第87話 マルチタスクの女/急襲の男
発想力豊かなタクロは、まあよくも思いつく、と言う妙案を次々に思いつく。
「多分ですが閣下は雨を降らせることできるのでは?」
庁舎塔の火災時に雨を降らせたことを言っているのだろう。
「もし出来るのなら、おれのイメージに合うんですが……」
天窓上のカラスに天気を眺めさせる。町の南の上空には、雨が降る条件が揃っている。ここは、
「さすがに無理ですが、降っている雨の範囲を少し変える程度ならできるかもしれません」
と一部嘘をつく。
「それで十分です。あと、奇襲のタイミングや連絡をバッチシ計りたい。インエク活用、イケませんかね?」
「予めインエク支配した戦士を私が魔術で操れば、同時の意思疎通は可能です」
「それで行こう。ぜひお願いします。庁舎隊から軍監ということでトサカ頭を選抜します」
私の負担は増すが、これが彼の正念場であれば協力せねばなるまい。それでもインエクについて言えば、
「ところで、補給隊長殿の様子はどうですか?」
「相変わらず、インエク支配下すよ」
支配から離れる基準がまだ明確ではない。その実験と思えば受け入れられる。
「補給隊の戦士も前線へ?」
「いや、あいつら弱いから出撃隊、巡回隊、庁舎隊で奇襲します」
無論、私も全てを受け入れるわけではない。
「うーむうーむ。そもそもの兵力が足らんなあ……閣下、絶望ガ崗の例のアレで漆黒隊員を増員して戦わせたいんですが……」
あのウビキトゥはまだまだ調査が必要で、無闇に危険に晒させるわけにはいかない。ので、これは却下一択だ。
「露見して、敵の手に落ちれば、逆に窮地に陥りますし、多数生成時に何が起きるかはよくワカらないのです。ウビキトゥが壊れる可能性すら」
「ダメかあ。なら、息を潜めて敵が通過してから背後から襲うか……」
素直に引き下がる。これはタクロの褒められて良い点だ。他のウビキトゥの戦時利用、大いに観察させてもらおう。
大軍の標的となっているのに、タクロには悲愴感がない。なにより奇襲作戦を立案し、部下たちと打ち合わせる彼の姿は、謀反を生き抜いた時よりも生き生きとしている。
「五代目、デバッゲンが動き出したぜ」
「げっ!もう」
「いや、遅すぎだろ。そんで若者はどうするね」
「いや同じ二十代じゃないすか……」
「で、どうすんだ」
「た、戦いますよ」
「どうやって?」
「そっすねえ。地形利用して……敵を殲滅?」
「無理無理、そんな頭がおれたちにあるか?」
「じゃあ気合いとか」
「気合いを呼ぶものは?」
「勝利?」
「いや、カネだ」
「カネ?」
「この奇襲、敵一人致命傷を負わせたら引き上げてもいい」
「マジで!」
「ああ、さらに敵一人につき銀貨一枚支給する。当然、二人なら二枚だ。上限なし。どうだ?」
「そりゃあ最高にサイコですけど、敵殺った証明どうします?」
「そりゃお前ら隊長の役目だな。ジーダプンクト君。偽証には死刑で臨め、いいな?」
「えぇ……」
「出撃隊は攻撃の中核だからな。気合いだぞ」
「う、うす!」
「おい巡回非デブ」
「こ殺こすぞ」
「非デブの大好きな出世の機会だ。誰よりも先行してデバッゲン軍にぶつかって来い」
「し、死ぬぞそそそんなことしたら」
「あー。敵一人殺したら、引き返していいから。それで生きて帰ってきたら銀貨一枚支給すると決めた」
「こ、殺してくる」
「タイミングあわせにゃならん。ウチの隊員を補助でつけてやる。ちゃんと出来るか?」
「コロコロコロコロ」
ガイルドゥムの肩にカラスを降ろし、落ち着かせる。
「ガイルドゥムよ、この好機、絶対に活かしましょう」
「はっ!」
「?」
「ワカったよ。ヤルよ」
「おれを?」
「お前もフヒヒィ」
「変わらんなあ非デブ」
「そんなこんなで、補給隊は城壁隊と協力して都市内の治安を抑えてくれ」
「……承知」
「なあなあ」
「……」
「この奇襲作戦どう思う?」
「……危険極まりない」
「だよな」
「……リスクに見合った報酬を期待できるぐらいには」
「つまり?」
「……敵の頭数が多くこちらには野戦は不利。まさか攻めてくるとは思っていないだろう……上手くデバッゲンを討てれば勝ちだ」
「戦場で?」
「……そうだ」
「いいこと言うね。ホントどうしちまったんだろうね補給隊長殿は。その調子ならおれあんたのことずっと大好きだよ!」
「と言うわけだ。話していた件はまとまったぜ」
「……ということは」
「おう、ちょっと奇襲してくる。庁舎のことは任せだぜ、無口君」
「……やっぱり考え直しは?」
「しない」
「……兵糧と資金は豊富だし、どう考えても籠城が有利すが」
「まあ、トサカファイター共の士気も不安定だしなあ。ここは一つ派手な勝利が必要なんだ」
「……あわよくばデバッゲンを?」
「補給隊長も言ってたが、殺せたら、おれの勝ちなんだがなあ」
「……あの補給隊長が。へえ」
「ま、欲出しは控えておこう」
準備に汗かくタクロの姿は微笑ましい。彼はきっと、また生き残る。無限でない権力と、その行使の先にある部下の生死の狭間で悩みながら。
他方、私は必要と倫理の間で悩んだりはしない。慎重さを捨て魔術を駆使すれば、無秩序を矯正するいかなる力が働こうとも、私が支援する者は圧倒的勝者になれるだろう。
だからだろうか。もがき苦しむタクロの姿を見ていると、気分が高揚する。優越の意識もあるだろうが、それ以上に期待によるものだ。
この町で私を庇護し、好意を寄せてくるにも関わらず時に批判も厭わずこの心を乱す彼が、いかに見事に振る舞うのか、それに私が協力することを思えばとても愉快な気持ちになる。
祖国にいる頃にタクロを見かけたならば、私はきっと協力者として彼をスカウトしていただろうに。
雨が降ってきた。女宰相殿に依頼しておいた通りだ。奇襲して、去る。奇襲して、勝つ。簡単なことだ。おれたちの動きを隠すお膳立ては、彼女がしてくれる。あとは現場の任務達成だ。
「……」
おれが使える人数は千人程度。大切に使わにゃならん。すでに分散して敵に向かって南下している以上、火蓋は切られたということ。勝って帰る以外無い。
「……隊長」
「雨にゃ恵まれたが、こっから先は下手な物音を立てさせるなよ。これは奇襲なんだからな」
「……ワワワ」
トサカ頭が心細いといった顔をしている。おれたち蛮斧戦士は雨の中が大嫌いだからやむを得ないが、戦いが始まればいつも通りである。
上空から、デバッゲンを探すのは女宰相に任せているが、翼人も上に残している。カネを受け取った以上は仕事をする、とのこと。仕事人だぜ。
「タクロ君、方角をやや西へ進んでください」
彼女を信じていなければこんな芸当はできない。つまり、光曜最高の魔術師がついているおれに死角は無いってことだ。
局所雨が強くなっていく。想像もつかないが、このために女宰相殿はどれくらいの力を消耗するのだろうか。それでもまだ、彼女からの情報提供が入ってきているから、余裕なのだろうか。
「デバッゲン氏は一見蛮族の軍司令官らしく、集団の中心にいますが、背後に強兵を置いて進軍しています。背後からの奇襲は困難でしょう」
「側面から行く」
「敵集団は、このまま進み雨の中に入る勢いです」
「デバッゲンも含めて、隊の半分が雨の中に入ったら、ぜひ仕掛けたい。ぜひ」
「私からの合図を待って」
おれから彼女へ、他の余計な問いは不要か。が、時にポンコツなこともある彼女をも操れば、おれが支配者となる……なれるかな?
「その先で、敵集団の左側が目視できます」
敵が見えた。眼前ではない。
「丁度、強い雨を降らせていますが、より激しく降ります。あと一分彼らが進行したあたりで、ちょうどデバッゲン氏が今のあなたの正面に位置します」
肉壁を蹴散らした後だろう。
「あなたに、氏の姿を伝えます」
すると、脳裏にデバッゲンの姿が浮かんできた。馬上、ヤツは壮年、と言って良い。厳しい顔つきだ。白髪混じりの頭に、濃い灰色のフルビアード。鋭い眼差し。深い皺が額と口元に刻まれ、経験の違いを感じさせてくるぜ。豪華な毛皮の襟がついた重厚な革の鎧に、複数の金属製の飾りやメダルが付いている。敵から分取ったもんなんだろうなあ。コイツの高い地位を物語ってるのか。頭にはシンプルだが立派な飾りつき革製バンドを巻いている。トサカヘアではない。これが目標になる。ドタマかち割ってやるぜ。
雷鳴が轟いた。
「今よ」
脳裏に鳴る静かなる女宰相の声。さっそく戦闘、いや奇襲だから殺戮開始だ。
庁舎隊の左から、同じタイミングで巡回隊と出撃隊が雨の中を駆けていく。突撃非デブは……痩せたためちゃんと先頭を切って走っていく。五代目出撃隊長も。そしておれも。
「ヘルツリヒ!」
「承知!」
庁舎隊のコントロールは今や唯一の組長に任せておれは切り込んでいく。ゴールデン手斧が敵戦士達の肉を抉り、骨を割く。
「……!」
「……!」
「……!」
敵は一万人もいる。この荒くれ蛮斧戦士一万はどうやって進軍させられているか。十人か二十人で並ばせて行かせるしかないが、この強い雨が視界と聴覚を制限している。ヤツらにはこちらの姿は見えづらいはず。阿鼻叫喚にしてやる。
と、女宰相の美声が。
「横から切り込みは成功ですが、指揮するデバッゲンには気づかれたようです。彼自身が集団内を後退し始めました。強兵のいる背後まで退がるつもりでは?」
「逃すか!追いついてやる!」
「隊長、どこ行くんです!」
「デバッゲンを殺る!」
「ふ、深入厳禁ですぜ!」
「あ、聞こえない!」
「深入厳禁!」
「この馬鹿、深入現金だろうが!」
「でも、巡回隊が引き始めてる!」
「ナヌ」
確かに、そんな空気だ。
おれは空を見上げる。暗い空に大きな雨粒が。翼人の姿は見えないが、まだも美声が。
「敵に熟練の戦士がいて、巡回隊を混乱させています」
「おれはデバッゲンを追う!非デブ、非デブ、非デブで行こう!」
「私がガイルドゥム殿を直接操作して闘うと、どうしても情報収集が疎かになります。どうしますか?」
「ど、どうするったって」
「どちらが正解とも言えません。よってあなたが選ぶべきでしょう」
「 」
敵が動揺している今がチャンスなんだ。躊躇する暇すら惜しい。
「そっちは任せた!」
デバッゲンを追う。敵の指揮官を倒す。それが一番なんだ。邪魔する奴は全員ぶっ倒してやる。
光曜の戦い方とはだいぶ異なり、蛮斧の軍勢は族長達が率いる集団で重層的な指揮系統に依っている。しかし、戦場でそんな悠長な指揮は機能しないようで、つまりは個々人の尚武が戦いの帰趨を決する。戦士達は地位や家柄よりも、誰よりも強い戦士に勇気づけられ、死地へ足を踏み出していた。
そのためだろう、巡回隊を混乱させていたこの小集団が一気に離散したのは。タクロ勢の奇襲を前に敢然と立ち塞がった、どうやら族長クラスのこの戦士は勇敢だったに違いない。ガイルドゥムの身体機能を強引に解放して、この戦士を斃せてよかった。
巡回隊長ガイルドゥムの奮闘振りにより、引こうとする巡回隊戦士たちを引き止める効果はあった。
「あ、あれれぇ」
意識を取り戻したか。
「ガイルドゥムよ、よくやりました。この熟練の戦士を討った功績は誰よりも大きく、あなたは名声を勝ち得るでしょう」
「お、オ、オれがコイツを?」
私が強制操作をして闘ったから彼に自覚は無いが、声を張り上げてもらおう。
「あとは、部下達を戦場に一秒でも長く留めれば、あなたの役割は全うされたと誰もが認めるでしょう」
「わ、わがった!」
絶命した相手の首を掴んで大発声、
「正確戦車のアルティスはオレが殺ったぞ!オレが、このオレが!」
まあ、十分な報酬だろう。