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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
86/131

第86話 凝視める男/熟視の女

 おれと女宰相は連れ立って堂々と応接間を出、階段を降り、ピチピチ女の軟禁部屋へと向かっている。誰にも突っ込まれてない。よくワカらないが、さっきの魔術でバレにくくなっているんだろう。堂々と、背筋良く、ちっともカメレオンのようではないが、足音無く進む女が、おれのやや斜め後を歩いている。


 首を傾け、横顔を見る、改めて。うーん美人だぜ。


「何か?」

「いえ、美人だなって」

「あなたも男前ですよ」

「へいへい」


 いつか心の底から言わせたい。



―会議室


 軟禁部屋の入り口に、警護トサカが立っている。多分、彼女はあいつにインエクを使うんだろうなあ、と思いながら、


「よう」

「あ、隊長」


 そしてすぐ、おれの背後から顔を出した女宰相が悪を為す。やれやれ。


「私と軍司令官殿の他、しばらく誰も通してはなりません。この入り口を堅守してください」

「!、……はい」


 やっぱしな。そして、入室。


「あ……!」【青】


 ベッドの上で、驚愕の表情のピチピチ女。これはツッコミポイント。すでに勝負ありと言っても過言ではあるまい。


「傷は痛むかしら」


 優しい声色の女宰相殿だが、目は冷酷風。見覚えも見応えもあるぜえ。


「私をご存知?」

「……」


 沈黙も、その目の肯定の色を隠せない。


「不思議ですね、軍司令官殿」

「お、おう?」

「私、あなたとは初対面のはずですが」

「そ、それは……」

「あなたは誰かに、私の顔を教わったのですね」

「……」


 ほほう、そうなんだ。


「あなたは父君の命でこの町に来た。そして失敗した。でも大丈夫。何も心配することはありません。あなたはただの資料、ですから」


 ほほう、この女は資料だったのか。なるほどね。


「私の問いに応えるだけで良いのです。いいですね?」

「あ……、!」


 ほほうほほう、もうですかい。ピチピチ女の肉感的ナイスボディがビクビク震えるや尋問が開始され、


「あなたが持ち込んだこのイヤーカフについての全情報を開示しなさい」

「……私の父」


 始まったか。


「……持たざる漢のウンダリッヒは」


 非人間的に語り始める。こうはなりたくないもんだし、本当相変わらずな女宰相殿だ。そしておれはこのヤバイ女から目が離せない。


「……それをアイエンシーと呼んでいた。耳につければそれだけで魔術師の邪悪を防ぐものだと渡された」

「アイエンシー、アイ、エン、シー……フフフ成程」


 なんかうっとり顔になっている。やっぱりよくワカらん女、とのおれの視線に気がついた彼女は、少し姿勢を正して続ける。かわええなあはあはあ。


「貴女の父君はなぜこのアイエンシーを所持していたか、答えなさい」

「……知らない」

「それは何故?」

「……事情を聞いていない」

「しかし、あなたの父君の話でしょう」

「……私は父の事をよく知らない」


 まあ、おれも親父のことはよく知らんしなあ。


「では、これについて他にどんなことを知っていますか?何でも良いのです」

「……アイエンシーについては、他には知らない」


 ちょっと意外そうな顔をした女宰相。憐れみが滲んだかな?


「ウビキトゥまたはアドミンという言葉については?」

「……父からは叡智により奇跡を起こす秘宝と聞いた。ただ他に見たことはない」


 奇跡……悪魔の仕業でなければ確かにそうかも。


「他には?」

「……それ以外は何も知らない」


 やはり、この娘は捨て駒に近い扱いでこの都市に来たんだなあ哀れ。女宰相が質問を変える。


「この町にやって来た真の目的は?」

「……光曜の前女宰相の目から逃れながら、タクロ、スタッドマウアーどちらかに取り入ること」

「それも父君の指示?」

「……そうだ」


 おれもあいつも、偉くなったもんだなあ。


「何故、光曜の前女宰相の目から逃れる必要があると?」

「……知らない。父の指示だ」

「あなたの父君について、光曜の前女宰相と会ったことは?」

「……ない」

「それは何故?」

「……父は光曜の前女宰相の顔を知らなかった」


 まあこんな美人、会ってたら忘れんわな。


「でもあなたは知っていた」

「……父に紹介された者から共に顔を教わった」

「あなたに情報を与えた者の素性は?名前、性別……」

「……どちらもワカらないが、きっと光曜人だ。光曜の前女宰相の顔を宙に浮かび出していたから、魔術師だろう」


 宙に……魔術チックだなあ。


「その者の特徴や心当たりを思い浮かべなさい」

「……はい」


 何をする気だろう。と女宰相はピチピチ女の頭を掴み、ブツブツ言い始めた。なんだか目がイッちゃってる感がある。


ω[i] = sξmψs * (sϊη(dμplμs * π * qμinqμξ * τ) ⊕ sϊη(dμplμs * π * dξcξm * τ)) | ∼cαμsα → Συγκρϊsη μξ Δξδομένα ⊗ Δϊαsτρξβλωμένη Πληροφορία


 は?


「ふう」


 ため息ついた。ピチピチ女から変な文字のような光が浮かんだが、女宰相は気にしてない?いや、気がついていない。おれのアドミンの作用か?


「か、閣下。毎度おれには良くワカらないんですが、何かしましたね?」

「彼女の記憶を覗いて、その魔術師の情報を調べてみました」

「怖ーっ!」

「といってもレリナの記憶も曖昧でした。人は記憶を作り変えることもありますから、正しそうな特徴を確認する以上はできませんでした」

「でも、そんなあやふや情報に価値あるんすか?」

「もちろん何も無いよりは」

「それで……敵の心当たりは」

「もちろん得ましたとも」

「流石すね。また知り合いすか?」

「後輩……」

「げ」

「まあ、私はすでに宰相ではない身。このようなこともあるでしょう」


 だがその表情、落ち込んでいるようにはちっとも見えないのであった。



「さて。褒美にレリナの傷を治癒してあげましょうか」

「何、んなこともできるんすか」

「あなたの骨折も治したではありませんか」

「た、確かに」

「魔術的に複製した生体エネルギーを、この傷口に貼付して埋めていきます」

「……あの、よければ私にもワカるような言葉で」

「まあ見ていてください……ほら、どうですか?」


 原理はよくワカらないが、手当はあっという間に終わった。うーむ、凄すぎる。


「初期治療が遅れたので、全快までは二週間といったところでしょうか……それでタクロ君。あなたはこのレリナをどう遇するつもりですか?」


 この女の動向でウンダリッヒの判断が決まるなら、


「こちらに引き込まにゃ」

「同感です。その為には、インエクで支配下におかねばなりませんね」


 そう、気は進まないがそうなる。


「ま、仕方ないか」

「それは私がやっておきます。あなたは軍司令官として、リーダーを喪失した城壁隊を掌握せねばならないでしょうから」

「そうすねえ。ヘルツリヒも押さえんので精一杯だろうし……その前に閣下、部屋までエスコートしますよ。女どもに見られないうちにね」



―庁舎エントランス


 光曜側のテロも跳ね除けた。族長会議側からの工作撃退にも成功した。何もかも順調ではないか。これでデバッゲンに勝てれば我が世の春……あれ、達しちゃうかもだな、おれ。


「隊長、なんか嬉しそうですね」


 疲れ切った顔のトサカ頭に嫌味を言われる。


「嬉しいもんかい。それでも顔だけは笑っているようにしとかんと」

「軍司令官タクロとして?」

「そうそう」

「なるほど。隊長もお疲れですね」【黄】


 ふう、やばいやばい。気を引き締めよう。


 さて、前隊長が捕まり、現二代目隊長が負傷した以上、誰を明日の三代目城壁隊長に任命するかだが、


「なあヘルツリヒ、三代目としてあのクリゲルはどうかな。勇敢女の話じゃ、前に城壁チェリーと良い勝負したって話なんだ」

「いや、あいつ隊長のこと嫌ってるからダメでしょ」

「おれ?何かしたっけかな……」

「理不尽に殴ったことあるでしょ」

「おれたち蛮斧人だもの、そりゃあるさ」

「城壁隊で仲の良い野郎いないんすか?」

「うーむ。微妙にいないなあ……うん、いない。お前やる?」

「え!俺、ですか」

「嬉しかろう、給料上がるぞぉ」

「そ、それは嬉しいけど、隊のヤツら俺の言うことは聞かんでしょ……あ、でも。エルリヒなら顔が利くかもですよ」

「あいつ最近付き合いとノリが良くないんだぜ」

「漆黒隊員の件でまだ暗いすよね。でもホント、漆黒のヤツどこ行ったんすかね。給料未受領のままっすよ」

「……」


 まあ、確かに?思えば可哀想なことをしたのかもしれん。胸に痛みを覚えないのか、と問われれば……おれは女宰相殿じゃないから当然


「……うっ」

「隊長?」


 ズキっと。ま、仕方ないか。



―前線都市郊外


「いたいた、おいエルリヒ」

「うす」

「お前、今から城壁隊の隊長やってくれ」


 こんな人事は正しくない?知るか。


「え、嫌だよ」【青】

「ムッ」


 なんだコイツ、態度悪いな。


「あいつら従わせた後、使い捨てにされたんじゃたまらねえよ」【青】


 やっぱ根に持ってやがる。


「そんなんじゃないって。城壁隊は人材不足なんだ」

「いいヤツらはいるよ。知らねえの?あんたも大したことねえなあ」【青】


 こ、このガキ……ぶっ殺したろか。


「バランスのブラドリヒ、速攻のコルニッツ、突撃のパットーネンあたりに当たってみなよ」


 顔が広いヤツめ。だからコイツが適任な気がするのに。


「あーっと、腕っぷしのあるクリゲルってヤツはよく知ってるんだが」

「あいつあんた嫌いだぜ。寝首かかれるかもだ。辞めときなよ。じゃあな」

「こら、こらこらこら、ちょっと待て!」

「なんだよ」【青】

「お前、何だかヘンだぞ最近」

「ヘンなのはあんただろ」

「おれのどこが」

「軍司令官名乗って変わっちまったか?」【青】

「なんつー陳腐ないちゃモンだ」

「どこが陳腐だ。まんまじゃねえか」

「文句があるならこの場で言え。聞いてやる」

「そんなもんねえよぶっ!」


 中パンチ


「ほら、言えよ。聞いてやるぞ」

「て、てめえ……ぶっ!」【青】


 中パンチ


「まずは文句があるのかないのか言ってみようかエルリヒ君」

「……」【青】


 弱パンチ弱パンチ弱パンチ立ち中キック


 倒れた。なんとか立ち上がるエルリヒの足はフラフラだ。


「馬鹿なヤツ。お前も引き上げてやれるってのに」

「……お、俺はそんな話してんじゃねえんだ」

「漆黒君のことか」

「……」

「ワカってる。女宰相殿にお願いして、これから呼び戻してきてやる」

「……」

「ったく、城壁隊隊長の人事が決まらねえ」

「……」【青】



―庁舎の塔 応接室


「閣下、というわけで」

「ワカりました。ウビキトゥ・プシュケーを操作しにいきましょう……」

「よし。じゃあすぐに」

「……とは行きません」

「え、なんで!」

「今は目立つからです。スタッドマウアー殿が排除された今、町に入り込んだあらゆる間者が、あなたに注目しているでしょう」


 確かに都市の気配が妙、ではある。なんかピリついていやがるんだ。


「だがなあ、エルリヒも城壁隊もこのままじゃなあ」

「さっきあなたがエルリヒさんに暴行する様子を見ていました」

「あ、見てたの?友情の語らいだよ」

「手を挙げるタクロ君が随分と苦しそうに見えましたよ」

「ゆ、友情の語らいです」

「……彼は多分、あなたに謝罪、というと固いですが、謝ってもらいたいのではないでしょうか」

「?」

「漆黒隊員を犠牲にしてしまったことを、です」

「……」


 ま、おれだって心が痛まないわけではない。漆黒隊員はエル公の写しだし。考えりゃ良い気分はしないか……ちっ、頭下げてやるかな。


「ですが、そうも言ってられないようです」

「何で?」

「南方に集結していたデバッゲン氏の軍勢が動き出しました」

「ど、どこに?」

「こちらに」

「げっ!」


 ついに来たか。


「見、見えます?」

「はい……下馬評通り総勢一万人近い軍勢です」


 い、いちまん。いちまんかあ。


「城壁隊を速やかに掌握して、戦いに備える必要がありますね。つまり、エルリヒさんを説得するため絶望ガ崗に赴く猶予は……」

「ないか。クソッ」


 こうしちゃいられねえ。



―城壁隊兵舎


「ふうふう……走ったぜ」

「た、タクロ……殿」

「ぜ、全員整列させろ」

「へっ?」


 グイッ


「黙って全員整列させろ、ぶっ殺るぞ」

「は、はひ」


 士気が落ちてやがるのか、城壁チェリーが命令する時とは違って時間もかかる。くっそ、なんだか疲れてきた。


「即決で決める」

「……」

「大切なことだからもっかい言うぞ。即決で決める。質問があるヤツは挙手しろ」

「あのう、何を決めっとですか?」


バシーン!


「質問はゆるさん」

「……」【青】

「城壁隊の三代目隊長になりたいヤツは挙手!」

「……」


 誰も手を挙げない。出撃隊と大違いだ。こいつらメンタルどうなってんだ。それなら、


「と言うわけで、今日からおれが三代目城壁隊長だ。全員、おれの命令聴けよ」

「!」

「おれに感謝するほどに、貴様らをコキ使ってやる。何故か?おいお前、何故だと思う?」

「……俺たちが、スタッドマウアーさんの部下だったから?」

「違う。アグレッシブじゃないからだ。おれはガツガツ行くヤツが好きなんだ。だから、ここで手を挙げなかったお前らチンピラはクソカスでしかねえ。おれはクソカスは嫌いだ」

「……」

「だがお前らも活躍を示せば上に引き上げてやる。カネ!地位!女!もちろん馬鹿なことをすれば……ワカるな?ふつう、クソカスは下水行きだ」


 風土は違えど同じ蛮斧男。欲しい物は同じはず。コイツらを教育してやるか。と、そこに女宰相からの声が入る。


「タクロ君、早速付近の集落がデバッゲン氏に合流する気配を示しています」


 そらそうだよなあ。一万の軍勢じゃなあ。


「手を打ちますか?」

「えっ、例えば?」

「見せしめに集落を焼き討ちして罰を与える、とか」

「ええ……」


 さらりと言いやがったな。


「いや、ま、戦ってみるか。相手は烏合の衆、なんてこともあるかもだし……」

「どうしても、数の差が大きいのです。お勧めはできませんよ」

「初戦は勝ったんだ」

「本体相手ではないけれど」

「勢いはおれにあるぜ。閣下、集落を利用して偽情報を流したい。もちろん魔術的な手段で。イケるかい?」

「もちろん。どのような内容を?」

「そうだな……おれがケツまくって籠城の支度中だ、とか」

「……やってみましょう」

「面白そうでしょ?」

「勝てれば、そうですね」

「勝てる勝てる、蛮斧の連中なんてアホばっかだから。それが一万人も集まれば収拾のつかない壮絶なアホになる」

「そんなことも無いでしょうが……ですが、あなたが戦うという決断を下したことは良い事かもしれません」

「そ、そうかな?」

「はい、私も精一杯の支援を約束しましょう」

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