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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
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第76話 夢見心地の男/ほぐれる女

「光曜境の戦いでもそうだったが、光曜人は汚い策を用いる」

「どうやったかは知らんがね。しかし危なかった」

「命が助かって良かったな」【黄】


 もうワカった。本音も本音、コイツはきっとおれの敵にはならない。女宰相が勧めてくるアドミンでの洗脳もいらん。そんなら説得あるのみだ。


「スタッドマウアー参事官殿、おれの勝手な妄想ばかりじゃねえだろ?この蛮斧で爆発なんて」

「魔術以外に出来るものではないって?」

「そうそう」

「……かもな」

「あともう一歩、光曜境での事も考えてくれよ。族長会議派遣の前軍司令官殿が、光曜と示し合わせて無茶な光曜境攻めをお前に命じたんだとしたら?」

「何を言っている?」

「仮説。その場合、族長会議もしくはその誰かと!……なんと光曜は繋がっているということに……おお怖」

「だが、我らは光曜境を奪った」

「あっちも一枚岩じゃないんだろ。戦争をダシにダシを取りたい連中がいるのかもな」

「……」


 これまでなら鼻であしらわれていた話だが、考え込んでいるのなら、もう決まりだな。コイツはおれだけじゃなく、族長会議にも疑いの目を向け始めている。あともうちょっとでおれの仲間になるに違いない。


「まあ考えといてくれ。異常な霧のせいとは言え、クソカス前任者野郎がおれたちに光曜への再出撃を命令しなかったことも合わせて」

「どこへ行く?」

「墓場。今日三人死んだからな」

「四人だろう?」

「え?出撃隊二名、補給隊一名……」


 指折り数えてみるが、誰か忘れてるか?


「自分の部下を忘れてないか」【青】

「ああ、漆黒君のことか?あいつは死んでいない」

「何、どういうことだ?」

「ラッキーだぜ。あいつはおれたちの心の中でまだ生きているんだ」

「?」



―前線都市郊外 墓地


 殺風景な都市郊外、どこでも殺風景な墓場は特に荒涼感たっぷりだ。秘書トサカと一緒に準備を整える。火床の掃除、薪、油、花、酒……


「こんなもんか」

「……うす」

「葬式あげてやりゃ、まあ慰めにはなんだろ。わけもワカらず光曜にヤられて肉片撒きちらしただけじゃ、浮かばれんしなあ」

「……同感す」【黄】


 葬式なんて生きてる連中の為にあるとはよく言ったもんだ。


「……あれ、隊長、明日の準備三人分なのは?」


 なんだ、コイツも気にしてるのか。やはり漆黒君の甲斐甲斐しさは好評だったんだなあ……誤魔化そう。


「漆黒君生きてるからな」

「……」

「……」

「……えっ?」

「あのドサクサで説明しきれんかったが、極秘任務を与えて送り出している」

「……ドサクサ?」

「違う、騒動っつたぞ」

「……」

「さ、戻るか」



 庁舎に戻る頃には日も暮れて、広場にはもう誰もいなくなっている。中ではメイド達が待っていた。


「閣下」

「全部終わったか」

「はい。事情がある者以外、給与の支給は完了しました」

「違うぞ。昇給した給与、だぞ」


 笑顔が返ってくる。


「トサカ頭どもの反応を、どう見た?」

「そりゃもう大好評でした!」【黄】

「私たちもです」

「素晴らしい!よくやったぞ」


 女たちは、数を減らす前よりも働いてくれた感すらあるな。


「お前らタクロ・メイド三人衆、これからもおれ様をサポートしてくれよ!報酬は弾むから!」

「何とも言えないチーム名ですねえ」


 三人とも微妙な表情だが、特に感情の揺らぎは無し、と。


「ご評価感謝します。ところで閣下。その後、漆黒さんは?」


 コイツらも!うーむ、説明が面倒くさい。しかも三人。


「ああっと別の仕事を依頼したんだ、今は姿が見えねえなあ」

「……彼はまだ給与を受け取っていない内の一人ですが」

「そのうち戻って来る」

「ホントはやっぱりあの時に死んじゃったんですか?」

「いや、おれはあいつの死に様なんて見てないからな。明日の葬式でもヤツは対象外だし」

「無事なら良いのですが……」

「彼、私たちを良くサポートしてくれてたんですよねえ」

「ワカったワカった。ひょっこり出てきたら褒めてやるから」



「隊長」

「具合はどうだ」

「大丈夫です。俺はなんとも」

「慣れない事務仕事でも?」

「へへ、女の子たちと仕事すんのも楽しかったですよ」【黄】

「うんうん」


 異文化交流、やっぱたまには良いもんだな。


「でもエルリヒの野郎が落ち込んじゃって」

「ああもう、漆黒君の件だろ?生きてるって」

「でもコナゴナになるの見たって言って、聞かないんですよ」


 見えてやがったか。ま、おれも見たが、


「おれは見てない」

「でもアイツどこにもいないんすよね……」

「大丈夫、すぐに出てきて機嫌よくなるさ。それにしてもエル公がそんなおセンチ野郎だったとは知らなんだ」

「隊長があいつを盾にしたって恨みっぽく言ってましたぜ」

「うっ……ちゃ、ちゃんと話しておこう」


 うーむ意外な人気者の漆黒隊員。とっととエルリヒを絶望ガ崗に連れてって、復活させた方がいいかな。女宰相殿に相談するか。


ガチャ

ガチャ


―庁舎の塔 応接室


「ふう、落ち着き……ましたよ閣下」

「そのようですね」

「……」

「……」


 この冷たいオーラ。


「あ、あれ?閣下、もしかして怒ってます?」

「いいえ」

「いや、ウソでしょ」

「……」

「ウソで、しょおおお……お?」

「……」

「閣下は怒った顔も美人ですね!」

「……」


 うーむ、ピクりともしない。


「……閣下、敬礼」

「今回」


 あ、喋った。


「私がいなければ、あなたの命はありませんでしたね?」

「はは……で、ですよねえ」


 否定できないが、あんな火力とは思いもしなかったからな。


「あれ、何したんです?」

「爆風を音に変えました。ギリギリのところで」

「んなこともできるんすか!なんでもアリですねえ魔術」

「時間を稼いで衝力を減らせばもっと楽で良かったのですが」

「言ったでしょ。閣下を信頼してるって」

「……」


 ウン!ピクりともしない。


「あの、ま、まだ怒ってます?」

「さて」

「クール。閣下はちっとも表情が変わらんですね」

「以後、軽挙は控えてくださいね」

「はあい」

「……」

「はい!」

「……結構、いいでしょう」




 権力掌握後、無事にいくつかの山場を越え、嬉しいのだろう。私の心配と疲労をよそに、タクロは口調も軽妙でご機嫌だ。


「それで閣下、吹っ飛んだ漆黒隊員を蘇らせに、また絶望ガ崗の例の装置に行こうと思うんですよ。エルリヒ連れてかなくてもイケるって話だし」


 意外にも、ウビキトゥ・プシュケーについての理解を維持している。全く関心が無いわけではないようだ。


「私にも動向せよということですね?」

「はい。ご一緒にいかがです?」

「デバッゲン氏が攻めてくる、という季ですよ」

「まあそうですが、今日明日明後日ということは無いでしょ。アイツがいなくなって気にしてるヤツら結構いるんで、早く片付けようかなと」

「今はダメです」

「えー……」

「光曜の工作員がこの都市を、というよりあなたを監視していますから」

「え」


 すでに光曜のテロが三回も行われたのだ。遠隔操作の目は、すでに町の中に入り込んでいるに違いない。


「あなたがウビキトゥ・プシュケーに触れれば、確実に露見します」

「じゃあ今、この瞬間も?」

「この庁舎は大丈夫です。私がそれをさせませんから」

「凄い!」

「それとも、私がエルリヒさんと二人きりで行きましょうか?」

「ダ、ダメダメ」


 予想通りの回答に、自然と顔が綻ぶ。


「今、例の場所を、光曜人に知られる訳には行きません」

「それは閣下として?」

「その通りよ」


 この事実に、タクロが気を害することはない。


「閣下の魔術でなんとかできません?」

「あなたを爆発から守る為、かなりの体力を消耗してしまいましたので」

「え!」


 これも一義的には事実。そしてタクロは気に病むのだ。


「少し、体力を温存する必要があります」

「そうだったのか……」

「それでも、あなたの相談には乗れますよ」

「……」


 効果は大、なのだが無言になってしまった。こちらは予想外。僅かに胸の動きを自覚した。きっと、こんな人の良さが、私がこの男に肩入れする源になっているのだ。


「ねえ閣下、なんか閣下のためにできることはないですか。手伝えることとか」

「多忙なあなたを安定的に手伝う環境を整えて頂くことが、手伝えることですね」

「なんだいそりゃ……ともかくおれのせいで疲労しているのは、感謝しかない。ちゃんと休んでくださいよ」

「ワカっていますよ。しかし休んでばかりもいられません。まだ激流の中にいるのですから」

「そんな時こそ、リラックスした方がいいんです……そんなわけで閣下、閣下にマッサージを贈ります」

「どなたが?」

「私が」

「ありがとう。気持ちだけで十分です」

「そんな、遠慮しないで。上手いと言われてます」

「いいのですよ、本当に」

「おれが閣下を気持ちよくさせてあげたいんです」

「ありがとう、でも」


 タクロが微笑みながら、するりと私の後ろに回る。


「心得と言われただけに私には心得があるんです。ほら、こんな感じ」

「ちょっと、あ」

「背中をほぐしましょう。少しでもリラックスできりゃいいんですがね」


 タクロはふわり私の背中に手を当て、ゆっくりと押し始めた。


 肩や背中の筋肉がリラックスするにつれて血流が促進されたのか皮膚と筋肉が温まる感覚がある。確かに心地良い。体が軽くなる感覚。ふと、顔の火照りを感じる。今の私は動揺していないだろうか。


「う」

「戸惑ってますね閣下?蛮斧の地の野蛮な軍人に、どうしてこんなテクがあるのか、と」

「え、ええ」

「どうです?」

「とても」

「とても?」

「気分が良いです、ふう」

「よかった。閣下はいつも表情が変わらないからな。私も今、気分良しですよ」

「表情が違う、のですか?」

「いやあんまり違いません。が、少しほぐれてる感じ」

「その位置からワカるのですか」

「モチのロンすよ。空気ってやつで、魔術は使えなくてもね。くくくっ」

「ふっ、不気味な笑い方は、やめ、て下さい」

「私は閣下の笑顔を見るのが好きです。なお、閣下の背中をさするのは、初めてではありません」

「そうだった、かしら」

「ほら、激クサフルーツを食べた時」

「その話は結構です」

「ですよね承知!どーん!」

「う」

「肩甲骨のあたりが」

「……」

「いかがでがす?」

「リラックス、出来ています、う」




 施術に次ぐ背術に次ぐ是術の間、おれも彼女もしばし無言となる。心地よい無言。しかしである。


 彼女は耳まで上気してきている。イイ女のイイ薫り、いや香りだな、がおれの鼻の奥を刺激する。くんくんくん。このままベッドになだれ込めるだろうか。


 できるのではないか、とおれは確信した。なぜなら、女宰相は予期し得ぬ逆境に弱い。だから……



「無言」

「きゃっ、タクロ君!?」

「無言」

「や、やめてタクロ君」


 彼女も今なら弱っている。


「無言」

「落ち着いて」


 きっとおれに抵抗する力も残っていない。なら、ここしかない!行け!行くんだ!


「無言」

「あっ、だめ。や、やめなさい!」


 邪魔な物は全て剥ぎ取る!速く、速く事を為してやるぞあああ焦るな焦るな!


「無言」

「い、いい加減にして!」


 そうだいいぞ確実な挑戦、確かな成果!今だ!今こそ!今なら!さあ、それ行け!


「無言」



「タクロ君?」


 他にも、絶対的な成し遂げをイメージする標語を思い浮かべるぞええとええと。


「無言」

「無言?なんのことかしら、タクロ君」

「決して後退せず、勝利に向かえ」

「?」

「ヤるんだ。ヤるしかないんだ!」

「まあ……そうですね、確かに戦いには勝たねばなりません。あなたの未来のためにも。ところでタクロ君。よだれが」

「え……はっ!」


 気がつけばこちらを向いていた女宰相が、ハンケチでおれの口元を拭う。


「……」


 しまった。頭の中で欲望が暴走して、正気を失っていた。うーん、こりゃ欲求不満だな。なんとかせねば。


「何かよからぬことでも考えていたのでは?」

「う……」


 目線が合った。そして、苦笑するしかないが、


「なに。前線都市の独裁者になれば、あんたと釣り合うかも……なんてね」


と誤魔化しておこう。


「ふふふ」


 おれたちは静かに微笑み合った。うーん、美しい、美人だ。久々に、固い守りの心に一歩近づけた気がした瞬間だった。

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