第81話 脚本仕立の男/内心は苦笑の女
ガチャ
「閣下。お帰りなさいませ」
「よお、残ってたか」
「その、例の件は……」
「ああ、ちゃんととっ捕まえたよ。そんで、親元に返すことにした」
「罰しないで?」【黄】
「事が起こる前で確保できたしな」
「閣下、感謝します」【黄】
「よせやい。その意味ではクソ女はお前に感謝しないとなあ」
こいつも同士討ちなんて望まないのだろう。まあ普通そうだよな。
「それより、今回はナイスな連絡だった。引き続き頼んだぜ、メイド長」
「こんなことはもう起こらないといいのですが」
ガチャ
「あらレリア。今日はもう帰ったと思ってた」
やかましい女が入ってきた。
「頭きて戻ってきた……隊長いえ閣下、私の苦情を聞いて下さい」
「内容にもよるなあ」
「あの新入り女の件なんですが」
早速なんかやらかしたか?これは聞かねばなるまい。
「閣下?」
「ふんふん、聞いてやる」
「私が狙っている男に凄い馴れ馴れしくして、頭に来るんですよ」
げっ、ゴミのような話だな。
「閣下?」【青】
「ふんふん聞いてるよ」
「彼を狙うだけならいいけれど、その他の男にも粉かけているところ、許し難いんですよね」
「ふんふん」
「あの女、微妙に際どい服装ばっかりだから、男どもも鼻の下伸ばしちゃって」
「ふんふん」
「もう職場環境最悪です」
「ふんふん?」
「隊長、それだけじゃありません。媚を売って、特別扱いされたいって私に明言しやがったし!明らかに問題アリですよ」
ひたすらにしゃべくり続ける因縁女。ストレス溜まってんなあ。隣のクレアは実に呆れている。
まあウンダリッヒの娘が単なる淫乱ドスケベ女であるなら放っておけば庁舎に来る男達の士気も上がる。が、それだけなのかどうか。
持たざる漢、なんてからかい気味に呼ばれているが、弱小なりにもう数十年も族長会議の一員で居るっていうのは、何か秀でたものがあるからだろうか。または狡猾さなんかがあるのかも。
「で、隊長。私の気持ち理解してくれましたか?」
「なあ、お前ピチピチ女を占ったろ?」
「アハハ、ピチピチ女って嗤える」【黄】
「どうだった」
「そう、何より!占ったら不吉でした。あの女、絶対閣下に害を為しますよ」【黄】
「レリア、具体的にはどんな?」
「そんなの無いよ。占いだもん」
「……」
「占ったのは、会った日か?」
「もちろんです!私は人と会った初日に占うんです」【黄】
「じゃあおれはなんか出たか?」
「確か、そこそこ出世するかもって出てました」
「笑」
ここは占いに従って見るか。
「もうこんな時間か。勇敢女は?」
「まだ庁舎内にいます」
「メイド長、すぐに呼んできてくれ。お前ら全員に話がある」
「は、はい。只今」
「閣下閣下。さらになんですが、あの女自分から城壁隊に足を運んで美形漁りを!ああもう、こっちは遠慮してるってのに」
「城壁隊にねえ」
「城壁隊長……じゃなくて今は参事官殿が鍛えたり集めたりした男は、まあまあ私たち好みと言えますね」
「庁舎隊じゃダメか?」
「閣下を反映してか、軽い男ばっかりですから」
「そこが良いんだぜ」
「軽いのは結婚相手としては不適格ですよ」
「だが、ヘルツリヒは近いうちに結婚するらしいぜ」
「もちろん知ってますよ。これで庁舎隊のイイ男達は絶滅ですね」
ガチャ
「閣下、お呼びでしょうか」
「来たな、よし。まずだが……」
「……と言う危険を考えているわけだ」
タクロの話は興味深い。貢物である族長の娘だが、別の目的を持って贈られてきた、ということだ。
確かにこの情勢下で現れたのだから、考慮せねばならないだろう。だが、彼女一人で何ができるか。情報収集か、混乱工作か、果ては暗殺か。
「閣下はなんであの娘でお楽しみしないんです?」
「えっ?」
レリアの際どい質問に、さすがのタクロも鼻白む。
「工作員でもなんでも、一夜の相手は務まるじゃないですか、女なんだから。それに彼女が貢物なら、それこそあらゆるプレイを飽きるまでお楽しみ。あだ名もピチピチ女だなんてまあいやらしい」
「ちょっとレリア」
「クレアは興味無いの?」
「いや、な、ないですよ」
容易にやり込められるクレア、そしてタクロの口が開く。
「えーと、なんでってそりゃあ……」
「ふんふん」
「……」
「……」
「……」
「あ、暗殺防止だよ」
「アハ、喧嘩連勝記録更新中の閣下が暗殺防止って?ちゃんと、ほらちゃんと答えて」
「……」
「……」
「……」
「ええとなんだ、まあ族長の娘ってだけで重い相手だよなあ」
「……」
「……」
「閣下、今、私たち三人を敵に回したかもですよ」
「いやだって献金している先なんだぜ」
「つまんない言い訳しない。その気があれば駆け落ちでもなんでもできるのに。それともああいう娘はタイプじゃないんですか?」
「へっ?」
「……」
「……」
「……」
「ど、どういう娘だよ」
「だから名門ピチピチ贈り物系女子ですよ」
「じょ、女子って。いい歳コイて良く言うぜ」
「アハハ、まあ確かに」
「えーい話しを元に戻すぞ」
愉快な一幕を元に戻したタクロ、少し顔が紅くなっている。
「ともかく、あの贈り物ピチピチ女は因縁女には態度悪いのに、おれには超事務的な姿勢をとっている。狙ってやってるんだ。つまりそれだけの脳みそは持っている。ならば、持たざる漢からの指令があるに違いない」
「その指令が何か……」
「そう、勇敢女の言う通りだ。お前らご令嬢方、持たざる漢について知ってること、何か無いか?ほれ、クレアから」
タクロに視線を向けられたクレア、真面目に曰く、
「族長会議の最高齢者としか……」
「他は?敵とか味方とか」
「噂になることも少ない方です」
「そのくせ、ずっと今の地位に居る。只者じゃないはずなんだ。おまけにおれはなんとなくで献金させられて来た。カネだって持ってるだろ。お前らはどうだ」
「クレアと同じです。それ以上のことは存じません」
「私も同じかなあ」
タクロは前に二代前の軍司令官の勧めで献金先を決めたと言っていた。もし持たざる漢が彼と親しいのなら、色々想像するのは面白い。
「こりゃますます怪しいな。そして因縁女の占いもある。というわけで、ピチピチ女に仕掛けるぞ」
「どうするんです?」
「ここは一つ、無理やり手籠めにしてみては?」
「レリア冗談は」
「冗談じゃないってば。そういう目的で送られてきたんなら、その通りにするってだけよ」
「……」
「因縁女の言うことはもっともだが逆のやり方で行く。とことんメイド扱いをして、贈り物を受け取る気が無いと示す。そうすれば、もう一つの目的を選択する気がするんだ」
「でも閣下、それって敵を増やすだけでは?」
レリアの指摘は相変わらず正しいが、タクロの見方は少し異なっているようだ。
「兵隊じゃなくて工作員を送り込んできた。その時点でおれにとっては敵だよ。で、こんな感じのシナリオを想定してみたんだ……」
庁舎の広々とした書庫。壁一面に収められた古びた報告書と、壊れた窓から差し込む夕暮れ時の柔らかな光が室内を包んでいる。部屋の片隅、巨大な書棚の影でクレアと因縁女がこっそりと囁いていた。
「あのレリナって娘、ちょっとおかしくない?おかしいよね」
因縁女が目を細めながら言った。クレアは首を傾げて考えた。
「確かに、彼女の勤務態度は少し怪しいかも……」
因縁女は満足げにうなずいた。
「さっきも閣下が彼女の働きぶりを批判してたし」
「なんて?」
「不審な感じだって猛烈に」
「そうなの。確かに、男性たちを次々と誘惑してるって噂が……」
とクレアが続けた。因縁女はにっこりと笑って、
「そうそう! 酷いもんよ。閣下、彼女のこと嫌いっぽいよね。工作員かもって、冗談混じりに言ってたし」
クレアは驚いて因縁女を見つめた。
「え、本当に?」
因縁女は諧謔たっぷりに笑いながら言った。
「信じられる? あんな子が工作員なんて」
クレアは思わず笑った。
「そりゃこの情勢下、彼女は族長のお嬢さんでしょうけど、さすがにそんなの考えられないけれど」
「そうそう!私たちだって族長のお嬢さんだしねえ!私たちも工作する?」
「どんな?」
「あのガキのケツを捲るの!城壁隊の美男子を食いまくって!」
二人の会話を、近くの物置の後ろでレリナが静かに聴いていた。外見は動じていないが、心の中ではさまざまな感情が渦巻いていた。自分は工作活動のためにこの庁舎に潜伏しており、自分の目的が暴かれることを最も恐れていた。現時点ではクレアも因縁女もその正体に気づいていないようだが、タクロは何か勘づいているかもしれない。なのに、タクロからの接触がない。レリナは冷静に、今後の取るべき行動を選択していた。
「……という流れだな。どうだ?」
「そんな思い通りに行きますか?でもまあ、私とクレアで仕掛ければいいんですねやってみましょう!」【黄】
「ノリノリじゃんか」
「あのイケ好かない女の化けの皮を頭のてっぺんからつま先まで、ズル剥けにしてやりましょう!」【黄】
拍子抜けだったタクロも、まあいいか、と言う顔になり、
「いいね、やる気が全てだぜ!メイド長も頼んだぜ!あと勇敢女は自然な形でピチピチ女の動向をチェック、おれに連絡してくれ」
「は、はい」
「承知しました」
「では閣下、明日の報告を楽しみにしてくださいよ。成功したらお金で評価してくださいね」
翌日。
「閣下、レリナさんが外出しました」
「ふっふっふっ、おれの計算通りではないか」
「城壁隊の兵舎へ向かうかはまだワカりませんが」
「よし、勇敢女お前は尾行しろ。ホレ、二代目城壁隊長へのおためごかし書類を渡しておくから好きに使え」
「はい、それでは」
ガチャ
「ふう」
「メイドを使って持たざる漢の娘を動かす……タクロ君、随分と手の込んだことをしますね」
「まあですね。でも早速動いたようで……単なる男漁りかもしれないけど」
「彼女の男漁りは必要による演技でしょう」
「ほうほう!閣下はそう見たんですね」
「恐らく、彼女の目的は父親とあなたとの間に友好関係を築くこと……さらにもう一つ、それが難しい場合は別の人物と関係を強化すること……」
「同感ですが、それって誰だと思います?」
「参事官殿一択でしょうね」
「補給隊長ではなく?」
「結局は、あなたと族長会議強硬派、どちらに肩入れするか、という単純な話でしょう。ならば、あなたがその友誼を受け入れない場合、族長会議主流の流れに乗り換えて、あなたを倒せる武力を持った人物にそれを提供する、というところに収着するのでは」
「しかし、おれの考えでは、スタッドマウアーの野郎はおれを裏切らないぜ」
「彼女の魅力に抗えると?」
「あのカタブツ、もしかしたら童貞かもしれないとおれは疑念を持っています。それを捨てさるチャンスではある」
「……」
「閣下、呆れてますね?」
「ええ、とても。で、それでも、裏切った場合は?」
「我々には最終手段があるでしょ」
「あなたはその使用を好んでないように見えますが」
「ヤツが色香に迷って裏切るとなれば、話は別です。蛮斧戦士まる出し……いやいや蛮斧戦士失格だ」
「と言って、あなたは前回使用しませんでしたね。彼……ツォーン氏も色香に迷った、とは言いませんが、アリアに思い入れがあった人物です」
「ま、まあヤツは大した男じゃないし。大丈夫、そんな心配はいりませんよ」
「だといいのですが」