第91話 緊急速報謀の男/困惑の女
―軍司令官執務室
「お、お次は、あの深蛮斧かあ。次から次に……」
「傲嵐戦士は血迷ったんですかね」
「ころコロ殺ころコロ殺」
「……」
執務室に集められた幹部は、五代目出撃隊長、ヘルツリヒ、突撃非デブ、無口君。皆、酔いが醒めたらしい、暗い表情だ。そして、
ガチャ
「よく来た。これで全員揃ったな」
「……」
補給隊長殿入室。おれを含めてこの六人が前線都市の幹部ということ……が、みんなビビってる。
「ああ、諸君、デバッゲンに勝った余韻はそのままで聞いてくれ。あらためて、南から野蛮オブ野蛮人の深蛮斧が北上中だ。おれは戦うつもりだ。戦って勝つ。その為の作戦はもう始まっているんだ」
「マジすか」
「だからこの緊急速報は誰にも漏らすなよ。部下にも愛人にも家族にも誰にもだ。最高機密」
「……」
「この中で、深蛮斧人に知り合いがいるヤツ挙手」
「い、いないです」
「俺もいないなあ」
「ころコロ」
「……」
「……」
「じゃあ、深蛮斧に行ったことがあるヤツ挙手」
「生まれも育ちも生活圏もこ、このへんです」
「俺も!」
「ころコロ」
「……」
「……」
「そんなら深蛮斧人を見たことあるヤツは?」
「ないです……」
「俺も!」
「ころコロ」
「……」
「……」
事前経験皆無の相手か。まあ伝説的な連中だし仕方がない。しかしこいつら……酒が注がれた器に口つけてない、誰も。酔う気もないんか、こりゃ勝ち目ないか?
「……勝ち目はない」
「ほ、補給隊長……殿」
狼狽する五代目。隊長として勝利と責任を握り締めているのに、という不服顔だが、
「……数が違う」
「前に、といってもおれたちが生まれる以前かもしれないが、侵入してきたことがあったな。その時はどんぐらいだったんだっけ?」
「同じく数十万人」
「ひえっ」
「でもそれって女子供入れての人数だろ?」
「半分にしてもやっぱり数十万。数十万の半分は数十万だからな」
一同、深くため息を漏らす。まあ無理もないか。
「で、深蛮斧勢数十万人の目標は?」
「……ここ」
「ココ?」
「……傲嵐戦士のご希望だから、とのことで」
「引越しの斡旋とは違うんだぜ。アリアの親父さん、深蛮斧勢を制御できるんすか」
「……無理だろ」
「あいつらケモノだって話ですしね」
「南のさらに南から、来なくていいのにな」
「確か、大森林があって、抜けたら大草原があって、さらに大砂漠があって」
「……過酷な土地で鍛え抜かれた狼のような野蛮人、すね」
「ころころころころ」
「光曜人から野蛮と言われてる俺たちが野蛮だって思える相手でしょ。それってヤバいですよね……」
「族長会議の存在意義も、そもそもはこの連中の北上を抑えるためだったって聞いたことがある」
「……そのヤバさは先祖代々の語り継ぎすね。土地を奪い、家を焼き払い、男は皆殺し、女は生涯」
「お、脅かさないでくださいよ」
「戦い方も異常らしい。死を恐れないどころか、死ぬの大好き殺すの大好きっていう」
「こ、殺コロころ」
「そんな感じすよ。だから影のように風のようにやってくるって」
「あと上への忠誠心が凄いらしい」
一同、全員おれを見る。なんかムカつくな。
「この都市もただではすまない……かあ」
「急いで防御を固めよう!」
「でも、デバッゲンに続いて、またこれだ。やるせ無いよ」
「……これもまた生き残るための試練すね」
「今日はよく喋るなお前、お気楽なのか?」
「……意外と話半分ってこともあるんじゃ?」
「確かに、見たことある人は」
「この中にはいないでしょう。みんな若いし……補給隊長殿は?」
「……無い」
「近年?いやもっとこっちまでは出てこない。しばらくぶりのはずだ」
「今、参事官殿が和睦のため族長会議に会いに行ってるんでよね。せめて神聖なる合掌エリシバーと協力できれば戦えるんじゃないですか?」
「……それは良い手だ」
「で、でしょ!」
「確かに、傲嵐野郎のせいで族長会議が割れた以上、神聖なる合掌さんと手を取り合うのは悪くない」
「隊長……あいや、軍司令官殿」
「ん?」
「いや、さっきから黙ってるから」
「いや聴きながら考えてた。エリシバーと協力するのは一つの良策と思うよ。ただもう一つ、当てがあるんだ」
「ええっ」
「それを考えてた」
「だ、誰です?まさか翼人どもですか?」
「いや数が足りない。数で勝負するんなら、もう一つしかない」
「一つって……そんなのありましたっけ?」
「だ、出し惜しみかぁ?コロ殺コロコロ」
「光曜だよ」
一同、息を呑む。
「光曜、って、あ、あの?いつもの?我らの宿敵の?」
「そうそう」
「確かに……数は揃ってますね」
「唯一無二だな」
「……深蛮斧が出張ってきたら、光曜勢も警戒を強めるに違いはないです」
「河を最終防衛ラインとして、奮闘するはずだぜ」
「殺」
「……」
「どうだ、補給隊長」
「……以夷制夷は困難だろうが、他に手が無いのも事実」
「賛成、できるか?」
「……賛成、しよう」
「素晴らしい!大好きだよ補給隊長!」
「お二人ってそんな仲良しでしたっけ?前はもっと殺伐としてた記憶が」
「最近はな!で、五代目出撃隊長殿は?」
「さ、賛成します。もちろん頑張ります」
「よし。ヘルツリヒ、無口君はどうだ?」
「もう賛成するしかないでしょ」
「……同感」
「突撃非デブは?」
「ころころころころ」
「族長会議からの覚えがよくなるかもだぜ」
「賛成です」
これもデバッゲンに勝った良い効果か、こいつらに対する影響力は維持しないとな。
「よっし。おれたち幹部衆の意志統一はなったな。早速ヘルツリヒ、南に向かった城壁チェリボーイ参事官に合流して、神聖なる合掌に接触してくれ。前線都市は深蛮斧撃退のため、全力で協力するってな」
「承知!」
―庁舎の塔 応接室
「というわけで蛮族オブ蛮族が攻め上ってきます。喜びに水を差しやがってったく……」
「一難去ってまた、ということですね」
「まあデバッゲンすら撃退したんです。今回もイケるでしょう!閣下の力を借りれれば」
力に満ちた目の中に、不安の色も漂っている……彼を見ていると、保護欲の高まりを感じなくもない。この感覚、彼の部下たちも感じているのだろうか?
「閣下は深蛮斧に関してご存じのことありますか?」
まずは慎重に話をしなければ。
「蛮斧領域のさらに南で争い合っている人々、というくらいです。今の光曜人にとっては想像の及ばない、歴史上の人々ですね」
「なんだおれたちと同じか。昔はこっちにも来たことがあるそうですが」
「それは今際の君がまだ若い頃の話ですね。覚えているかしら」
「あの鎧野郎か。あのジサマは元気ですか?」
「対蛮斧の前線にまだいるようです」
「その割には霧が出てるからか会わないよなあ……まあいいや、というわけで北上中の深蛮斧と、大国光曜をぶつけたいんです」
枠に捕われないタクロらしい考えだ。が、光曜の人脈のないタクロには……
「……が、良い具体案が浮かびません」
だと思った。
「構想は良いと私も思います。何十年かぶりに得体の知れない大集団が近づいてくるのなら、光曜は絶対に動きます。ですのでそれ以前からアクションをとることで、主導権を握ることができれば理想的でしょう」
「族長会議には城壁人間とヘルツリヒを送っている。深蛮斧は交渉相手が誰かもワカらないから今は放置。でも光曜には……どうしよう?」
「……」
「じぃ……」
「……」
「じぃぃ……」
この凝視、まさか。
「まさか私を使って光曜人を誘導しようと?」
「ジィィィ……サマ、ジサマの例があるでしょ?」
今際の君を誘導しようということか。しかし、それには賛成できない。心情的、つまりは倫理的に。
「今、光曜は太子が統率を強めています。太子は今際の君を嫌っていますので、難しいでしょう」
「そうかあ。思い出すけどなあ、閣下の名を叫ぶあの切なげ鎧野郎のことを」
「それより傲嵐戦士アリオン氏は光曜と繋がっているのですから、特別な工作無しに光曜勢はやってくるのでは?」
「なるへそ。でも、光曜を深蛮斧に確実にぶつけたいんです。落ち目の他人に頼らず」
傲嵐戦士アリオンは落ち目、というのがタクロの評価か。
「つまりは、傲嵐戦士アリオン氏は深蛮斧とも、光曜とも繋がっている……漁夫の利を得るのは容易ではありませんよ」
「でしょ」
「容易でないことについては、あなたにも当てはまるのですが」
「そんなら例えば、同盟交渉や兵糧支援をエサに釣り上げて、ぶつける……なんてことができないかな?」
「深蛮斧はワカりませが、光曜の太子を引っかけるのは簡単ではないでしょう」
「それって閣下が教育を施した相手だから?」
やや険のある言い方。
「教育した結果よりも、その過程で知った性格によって、ですね」
「なんだっていいんですよ。情報操作が出来れば」
「誰に対して?」
「鎧のジサマか、光曜の太子か」
「……」
「光曜人と深蛮斧をぶつけて、難を避ける。これしかないよ」
「さて」
「閣下はおれの失脚をお望みで?違うでしょ」
「……」
確かにそうだが、より深く考えてみればどうか?私がこの男の事を気に入っていなければ、どちらでも構わないのかもしれない。
「酷なことだって自覚はあるさ。でもやるしかねえ」
「謀略の成否は……エサ次第でしょう」
「というと」
「前線都市の支配権を光曜へ返す、と言えば太子も乗って来るでしょう」
「……」
「……」
「なるほど。ちょっと考えてみます。あ、すぐ戻りますんで」
ガチャ
ガチャ
この都市を手放すような交渉を?んなことしたのがバレたらおれの地位なんか吹っ飛ぶんじゃないか。前任者と同じ烙印を押されるだけって気がするぜ。彼女はなんでそんな提案をするんだろ。うーむワカらん。
―庁舎の塔 螺旋階段前踊り場
「あ、閣下」
それともおれの考えすぎか?よしアンケート取ってみるか。
「なあなあメイド長」
「はい閣下」
「今のおれって人気者か?」
「ど、どうしたんですかいきなり」
「いや、こう、客観的な意見に触れてみたくて」
「……私で客観的な意見を出せれば良いのですが」
「十分客観的だろ?」
「……」
困惑顔だ。そうでもないのか?と、そこにやって来るは因縁女。
「なになに、何の話?」
「ちょうどよかった。客観的なおれ様の評価を聞いてるんだ」
「それは男としててすか?」
「まあそれも含めて、人間タクロとして」
「もちろん評価高いでしょ」
だよな!
「やっぱり?そりゃそうか、そうだよな!がはは!」
「そうですよ!戦いに勝ち続けてる以上は!あはは!」
安心した。爆笑する。爆笑し合う。でもそれって……
「戦争に負けたら?」
「おしまいですね」
「ぐっ」
そういうことだよなあ。
「でもしばらく戦いは無いんでしょう」
「だといいがな。それで、他におしまいになる要素があるとしたら?」
「うーんそうですねえ。増税?」
「当面は大丈夫。カネヅルは色々あるし節約もしてる」
「なら……部下の離反?」
「給料も増やしたし、勝ったし、それはない……と信じたい」
「ナチュアリヒさんとエルリヒを牢屋にブチこんでるのは?」
うぐっ。
「ちょっと事情があるだけだ」
「あ、そう。じゃ、しくじり重ねがなければ大丈夫じゃないですか?ね、クレア」
「そう、そうですね……あとこの都市に残った者は、多かれ少なかれここが好きなんだと思います」
「お、お前らそうなの?」
「まあ多少は」
「私はこの都市が好きですよ、きっとアリシアも。実家にも縛られず、仕事があって、自由に生活ができていますから。蛮斧世界で唯一です」
「じゃあ突撃クソ女、メガネ女、腹黒ロリータはここが嫌いだったのか」
「というより他に大切なものがあったんだと思います。だから残った者のその気持ちを汲んで頂くことが最善なのではないでしょうか」
うーむ。女宰相殿からは聞けない意見だな。こんな時はこんなのが重要な気がするぜ。
「なるほどな。聞いてよかったぜ」
「よかった」【黄】
「私、アリシアにも聞いときますね。あと給料アップにはいつも賛成です!」【黄】
―庁舎中庭
おれの評価が高ければ、一見この都市を手放す作戦でも遂行できる……のか?おっ、良いサンプル発見。
「おいお前らって、そうだ、ヘルツリヒは居なかったな」
「はい。南に出発したばかりです」
「……」
同じことを、五代目出撃隊長と無口君にも聞いてみる。
「文句無しです!はい!」
「……そりゃ評価は高いでしょう」
そうかそうか、可愛いヤツらめ。この都市に残った理由も聞いてみる。
「……カネ、カネ、カネ」
「そればっかりじゃないか」
「……あと一握りの忠誠心と、族長らに対する不満なんかがあるのかもす」
「あと上司には従うべきとはみんな言うすけどね」
「道徳としてか?」
「やっぱり戦争の結果としての勝利とカネ……あ、俺はバッチリ出世させてもらったので死んでもしがみつきます」
「……右に同じく」
「うんうん。深蛮斧にケリがついたら、おまえら族長になれるかもよ」
「やった!」【黄】
「……俺はこの都市で生活したいすけどね」
「そうすか?族長すよ族長、カネ使い放題!」
「……ここの生活に慣れたら、南は不便なだけだ」
ふむふむ、この都市の支持は固いだろう。ならば、ここは打って出よう。女宰相殿を口で説得するよりも、行動で引っ張ろう。おれの見た所、彼女は押しに弱いはずなんだ。よし戻るぞ。
―庁舎の塔 応接室
ガチャ
ガチャ
「閣下。光曜の太子の下へ使者を送ります。この都市の支配権を譲る、という謀略のために。使者は暗殺女。なんならこの機会に自由を与えてやってもいい。閣下が約束したとおりにね」
早口で計画を語るタクロは再び勝負に出ると決めたようだ。きっと、止めても無駄だろう。そして私がこの理想的な環境を守るためにはこの男の協力が不可欠であることも事実。せめて今際の君との戦いに発展しないよう、タイミングの精査を心掛けるとしよう。