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境界防衛  作者: 蓑火子
プロキシファイトにて
89/131

第89話 労う女/ちょっと図に乗りの男

―国境の町大通り


 国境の町上空は鮮やかに晴れている。南の雨雲もすでに消散し、青空の下、タクロ率いる軍勢が喜びいっぱいに戻ってきた。


「勝ったんだ!オレたちは勝ったんだ!」

「デバッゲンを討ちとるなんて、信じられねえ!」

「本当に、タクロさんは無敗だぜ」


 奇襲作戦であったため、町の住民全員が出撃を知っていたわけではないが、勝利の報は既に噂として伝わっている。


 これは私が広めたからで、軍勢の帰還を目前に、すでに大通りにぎこちなく集まり始めていた住民たちが賛美の声を放ち始めている。まさに英雄の帰還の如くである。私が、タクロへ深い感謝を要求するに値するだろう。


 先頭を馬に乗り直したタクロが進んでいる。彼は親指と人差し指を立て、破顔して歓声に応じる。続く部下たちの表情も満面の笑顔だ。奇襲に参加した庁舎隊唯一の組長ヘルツリヒはその責任も重かったのだろう、疲れ切った顔をしているが、沿道から女の声が上がると元気良く手を振って応える。


 五代目出撃隊長も生還している。部下と楽しげに会話をするその溌剌とした表情に、勝利から獲得した自信がみて取れる。


 今は私の統率下に置いていないガイルドゥムは、落ち着きなく緊張し、周囲を見回しているが、女たちの視線は集まっている。そこに、


「おれが敵将デバッゲンを討ち取った!」

「敵は南に逃げ散っていった!」

「おれたちの圧倒的勝利だ!圧倒的!」


 と、手斧を高く掲げたタクロが大声を張り上げるや観衆は圧倒的、圧倒的と声を合わせる。この町の住民からの支持はこれで盤石となったはず。



―庁舎前広場


 行進を終えたタクロは、不揃いに列を為す蛮斧戦士ならびに集まった住民たちに向かって簡潔に現状の告知を行なった。


「デバッゲンを倒した!総数一万人の軍勢はみんな逃げ帰ったぜ!」

「で、ココ前線都市は安全となった!」

「これから直ちに族長会議との交渉に入る!要求はただ一つ、現状の承認だーッ!」


 続けて彼らしい演説となる。


「見ろ!みんな、おれを見てくれ!おれ達は族長会議を負かした!あいつら強いんだと思ってたけど……んなことはなかった!連中はおれ達の強さを甘く見てたんだ!しかし今、全蛮斧がおれ達の勝利を目の当たりにした!

シー・テオダム・ダンディ前任者の逐電から、この都市は蛮斧世界と光曜の、たんなる境の弱小勢力と思われてんだろうな!だがさっき、おれ達は蛮斧最強のデバッゲンを打ち破った。これがどういうことか分かるか?これわぁあれだ、おれ達が最も強い、圧倒的ってことだ!つまり、おれ達は、光曜にだって頭を下げる必要ない!おれ達はおれ達の土地で、おれ達のルールで生きる。おれ達は強いんだ!こんなおれ達に、誰が指図できるって?

というわけで、これからもおれ達は前進する!誰もおれ達を止められねえ!邪魔立てするヤツは蹴散らすまでだ!おれ達は最強だ。おれ達は止まらない、止められない。今日の勝利は、始まりに過ぎない。おれ達の偉大なる旅はこれからだ!Foーッ!さあ、今日の勝利を祝うぞ!無礼講だ!」


 なにが無礼講?と質問が帰ってくる前に、に、


「今日を戦勝記念日にするよ!」


と、今日、住民の飲食店への支払いは全てタクロ持ちと宣言し、住民の歓喜は最高潮に引き上げるや、タクロは庁舎へ帰還した。帰還を勝利を祝福する三人のメイドになにやら指示を出した後、螺旋階段を登り始めた。いきなり私に会いに来るのか。やれやれ。




―庁舎の塔 応接室


「閣下、戻りました」

「戦勝ご苦労様でした」

「へっへっへ。おれたち息ピッタリでしたねってあれれ……お疲れですか?」

「そう、見えますか?」

「ええ」

「それはきっと、あなたにこき使われたから」

「またまた。でも、閣下のおかげでやり遂げましたよ」

「いえ、あなたの実力もまた、適切に発揮されたからでしょう。翼人を活用するとはお見事でした……そう、町が賑やかですね」

「あ、見てました?大歓声にも慣れてきましたがね」

「みなさんに無礼講を?」

「ええ、こういうの閣下はお嫌いですか?」

「いえ。支配者の慷慨さと力を示す良い手段だと思いますよ、かなりの出費になりそうですが」

「はっはっはっ、金ならこれから唸るほど湧いてくるでしょ!何せ敵将を討ち取ったんですからね!」

「そのデバッゲン氏ですが」

「そうだ。おれの一撃も見てたでしょ」

「ええ。見る限り、彼は人間でない何かでした」

「そうなんだよ。ちょっと柔らかい岩を叩いたような、妙な感触だったな……漆黒隊員に似てる感じ」

「その正体や原理は不明ですが、恐らくウビキトゥが関連しているはずです」

「根拠、あるんだ」

「衝力が蓄積されていて、それがあの爆発を引き起こしたこと以外は、あなたが感じた通り漆黒隊員と類似していましたから」

「爆発。そう、爆発、歩く人間爆弾だ。光曜の魔術師に操られていたトサカ連中と同じように爆発したぜ。光曜人が関わっている可能性は?」

「可能性としてはあるでしょうが、現時点ではそれ以上の推測は困難ですね」

「それにしても、んなヤツに軍勢を任せるなんて族長会議の連中は何考えてんだって話だな。おれを殺す気満々だったのかな?」

「何にせよ、これから族長会議との交渉はしやすくなるでしょう」

「……」

「タクロ君?」

「そう、すね。そうだった。これから連中との交渉が始まるんだな」

「もしかして忘れてました?」

「すっかりと」

「トップのあなただけは、戦いに勝利した次を考えなければなりませんよ」

「交渉とか、苦手なんだよなあ」

「私が代行できますよ」

「えっ、本当?」

「ええ。捕囚の参事官殿をインエク支配して、使者として送り出しましょう」

「城壁チェリーをか」

「タクロ君、あなたが彼を操る事に強い抵抗を持っていることはワカっていますが、彼以上の適任はありませんよ。直前まで族長会議のために動いていたのですからね」

「いや、そうだよな。ワカってますよ。あ、そうだ。ピチピチ女を親許へ返そうと思うんですが」

「……ご立派な命名ですね。でもすでにインエク支配済みですが何故?」

「まあ、おれが勝ったんだし、もう必要ないでしょ」

「それは確かに。あと、ウンダリッヒ氏がどう考えるかはともかく、和解の意思表示にもなります。レリナの処遇には賛成します」

「また意見が合いましたが、閣下も慈悲深いですね。哀れな捨て駒、ただの資料なんて言ってても情をかけるなんて」

「あなたが普段、私についてどのように考えているか、よくワカりますね」

「当然でしょ。閣下ほどの策士ならあの女の使い道を考えていてもおかしくない」

「そう、その使い道よ」

「?」

「勝って譲る、ということです。あるいはウンダリッヒ氏は何とも思わないかもしれませんが、他の族長たちは、あなたへの悪感情が和らぐはずですから」

「そうそう、それが言いたかった」

「戦いに勝った以上資料としても用済みですね。あなたの言う通り」

「怖……そこまで言ってない気が」

「あら、あなたを褒めているのに」




―庁舎地下牢


 暇を持て余している看守トサカがひたすら自分とおしゃべりをしている。えっと今の棲み分けは……


─────────────────────

|ナチュ公|クララ | 空室 |元参事官|

─────────────────────────


     看守トサカ           上り階段


────────────  ───────────

| クズ |罰当たり| 損壊 | 空室 |

─────────────────────


 ……いたいた。負け犬の惨めな住まいとはまさにここのこと。


「おい元参事官・童貞」

「タクロ……」【青】

「試練に打ち勝ってのご帰還だぜ」

「……そうらしいな」

「あれ、この裏切り者がもう知ってんのか」

「そこの看守がベラベラ吹聴してた」

「す、すんません」

「いや、構わんぜ。ここで喋るのがお前の仕事だし、勝ったの事実だし!」

「で、ですよね!」【黄】

「ほれ任務任務。しゃべくり続けて消音消音。あと鍵鍵」

「承知!」


 おれたちの会話を隠す看守トサカの独り言を縫って、まあ世間話からいくか。


「お前の姿を見るまでは半信半疑だったが……」

「すっかり悔い改めたか?」

「……」

「まあいいや。デバッゲンを討ち取ったからさ、これから族長会議の連中と交渉をせにゃならん。まああれだ。和平交渉ってやつなんだが」

「……」

「お前、やれ」

「……おれにやらせようと?」

「お前は族長どもから妙に評判良いしな。手土産も持たせてやっから」

「……断る」【青】

「そう言うと思ってた。が、理由も聞かないぜ」

「ああ、お前は知ってるはずだからな」

「バカ、もう面倒だからだ。だから問答無用でおれ様に従ってもらうぜ」


 ビシッとポーズを決めて、インエクを構える。


「なんのマネ……、!」

「スタッドマウアー君。キミを和平使節に任命する。これから南に行って、族長会議のクソったれ連中に会ってこい。ウンダリッヒの娘が手土産だ。まあ後は天の声?が上手く導いてくれる」

「……」


 効いたかな?


「……承知」


 よし。


ガラガラ、ガシャン……

ふらふら


 気が引けないかと言われれば、こう……やはり胸に来るものはある……な。


「……隊長」


 奥からおれを呼ぶ声。今やその名も懐かしいナチュアリヒか……会ってやるか。


「ナチュ公。軍司令官タクロ様を呼んだか?」

「……景気がよろしいようで」

「まあね。おらぁ歴史に残る男になれるかもだぜ。いや、きっとそうなる」

「へえ……」

「元気ねえなあ。おれが勝ち進んで、嬉しくないかい?」

「さて、どうですかね」

「心に何も残らない反応だな。この無感動感は逆にスゴい……素直が売りのナチュアリヒさんは、そんなにおれのやることが気に食わないかい?」

「ええ、全くね」【青】


 ウン、素直だな。反省の色も無い。


「それで、どうだ?」

「どうだとは?」

「前非を悔いて謝罪すれば……」

「また一兵卒からやり直させてやるって?」

「ああ」

「俺はあんたが今やってることが気に食わないんです。謝罪なんてしませんよ」

「うーむ、素直じゃないぜ」

「素直ですとも。俺は自分にもあんたにも嘘をついてない。素直だからあんたに従えないんだ」

「素直を通り越して随分とバカ正直のようだが、おれが怖くないのか?」

「怖くないですね」

「そうか。ならビビらせてやるぜ、脱糞するほどになあーんこらガキ!」

「俺がどれだけ悪態を吐いたって、甘ちゃんのあんたは俺を殺したりはしない」

「いや、ワカらんぜ。なんたって今のおれはこの都市の最高権力者だからな!権力は人を狂わせるんじゃなかったか?」

「それでもプライドの固まりのようなあんたが俺を殺すとは思えないな」

「ほーう……」

「だからあんたに一つ恩を返すよ。返します」

「恩?」

「今、エルリヒがどこにいるか、把握してないだろ?」

「アイツがどうしたって?」

「あんたのせいで漆黒隊員が爆死したって、俺に愚痴ってたぜ」【青】

「あれはおれのせいじゃな……いや、おれのせい……だな。しかしだな、漆黒君はだな」

「それで、例の秘密の場所に行くって言ってました」

「例の?」


 秘密の場所……ああ、蛮斧男御用達のしゃくり屋か。


「俺はあそこの事はアイツほど良く知らないけど」

「嘘つけ、お前も行ったって」

「そりゃまあ、任務で」

「ウソは良くないな。素直になりなさい」

「いや、アンタも行ったでしょうが」【青】

「よせやい。おれはあんなトコ行かないよ。どうせならもうちょっと高いトコに行きたい」

「は?」

「だろ?」

「高い……高い?何がです?」

「料金が、というかサービスが、というか容姿が。いかつい女ばっかって聞いたぜあすこ」

「……女なんかいましたっけ?」

「なに、男もいるのか?知らんかった」

「何の話してるんです?」

「いや、だからさ、ほれ、こう……」


 禁断の仕草をしてやる。


「あ、違う。全然違いますよ。何言ってんですか」


 しゃくり屋じゃない?コイツとエルリヒで行った場所……一月半前?


「隊長が隠したがってたトコ。一月半位前の」

「……」


 げ。


「もしや」

「そうですよ。おれ、あんた、エルリヒ、ゾルクフェルティヒの四人で秘密の約束をしたあそこ。なんでしゃくり屋になるんすか全く。それにあんたがしたさっきのアレ、最低な気分です」【青】

「エルリヒが?」

「あいつなんだか詳し気でしたね」

「い、いつだ」

「何がです?」

「エル公だよ!いつ行くって言ってたんだ」

「えっと一昨日……ですかね」

「がっ!おれが泥水すすってデバッゲンと戦ってる最中にあのガキ!」

「あんたあそこによっぽど隠したいもんがあるんですね」

「馬鹿やろ!おらぁあんな場所どうだっていいんだ!」

「え、そうなんですか?」

「と、ともかく感謝しとくぜ」

「……どうも。それよか出してくださいよって行っちまった」【青】



―庁舎エントランス


 閣下?閣下!


「閣下、聞いてました?」

「ええ。今すぐ、絶望ガ崗に向かいましょう」

「結局行くことになったワケですが、閣下も行きますか」


 早歩き、早歩き!


「丁度今、ガイルドゥム殿を走らせたところです」

「代理人か……アイツ、多少は怪我してなかったっけ?」

「あのウビキトゥは極めて重要です。情報を秘匿するためにも、今は働いてもらわねばなりません」

「でしょうねっとっとっと」

「あっ……閣下?」


 メイド長を撥ねるトコだった。


「メ、メイド長!おれは少し外出してくる。明日の朝には戻るから、ヘルツリヒとか誰かに何か何らか何がしか聞かれたらそう答えておいてくれ!」

「しょ、承知しました。あと、五代目出撃隊長殿が閣下を探していました。一緒にお酒を飲みましょうと」

「あとだあと!幾らでも何でも果てしなくツケで飲み食いしていいと言っといてくれ!」




「クレア、なにあれ?」

「ワカらないけれど……何かあったのか……」

「うーん、大凶の気配を感じる」

「ちょっとまた、不吉なこと……」

「だってここに、


 建物内は走るな!


……て貼ってあるのに、軍司令官が守らないんじゃあねえ。少なくともめでたい話じゃなさそう」


 ふと、二人の話を聞き一拍落ち着く。レリアの占いには傾聴の価値があると私は自然に判断しているようだ。確かに、この瞬間も光曜の間者がタクロを監視している可能性はあるのだから。


「……私たちは閣下を信じて、仕事はきっちりしましょう」

「そうだね。私たちにはそれが一番かもね。そう言えばアリシアは?」


 今、足を掬わせてはならない。二人の言うように、せめて何者かがタクロの足跡を追えないよう、後方支援は押さえておかねば。

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