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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
85/131

第85話 裏工作一匙の女/掌握の男

 ……かのように見えた。


「ふぬ!」


 意識を踏み留めた参事官。そして戦士達が前進してくるが、両手を広げ彼らの行手を遮ったのは参事官その人であり、


「全員、捕虜とタクロから視線を外せ!」

「おっ」


 インエク対策は、単純だが効果的なようである。そしてなにより今の参事官にはインエクは効かない。私の物理的な魔術は間接的におそらく効果を見込めるだろうが、私自身の身の潔白性のためにも、ここで私が目立つ魔術を披露するわけにはいかない。タクロの奮闘に期待しよう。


「まあ、旧隊の面々を引き連れて来やがって。というかさっきの当たりでよく立ってられんな。強くなったじゃねえか」

「……お前こそ、権限を得て腑抜けたんじゃないか。さっきの蹴り、ちっとも効かなかったぜ」

「隊長!」

「おう!」

「むっ」


 声の主は、既に部屋の隅で安全を確保していたレリア。両雄どちらも反応したのが可笑しい。


「出ました!この闘い、勝った方が不吉かも、!」

「声援どうも!おれの支援応援しろよ!」

「ペッ」


 タクロの威勢の良さを、血唾を吐いてかき消す参事官。


「タクロ、レリアの言う通りだと思うがな」

「城壁チェリ之介は占いがお好きかい?」

「それよりも、どういうことだ?正気に返ったのではなかったのか……」

「何の話だか知らんが、職権濫用は良くないなあ参事官」

「下のヤツが言ってたろう、参事官には正当な権限がある」

「てめえ、腹括ったのか?」

「ああ、その捕虜を族長会議の下に連れていく」


 タクロはチラリと何かを期待する目で、私を見た。


「フン認められっか、却下だ却下!」

「認めなくても良い。だからお前は俺の行いを見逃せ」

「見逃せって」

「それがもっとも良い結果になる。蛮斧にも、お前にもな」

「おれを死刑にでもするのかい?」

「その女がお前を操っていた確証が得られたら、たぶん罪には問われない」


 なるほど。そういう勧誘方法もあるのか。参事官はただの無骨者ではない。ただし、彼はタクロが私に強い好意を抱いていることを、計算に入れていないようだ。


「今更族長どもなんか信じられんね」

「信じなくてもいいさ。さあ、彼女を引き渡せ」

「もう回答済みだぜ」

「ならば、お前を力づくで排除するぞ」


 体がぶつかり合う音が響く。勢い組合いになる二人。叫ぶタクロ。


「謀反なり!謀反なり!」

「何とでも言え!」


 その時、イヤーカフが見えた。直視。なるほど、クレアの言う通りの特徴だ。この男には似合わない装飾。これはウビキトゥである、と私の直感が告げて、闘志がみなぎってきた。


「ぬん」

「うおっと」


 参事官の位置取りによりタクロの姿勢が反転すると、


ガシッ、


「う、うん?」


ガシッ、ガシッ

ガシッ、ガシッ


「おいお前らなんだ!」


 傍観していた五名の城壁隊戦士がそれぞれタクロの手足、腰にしがみついた。全員が全身を持って。奇しくも前軍司令官及び私が選択した戦法と同じで実に興味深い。これにはタクロも動けず、参事官は彼から離れ、私の前に歩みを進めた。


「戦いを、くっ、汚す気か童貞城壁チェリー!ぐっ」


 地に組み伏せられた音。ここまでは参事官の勝利か。改めて私に近づいてくる。


「ではマリス殿、私直々にお連れする」

「……」

「何をお考えで?」

「……前にもこのようなことがあった、と」

「ああ、確かに……だが今回は馬車など使わない。馬の背に乗って頂こう」

「捕虜として、格下げということですね」

「嫌疑がある以上はな。それに、貴女はすでに宰相ではないとも聞いている」


 押さえ込まれなにやらぶつぶつ呟いているタクロは動けないだろう。では、これを突いてみるか。


「誰からですか?」

「貴女が知る必要はない」

「先ほども私を前宰相、と仰っていましたね」

「……」

「それを知るのは魔術で情報を発する光曜人だけ。参事官殿は光曜人と接触が?」

「何を言う」

「あなた御自身に接触がないのなら、それを伝えた者は光曜との関わりを持つ者になります」

「風の便りというものだろう」

「では、後任の宰相は誰ですか?」

「さてな」

「風の便りなら、不正確であっても何者かの名が乗るでしょうに。あり得ない話です」

「太子が代行していると聞いた」

「それはともかくさて、光曜人としての見解を申しますと参事官殿、それこそ操作されているのはあなた御自身ということになります」

「そうだ!このフォートレスチェリー野郎!童貞捨てたお礼かよ!」


 戦士は、タクロの卑しい合いの手が入ってもなお冷静を保っている。


「それもこれから判明するだろう。俺が操作されていたとしても、この都市の懸念の一つは払拭される」

「結果、タクロ殿が失脚した場合、その名により実施された政策はどうなりますか?」

「あなたの知ったことではない」

「そう、例えば人事などは」

「族長会議が決めることだ」

「昇給は白紙撤回、浮いた費用はお偉いさんの懐に消えるだけだ!それも光曜がこの都市を奪い取れば全部パア!」

「黙れタクロ!」

「パアパアパア!」


 昇給撤回と聞いて、タクロを押さえていた戦士達の力がやや抜けたが、タクロは主張を継続する。


「おい、お前らだって墓場送りになる!だって戦争中なんだからな!参事官の手引きで光曜軍が来るぜ!」

「略奪狼藉はおれたちだけの特技じゃねえ!」

「せっかくの昇給分も、今の待遇も、将来の見通しもご破産だな!生き残っても北と南から新しいご主人様がやってくるぜ!」


 戦士達の手から、さらに力が抜けた。タクロを支援するのはここだ。天井から応接室内へ、強い風を送り込んでやると、


ブワッ


 みな上を向く。良し。


「うらあ!」

「!」


 完璧なタイミングで拘束を振り解いたタクロは思い切り両腕を広げ回転、前後左右に腕を振り回し、城壁隊戦士たちを振り倒していく。


 全員の視線がタクロへ集中する。参事官も向きを変え動き出した。室外からも増員が飛び込んでくる。その時、


 スッ……


「なっ」


 気配無く伸ばされたレリアの手が、参事官のイヤーカフを実に自然に取り除いた。私も気が付かなかったが、いつの間にかタクロはレリアをインエクで操作していたのか。


 私は心の中で快哉を発す。見事だ。


「こ、これは!」


 完全に意表を突かれた参事官の足は止まり、レリアを向く。すでに攻撃態勢を取っていたタクロに側面を晒したのだ。そこへ、放たれた両飛び蹴りが突き刺さった。


ボギっ


 強烈に。どこかの骨が折れる音とともに、参事官はレリアの眼前を吹き飛んでいった。素早く追うタクロの横顔は、凛々しい決意に満ち溢れていた。さらに足蹴りが浴びせられる。


ドカドカドカドカドカ!


「ぐっ……貴様操られて……?」

「やかましい!まだ言ってんのかチェリボーイ!てめえ承知しねえぞ!」


ドカドカドカドカドカ!


 散々痛めつけ、参事官を後手に拘束して締め上げるタクロ。上司思いの城壁隊戦士たちはみなたじろぐ。勝負はあったようだ。


「聞けトサカ頭ども、三秒以内!全員この部屋から出ろ。でなければ、お前らのボスを殺す。一!」


 タクロの冷徹な声に、全員が駆け出した。ついでにクララも連れて行かれる。


「二!」


 城壁隊戦士が出口で詰まっている。


「三、敗、死!」


 掛け声と共にタクロが参事官の背中をさらに強打すると、参事官は激しく吐血し崩れ落ちた。こうして戦意を喪失した城壁隊は、応接室から排除された。さらに螺旋階段からの声。


「申し上げます!我らの兵舎が占拠されました!」

「だ、誰にだ!」

「庁舎隊の組長に!」

「よっしゃあ!」


 地に伏した参事官を踏みつけ、城壁隊戦士に向かって拳と声を衝き上げるタクロ。


「これでお前らに帰る拠点はねえ。降伏しろ。命だけは助けてやっから」

「……」

「じゃなきゃ、コイツをマジで殺す」

「!」


 直ちに全員武器を置いた。それを見て、タクロはらしからぬ嘲りを披露しはじめる。


「残念だったなスタッドマウアー。お前の叛逆は失敗だ。そこの連中との約束があるから殺しやしないが、このまま庁舎の牢獄に入っててもらうぜ。つまり、お前を唆したヤツは失敗したってことだ。誰だ?蛮斧の族長か?それとも光曜人か?なんにせよ、おれはまたこの都市の防衛に成功したというワケだ。まったく外からも内からも、この都市を狙うヤツらがホント多すぎるぜ。つまりはチャンスが転がってるってことだが、ああもうお前には関係の無い話だったな。しかしまあ、罪を認めて謝罪するなら一兵卒からやり直しさせてもいいんだぜ?」

「……やはり……貴様は操られている」

「なんだと?」

「……こんな話を聴かせる頭が、貴様にあるか……?」

「ここにな」


ガスッ!


 タクロの頭突きが走る。


「変化は生命の法則って蛮斧的名句があるだろうが」

「……」

「いつまでも昔のままではいられねえってことさ。覚えとけ」



 参事官の逮捕、ヘルツリヒ組長による城壁隊兵舎掌握、関係者の庁舎牢獄移送とタクロの処理は素早かった。この過程で無用な死者を出さないあたりも彼らしい。


 その日の夜、応接室を訪れたタクロはイヤーカフを私に手渡した。


「タクロ君、お見事でした」

「おっ、褒めてくれるのかい?」

「はい、城壁隊兵舎の掌握に、特にコレをレリアに奪わせた手並は秀逸でした。スタッドマウアー殿の意表を突く、見事な策です」

「……」


 と私が褒めても嬉しくはあるまい。微妙な顔だ。


「ところで輝ける緋珠作戦とは、どういう意味?」

「城壁君は童貞だという噂があるんだ」

「……その友情を失ったことを悲しんでいるのですか」

「そんなんじゃないよ」


 これは哀しい嘘だ。


「聞くも愚かなことですが……」

「あいつにインエクは使わないよ」

「その場合、活かさず、殺さず、ということになりますが」

「それでも」

「……」

「中途半端だって?」

「……結構」


 私も、この甘さがタクロの強さの源なのだ、と考えを切り替えることにしよう。私の見立てでは、タクロはいずれ知人友人にインエクを向けざるを得なくなる時が来るのだ。


 それよりも、手の中の感触が私を昂らせる。


「このイヤーカフ、やはりウビキトゥですね」

「やっぱり、閣下の魔術を邪魔するの?」

「今、私はこれとインエクを身につけていますが、インエクが動作しない。よって、私の魔術だけでなく、他のウビキトゥの効果も妨害しているようです」

「へえ、すげえな。それがありゃあおれでも閣下に勝てるかもな」

「フフフ、試してみ

「ウソだよやだなあ!」

ますか?」


 闘いになれば、タクロは私に及ばなくとも、思わぬ一手があるかもしれない。なんて考えても、彼が私を害することはない、とはっきりと感じる。


「まあまあ、ええと……これを持ってきたのはレリナ、つまりはその親父である持たざる漢ウンダリッヒだ」

「蛮斧の族長がウビキトゥを所持しているということはとても興味深いですね。彼女から情報を引き出してみましょう」

「生きてっけど重症だし、無理っぽいぜ」


 ヘルツリヒ組長により城壁隊兵舎で発見された彼女は今、庁舎に移され会議室を改造した部屋で治療を受けている。


「私にはできます」

「マジか」

「あなたが体を貸してくれさえすれば容易にね」

「うーん鬼だなあって……体?」

「ええ」

「そ、それってどんな……私の体のどの部分をご所望で……?」

「……」




 おれの体を貸す件の説明を受け、がっかり。夢見させるようなこと言うな、だよ。なあ。まあ話題を変えよう。


「あと少し気になることが」

「参事官殿不在の城壁隊のコントロールですか?」

「それもそうなんすけど……因縁女の占い、といいますか」

「あら、占いを信じますか?」

「うーむ、なんだか最近はワカらなくなってきた」


 トップというのは思った以上に疲れる。


「レリアさん曰く、勝ったほうが不吉、と」

「そうそう、咄嗟のアレとは言え、気味悪いかも」

「スタッドマウアー殿の言う通りなら、負ければ私を犠牲にあなたは死罪を免れたかもしれず……」

「ほほう?」

「勝てば族長会議との対決は避けられなくなる。そう意味では確かに不吉かもしれませんね」


 なるほど。どっちも不吉、面白い考え方だ。


「なら心配は要らないよ。やるっきゃないって決めてるしな」

「あとスタッドマウアー殿が来る前、私がレリアさんに今日の運勢を尋ねたところ、悪くない結果でした。今の状況と合致していると言えますね」

「おや閣下、占いを信じ始めたんで?」

「良い娘ですからね。彼女の占いなら」

「そうすか?」

「今もこんな時間なのに、色々忙しく走り回っているではありませんか。操られたことも忘れて、あなたのために」


 うむむ、クレア、因縁女、勇敢女には報酬を弾んでやらにゃならんな。


「では、レリナさんに会いに行きましょうか」

「マジで?こんな騒ぎがあったのに、ここ出んの?」

「あなたが同行してくれれば、大丈夫ですよ」

「城壁野郎はおれがあんたに操られている、と言ってたろ。この説を力付けるだけな気がするなあ」

「なに、移動がバレなければ良いのです。このように……」


 彼女が水差しに手を置くと、霧の塊が生じ、すごい勢いで応接間から排出された。


「なにあれ……」

「螺旋階段の入り口から会議室まで、水の幕を貼りました」

「はっ!?」

「そしてこのイヤーカフ型のウビキトゥは音に纏わる道具のようです。こうしてみると」

「……あっ」


 足音、というか気配が全く聞こえない。


「これを使用している間、私は魔術を上手く発することはできませんが、それ以前の魔術による成果には影響がありません。そして水の膜は私の移動を隠してくれます」

「なんつーか、いやなんつーか……カメレオンみたいに?」

「ええ。では早速、会議室へ行きましょう。そしてタクロ君、戦いの場でのウビキトゥの扱いに慣れてきたあなたへ、ウビキトゥの模範的な使い方というものを見せてあげましょう」

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