだ。だがよく聞け。何のためにこれをするか。つまりは、おれの、このおれ様の、意のままに動く軍勢にするってことだ。何の為って、深蛮斧を追い払うためだ。対デバッゲン戦でもそこそこ上手くできてた。もっと上手くやるしかないんだ。お前ら、このことを下のヤツらに徹底させろよ。んでもって深蛮斧を追い払うまでは文句は許さん。ガタガタ吐かすヤツは、斬る」
「タクロさん、庁舎隊から文句でるかな?」
「言わせねえよ」
「す、すげえ」
「そんでヘルツリヒ、お前がおれの副官だ」
「しょ、承知」
「不平不満が見つかったら、即、おれかヘルツリヒに言え。その日のうちに、教育すっから」
「……」
「お前らもいいな。不服があるんなら、今言うんだぜ?」
一瞬の静寂。各人互いに顔を見合わせ、やがて一人一人が頷いた。
「よし、都市長官、クリゲル隊長を呼んできてくれ。挨拶させる。なんかインケンな野郎だが、おれに免じて認めてやってくれ。そしたらすぐに閲兵だ。リストは出来てるからな」
「……承知」
「都市長官官官んんんん?」
「うるさいぞ非デブ。戦争をしている間、民生は無口君に全て委ねんだよ」
「おれよりもももも上?」
「ジャンルが違うから気にすんな」
ガイルドゥムの欲望が高まると、私の統制がややズレる。ここは無難に頷かせる。
「あい」
「あと、あの神聖なる合掌のエリシバーがいるんですね……族長会議」
「この都市めがけて逃げて来る連中の受け皿だ。この連中はおれがエリシバーを通してこき使ってやるつもりだ」
「神聖なる合掌は近接戦闘の達人って噂ですし、力強い味方すね!」
「まあおれにゃ敵うまいが」
「さすが!」
タクロの指示を受けて、各幹部たちがそれぞれの兵舎へ急ぎ散らばっていく。本格的な籠城の準備が開始された。この町の空気も明日までには一変するのだろう。タクロが空を見上げている。私と会話をしたい様子だ。話しかけてやる。
「準備万端ね」
「閣下、まだ未確定要素が。閣下の線から光曜の太子から返事は?」
「気配もありません」
「そ、そうすか」
そわそわしている。以夷制夷が基本戦略である以上、どうしても気になるのだろう。
「大丈夫、光曜国は必ず出てきますよ」
「そうかな?なんだか心配になってきた」
「漁夫の利を見過ごすなんて無欲なことは、あの太子には出来ませんから」
「閣下の目利きを信じます」
と、そこにアリシアが入室する。
「失礼します。水差しの交換に参りました」
「はい」
「……」
「……」
「では失礼します」
普段と変わらないようだが、最近妙に元気無く見える。
「タクロ君。アリシアさん。最近元気がありませんね」
「そうすか?あいつはいつも地味で無口な感じでしょ」
「私にも色々話しかけてくれていたのですが」
「まあ、いま庁舎メイドの人数も減って忙しいのかもあ」
「エリシアさんが戻って、楽になるといいですね」
「どうかな……他の二人曰く、あのぶりっこ風悪徳でずっとズルして楽してたって話すからね」
その通り。エリシアは最も要領よく手を抜くメイドだ。
「しかし、今はそんなこと言っていられないでしょう」
「そうすね。あの族長会議も真っ二つ。呆気ないもんで」
「今、南方を確認しています。この町を目指して逃げてくる蛮斧人がちらほらと確認できます。その中には神聖なる合掌の縁者だけでなく、傲嵐戦士側の人々もいるかも知れません」
「結構多いですか」
「それなりには」
「そろそろ住民どもにバレるな……」
タクロはまだ、対デバッゲン戦勝利に浮かれる住民たちに、深蛮斧進撃中の事実を隠している。
「ここいらが限界ですね。よし、今日の夜以降城門を閉めさせます。兵隊になりそうなヤツは除き」
「住民には伝えるのは?」
「明日の朝。ヘルツリヒに立てさせた計画通りに疎開も始めます」
ついに籠城開始か。私の運命も、ある程度軍司令官タクロに委ねることになる……この都市で過ごす日々もあと僅かになるかもしれぬ。
「そうだ閣下」
やや遠慮がちなタクロ。
「城壁の老朽化しているところを確認して、非デブに修繕をさせてほしいんですが……」
「軍勢改革を軌道に乗せるため……ですね?」
「はは……さすが閣下。お見通しですね」
「タクロ君、遠慮は不要ですよ。要望があれば教えてくださいね。できる限り、協力しますから」
「……超頼りにしてます」
―軍司令官執務室
「失礼します」
「よお、腹黒ロリータ嬢の調子は?」
「前よりちゃんと働いていますよ」
「親父さんも来てるからかもな。ところでお前らの親はどうしてる?」
「ウチは傲嵐戦士の側に付いたみたいです」
「げっ、強硬派か。メイド長んとこは」
「……レリアの親と同じです」
「うーむメイド組は割れたんだな」
「でもまあ、裏切ったりはしませんから、安心してくださいよ。でしょ?」
「当然です。私たちには私たちの持ち場があります。実家は関係ありません」
「嬉しいね。助かる……そういや勇敢女は?」
「この時間はエリシアと一緒に仕事しています」
「いや、あいつの実家の動向よ。聞いてるか?」
「アリアのご実家と仲が良かったはずだよね」
「私たちと同じでさほど有力な部族ではなく、傲嵐戦士を支える与党の一家、というところです」
「ほーん。お前らの実家って中小とは言え族長業やっててそれなりなのに、娘を回収保護に来ないのか。情がないのか、なんというか蛮斧的だよな」
「ま、戦場で女は役に立ちませんから」
「大丈夫。この都市にいる限りおれがこき使ってやるから」
「見事にこなしてみせますよ」
「そうか。じゃあ早速残業命令だ。このチラシを夜明けまでに二十枚複写してくれ」
「このチラシ……なんだか不吉なオーラを感じますが」
「大当たり。文面を良く読んでみ」
「……」
「深蛮斧」
「そういうこと」
「どういうことですか」
「アリアの親父が引き込んだらしくてね」
「たいちょ、いえ、軍司令官閣下を倒すため」
「そうみたいだな。もうこっちに向かってる」
「か、勝てますか」
「勝たなきゃこの都市はおしまいだな」
「と、というか私たちの実家は」
「深蛮斧が配慮してくれてたら大丈夫かなあ。でもすでに焼き討ち略奪は始まっているぜ」
「も、もしかして、エリシアとお父さんがこの都市に来ているのは」
「その通り。あいつら全速力で避難してきたんだ」
「わ、私のパパは」
「大丈夫、お前のズべっぷりなら新しく見つかるよ」
「ひどい!第一そのパパじゃないですよ。ホントのパパ!」
「正直に言おう。どうなってるかはワカらん。確認も不可能だ。だが傲嵐戦士側なら、一緒に攻め込んでくる可能性もある」
「そんな……じょ、城壁隊長どの、あいや、ええと参事官殿は?」
「南に行ったっきり帰ってこなかった。おれたちの敵に回ったってことだな」
「……」
「……」
「因縁女、この事態、占ってみろよ」
「占わなくたって結果は出てます。私にとっては最悪」
「蛮斧族長衆の複雑な政治駆け引きの犠牲者だな。気の毒に思うよ。その上でもう一度さっきの話を聞きたい」
「さっきって?」
「クレア。お前はさっきこう言った。私たちには私たちの持ち場があり、実家は関係ない、そうだったな」
「……はい、その通りです」
「因縁女はどうだ」
「なんでクレアは名前呼びで私はヘンテコなあだ名なのか気になるけど、即答はちょっと……」
「即答はしなくていい。手を動かせ、仕事をして体を動かすんだ。そうすれば不安からは解放される」
「そんな……」
「今、この都市を逃げても行き場所なんてない。東の疎開場所が関の山。野蛮人どもは南から攻め上がってくるんだからな。都市が落ちたらどうなるか?お決まりの略奪と殺戮タイムだ。お前たちは生きるためにこのおれに協力をしなけりゃならん。勝って生き残ればカネで答えよう。しかしそれが嫌だった、というのならメガネ女のようにこの都市を去るべきだった、となる。実家と戦う事になるかもしれないが、ここまでおれに加担した以上、もう立場を変える事は出来ない。諦めてくれ」
「……」
「軍司令官閣下。ご心配には及びません。私は、私自身のために持ち場を死守するだけです」
「さすがメイド長だ。お前には必要のない話だった。頼りにしてるぜ」
「はい」
「な、なにアンタたち。息合っちゃって、いつの間にかヤッたの?」
「ヤろうがヤるまいが関係ねえよ。この都市が落ちれば、女たちは全員深蛮斧の野獣どもの慰み者になるんだからな、等しく、公平に。親が傲嵐戦士のお仲間だって言っても通用しねえだろうよ」
「う……」
「だがお前たちには伝えておこう。深蛮斧に対抗する秘策がある」
「秘策……」
「対抗……諦めたわけではないんですね」
「もちろんだ。そして上手く行けば、おれは蛮斧世界の第一人者に成り上がることになる」
「閣下が……」
「……」
「だから仕事に専念しろ。そしておれに協力するしかない連中は兵どもも同じだから安心できるだろ。エリシバーといい隊長部下連中と言い、生きのこる為、おれを支援するしかない連中ばっかりだぜ。というわけでチラシ」
「あ……」
「はい、取り掛かります。夜明けまで、ですね」
「おう」
「では住民に伝えるのは明日の朝?」
「その通りだ。メイド長、消化と理解が速くて助かるぜ。腹黒と勇敢女をこれから呼んでくる。協力して最速で取り掛かれ!」
先ほどクレアとレリアに示していた悲壮感などどこ吹く風だ。
「タクロ君、深蛮斧勢が見えてきましたよ」
「ついに来たか来たか来たか!」
「予定より速いのは、軍勢の全てではないからでしょう。それでもかなりの数です」
「す、すぐにそっち行きます!」
タクロは全力で庁舎の塔を駆け上がってきて、
ガチャ、ガチャ、
「し、しつれえ」
入室後、脇目も振らずに天窓を広げ、屋上に登る。彼の眼には、地平線から青ざめた何かが姿を現すさまが映っていた。彼が目を凝らす先。全身を青く染め上げた人間の大集団が地響きを立てながら前進しており、
「い、異様」
としか言いようがない様子のタクロに同意する。光曜人に比べて全く野蛮なはずの彼ら蛮斧人が初めて見る青ざめた野蛮人。最果ての地から文明を知るために相手では形なしになるんではないか。