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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
83/131

第83話 ポージングの男/しくじり重ねの女

「ええとそのつまり閣下は、また、しくじったわけですね」

「ええ」


 彼女から伝えられた事情は、びっくり仰天もの。それにしてもこの悪びれない女……強えな。


「レリナ、二代目城壁隊長、クリゲルの状況は不明。兵舎のどこかで保護されているのかもしれないし、レリナは死んでいるかもしれない。確かな事は、参事官殿が私を尋問するために、ここにやって来ること……」


 おれの知る通り、女宰相は自分の失敗を恥じずに切り捨てることができる強い心臓の持ち主だが、それにしても、殺しとか向いてないんじゃないかとも思う。クソ前任者の時も失敗してるし。努めて冷徹を装っているだけなのかな?


 そんならば、おれの出番だ。今やおれと彼女は双方に認め合うほどの一蓮托生。スタッドマウアーの野郎を彼女に会わせるわけにはいかない、というかこの関係の邪魔はさせないぜ。さらに言えばお邪魔野郎のお陰で閣下との仲が進展するかもだ。恋路に障害はつきもの、いいね!


「閣下、おれに任せてください。ヤツをあんたには近づけさせない……おい」

「……うす」

「庁舎隊員に伝達、輝ける緋珠作戦、始動だ」

「う、うふ……承知」【黄】


 無口君がにやにやしながらバルコニーへ出て、笛を吹き始める。それに反応して都市のあちこちで笛が鳴る。作戦開始だ。


 おれが城壁チェリーを支配下に置けばそれで終わる。そして、今となってはとっととそうしておけば良かったのかも、だ。


「気を付けてください。私がレリナを狙った際、攻撃の瞬間に魔術が途絶えました」

「えっと、つまりどういうこと?」

「はっきりとはワカりませんが、私の魔術に対抗する何かが発生しているようです」

「おれがアドミンで閣下の心を読めないように?」

「まさしくそうです」


 相手に魔術が通用しないなら女宰相殿は勝てない……ポンコツ、置き物、ダメダメ女……だろうなあ。


「今、失礼なこと考えてますか?」

「げっ、いや、そんな。はは。ものは考えよう捉えようで……あれ?でも今、おれと閣下はこうやって意思疎通できてるぜ」

「これも詳細不明ですが、レリナは何かを持ってこの都市に来ていることを確認しています。それがスタッドマウアー殿に渡っているとすれば、私からあなたへの支援が不完全なものとなる恐れがあります」

「ああ、あの人間爆弾回避の指示は、記念すべき良い支援でしたぜ」

「最悪の事態を想定して、行動して下さい」

「大丈夫。心配しないで観戦しててくれ。大船に乗った気分でね。それにしても光曜の次は同じ蛮斧からの工作か、まったくもう」


 今、おれは執務机の横のゴールデン手斧を見た。我が得物の置き場はそこ。クレアの手によりピカピカにメンテナンスされている。前は放ったらかしにされることもあったが、今は無い。あの女と打ち解けたこともあるが、やっぱ地位向上の役得かな。


ガシッ


 得物を担いで、庁舎を出て、広場で独り屹立する。


―庁舎前広場


 静かだ。


「……」


 静寂の中、庁舎隊が徒歩でやってきた。先頭に立つのは武器を持たないスタッドマウアー。コイツはその辺の隊長どもより手強い相手。輝ける緋珠作戦を発令した今、おれの働きが重要となる。


 そして、対峙。


「よう城壁高級役人」

「随分と速い登場だなタクロ。事前に知っていたのか?」


 ハキハキとした口調。こりゃ腹括ってるな。


「まあな」

「……なに!」【青】

「おれが雇っている翼人が、上からお前らの不審な動きを教えてくれてな」


 ウソだヨ。翼人上にはいるけど、女宰相殿からの情報だヨ。


「……」

「あーチミチミ、これはクーデターかね?」


 という会話の間に、攻撃配置につく城壁隊戦士。コイツの指導は厳しく公平で部下どもはみな心服しているとの評判だが、まあ、まさに。良く訓練された軍隊と対峙すると気分が悪くなるぜ。


「断じてクーデターではない。タクロ、俺の要求は一つだ。光曜の捕虜に面会させて欲しい」

「女宰相殿に?」

「そうだ」

「理由は?」

「多くは言わんが、光曜の前宰相マリスには重大なる嫌疑がある」


 おっと、罠が含まれてんな。スッとぼけよう。


「前宰相?」

「……」

「えっ、彼女宰相辞めたの?何情報?」

「……そこは重要ではない。彼女は嫌疑に対して、潔白を証明せねばならない」


 よしセーフ。狼狽したフリをして、


「ど、どんな?」

「タクロ」

「おう!」

「お前は俺を……」

「……」


 何を言い出すのかな?


「……信頼できるか?」


 うわっ、くだらん。


「できるできる」

「真面目な話だぞ」【青】

「できる!信頼してる!お前の仁義違反大嫌い性格は信じているぜ。だから女一人相手にこの軍は異様だな……っとっとっと?」


 城壁野郎が単身で一歩、二歩と近づいてきたので、思わず半歩下がってしまう。距離を詰められ、ちょっと不利になる。だがこっちは武装していて、相手は丸腰だ。幸いにも、配置についている城壁隊士衆は動かなかった。


「タクロ君、警戒を」


 女宰相の実に真剣な声が頭に降る。そんなやばいんか。


「な、なんのつもりだよお」

「お前は……タクロだよな?」

「生憎そのようだぜチェリー」

「……唐突だがシー・テオダム氏をどう思う?」


 本当に唐突だが、即答してやろう。


「あんなクソ野郎は大嫌いだね」

「それは何故だ?」

「何故って、そりゃあ、前線には出ない。虚弱なガキ、そのくせ強権的で、女侍らせ、腕っぷしより言葉でおれたちを従わせようとしたからだ。お前だってそうだろがい!」


 ツッコミ腕を示すが、笑わない男。


「さあな。では、光曜の捕虜マリス氏については?」

「イイ女」

「なんだって?」

「イイ女イイ女!イイ女だぜえ。なんかイイ匂いがするんだよなあ。少なくとも一発二発三発はお願いしたいとは思ってるよ四発したら死んじゃうかも」


 おれを囲む城壁隊幾人かの顔が綻んだ。が、城壁男の顔は変わらない。童貞野郎は固くっていけねえ。


「彼女は捕虜だ。お前が強いれば、その願望はすぐに叶うだろう」

「はっ、真摯なお前のセリフとは思えんなあ……戦場で捕えたのはこのおれ様だ。彼女をどう料理するかはおれが決めるさ。なんてったって光曜の女宰相様、のはず、だからなあ」

「蛮斧的ではないな」

「お前がだろ?おれは骨髄に沁みるまで蛮斧の戦士さ、ワワワ」


 城壁チェリ之介が、さらに一歩近づいてくる。もう下がらんぞ。


「やんのか?」

「……やはり」

「何が、やはりだ。お前、もうそこ動くな……そういや、ウンダリッヒの娘がお前に面会したんだって?」

「……それも翼人どもか」


 いいえ、女宰相情報です。


「ったく、あの女に何か吹き込まれやがったな?」

「……」

「それしかないもんな」

「……いや、俺の勘はそれが真実に極めて近いと言っている」

「あの淫乱ドスケベピチピチ女、お前になんつった」

「さあな、ただ事実の確認は必要だ」

「軍勢を使って?」

「事実があの女の言う通りなら、必要だ」

「なんて?」

「……」

「ならおれがピチピチ女の言い分を聞いてやる。ここに呼んでこいよ」

「ここには来れない」

「なんで!おれの部下だぞ」

「聞きたいか?」

「それは教えてくれるんだ」

「小刀で刺されたからだ」

「だ、誰に」

「お前には言えない」

「い、生きてる?」

「それも、お前には言えない」


 チッ。ピチピチ女の生死は不明のままか。そういや、尾行していた勇敢女、今どうしてるかな?


「おれを信用できないと?」

「……」

「おれはお前を信用できるって言ってやったのになあ、ガッカリだよ」

「真実がその通りならば、むしろ俺はお前を救わなくてはならない」


 ムカッ


「おれ様を救う?思い上がるんじゃねえブッ殺るぞ!」

「お前は本当にタクロか?」

「おい、救いようのないアホだぞコイツ!」

「それも尋問すればワカる……」


 野郎はさらに一歩踏み込んできた。しかたねえ。コイツの性根が悪いんだ。おれはインエク使用の姿勢をとる。




 タクロが、大胆かつドラマティックに体を傾け、腕及び肘の斜めラインを強調し、一方の足に重心を置きつつ、目の前に、手や指の形状を強調しつつ表現される奇妙なポーズをとった。ウビキトゥ・インエクを使用するつもりだ。


 土壇場で決意できたことは結構。しかし、注視すべきはその結果なのだ。


「なっ……」

「イノセント城壁。お前、おれに従うと言ったことがあるよな。童貞を奉じた女の為にそれを破るってんだな」

「タクロなんだその姿勢は?」

「おれに……従え!」


 タクロのインエクが光り起動した。だが、


「こんな時にふざけるのか?」

「……」

「おい」

「あ、あれ?」


 効果が無い。やはり。


 私の魔術だけでなく、古代遺物の効力をも無効にされている。これは大変興味深い現象かつ今、仮説が思い浮かんだ。スタッドマウアーの体を拠点として力場が発生し、インエクの効力を排除している、というもの。もっとも防御者自身がこの現象を理解しきれていないのは幸いだ。


「タクロ君、今の彼にインエクは効力を発しません」

「げげっ!」

「やはり、レリナから受け取った何かで身を守っているのです」

「マ、マジですか。な、なら」


 無駄打ちは止めようとばかりに、奇妙な姿勢を解除するタクロ。


「レリナから彼に渡っている何かを探して下さい」

「何かってモノかな?」

「モノがある場合、それが私の魔術やインエクから彼を守っている可能性があります」

「そ、それが何かまでは?」

「不明です。よってタクロ君、結局あなたは彼を倒すしかない」

「くっそ、また内紛か」

「タクロ!」

「!」


 一気に距離を詰め、素早くタクロの背後に回り羽交締めを展開する参事官スタッドマウアー。


「ぐっ!」

「お前は操られてるのか?」

「ガッチリホールドか。だっ!」


 タクロは懸命に抵抗するも抜け出せない。屈強な戦士だ。


「っ!操られているのなら……戻ってこい!」


 読めた。


 タクロが私に操られている、そうレリナから言われたのだろう。そして彼は、タクロに触れることそれ自体を目的としている様子だ。こうして私からの洗脳を解除する、という心づもりなのだろう。


「こんにゃろ、これが光曜のワナって可能性は考えねえのかよ」

「族長衆からの話だ!」

「それを疑え!とことん疑えよ!」

「そんな余地はない!」

「相変わらずの甘ちゃん野郎だぜ!」


 道中、私はレリナを走査できなかった。二代目城壁隊長への私の支配が切れた時、暗殺者の手はレリナの体に触れていた。


「謀略!謀略!これは謀略だゾ!」


 インエクかそれに準じる何物かを彼は得ている。確定的だ。使い方を熟知してはいないのだろうが、これは好都合だ。


 その何か、必ず私が奪ってみせよう。


「タクロ君。正気に返ったフリをしてみて」

「こ、こんな時になんだよ!」

「そうすれば、彼の油断を誘えます。騙されたと思って」

「もう何度も騙されてるよ!ああ、バカなおれ!」

「城壁隊が、私の下に到達してしまいますよ?」

「ああ!もう!えーい!」


 動きを止め、脱力したタクロ、無言になる。


「……効いたか?おい、タクロ」

「……」

「おい!おれだ!」

「え、あ、あれ?城壁太郎」


 惚けた顔。不味くはない。


「……」

「お前、なにダブルアームロックしてやがるんだ?気色悪いな」

「……」

「は、放せよ」

「……」

「……」


 無言の行間を探り合う二人。しかし、羽交締めは終わっていない。


「放す前に、さっきと同じことをもう一度聞く」

「さっき?何かあったっけ……?」

「これから、光曜の捕虜マリスを尋問する。いいな?」

「?ああ、いいと思うよ」


 油断を誘っている。見事なまで自然で、安堵感すら感じる。


「何故、そう思う?」

「何故って……おれたち蛮斧戦士が捕虜を尋問するのに一々理由は必要ないだろ」

「補足すると、城壁隊として尋問するんだ。庁舎隊には一切触れさせない。それでも、構わないのか?」

「ああ、やれよ。その代わり、女宰相殿の身柄はそっちで管理しろよ、おれは知らん」

「……」


 私はタクロの振る舞いを鑑賞しているだけでよい。


「おい、肩押せ」

「なに」

「いいから。そのまま、肩押してくれよ」

「……」


 左手を外したスタッドマウアーは、タクロの背に手を置き、


グッ


「ぐおおお……わ、悪くないね」


 チャンスだ。ここで反撃に転じるか?


「……も、もっと肩甲骨の辺りを」


 まだか?


「そ、そこそこ」


 私は鑑賞しているだけでよい、はずだ。


「いえーすいえーす!」


 はずなのだがこれは……



「タクロ君?」

「閣下、すみません。スッとぼけたフリをして、切り抜ける上手いシナリオが思いつかなかった」


 途中からそんな気がしていた。既にスタッドマウアーと城壁隊が庁舎の中に入った。


「背後から襲えば良かったのに」

「んなことしたら、おれの勇名が泣くよ」

「このまま彼が進めば、私の前に立つことになりますね」

「まあ……でも、閣下なら何とかできるでしょ?」

「スタッドマウアー氏は、魔術を回避する何かを持っています。それをあなたに用いて、道が開けたのですから、私に対する追求をどこまでも行うはず。また、その何かがワカらない以上、私に勝ち目は無いかもしれませんね」

「閣下!」


 庁舎を走り出る者一人、クレアだ。


「これは一体……」

「あいつ、なんか女宰相殿に会いたいんだってさ」

「兵を連れて?そ、それよりも、閣下抜きで?」

「そう。ついに童貞を捨てに行ったのかな?」


 こんな時に何をくだらない、という顔をしたクレア。


「城壁隊長殿……いえ、参事官殿の様子がおかしいです」

「あいつはいつもおかしい」

「顔付きは酷く厳しいし、身なりもいつもとは違ってますし」

「お、いつも見ているんだなメイド長?コノコノ」


 やや赤くなる真面目なクレア。だが着眼点はそうズレてはいない。


「タクロ君。身なりがどう違っているのか、クレアに聞いて」

「え?あ、ああ。えーと、脱童貞のためオシャレしてる感じか?」

「さ、さあ。でも……右の耳にイヤーカフを」

「なにそれ」

「こう、耳の軟骨に嵌める……」

「それだ!」

「えっ!?」

「これは間違いない!童貞を捨てに行くんだ!」

「えっ、か、閣下!?」


 走り出したタクロ。


「そういうヤンチャスタイルを軽蔑していた野郎が、なんつったっけイヤーカフ?」

「目下、光曜でも流行りの装飾ですが、蛮斧では見ませんね」

「それが、魔術やインエクからヤツを保護している。この推理どうすか?」

「有力です。クレアには褒美が必要ね」

「その前に、耳無しチェリーにしてやるぜ!」


 どうだろうか。それが容赦なく出来るのなら、私も全幅の信頼をタクロへ置くことができるのだが。

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