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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
84/131

第84話 余裕の女

―庁舎の塔 応接室


「失礼します。お部屋のお掃除に参りました」

「はい」


 私は立ち上がり出迎える。同時に、入室したレリアの装いを見る。仕事着であるメイド服、髪を束ねる紐、そしてイヤリング。訪蛮以来、私はイヤーカフを見ていない。光曜において、イヤーカフは痛みを伴わず、施術も不要なため人気が高い。いずれその手軽さが蛮斧に到ることもあるだろう。


 言うまでもなく、男女に厳たる役割を求める蛮斧世界において、参事官殿が付けるにはいかにも不自然な装飾だ。彼の性格にもその占める地位にも合致しない。これは一種の賭けだが、必ず見極めてみせよう。


 私の魔術の走査はまだ有効である。レリアの良好な健康状を確認できる。


「レリアさん、調子が良さそうですね」

「それが取り柄ですから」

「いつもありがとう」

「そんな、とんでもないことです」

「そう、レリアさん」

「はい」

「軍司令官殿からも目下大変な情勢であると伺っている今、少し気も引けますが……今日の運勢を占ってくださいませんか」

「!よろこんで」


 この娘の生き甲斐は占いであり、それが周囲から時にどのような扱いを受けるか、ワカらぬでもない。だから彼女は飛びついてくる。


「どのような占いを、ご希望ですか」

「では、この庁舎の私たち……タクロ殿やメイドの皆さんの……そう、漠然とした運勢を」

「それなら毎朝視ています!悪くはない、とのことです」

「それは、良いとも」

「心の持ち方一つなんですが」

「良い事を聞きました。ありがとう」

「またいつでも聞いて下さいね」


 私への好意で心を染めるレリアに、私の心は痛痒を覚えない。


 参事官一行は螺旋階段を進行中。その入り口を視ると、タクロが騒ぎ始めていた。庁舎猫の遠視は……まだ問題なし。




 ―庁舎の塔 螺旋階段前踊り場


「よう!」

「はあ」

「ちょっと通るぜ」

「今は、ダメです」

「なんでだ」

「参事官殿の命令です」

「おれは軍司令官兼庁舎隊長だ。知ってるか?」

「もちろん」

「ヤツを参事官に任じたのもおれ。知ってる?」

「もちろん」

「お前ら城壁隊からこんな立派な名士が出たんだ。光栄に思ってるよな、ヤツは誇りだよな?」

「もちろん!」【黄】

「おれ様のおかげだよなあ?」

「も、もちろん」

「いいね。そんなわけで庁舎隊長の権限で命令してやる。そこどけ」

「確か、参事官の地位のが上でしょ」

「そうだっけ?」

「そうすよ。だからダメです」【青】

「なら軍司令官として命令するか。これは最強だぞう。ほら通せ」

「なんか参事官には、一部、軍司令官を超える監査の権限があるらしいんですが」

「えっ、そうなの!」

「と、参事官殿が言ってました。タクロになんか言われたらそう反論しろって」

「あんにゃろ、くだらん知恵つけやがって」

「へっへっへ、だから諦めてください」【黄】

「……後悔するぞ?」

「え」

「お前ら城壁隊は……おれに……逆らったんだ」

「さ、逆らっちゃいませんぜ。権限の話をし始めたの俺じゃないですし」

「……」

「……」

「覚えてろ!」

「ちょ、ちょっと!何するんです」




 庁舎から飛び出したタクロは空に向かって合図を放った。翼人に塔の上まで自身を引き上げさせるつもりだろう。彼も便利な手段を手にしたものだ。


 さて、これから参事官スタッドマウアーが城壁隊戦士その他を引き連れてここに来る。私の手駒は清掃中のレリア、遅れて上から来るだろうタクロ、この二人。この対決ですべきことは時間稼ぎとイヤーカフの見極め及びその奪取作戦の立案だ。


 不利となるのは、レリナによる告発、支配離脱を確信させたタクロの演技、この二点だ。他はどうでも良い。参事官は、確信を胸に宿してやってくるに違いない。


 これをどのように誤魔化すか、難題である。


 あるいはもう一つの選択肢として、来訪者を始末する、という道もある。物理的に皆殺しにする、ということだが、その場合レリアを巻き込んでしまうだろうか?


「……」


 レリアは幸運だ。先程の占いがなければ、危機に際し私は躊躇なくそうしていたに違いないのだから。占いなど信じる私ではないが、非邪を示した彼女の身は守ってやりたい。



 一行が到達した。


ガチャ


「あら、誰かし」


ガチャ


「ら……参事官殿。っとっとっと」


 スタッドマウアーが入室。張り詰めた顔は溢れる闘志を抑制しているよう。レリアを威風で押し除け進み、私の前に立つ。さらに五名の戦士を引き連れてきた。出口にも数名居る。


 数名?数名としかワカらないのだ。私の眼前に立つ参事官は、確かに私の走査を無効としている。彼の存在が、私の魔術の支障となっている。まるでタクロの持つウビキトゥから身を守る私のように。


 この空間、というよりも彼が私の目の前にいる以上、タクロとの連絡にも支障が発生すると考えねばなるまい。彼の支援があるまでの、私とこの人物との対決だ。


 ふいに参事官は振り返りレリアを見て、


「レリア」

「は、はい」

「占いは」

「はい、何か占いましょうか!」

「……」

「参事官殿?」

「用事が終わったらな」

「はい!」


 彼女が操られていないかを確認したようだ。


「これは……一体どうなさったのですか?」

「突然だが貴女に関する重大な嫌疑がでた」

「嫌疑。それは……どのような?」

「前軍司令官のシー・テオダム氏を害した疑いだ」


 まずはここからか。いかにも正攻法だ。


「害した……ご病気だったのでは」

「そう聞いているのか?誰から」

「庁舎隊ち……軍司令官タクロ殿より」

「ヤツがそう言ったと?」

「はい」


 確かに耳に装飾物がある。その側が私に向かず、まだそのイヤーカフを直視で確認が出来ないが、


「だが貴女は驚いていないようだが」

「いいえ、そんな……」

「これよりそれを尋ねる」

「しかし……私はこの部屋から出ることができません。誰かを害することなど出来ようはずが無いではありませんか」


 嘆いたふりをしつつ、少し顔を背けてみる。左に半歩移動……直視はできず。彼は意図して隠しているのかもしれない。


「前に、タクロと船遊覧を」

「はい」

「私とも会った」

「はいその節は。そして当時の軍司令官殿のご裁可を得たものだったと」


 レリナから彼に渡った物がウビキトゥであることを、私は既に確信している。イヤーカフ、確かに装飾性を感じさせないそれは、私に抗い難い好奇心を感じさせる。


「だが貴女は魔術師だからな」

「では、どのようにと?」

「だから魔術によって」

「魔術」


 単純な思考、とせせら笑ったりはしない。この人物に嘲弄は効果が無いだろうから。


「貴女は光曜でも指折りの魔術師と聞く。例えばシー・テオダム氏を害した一件、貴女が下手人にやらせた、と言う者がいる」

「心外なことです」

「どうなのか」

「その者の言をお信じに?参事官殿」

「それを見極めに来たのだ」

「……前の軍司令官殿は二度三度この部屋を訪れたことがあります。メイドの方をお供に。しかし参事官殿は戦士を引き連れてここにおいでに」

「その通り」

「見極めどころか、参事官殿は確信をしてここにいらっしゃる。であれば、私にできることなどありません。もとより捕虜の身……ご指示に従うのみです」

「やったのか、やってないのか?」

「確信している方に対して答えることに、意味などありましょうか」

「私の質問にちゃんと答えろ。私は容赦しない」

「私の回答は同じです」

「……ではタクロについて。貴女が魔術により操っていたという嫌疑だ」

「私が……いえ臨時の軍司令官殿を?」

「そうだ」

「それも同じ者の言ですか?」

「さてな。だがこれについては確信を持っている」

「これについても、でございましょう?」

「ある筋から、タクロにかかった魔術を解く方法を知った。先程その通りに実施したところ、タクロの様子が変わったのだ」

「……よくワカりませんが、それによって私はどのような利益を得ていたと?」

「それを見極める」

「どのように?」

「入れろ」


 ここでクララが入室。獄中からここに連れられてきていたことを私はすでに把握している。そして、その瞳のやつれも。興味深いのだろう、レリアは彼女をチラチラ見ている。


「貴女はこの女を知っているはずだ」

「はい、メイドのクララさん」

「……」

「……あの、何か」

「妙だな。光曜境の捕虜交換の際に、貴女はこの女と会っているはずだが」

「いいえ、初めて会ったのは、この応接室です」

「ウソだ」

「ウソなどと……本当のことにございます」


 私はすでに彼女を操作下には置いておらず、また参事官がいる以上それも難しい。


「ではこの女に聞こう」

「その前に」

「なんだ」

「この問いは二回目です」

「なんだと?」

「その折、閣下の肩書は、城壁隊長殿でしたが……」

「……」


 もっともその時はタクロの希望を得て、インエクで洗脳し、私は回答をしていないのだが。事の前の朧げな記憶は残っているのかもしれない。


「……そうだったかもな」

「回答は同じものになるかと」

「だが、その時、この本人」

「!」

「この本人は連れてきていなかったのでな」


 参事官が、クララの肩に触れた途端、彼が纏う波長がクララをも包んだように感じる。私のクララへの走査認識すらも失われた。なるほど、参事官が装備するウビキトゥには、予め埋没済みの設定すら妨害もしくは解除する効果もあるのか。


「クララ。お前はこの都市に来る前から、この人物を知っているな?」

「……はい。有名なお方ですから」


 回答を始めるクララ。より正直に。


「都市に来る前に、会ったことは?」

「……あります」

「どこで」

「……光曜境で」


 用済みとなった彼女を早く放逐しておけばよかった……といっても、なんの問題もないのだが。


「そうだろう!クララは覚えている。私もだ。なのに貴女は覚えていないと?」

「クララさんとは、この町で知り合いました」

「嘘だな」

「いいえ、嘘ではありません」

「光曜の前宰相ともあろう者が、一度会った人間を忘れるとは思えない」


 それはその通り。


「しかし……」

「私も、このクララもあの時、あの場所にいたのだぞ」

「ですが……」

「言い逃れはできまい」


 クララと知り合ったのはこの町であることに偽りもない。くだらぬ尋問だが、まさかこれで終わりではあるまい。次の手は……


「クララ、これまでお前は自分の判断でシー・テオダム殿の暗殺を企てたと主張している」

「……はい」

「お前の判断ではなく、誰かの指示を受けてのことではないか」

「……」

「これは重要な質問だ。正しく、答えるんだ」


 正しく答えると、当初は光曜の太子の命令で私を殺すためにやってきた、となる。その後、暗殺に失敗し私光曜の宰相に洗脳され、行動を変えてシー・テオダムを襲った、ということになる。太子に害を与える恐れのあることを、言えるはずがない。よって、忠実なるクララの答えは、


「……」


 沈黙、となる。


「お前に指示を与えた者は、この者ではないか」


 若い。参事官は、無言に対して先走っている。そして、クララは何も答えまい。この私を前にして、強靭な精神を欠く者に答えることなどできるはずもない。ここは私の言葉が有効だ。


「参事官殿が私に抱く疑念がようやくワカりました。そういうことだったのですね」

「貴女には黙っていてもらいたい」

「……」

「クララ、答えるのだ」


 これで十分。続く沈黙。この場でこれ以上、クララに問うても何も出まい。嫌疑が確信に基づくものではなく、漠然とした疑いに留まる以上は。それが理解できたのか、参事官は私に視線を移した。強く、堂々たる瞳。


「暗殺、分裂工作、破壊行為。どれかはワカらんが、クララが語らず、貴女が否定を続ける以上、どうにもならん」


 未熟な尋問ではその通り。次はきっと、


「よって貴女の身柄を移す」


 やはり。


「この都市から南に、タクロ討伐の軍勢が集まっている。そこには蛮斧人の意思決定を行う族長たちもいる。恐らくシー・テオダム殿もな」


 強行突破か。この男、タクロよりよほど蛮斧人らしいではないか。


「そこで貴女には、貴女自身が犯した罪悪と対決してもらう。罰の有無は、族長会議が決定する」

「参事官殿は私の嫌疑を見極めに来たのでは?」

「貴女がそれをさせないからな」


 自分にはそれ以上は無理、ということなら、見切りの速さは評価しよう。


「なるほど。それで、いつ私を南に?」

「直ちに。今すぐだ。貴女が拒否しても……ここは蛮斧世界だ、認めないぞ」


 いい表情だ。覚悟を決めた男の凛々しさがある。この性質をタクロにも期待したいところだが……まあいい。


「臨時とはいえ軍司令官たるタクロ閣下はお認めですか?」

「ヤツの意思は関係無い」

「困ったことがあれば何でも伝えるよう、閣下から言われています」

「これは族長会議の意向による。ヤツより上位の力だ」


 なんてことはない。友情と義務の狭間で悩乱していた男がついに決意をしたということだ。友人思いのタクロには気の毒な結果だが。


「では、早速出発しよう」

「待ってください」

「いや、待たない」

「しかし」

「捕虜としてここにきた貴女には、持ち出すに足る物など無いだろう」

「そうではなく」

「?」

「上に誰かが……」

「……」

「……」

「何」


 天窓の真下に立つ参事官。好機。


 石組みを嵌めて枠を外さなければ人一人通れる大きさではないが、私はすでに衝力を当てていた。それをはめ込む。


ズッ


 と大した音もなく窓枠が落ちる。


ゴン、ドゴッ


 落下物の直撃を受けた参事官だが、一切動じずその場を動かない。強靭な戦士だが、さらに上からタクロが落ちてくる。


「!」


 落下しながら体をひねって振り回した足蹴りが、参事官の頭部を直撃し、相手は直立のまま倒れにかかり、勝負は一瞬で決した。

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