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境界防衛  作者: 蓑火子
プロキシファイトにて
90/131

第90話 回想の女/反省の男

 鈍足なだけでなく戦いの負傷や疲労のせいだろう、絶望ガ崗の洞窟にはガイルドゥムよりも先にタクロが入った。私も野天のカラスから洞窟内のコウモリに乗り換え、タクロに伴飛する。


 それにしても、タクロの無尽蔵とも思える体力には感心するしかない。あるいは、軍司令官としての責任感が彼を突き動かすのだろうか。そこまで責務を感じるタイプでは無かったはずだが、人は成長するものではある。翻って自分は、と自問してしまうが今はその刻ではない。もっとも、後日それをする性格でもないのだが。



―絶望ガ崗 坑内 三重扉の通路


 ウビキトゥ・プシュケーに続く通路の偽装は、既に除かれていた。


「ちっ」


 舌打ちのタクロは武器を持ってきていない。だが、この先にいるだろうエルリヒはどうだろうか?この辺りこそ、私が常に懸念を拭えないこの人物の甘さなのだが。


 プシュケーの部屋に到る通路の途中を歩むエルリヒを、タクロより先にコウモリが感知した。


「タクロ君、この少し先にいます」

「承知」


 と教えてあげたにも関わらず、冷徹さが足りないタクロは足音を鳴らして近づく。


ダン

 ダン

  ダン


「よーうエルリヒ」


と明るい声。組長エルリヒは動きを止め、小さくため息を吐いた。すぐには振り向かず、まずは動揺を隠している様子。手に武器は無いが、隠し持っている気配だ。


「アンタかよ……よくワカったな」

「ナチュ公から聞いた」

「へえ」


 意を決したか、正面からタクロに向き直った。


「アンタあいつと話したんだな」

「そりゃ惨めなハムスターに成り果てたとはいえ、一応まだ部下だからな」

「それ笑えるな」

「全くだ」


 どちらも目は笑っていない。と、いきなり地を蹴ってタクロが距離を詰める。


「そ、それ以上近づくな」


 だが、タクロは止まらない。素早く制圧にかかり、


「うぐっ」


 あっという間にエルリヒを組みひしぐが、相手もまたタクロの首筋に小刀を押し当てた。


「は、離せば助けてやる」

「エルリヒ……なんでこんなことになった」

「ア、アンタには幻滅したんだ」

「漆黒君のことかよ」

「ワカってんじゃねえか」

「また椅子に座ればいいだろうが。ああ、女宰相殿に操作して貰う手だってあるじゃん」


 しかし、この二人の争いに私は介入すべきではあるまい。見る限り、戦闘面においてエルリヒはタクロの敵ではない上に、


「……」


 こんな場面で私の助力を欲する男では決してないタクロの誇りを傷つけてはなるまい。


「アンタ、権力者になって変わったぜ」

「クソくだらねえ話すんな」

「み、認めろよ」

「はあ?」

「認めろって!」

「おれから言わせてもらえりゃ、おれが権力者になったんでお前が変わったんだ。人のせいにすんじゃねえタコ!」

「うるせえ!ナチュアリヒは同感つってたぜ!」

「かもな!が!しかし!ヘルツリヒは変わってねえってよ!他の連中もだ!」

「おい隊長〜組みを解けよ。じゃなきゃあと五秒後にアンタのクビを掻っ切るぜ!」

「上官殺しは死刑だぜ?不服上申も却下されっぞ」

「四!」

「エル公がてめえこのタクロ様をみくびりやがって」

「三!」

「やれるもんならやってみやがれ!」

「二!」

「このガキ!カウントに頼らなきゃ人様一人ぶっ殺せねえか!」

「!」


 小刀を持つエルリヒの腕の筋肉が僅かに膨張した瞬間、タクロはエルリヒの側頭部を鋭く頭突き、


「がっ」


 スパッ


「うひっ」


 逸れた小刀の動きはタクロの肩を斬るに留まった。出血はしているが大した傷ではない。毒も確認されない。エルリヒは気を失った。


 肩を押さえて立ち上がったタクロ。


「あーあ……」


 倒れているエルリヒを苦々しく見下ろし、じっと動かない。この人物にしては停止の時間が長い。


「タクロ君、しっかりして」

「見てましたよね?」

「ええ、手出しは無用と確信して」

「それは大当たりですが……おれは調子に乗ってたのかな。それでコイツを傷つけちまったのか」

「自責の思いですか。あなたらしくも、蛮斧戦士らしくもないようですが」

「あのね」


 やや抗議するような声。


「おれは……おれはなあ、コイツを一番可愛がってたんだぜ。それがなあ」

「これ、と信じていたものが尽く裏切られる経験はそれなりに貴重だと思います」

「ハハ、ナイスフォロー」

「漆黒隊員を盾にしたことで評価が一変した、ということならあなたは責任を感じるべきでしょう。けれども、いつかこんな日が来ないとも言えませんし、大義の前には割り切らねばならないでしょう」

「大義、そんなもんあったっけ?」

「権力の空白を自分が埋めるというあなたの自負です」

「どうだかな。なんにせよ、おれは閣下ほどドライにはなれそうもないぜ」

「一つ良い話をしてあげます。エルリヒさんは有能で可愛いあなたの部下でした。そしてエルリヒさんに代わる人材は、きっと他にもいるはずなのです」

「へえ、どこに?」

「何処かに」

「軽すぎないかい?」

「例えば、この先の部屋に」

「……」

「漆黒隊員復活ってか。よいしょっと」


 エルリヒを担いで、ようやく奥の部屋へ歩み出すタクロ。妙に気落ちしているが、元気を取り戻してもらいたい。



―絶望ガ崗 坑内 椅子の部屋


 部屋に入ると、


「げっ!」


 そこにはサイカーすなわち漆黒隊員がズラリと並んでいた。


「これは……」

「か、閣下。一人じゃない……一、二、三、な、何人いる?」

「少なくとも三十体ほどは。エルリヒさんはすでにこのウビキトゥを動かしていたようですね」

「ぶ、不気味だ」


 そして、話をしている最中も、新しいサイカーが生成されているようだ。壁から新たに現れた。それに合わせて他のサイカーが一歩、音もなく移動する。美しい。


「ちょうど今、一体増えました」

「音、しました?」

「いいえ」

「無音でゴンゴン彫刻中かよ……それにしても、全部全く同じではないんすね。微妙に不揃いというか」


 彫刻というよりも塑造というべきか。何にせよ、


「大変興味深いですね」

「今は夢中になってるヒマないすよ。どうします?」

「一体を除いて他は壊してしまいましょう」

「せめて一人と言ってやってください……」

「エルリヒさんが傷つくから?」

「そうそう」

「では……」


 コウモリを椅子、つまり操作盤に着地させ、衝力操縦で設定画面を操作する。


「あ、そこに居たんすね」


 ふと、履歴を参照すると、


「これは……」

「どうしました?」

「タクロ君、すでにエルリヒさんは数多くの漆黒隊員を製造しているようです……正確にはすでに三百三十二体」

「げげっ」


 辺りを見回すタクロ。


「最大設定で六万五千五百三十六か……」

「そ、そいつら何処にいるんです?」


 この部屋にはそれだけの数は収まりきらない。となると、


「エルリヒさんがすでに何処かへ移動させたのかもしれません。ここの設定上では破壊できないですね」

「おいエル公起きろ」


 平手打ちを連発するタクロ。小気味よい音が響くが、エルリヒは気を失ったままだ。


「目ぇ覚ましたコイツに聞くしかねえか。漆黒隊員そんだけ集めて何をする気だったか」

「一つの可能性としては、クーデターでしょうか」

「だ、誰に対して?」

「あなたでしょう」

「うっ……」


 ここでまた傷ついた顔をするタクロ。認識が甘い。


「……それしかなさそうすけど。というかコイツがこの施設を操作できた方が驚きだ」

「クーデターよりも?」

「おう!」

「一度彼に、私が説明をしたからでしょうが、素質がありますね……今、三百三十三体目が製造中、あ」

「またなんかあるんすか」

「ガイルドゥム殿が近くに到着しました」

「今更だな」


 ではあるが、何故か胸が楽しくなる。


「ふふふ……」

「なんです?」

「我らここで戦ったあの日を思い出しませんか」

「ぜーんぜん」

「あら、つれないですね。たった一月半前の出来事なのに」

「そうかな……でも、何でです?」

「あの日の関係者ばかり」

「うーむ、やっぱ思い出しません。ナチュ公と無口君がいないし」

「仲直りの約束を交わしたことは?」

「ま、まあ、覚えてますよ。はい」

「いつか、あなたもエルリヒさんやナチュアリヒさんと仲直りできればいいですね」

「喧嘩したら、すぐに仲直りしなきゃ難しいんだ」

「同感ですが、それを邪魔する要素が取り除かれれば、できなくはないのでは?」

「それって意地のことで?我々男たちは意地張って生きてるんですよ。意地が無ければ生きる価値がない。つまりは不可能ってことです」

「不便なものですね」

「光曜の男どもは違うんですか?」

「そうですね。男性のそういった感情は過去の伝統の一つ、時代遅れになっているのかもしれません」

「へっ、哀れな連中だぜ。こいつら石墨人形たちと変わらんじゃないですか」


 この厳しさは、実力主義者の持つ欠点と言える。彼を見ていると自分自身気をつけねばと思わなくもない。胸のはずみも落ち着いた。


「では、戻りましょう」

「壊さないの?」

「私がやっておきます」

「もしかしておれにお気遣いを?」


 まあその通りだが、


「手間が掛かる作業は任せて下さい。あなたはすぐに庁舎に戻り指揮を取らねばならない多忙な身ですからね」




―庁舎


 庁舎に戻り、エル公を地下の牢屋ではなく個室に監禁する。目覚めた後も、


「……」


 会話どころか、視線を合わせることすら避けやがる。三百体の漆黒隊員の居場所を吐かせるのは中々大変そう、落ち着いたら思い切って骨でも折ってみるか?


 執務室に戻るや、いつも以上に無表情の無口君がトサカが揺れる早歩きでやってきた。


「……ああ、良かった。お戻りですね」【黄】

「何かあったか?」

「……南からの報告です」

「族長会議の連中、ついに態度を改めたか」


 そうすりゃおれもちっとは落ち着ける。


「……いえ、深蛮斧の群れが動き出したとのこと」

「えっ」

「……深蛮斧の

「はっ?」

の群れ

「な、なんだって」

が動き出したとのこと」


 おれ自身の心拍が加速していく。感じる、感じるぞお。


「……詳細はこうです。デバッゲン軍団が消えて、傲嵐戦士アリオンの発言力が急降下し、神聖なる合掌エリシバーが族長会議を牛耳り始めているとのこと。傲嵐戦士はこれに対抗するため、深蛮斧を呼び寄せた、ということです」

「深蛮斧がこ、ここ、呼応したのか?」

「……はい。確実とのこと。すでに北上中であると」

「……」

「……以上」


 せっかくの祝祭モードなのに、喜びも粉砕された気分だ。未開、野蛮、不潔、無知、言語不明瞭で名高い暴力大好き攻撃的無秩序集団がやってくるだと?まっずいな。


「まっずいな」

「……はい。せっかくの無礼講も中止……ですかね?」

「……」

「……」


 今、中止にでもしたら、信頼とともにおれの地位も吹っ飛びそうだ。なんとかするしかない。ああ、それにしてもおれはなんて可哀想なんだろう。


「いや、それはそのままで、幹部連中だけを呼んでくれ」

「……承知」【黄】

「……」

「……」

「あと無口君」

「……はい」

「今、頭の中で良い案が浮かびつつある。だからその話、誰にも漏らすんじゃないぞ、超秘密だ」

「……どうせすぐバレますぜ」

「いや、使い所があるかもだ」

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