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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
77/131

第77話 背中を押す女/背中が哀しい男

―前線都市郊外 墓地


 事件翌日、タクロは光曜による破壊活動被害を公表した。さらに犠牲者の追悼も。亡き蛮斧戦士達の墓前で、説明を行い、


「遂に来たというべきだ。おれたちの都市に、光曜人が攻めてきたんだ。それも如何にも光曜らしく、魔術師の工作でな」


彼らしくなく、努めて静かな口調だ。


「結果、三人の蛮斧戦士達が死んだ」

「この工作が、族長会議らと関係してない?もう誰も信じていないぜ」

「前線での紛争、都市への奇襲、光曜境の奪取とおれたちは勢いがある。軟弱光曜人は族長会議と結んで工作するくらいしか手がねえ」


 しばしの無言の後、タクロは短く、


「仇、仇を討つぞ」

「ワワワワ!」

「ワワワワワ!!」


 中々計算されたこの演出により、戦士たちの心は復讐心を呼び起こされているかのよう。良く見れば、犠牲者を出した補給隊、出撃隊の参列者が多い。昇給に続き、タクロは彼らからの支持をまた一つ重ねたことになる。


 旧城壁隊長もとい参事官の姿も見える。反タクロの取り巻きに抑えられ、列席できなかった補給隊長を除き、幹部はみな、出てこざるをえない。タクロは自然とそう仕向けている。


 人々の煽動をタクロは巧みにこなしている。これだけで政治家としては合格と言えるし、その体勢は整いつつある。そしてまた一つ、好機になる事態を掴んだ私はタクロへ進言を行う。



―庁舎の塔 応接室


「こっちに来ている?」

「はい。南からこの町に向かっている武装集団が見えます。まだ数も大したことなく、デバッゲン氏との関係も不明瞭ですが……」

「デバッゲンと仲の悪い部族のヤツらかな?それとも族長会議に従いたくない連中かも」

「あなたに属したい、という者たちである可能性は?」

「うーん、ない!」


 笑顔で断言するあたり、そうなのだろう。思わずつられて微笑んでしまう。しかし、私はすでに情報収集を終えていてこう伝えているのだ。


 一つの計算の基。それは、


「タクロ君、これは好機よ」

「……」


 と言えば、押し黙ってしまう。予想通りであり、これがタクロという人物なのだ。


「今、この町の戦士たちの士気は高まっています」

「こっちに来ているはねっかえり共を叩き潰せ、ってこと?」

「ええ」

「内戦かあ」


 これまでの言動からも、タクロという人物は味方同士の殺し合いを一貫して嫌っている。その気持ちは、まともな人間なら当然感じざるを得ないものだが、タクロ自身がこの先生きのこるには、戦って勝利する以外に選択肢はないこともまた事実。


 この男もそんなことはワカっていて、逡巡している。ならば私は、その背中を情報によりふわりと押してやればよい。


「……どうやらこの集団、道中の集落から物資や人を奪っています」

「マジかよ、最低だな」


 その顔色は変わらないが……いや、心の容が変わった。効果ありだ。略奪など、戦いになれば当然起こることだし、特に蛮斧人の特質でもある。同胞間とはいえ非道を見過ごせるタクロではない。


「その意味でも、内戦は始まっています。タクロ君、あなたにとってなんとしても避けたい苦痛でしょうが、立ち向かうしかありませんよ」

「……あい、ワカってます」

「では?」

「迎撃します。今おれが動かせる全軍で」


 良し。正解だ。


「光曜側もあなたの動きを見ているはずです」

「また何か仕掛けてくるか?なら、閣下には都市を守ってもらいたいんですが」


 戦場での情報収集は翼人が行う、ということか。


「ワカりました。この町の治安維持は、私に任せてください」

「随分あっさりと。あ……いや」

「何か?」

「その、光曜の元宰相閣下があからさまに本国に敵対して、いいのかい?」


 私の事情にも思考を費やせていることからも、今のタクロは調子がいいはずだ。


「一連の工作行為は、国家としての光曜の意識とはなりません。あくまで一部署の行為、それは学園長を撃退した時と変わりません」

「なら良かった。任せますよ」




―軍司令官執務室


「あれ、お前ら二人だけ?」

「エルリヒは酒場で荒れてまして……」

「組長としての自覚がないやつめ、まあいい。無口君、急ぎ全隊長を招集してくれ。緊急会議だ」

「……参事官殿もすね?」

「モチのロンだ」


 しばらくして、五代目出撃隊長、新生巡回隊長、二代目城壁隊長、参事官がやってきたが、


「補給隊長は?」

「……招集は伝えましたが」

「タクロ君、補給隊長は取り巻きに押し留められているようです」

「なんだまだ押し込めやってんのか。そんなら話は補給隊兵舎でやろう。全員行くぞ!」

「承知!」

「ぐへへ」【黒】

「……隊長、いいんですか?」【青】

「……」



―補給隊兵舎


「た、タクロが来た!」【青】

「前に叩きのめしてやったのに、ちっとも懲りてないなお前ら。ホレ、隊長出せ」

「いねえよ」【青】


 と、女宰相殿からの情報提供。


「ウソよ。中で軟禁されているわ」

「だと思った。お前ら、こらぁ叛逆か?」

「叛逆はお前だろうがぶげ!」


 拳が一番手っ取り早い。が、脳裏に響く、嗜めるような女宰相殿の声。


「タクロ君、あなたには他の手段があるはずよ」

「次使ったら補給隊長にかかってる効果切れが心配じゃないすか」

「また掛け直しましょう。その方が安心できるのでは?」

「効果が切れた時の騒動も面倒です。今はかかってんだし」

「……ワカりました」


 女宰相殿も心配性だね。庁舎を進むと、おれに何度も蹴られた可哀想なドアが現れた。


ドガッ!


 そこには補給隊長及び、ボスを押しとどめる古参幹部らがいた。


「タクロ」【青】

「おい取り巻きども。上司の仕事を邪魔しちゃいけねえだろ」

「うるせえ!死ね!」【青】


ドスッ

ドスッ

ドスッ


「うっ」

「うっ」

「うっ」


 弱い弱い。さて、痛みに顔を歪め膝をつく雑魚どもを背景に、会議を始めよう。


「というわけでここに幹部達が揃ったので重要な話を始める。族長会議の軍勢の先発隊らしき集団が南から来てる感じなんで、これを直ちに迎撃する」

「げっ!」【青】

「ぐへ」【黄】

「……」【青】

「おいタクロ」

「……ワカった」


 よくワカらん反応もあるが五種五様。時間も無いし、各個撃破戦法で行こう。


「一人ずつ話を聞きたい。まず補給隊長殿、どう思う」

「……数は?」

「大した規模じゃない上に、恒例のお楽しみしながら来ている」

「……なら急襲すれば、必ず勝てるだろう」


 ウン、良い回答だ!アドミンに沼りそうで怖いぜ。


「次、そこの嬉しそうな非デブ」

「?」

「非デブお前だよお前お前非デブがお前以外にいるか非デブ」

「殺すぞ?」【黄】

「いいからホラ」

「たたたたたたた戦って勝てば、功績になるううう」【青】

「そうだその通り」

「お前も死ねば、もっっっっと出っっっっ世できるなあ」【黒】

「そうなのかな……?」


 これは女宰相殿の操作外の本音に違いない。


「まあいいや。次は二代目城壁隊長にしよう。無言だが、何んか不満なんだろ?おん?」

「……」【青】

「城壁隊は無口なヤツが多いのか?何か言えよぉおん?」


 と、口を挟んでくる堅物一人。


「タクロ、俺に遠慮して黙ってるんだ」

「まだ参事官殿の番ではない。じゃあ意見無し、ということで次は五代目だ。はい」

「おいタクロ」

「黙れ、ジーダプンクトが口を開くぞ、はい!」


 この若者こそが年長者の間で遠慮しているというのに全く。


「は、はい……だ、大丈夫すかね?」

「何が」

「族長会議公認の相手と」

「公認かどうかは知らんしまだワカらん」

「いや、でもそんな相手と戦っても」

「問題あるか?」

「あ、あるでしょ」【青】

「違うそうじゃない蛮斧的に問題あるか?」

「蛮斧的にって……そりゃあ」

「おいおいおい。考えろ、考えるんだよ。ほっときゃ光曜が攻めてくるんだぜ?またあちこち人が死ぬ。さらにおれが消えれば昇給もパア。どっちを維持するにも戦ってこっちの覚悟を見せなきゃなあ、それが蛮斧の男ってもんだろ」

「うーん」

「大丈夫心配すんな。出撃隊長としての役割を全うすれば、イイ目みさせてやる」

「イイ目……それって?」【黄】

「ああ、金、女、地位!」

「しょ、承知!」【黄】


 若いヤツの欲深さはシンプルで美しい。そして最後、


「ではお待ちかねの参事官殿、ご意見を伺おうか」


 おれの側に立った発言を期待……


「先発隊を潰せば、もう族長会議との妥協の余地は無くなる」

「だから未確認だってば」

「この時期北上してくるんだ。まず間違いなく族長会議の命令だろう」


 ちっ、だめか。


「だとしても、そもそも族長会議に妥協のつもりがない」

「そんなことはない……族長会議だってそもそも一枚岩じゃない」

「え、やっぱそうなんすか?」

「この都市にいると忘れるがな」


 五代目の間抜けな声。もう黙ってていいぞ、と睨みつけたが、


「元が利害調整の集いだからな」

「やっぱそうなんすねえ!」


通じない。世代が違うからかな?


「部族中心、ご先祖大好き、自給自足大好き、おれ達に思いやりゼロ、おれ達以上に思いやりゼロ……」

「どこの誰の事を言っているかは知らんが、そうでない部族もある」

「その通り、だから一枚岩にはなり得ない。しょぼい相手さ、安心だろ?」

「だがこの都市は、そんな族長会議の妥協で成り立っているんだ。タクロ考え直せ。族長会議に反旗して、どうやって立つ?」


 まだ言うかこの野郎め。


「あいつら裏で光曜とおお手々繋いでる疑惑もあるのにか?」

「そ、それホントなんすか。噂じゃなく?」


 五代目の素敵な合いの手に、おれは感動し、


「おう。だからおれなんか蛮斧の精神を連中から感じないね。確かにこの都市の運営は、族長どもの妥協の産物でここまで来たのかもしんねえ。だが事実上、今!この瞬間だよ!この都市はスデに自立してるんだ!」


 ここぞとばかりに語気を強めてやる。そして、


シーン


と静まり返るこの瞬間、悪くないぞ。


「他、意見あるか?ないよな、あるはずないよな?じゃあ出撃だ、明日の日の出と同時に出撃だ、出撃出撃!」


 笑顔で飛び出していくのは突撃非デブ。あいつが頼りになるようじゃ情けないよ全く。その後を、無感動についていく補給隊長。ま、これで軍勢としての形は整った。あとはついでだが、育てていかねば。


「五代目はどうする?」

「い、行きます」

「大丈夫、ケツ持ってやっからやりたい放題やってくれ」

「しょ、承知!」【黄】

「二代目城壁隊長」

「……」


 相変わらず無言か。よく躾られちゃってまあ。


「まあいい。スタッドマウアー参事官殿。前線にまでついてきてもらうぜ。これは命令だし、おれから昇給した給与を受け取った以上、拒否権は無いからな」

「……いいだろう」

「ふう」




―国境の町 都市城壁 蛮斧門


 翌日朝、勢いよく解き放たれた町の城門から、タクロが先頭に立ち、国境の町の軍勢が南へ疾っていく様が上空からよく見える。軍勢としてのまとまりは見られず、まさしく集団と言った方が適切な雰囲気だ。


「ウジウジすんな!戦争だぞ」

「うるせえ!オレはあんたを見損なったんだよ」

「やかましい!馬乗って走れ!」


 エルリヒと言い争いつつも走るタクロ。若さと勢いを感じさせてくれる。


 タクロが批判した部族主義、先祖崇拝、自給自足の精神は確かにこの町とは相容れないもの。善し悪しではなく、属性が異なり、衝突が生まれる。あとは戦士としてどちらが優れているか、だけが勝敗を決める。それをさらに突きつめれば、指揮する者の方針及び統率の力だ。


 敵はどうか?南方の空から絶えず確認している私の目には、それが十分ではないように見える。この先発隊は道中の集落への寄り道を重ね、


「ワワワワ!この村はオレたちのもんだぜー!」

「な、なんでこがんことに……うったちみな無抵抗ばい。何でん差し出すけん、い、命だけは……」

「反逆者タクロに従う連中め!貴様らは敗北者となる。それが現実だ!」

「ば、ばってん、うったちはタクロとは無関係ばい!家族には手ばかけんよ!」

「ヘッ腰抜けめ。誰だって、家族を守るために戦うもんだぜ?」

「ばってんが……ばってんが、うったちはただん人なんや!」

「ワワワワワ!弱者の泣き言は聞き飽きた!お前らの全てはオレたちが頂いていくぜ!」

「な、なんとか。家族ん命はお助けてくんさい。どうかどうか……」

「ふいー、なら、その代わりに貴様らの全ての財産と食料を差し出せ。それで家族の命だけは助けてやろう」

「しょ、承知した」

「ワワッ、それでよし。じゃあ家に案内しろ!」

「あ、あいがとうございます。それで、うったちん生命ん助かるんなら……」


バン!


「ここが家か!よっしゃお前ら奪え奪え!死にたくなければ出ていけ!帰ってくるんじゃねえ!」

「ひい」


 というように典型的収奪に耽っている。兵にとって略奪は軍規を犠牲に供する誘惑でしかなく、勝利の後に褒美として下賜すべきものなのに。


 もはや勝負は決まったようなもの。出撃の翌々日、タクロ勢がこの村に到達するや否や、


「お助けば!」

「あいつらにやられたのか」

「はい!」

「よーし、デバッゲン軍の先発隊を見つけた!一人残らず叩きつぶせ!」

「ワワワワワ!」

「同じ蛮斧人を攻めるとはふてえ野郎め!遠慮はいらねえ!」


 タクロの指揮下、略奪者たちはたちまちのうちに打ち倒されていく。


「つ、強え!」

「お前らが弱いんだろがいコラ!」

「逃げろ!」


 散らばって逃走を図る敵一行だが、


「カネと名誉と女が欲しければ逃すなよ!」


 背後に回り込んでいた出撃隊によって阻まれる。命惜しさに降伏する者が相次いだため、激戦にはならず、村の治安は回復された。しかし、タクロも容易な相手ではないのだ。村人が近づいていく。


「あ、あんたがタクロか」

「そうだよ」

「あんたが族長会議と上手うやらんけん、うったちはこんザマとなったんじゃなかか」

「そうや!」

「どがんしてくる!」


 と苦情を述べられる。対するタクロは意に介さず、笑って言い返し、


「お前らも上手くやらなかったから略奪されたんじゃないか?ほら、こちらの参事官殿」


 さらにとスタッドマウアーを指差す。


「なっ」

「生まれ故郷もこの近くかつ南寄りだが、族長会議の覚えがいいためか、故郷に被害はない」


 私の未確認のこの情報、これは翼人から得たのだろう。


「そ、そがん……」

「タクロ貴様」【青】

「事実だろ。ともかくもう内戦は始まったんだ!てめえらどっちにつく?」

「う、うったちはどっちにもつかん」

「おれの側に着いた方がいいぜえ?初戦は勝ったことだし?中立ってのは一番良く無いんだぜ」

「知ったようなこつ!」

「そうか。まあ好きにしたらいいが、次は助けには来れないぜ。お大事になふへ、ふへへへ」

「うう……」

「貴様、鬼か」【青】


 力なく膝を折る被害者を冷たく突き放したタクロに抗議するスタッドマウアーだったが、


「どこがだ。命と、ある程度の財産を救ってやったんだぜ!」

「内戦を始めたのは貴様ではないか」【青】

「バカ言うな。前の軍司令官殿だろがい」

「貴様が権威に従っていればこうはならなかった!」【青】

「ならお前、おれに死ねばよかったってのか?」

「な、なんだと?」

「よぉ、おれに死ねって言ってんのか?」

「な、なにを……」

「おいこら、てめえ!」


 タクロにしては珍しい烈しい物言い。さらに深く溟い眼付きだが、瞳の奥に理性がある。これは演技だ。


 しかしその不気味さに気圧されたスタッドマウアーに、さらに感情を露わにしていくタクロ。


「いいか、おれはわけもワカらず捕縛されそうになったんだ!シー・テオダムの野郎にな!」

「そのことを忘れんなタコ!」

「おれは生き延びただけだ!内戦を始めたのがおれ?笑わせんな!全員が責任者だろうが!お前も!お前も!こいつらも!」


 参事官、補給隊長、そして、


「ひえっ」


 略奪被害者をも指差したタクロ。これは演技と思われるが、同時に本音をも爆発させているのかもしれない。彼はさらに非難がましい口調で、


「覚えておけよ城壁参事官。おれを非難するってことは、おれを殺しも追い出しもしなかったお前自身も同罪だってお前が言ってるも同じってこった。忘れんなよ」

「……」

「……」

「あ、あわわわ」


 結果、抗弁できる者はその場にいなくなった。


 こんな激発が良い効果をもたらすと考えているのか?私にはワカらないが、


「チッ」

「チッ」

「チッ」


 タクロは舌打ち連打で引き上げていく。いずれ、その背中に独裁者の貫禄が身につくと考えていたが、まだまだ経験不足の様子。私の診断では、その運命は前途多難と言う他なかった。

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