第80話 寸劇披露の糸引き男
「タクロ君、あなたがクレアから得た情報の通りのようね」
「突撃クソ女見つけましたか」
「ええ、その先の建物内で、ガイルドゥム氏に接触中です」
「そんな、氏、なんてやめて欲しいですね。で、元ブタとイカレ女はどんな話してます?」
「戦闘時における、内応の話です」
「説得力あります?」
「あなたが心配する必要は無い程度ですよ」
「だと思った。それで、非デブには何て言わせてるんです?」
「前向きな言葉を」
「よーし、もう押さえますぜ」
「無論、彼女一人ではありません。護衛が八名ついているので、用心して下さいね」
「承知!突撃クソ女の押さえは、任せますよ」
「……」
「……」
「どうかしましたか?」
「いや、その……クレアや勇敢女ほどじゃないが、この女も閣下の世話をしていたじゃないすか」
「そうですね。身近で見ていて、有能で、社交的で、配慮があり、信頼が置ける、常に誰かの憧れの対象となる、そんなタイプの女性だと感じました」
「ま、まあそういう人物評はともかく……今まさに、その女を捕らえようとしているんだ。おれが依頼したとはいえ」
「そのようですね」
「閣下の心に何か感じるものはあったりします?」
「あなたにはあるのですね?感じるもの何かが……」
「えっと、まあ、その……」
「……」
「いいや。この話はおしまい……到着だ。じゃ、いくぜ!皆の衆いいか」
「ワワワ」
「ワワワワ」
―前線都市郊外
バン!
「殺せ!」
「なっ!」
瞬時に獲物を抜く蛮斧隠密達だが、先制攻撃に勝る武器は無し!
「ギャース!」「ギャース!」
「ギャース!」「ギャース!」
「ギャース!」「ギャース!」
「ギャース!」「ギャース!」
おれの回転撃と回し蹴りが気持ちい程に決まった。この必殺技を刃蹴り円舞と命名していることは誰にも話していない。
「こ、これは!うっ!」
「どぉして、どぉして」
イケメン非デブが、嘆きながらもクソ女の身柄を押さえている。やっぱコイツは女宰相殿の支配下にあるんだなあ、としみじみ。よって、労わねばなるまい。その非デブな肩におれは
ぽん
と手を置き、
「ガイルドゥム隊長、誘い出し、ご苦労だったな」
「!」
「どぉ……えええぇぇぇ?」【青】
このアマへの間接精神攻撃は成功だぜ。さあ、おしゃべりタイムだ。
「よう、今やその名も懐かしい突撃クソ女。久しぶりだな。ちょっとやつれたか?」
「貴様……!」【黒】
「この情勢下、都市に侵入するとは良い度胸だがおらあ!」
「うぅっ!」
その軽く脆い体を、首根っこ掴んで押し倒す。
「知ってるか?シー・テオダム殿の通知によると社会不安に関わる行動は軍司令官権限で死刑らしいぜ」
「ふ、ふんっ、なら貴様は死刑確定だなこの反逆者め!」【黒】
「なに、この馬鹿げた騒動に勝てばチャラだ。で、前任者殿は息災かい」
「貴様の知ったことではない!」【黒】
「そうとも。おれの知らないうちに怪我して、都市を逃げ出したんだあの臆病者は。本当に知ったこっちゃないよ」
「こ、こ、殺す。殺してやる」【黒】
「で、職場放棄はお前も同じだったな。腰抜け相手の情婦も楽じゃないなあ」
「殺す、殺す、殺す……」【黒】
凄まじい怨念だ。こんなものを可視化するこのアドミンってやつは、反面人を不幸にするのかもなあ。正気に戻すため、ビンタをくれてやるか。
パンパン!
「!」
「発狂しやがってこのアマ。紹介するよ、こちら五代目出撃隊長ジーダプンクト君だ、ほれ、挨拶」
「……」
「口がねえのかこのクソアマはほら挨拶するんだよコラ」
「うぐぐっ」【黒】
「さ、三代目。お久しぶりです」
「くっ……殺せ!」
「え、その、お、俺がですかね、タクロさん?」
クソ女は五代目を直視しない。表情を見ると、酷く歪んでいる。溢れる屈辱感に耐えているのだろう。
おれはこの場に幹部達を連れてきている。この連中に、こちら側の主張を叩き込むため、ひとくさり見せ物を用意してやろう!
「三代目……いや、傲嵐戦士アリオンの娘アリア。お前のようなどうしようもない女にも、そうだな、五代目を説得するチャンスをやる」
「なっ」
「え!」
ようやっとおれの顔を見るクソ女。そこには土埃や小さな擦り傷に加え苦労の滲んだ貌があり、多少の同情を感じなくもない。かつては品行方正容姿端麗を絵に描いたような女だったのに、見る影もない。
「五代目出撃隊長を納得させることができたら、この場は生きて帰してやる。ああ、おれはなんて寛大で親切な男なんだらう」
いつものタクロの悪ふざけだろうか?だが、手にした好機に対し、アリアは情熱的に己が主張をぶつけている。
「ジーダプンクト、君はもう十分に見たはずだろう!この男は腐敗し、族長会議を裏切っている。私は正義を求めてここに来た!正義の追求は、我々の責任だ!」
対する五代目出撃隊長は、困惑しながらも、熱くなっていない。冷静、とすら言えるかもしれない。
「でも、給料上がりましたし……」
「なっ……」
「俺、この齢でこんな地位につけて貰えて、すんげえ嬉しいし」
「なっなっ……」
「お、俺も腐敗の一員ですかね?」
「当然だ!このままではそうだ!」
「そ、そんなら俺はタクロさんの下というか……う、内側からの正義の追求にチャレンジしますよ……せっかくのチャンスですし」
「心まで裏切り者に染まったのか」
「だって、事情が事情すから……蛮斧人の同士討ちより、内からなんかした方がいいんじゃないすか」
「それでは遅すぎる!タクロのせいですでに内戦となっている!」
熱くなりすぎて、アリアは自分の声の大きさに、つまり激昂が説得には逆効果なことに気がついていない。
「結果、蛮斧人は苦しんでいるんだ。私たちは彼らの味方でなければ!君も立ち上がるべきだ!」
「でも、都市を去ったのは前軍司令官殿なんですよね……」
「……命に関わる事情があったのだ」
「それはそうなのかもだけど、もう内戦になっていて、なんか光曜人も工作してきて、実際に被害がでてるし、今、そんでさらに裏切り騒動が起きたら、もっと混乱するだけじゃないすかね……べき、ってんなら、お、俺たちはまず秩序を守るべき、なんじゃないすかね。何か変えるなら、やっぱ組織内からでっつうか」
若い五代目の穏健な主張を前に、云々頷くタクロの仕草は嘘くさいほどだが、その場の蛮斧戦士たちはしっかりと耳を傾けている。知恵が回るタクロのこと、恐らくこの目的のためにアリアを利用している。
悔しさをにじませつつ幾分かの憤慨を減じさせた哀れなアリア。だが、まだ諦めてはいない。
「……君の忠誠心は理解できなくもない。だが!この男に信頼を置くのは間違っている。私はこの男の部下でもあり、同僚でもあった。いかに信頼に置けない者かよく知っているんだ」
困惑の五代目出撃隊長。今の所、彼はタクロから恩恵しか受けておらず、といって前の上司に反駁したくない、という表情だった。
「君の上司でもあったツォーンも族長会議に逃げてきたが、その証ではないか。彼はタクロの公私に渡る裏切りを涙ながらに語っていたぞ」
「ええっ、あの人、情けかけてもらって?うーん……」
「君もそのうち、この男に失望をするだろう」
「いや、むしろツォーンさんに失望したってか……」
「なっ」
「先のことはワカらねえけど、でも、裏切り内応なんて、三代目のやり方は危険すよ!みんなを巻き込む前に、もっと考えた方がいいっすよ絶対」
二人の対立は正義と秩序形成過程の対立に、忠誠が入り混じる価値観の相違を象徴している。これで説得など夢だが、アリアはさらに熱く訴える。痛々しいほどに。
「君が内部からの改革にこだわるのは理解できる。だが!この堕落した男は、伝統的権威を蔑ろにして、人々を苦しめ、平然と無視しているんだぞ!結果として、シー・テオダム閣下を害したのは誰だ!この男ではないか!」
これは彼女の偽らざる本心だ。その姿、見る者の心を打たないでもない。顔も少し真剣になってきているタクロだが、一切の妨害を行わない点は戦術的に見事である。
「族長会議は、秩序復活最後の希望だ!」
「ま、前の軍司令官殿に何があったか、俺知らないんすよ。俺だけじゃない、みんな」
「この男が閣下の目を抉らせたのだ!」
彼の目を抉ったのは私だ。そしてこんな時はフェアプレーこそが有効だと知っているタクロはただ黙っている。
「ま、まあ、ともかく、こんなのは混乱を招くだけだ。今の秩序を守りつつ、変える方法を見つけるべきっすよ」
「我々に変われと?」
「で、できれば」
「なら何故、この男は変わろうとしない!反省も自戒も無い!本来であれば、疑いが掛かった時点で出頭するべきではないか!」
「んなことしたら殺され……」
「このような無責任、許すわけにはいかない!!」
五代目出撃隊長の声は掻き消された。
「そして私たちには声を上げる責任があるんだ!」
「こんな……こんなのは危険なだけっすよ……ほら、三代目の護衛が八人も死んだじゃないすか!……あ、死んじゃいないか」
五代目が指差す倒れた男達が呻いている。彼らを急襲したタクロだがその命までは取っていない。
「三代目、族長会議がタクロさん認めりゃそれで解決じゃないすか。そうなりませんか?」
「話になるまい」
「んじゃあ意地張って、この蛮斧世界を危険にブチこむつもりすか?」
五代目の声も熱を帯びてくる。対するアリアも決意を込めて曰く、
「権威のためなら、我々にはその危険に踏み込む義務がある」
「そんなの急すぎるよ。もっと落ち着いた方がいいですって」
ふと、アリアが軽蔑的に嗤う。
「君がこの男に従い続ける理由は、出世と報酬だけか?」
これは明らかな挑発。だが、瞬間沸騰の渾名を持つ若者なのに、冷静に反論する。
「そんな、違いますよ」
「どうかな?」
「俺はタクロさんにすげー上げてもらったけど、ちゃんと軍司令官してると思いますよ。都市のクズども捕まえて、光曜領進軍もしたし。就任からそんな経ってないのに」
思わぬ高評価に、タクロの顔も綻んでいる。
「手打ちして、ヘンな戦争にならなけりゃ、どっちも納得できんじゃないすか……」
「だが、君の成功は権威の犠牲の上に成り立っているのさ。このままでは納得を得る前に、蛮斧世界が疲弊する」
「でも三代目、あんたも族長会議の権威のために戦うつもりなんでしょ。なんせ三代目の親父さんは大物だし。それこそ、それを報酬と引き換えにすることになんか問題あるんすか?」
アリアの目が吊り上がる。
「族長会議の権威こそが蛮斧世界の秩序。秩序には金銭では計れない価値がある。君はそれを理解できないのか?」
「うーん、なんの問題あるんすかね、これ?」
二人の噛み合わない会話を、タクロが気配で遮り、厳かに告げる。
「クソみたいな主張だが、最後まで聞いてやった……」
「うっ……」
「やったんだぜ?」
まだ何かを言おうとするアリアだが、タクロの発言が勝る。
「ま、皆の衆。この女は、五代目出撃隊長を納得させることはできなかった、ということだ。いいか?」
誰も反対しない。ゴールデン手斧を握り、一歩近づくと、
「くっ……」
青くなり下がるクソ女。おれは構える。
「この女の行為は明らかに秩序に対する挑戦。というか、戦争。戦争なんだ。同士討ちを避けようと奮闘するおれ達をコケにしてる」
「せ、先発隊を蹴散らした癖に何を」
壁に女の背がついた。恐怖し、死を予感していることが、手に取るようにワカる。その足も震えて、整った表情が凍りついたみたいだ。
「ただコイツはおれの元部下でもある。不本意ながら同僚でもあった。だから正真正銘最後のチャンスだ。悪いことはいわん。シー・テオダム殿から離れてこんなことはやめろ。そしたら、実家に帰してやる」
「だ……」
「だ?」
「だっ、だっ、だっ」
「……」
「誰がそのようなことを!私を舐」
ドン!
おれの手斧が女の顔スレスレを飛んで壁に突き刺さると、腰を抜かし座り込む。不愉快な強情クソ女め。この女を好きにしていい、と言い捨て去れば、おれの鬱憤は晴れるし、みんな喜ぶだろう。が、女宰相殿からは軽蔑されるかもだ。
「こんな意地っ張り女だが、デバッゲンに送り届けてやるか。なあ五代目」
「へ、へい」
「スタッドマウアー参事官、この女の身柄をデバッゲンに送り届けてやってくれ」
「……ワカった。いいだろう」
クソ女に近づいた参事官は信頼感あふれる所作で手を差し伸べる。女は虚ろな目でその手を追って、
「城壁隊長殿、あなたもタクロの側に立つのですか?」
「俺はタクロの側に立つことを望んでなどいない。だが、状況は複雑で、選択は限られている。この都市に残った連中はみなそうだ。望みは、内部の安定を支持して、状況を改善し、平和的な解決策を模索すること。それだけだ」
「なら、タクロの首を打つほかないではありませんか?」
「確かに。しかし、光曜がこの都市を狙っている今、俺がタクロを倒すことが、内部の安定繋がるとも思えない……繰り返すが、俺の目標は平和的な解決策を模索すること。状況を改善して、危機を最小限に抑えるための最善の方法を探している」
「私も同様です。なのに、あなたは私たちの側に立っていない……どうして……」
「……」
去っていく二人。と、そこに宰相殿からの声が。
「タクロ君。彼女の身柄を確保すべきでは?」
「……そうですねえ」
「彼女は、族長会議の双璧たる人物の娘です。以後の交渉に使えるはず」
相変わらずの女宰相殿だなあ。
「いや……蛮斧世界では女の地位なんて吹けば飛ぶ程度のものでしかない。ウンダリッヒの娘が貢物として贈られてきたとおりでね。いざとなればいつでも切り捨てる……それが娘と嫡男の違うところさ。光曜じゃ考えられんでしょ」
「かもしれません。しかし、仮にあなたがアリアを娶るのであれば、また結果も違うはずでは?それこそウンダリッヒの娘よりも条件が良い。あなたの望みどおり内戦を避ける事ができるかもしれないわ」
「それはそうかもだ。しかしですね閣下」
「はい」
「おれはあの女とは上手く行きませんよ」
「……」
おらぁあんたの事が一番気に入っているから、なんて恥ずかしくて言えないが。そしてこれはおれの勘なんだが、女宰相殿は結構貞操観念が強い気がする。仮にピチピチ女に手を出したら、結婚しない限り、否定的評価をぶつけられそうだ。
「じゃあ解散」
「この護衛どもどうします?生きてますね」
「使い道があるからな」
「えっ」
「おい非デブ」
「どぅして……どぅして……」
ドガッ
「お前だよ非デブ。この八人、巡回隊で使ってやれ」
「……タクロぉぉ」【黒】
「おっ、やる気か非デブ?」
「……ぐぐぐ」【黒】
「閣下、元敵をガイルドゥムの旦那に預けて大丈夫ですかい?」
「新生巡回隊だからな。人事に配慮しなくていいのは楽でいい」
「はあ」
「それより五代目」
「へい」
「五代目出撃隊長殿」
「へ、は、はい」
「さっきの討論、見事だったぜ」
「そ、そうっすか?」【黄】
「ああ。五代目にお前を選んでよかったと思った」
「いやあ、俺は当然の事を言っただけで……テレテレ」【黄】