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境界防衛  作者: 蓑火子
プロキシファイトにて
93/131

第93話 発奮興起の独裁男

―千年河左岸 河原


「今日は天気がいい。風も爽やか。河の辺は涼しくて気持ちいいね」

「……うっ」

「だろ?」

「……ううっ」

「返事」

「……うぅっ!」

「おいこのクズ!イヌのままでいたくないなら持ち上げろ!持ち上げ続けろ!そうだ落とすなよ、絶対に落とすなよ!はい、そこに敵の足払いだ!あっ落とすなっつっただろこのガキ!てめえこんなんで城壁守れんのかよ!おっ、長距離走組が戻ってきたな。あっ、お前重しをどこやった!」

「お、重すぎて……外れて落としました」

「コイツ、正直に捨てましたと言え!捨てたヤツは罰としておれ様との近接戦闘訓練だ!さあ、かかってこい」

「そ、そんな……つ、疲れすぎてて……ぎゃあ!」

「他にもいるな!覚悟しろ!おらっおらっおらっ!」

「ぎゃあ!」

「ぎゃあ!」

「ぎゃあ!」

「さあ走りなおせ!勝手に休んだら……斬る」

「ひぃ」【青】

「死にたけりゃ座るんだな」



 千年河左岸で城壁隊を叩きなおし始めて四日後、 ヘルツリヒが戻ってきた。


「ふぅ、ふぅ、隊長戻りました。なんか凄いことやってますね」

「お、早かったなってちょっと待った……腑抜けが!これが!蛮斧男の!今か!なんたる怠慢!なんたる軟弱!覚悟しておけ!……それで、神聖なる合掌はどうだった?おれの味方してくれるって?」

「それがついてきちゃいました」

「えっ」

「はい」

「えっ?」

「あ、あすこに」

「げっ!」


 なにやら身分身なりの整った男が合掌しながらこっちを見ている。あの手の謎仕草、間違いなさそうだ。


「お、お前なあ。事前に教えろよ」

「一日も早く隊長に合わせろって無理やりに押しかけられて……それでその、深、蛮、斧、げふんげふん、の件で……」


 うん、ちゃんと最高機密扱いにしてるな。エライエライ。


「……隊長に協力するって言ってます」

「おっ、グッドニュース!」


 これのご機嫌ボイスに死んだ目を向け反応する城壁隊士一同。躾けもいい具合だ。


「族長会議も隊長を許すって」

「マジか!さらにグッドなニュースだぜ」

「ただし族長会議は完全に二つに割れちゃったそうです」

「は?」

「傲嵐戦士派と神聖なる合掌派に」

「な、なるほどぉ……」


 なんてやってると神聖なる合掌が謎仕草を繰り出しながら近づいてきた。仕方なく、おれも謎仕草を真似ながら、挨拶に向かう。すると、


「あ、あの……タクロ……隊長じゃない閣下」

「あれ?」


 神聖なる合掌の後ろから見覚えのある幼げなぶり顔が現れた。


「腹黒ロリータじゃないか」

「ぐっ」【青】

「隊長!……エリシアちゃんですよ」

「そうそう、そうだった。お前、訓示が出た時に消えたから心配してたんだぜ。無断欠勤じゃないようだったがね」

「そ、その説はご心配をおかけして、どうも……」


 ぎこちない腹黒女を庇うように、失礼、と前に出た合掌男。まるで球体を撫でるように手が踊り、合掌を作っては崩している。最初が肝心。おれもそれを真似る。


「タクロ殿。私が神聖なる合掌エリシバーだ。娘が世話になっていた」

「ああ、どうも、あんたたちの敵のタクロっす。あんたらの選んだ軍司令官シー・テオダムに苛め抜かれ、あんたらの選んだスタッドマウアー君に裏切られたり、あんたらの選んだ軍司令官のデバッゲンが集めた軍勢を奇襲散らしてさらにデバッゲン本人のドタマカチ割って、それでも蛮斧世界の為にいろいろやっている反逆者タクロですがおいオッサンあんたるぁぁあもおれの敵なんだぜ!」

「……」【青】

「……」【青】

「……」


 父娘共に黙らせてやったぜ。城壁隊員の視線がおれに集中した気がする。


「なーに見てやがんだコラ!」


 全員目を逸らす。これでおれを舐める行為はすまい。うーん狂犬みたなおれ。神聖なる合唱がおずおずとまごまごしながら、優雅に合掌をキメながら一歩前に出てきた。おれも負けじと合掌を真似る。


「あー、シー・テオダム氏は別に私の推薦じゃないんだが……」

「おれの前任者殿は今、傲嵐戦士の世話になってんだっけか?」

「前任者……あ、ああ、そうだ。あとデバッゲンだってそもそもはアリオンの斡旋だよ」

「へえ、あんたの推薦は誰だ?」

「ええと、ヒンターマンが一番高位だ」

「誰だそいつ?」

「た、隊長!……補給隊長殿ですよ」

「あいつ名前あったんだ。で、他には?」

「巡回隊と補給隊に幾十人か」

「あんまり大きい声じゃ言えねえが、これから戦争なんだぜ。アンタ、もっと景気の良い戦士はいねえの?」

「私は絶対光曜を倒すマンじゃないから、そっちの方面にはいないよ」


 この言い方。国防に不真面目なのか。カマしたる。


「なんだと!じゃああんた普段なにやってんのよ」

「い、いや、私たちは」

「ここは最前線だぜ!存在意義を無くしたオッサンがおれ様に何の用だよ!」

「……」【青】

「……」【青】

「……」


 いいゾ、合掌作りが素早くなるヒョー。ダメ押しの前に。


ブン


ドガッ!


「見てんじゃねえガキ!訓練を続けろ!」


 優雅に放り投げられた手斧が見事、河原の石を叩き割った。


「オイ見ろ!こいつら見ろ!地獄の特訓中の戦士たち!城壁隊!何故か!南にはげふんげふん、き、北には光曜がいる!この連中から前線都市を守るにゃ戦うしかねえ!だからこいつらは命と青春を賭して、進んで心身を鍛えなおしてんだ!」

「わ、私とて族長の端くれ。蛮斧世界を守るに身を賭して」

「端くれじゃねえだろう!二大巨頭だろうが!」

「だ、だから蛮斧世界を守るつもりでここに来たのだ」

「あんた、どの程度の兵力を連れてきた」

「あの、隊長、ついてきたのはお二人だけで……」

「なにい!このオッサンが何の役に立つんだ実際問題!」

「ま、まて。こ、ここに集合をかけている」

「何人だ。小さい声で……」

「えっ」

「いいから」

「……およそ千人だ」

「……千!……す、すごいですね隊長」

「お、おう」


 確かに。さすが優良族長は違う。


ゴキュリ


と喉が鳴っちまうぜ。それだけの戦士が味方してくれたら心強い。


「……深蛮斧の件はまだ一部にしか知らせてねえ」

「え、そうなの?」

「……そうだよ!作戦はすでに動いてんだ。だから……情勢については低声に語ってくれ」

「……ワカった。南方から溢れ出した深蛮斧勢は既に集落や拠点に襲い掛かっている。族長会議が割れたとは言え、避難して来る者も大勢いるはず。ある程度の参加者が見込める」

「ってことは全員じゃないのか?」

「残った者もいるし、アリオンのように北上の案内人を買って出たヤツらもな」

「じゃあ族長会議が割れたっていうのは」

「そうだ。深蛮斧勢に加わるか、それを拒否するかで割れたのだ。もちろんキミを許すか許さないかも関わってる」

「どっちが多い?」

「どちらにも与しないという者共が一番多い」

「おい、おれの質問を華麗に流しやがって!どっちが多いか聞いてるんだ!ワカるか?答えは二つに一つだろうが!」

「あーわかったよ。深蛮……」

「しーっ!」

「……斧勢に加わる側だ。族長会議二十五部族長の内、アリオン含めて九部族が深蛮斧側だ。これで満足か」

「なわけねえだろがい!あんたの側はどんくらいだ?」

「四部族だ」

「え」

「四部族」

「聞き間違えかな?」

「四部族だ」

「たった!ヘルツリヒ、どうだ、まいったか。で、残りは?」

「日和見だ。つまり深蛮斧に略奪されるかいずれ敵に回る運命にある」

「そ、そいつらどうすんの?」

「自分達で選んだ道だ。自分達でなんとかするだろう」

「たった四部族!でも各千人として四千人の蛮斧戦士が集まる!」

「私の他は弱小だから、上手く全て集まったとして千五百と言ったところだ」

「ム、ム、ム……」


 頼りにならねえ。城壁隊鍛え直しておいて正解だったな。あ、城壁隊と言えば。

 

「おいヘルツリヒ。そういやスタッドマウアーは?呼んできてくれ」

「あ、そうだった。隊長、参事官殿は戻りません」

「え、なんでだ?」

「ええとですね」

「説明だ説明」

「ウンダリッヒ殿と一緒にいつの間にかいなくなったんですよ」

「またジジイの暗躍か!」

「持たざる手は拠点に残留するとのこと。あの老人はタヌキだが率いる兵も多くない。やり過ごす見通しがあるのかもしれん」


 光曜と繋がってるくらいだから、なんか悪だくみしてるに違いないが。


「うーん、よくワカった。傲嵐戦士は深蛮斧、微妙なあんたはこっち側、邪悪なウンダリッヒ他は残留か。こりゃあ……」


 キビシイ。実にキビシイ。しかしやるっきゃねえ。


「族長会議は正式におれを赦したんだな?」

「え、あ、ああ」

「何言い淀んでやがる」

「本当だ。私が保証するし、ある意味それが割れた理由でもあるし」

「どういうことだ?」

「つまり君を赦せない連中が族長会議を抜けたんだ。少数派だったからね」

「で、深蛮斧を呼び寄せたということか」

「残留した連中は、君のことはどうでもよかったり、赦しても一緒に行動する気はないということだろう」

「ワカった。時間はいくらあっても惜しい。今んとこ対等以上の関係、つまりおれが強いようだから率直に言うぜ。生き抜きたきゃ、戦場でもおれを支援するんだ」

「た、隊長……」

「あんたが二大巨頭だろうが、ここでは何の意味もねえ。飲めねえ場合は、この前線都市から去ってもらう」

「……」【青】


 不承知ヅラだが、もうこの男に選択肢は無いはずだ。答えはわかっているが聞いてやろう。


「どうするね?」

「……わかった。キミに協力しよう」

「生き残れりゃ悪いことはしねえ。あと立場も必要だろ。スタッドマウアーの後任、二代目参事官だ。おれがあんたに期待するのは政治顧問としての役割だが戦場にも出てもらう。どうだ?」

「承知した」

「よし!これでおれと族長会議は仲直りできたわけだ!万々歳だな!がっはっは!」

「すごいや隊長!」

「……」

「……」



「そうだ腹黒女、おまえどうする?」

「ど、どうするって」

「お前の親父さんはおれの味方をしてくれるそうだし、やることねえならメイド組へ戻ってきたら?」

「えっ……い、いいの?」

「大丈夫だろ。な、ヘルツリヒ」

「そうですね。クレアちゃんもレリアちゃんアリシアちゃんも気にしないんじゃないですか」

「だよな」

「……」【黄】

「おれが族長会議にいちゃもん付けられて即出社拒否した身の振り方と決断力は大したもんだ!みんな勘弁してくれるよ、多分」

「う……」

「一番大変な時に居なかったことなんて、おれもなんとも思っちゃいないよ」

「ご、ごめんなさい……」

「気にすんな。お前は単なる人質だからな」

「!」【青】

「親父さん、そういうことでお宅の娘、職場復帰でいいかい?」

「お、お父様……」

「……今、深蛮斧が怒涛の勢いで北上してきている。庁舎に居るのが一番安全かもしれんな」

「!」

「さすが元二大巨頭。よくワカってる。というわけでメイド長の言うこと聞いて、きりきり働けよ。もう今日から働けよ。ちゃんと給金は出してやっから。あと聞いてたな?クレアたちにも深蛮斧の話はまだするなよ。これは最高機密扱いなんだ。破れば軍法会議でお前とお前の親父さん両方を処断しなけりゃならなくなる……」


 エリシバー親子は都市へ向かって行く。どちらも肩に力が入っていないな。一方、悲鳴を上げてる城壁隊員の前で伸びをするおれの右腕。


「ああー」

「ヘルツリヒ。疲れてるか?」

「そこそこすね」

「悪いがもっと疲れてもらうぞ。お前にはこれから副司令官の地位についてもらう。はい、任命」

「えっ、し、しれいかんですか?聞き間違いじゃない?司令官?副が付くとは言え?」【黄】


 超嬉しそう。


「おれ、結婚が近いんすよ。彼女が喜びますぜ」【黄】

「ワワワ嬉しそうでよかった。その通り、副付きだが、おれが死んだらお前が正になる」

「や、やめてくださいよ縁起でもない」

「あと、エリシバーが不審な動きを取ったらお前の判断で始末していい」

「うわあ……まじすか」

「そういう備えも必要だということだな。あともう時間はあんまりないが、全ての隊を一旦解散させて、おれ様直属の軍隊に作り替えると決めた」

「思い切ったことしますね。あ、それで城壁隊を鍛えてるんですか」

「戦闘技術云々より士気が低いと腐ったトマトになるからなあ」

「ワカりました。で、どんな陣容にします?」

「まずおれが完全に指示を出せるようにする。縦割り廃止だな。ざっくりこんな感じだ」


 地面の土くれにカキカキ書き込んでやる。


 総軍司令官:タクロ

  副軍司令官:ヘルツリヒ

   参事官:エリシバー

    オオカミ部隊長筆頭:補給隊長 補給隊、城壁隊、庁舎隊の混合

    カラス電撃部隊長:ガイルドゥム 巡回隊、出撃隊、庁舎隊の混合

    イノシシ部隊長:五代目出撃隊長 出撃隊、補給隊、庁舎隊の混合

    クマ部隊長:クリゲル 城壁隊、巡回隊、庁舎隊の混合

  都市長官:ゾルクフェルティヒ、メイド組


「なるほどですね。隊のカワイイ名前、何です?」

「第一部隊、第二部隊としたらどうせ上位順で揉めるだろ。だからみんな大好き動物にする」

「ああ、いいかもですけど、ガキっぽくないですか?もっと、こうカッコよく……」

「例えば?」

「そうだなあ。例えばクマ部隊をもっと古い言葉でウルフス部隊、ベルセルク部隊とか」

「インテリだなあ」

「えへへ、単なる昔話のファンタジー用語なんですが」【黄】

「でも無教養で知らん奴も多そうだ」

「それは確かに」

「じゃあ、恐ろし気な形容詞を付けよう。狂犬オオカミ病部隊、カラス電撃部隊、暗黒イノシシ部隊、必殺クマ部隊。決まった……」

「あとは……あ、城壁隊のクリゲルは隊長のこと嫌ってるって話ですぜ」

「なんかそれ、エルリヒからも聞いたな。まあ大丈夫だ。今、丁度改造中だから」

「ははは……エリシアちゃんの親父さんは……お飾りですね?」

「当然。兵士集めのための広告塔だ。それも集まるかどうか不明だしな」

「この都市長官ってのはなんです?無口君がやるヤツ」

「言っちゃわるいんだが、この戦いの間、民政はあいつに全部押し付けたいんだ」

「まあ無口君ならちゃんとやるでしょうね。後は各隊の混合ですね。心配事として、チームワークの乱れが、戦場で裏目にでるかもしれません」

「目的はおれが完全にコントロールすることだ。出撃隊と巡回隊はすでに多種混合だし、ウチは精鋭、補給隊はまあゴミすぎ、城壁隊は今鍛えてる。旧庁舎隊員、となる連中を軸にそれを実現させたい」

「だから全部隊にウチのが入ってるんすね」

「ああ。でなきゃ、深蛮斧と光曜同時に渡り合うなんて不可能だからな。で、これを明日隊長連中集めて伝える。ヤツらに考えさせる時間も与えない。これをやらせるぜ」

「これ蛮斧軍の革命ですね」

「帰った早々で悪いが、お前はもう早速籠城準備の手配に入ってくれ。城壁隊の連中はここでシゴいてるから、邪魔は入らない」

「承知」

「率直に言う。ナチュアリヒとエルリヒがあんなになった今、おれの腹心としてはお前だけが頼りだったりする。一緒に生きて蛮斧ドリームを掴んでくれ」

「ワ、ワワワ!死ぬ気で頑張ります!」

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