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境界防衛  作者: 蓑火子
懲戒処分過程にて
75/131

第75話 せっかち男/紙一重の女

「そういやさっきの生首、爆発するかと思ってた!」

「私もです。なにやらあなたからツォーン氏命中先が変わって、止めたような印象です」

「あの野郎を殺したくなかったって?光耀人が?ありえないな」


 馬を思いきり走らせ前線都市へ戻る途中、トサカ頭どもを見つける。全部で……七人。よし生きてたな。


「よおツイてるなお前ら。これで特別部隊の誕生だ」

「……」【青】

「ワワワ!まあ悪いようにはしねえ、戻ったら庁舎に来いよ」

「……しょ、承知」

「じゃ、いったん解散」


 コイツら処罰を警戒して口を一文字に閉じていやがるが、ま、仕方ない。こんな連中でも数としての使い途はある。



―前線都市 都市城壁 蛮斧門


 戻ってきたぜ。城門の下、突撃非デブが仁王立ちして、誰も通れない状態だった。女宰相の仕事ぶりはバッチリだが、野郎は不敵におれを睨んでいる。デブが痩せても相変わらず業にまみれた生き物だぜ。


「タぁクロぉ」【黒】


 殺気と歓喜が混ざって不気味だ。コイツは女宰相殿の御告げ次第でどうとでも動く。ここは必殺のヴォールティングで、


「あッ゛」


さらりと回避し市内へ帰還。馬を奔らせる。ああホント、クソ忙しい。忙しくてイヤになるよ。



―庁舎前広場


 給与支給会場はまだ賑わって……いやがんな。歓声がスゴく、なんだかおれ様の労苦が慰められている気がする……だがしかし、とっとと終わってくれ。


 我が配下ども……特に女たちと漆黒隊員、そして不器用ながらヘルツリヒが懸命に受付対応して捌いている。ウン、エライ!


「あれ、隊長。早かったすね」


 が、片割れトサカの間抜けた顔と声がイラつかせてくれるぜ。よっこらせっと。


「こっちは片付いた。異常は?」

「えぇ?ないよ、ないないそんなの」


 お調子野郎め。こっちはこれからもう一戦あるってのによう。


「カギ掛けたか?」

「鍵?」

「そうだ」

「えっへっへ、隊長の愛人の貞操帯の?」


 コイツ……腑抜けすぎてんな。しばくか……いやいや、上司たるもの我慢だ。


「牢屋の」

「あ、もしかしてさっきのアイツ?……ハイ、カギすよ」


 うん、よし。ウチの牢は施錠しないとカギが抜けない特別仕様だから、力か魔術で破ったことになる……そうだ、コイツにも仕事をさせよう。


「エルリヒ、来い」

「え、何?どこに?」

「庁舎だ」

「なんで。こっちの仕事は?」

「いいから」

「なんだい」


 不満声のトサカ頭へ、因縁女がこっちを見ずして曰く、


「サボってばかりだと軍司令官殿に叱られるって言ったでしょ」

「ちょ、ちょっとマテマテ。ぶきっちょ君は?」

「少なくとも、一生懸命な姿勢を私達は評価してる」


 と言われたぶきっちょヘルツリヒは嬉しそう。


「あ、ありがたい。また袋持ってきたよ、はぁはぁ」

「いいわ。次はメイド長のサポートをお願い」

「は、はい」

「助かるわ。漆黒さんもね」


 はしはし走り回るヘルツリヒだけでなく、手堅く仕事を回す漆黒隊員。何が驚きかって、いやコイツこそ女たちをバッチリ支援できているぞ。コイツ本当にエルリヒの生き写しなのか?


「さっさと来い」

「えぇ、お叱りかよ……」




 ―庁舎エントランス


 牢の鉄格子を力で強引に破壊した蛮斧戦士は、同じフロア内に収容されているナチュアリヒとクララには一切の目をくれず、エントランスに移動している。


「補給隊倉庫組のトライプストフ……」


 本来それだけの人物でしかないが、庁舎猫を介した走査によると、体内にかなりの衝力が蓄えられている。一見して私が気が付かなかったのだから、巧妙に隠蔽されていたのだろう。この異常行動は、高度な魔術による外部からの操縦だ。


 だが、強引かつ力づくで鉄格子を破壊したため、既にその身体は酷く損耗している。腕の骨折、指の骨の粉砕、筋肉や靭帯の断裂、関節の脱臼、内部出血が確認できる。すでに重傷だが、操縦者は何をさせるつもりなのか……


ピタっ


 いきなり立ち止まったかと思うと、螺旋階段前踊り場へ全力で走り始めた。


 これはまさか、私を狙っているのか?すごい脚力で、 男の足は螺旋階段まであと少し。


 狙われるということは愉快でもある。そして現場は庁舎内、私の家にも等しい。この男の動きを止めよう。塔に集合させていた野鳥の内、ツバメに衝力を与え、次々に出撃させる。


ヒュン

 ヒュン

  ヒュン


 攻撃は一撃離脱方式。ツバメから発射された衝力の波が、トライプストフの足を撃つ。


ゴキ、ゴキ……ン、バギン!


 身体の破断音が響き砕け折れた膝が曲がると、男は崩れ落ちた。


「タタタタタタタタタクロは……」


 男が何かを言っている。


「……タクロは完全に腐敗した指導者です。彼は私たちの民の利益よりも、自分自身や傘下団体の利益を優先しています」


 これは、いったい何だろう。


「彼の政策決定は不透明で正義を欠き、公正な判断を下さない。有害であると私たちは確信しています。私たちは彼の退陣を求める声を強く上げていきます。タクロに対して」


 演説のようだが、なんとも稚拙な内容だ。


「彼の腐敗した指導や私利私欲の優先、公正さの欠如について強い批判と敵意が存在しています。タクロに対して何らかの改善や解決策の提言は意味を持ちません。よって私達は」


 さらに身体はボロボロなのに、表情は変わらないまま、声量は明瞭。これは魔術により意識まで制圧された者の、これ以上無い特徴と言える。


「タクロの退陣を求める一方で、より透明性と公正さを持った指導者の登場を望んでいます。彼の代わりに、民衆や組織の声に耳を傾け、公正な政策決定を行うリーダーシップが必要なのです。私たちはタクロの悪行を明るみに出し、彼の支配から解放されることを願っています」


 水時計の針のように、同じ調子で喋り続けている。哀れなものだ。


 と、次の瞬間、男は急に逆四つん這いの姿勢をとった。そして、


サササササ


向きを変え、凄まじい速さで動き始めた。


サササササ


 螺旋階段の前に立ったのは陽動ないし虚動だったようだ。操縦者は今のセリフを給与支給会場で披露させるつもりなのか?この庁舎から出してはならないが、ツバメの援軍は間に合わない。ここはエントランスの庁舎猫の衝力を放つ。


ドン


 今度は迎撃された。エントランスに衝撃音が響いた瞬間、トライプストフはブリッジ体勢のまま出口を押し破って飛び出してしまった。




「うおっ、すげえ音!」

「た、隊長、あいつ!」


 庁舎から飛び出してきたのは補給隊のトライプストフ。やっぱり、


「牢を破ったんか……カギ無しで?」

「いやオレカギかけたしさ、あんたに渡したろ!」

「ワカってらい」

「おう!」【黄】


 しかしなんでコイツ、ブリッジしてゴキブリ走法してんだろ。すると、いきなり大声を出し始めた。


「タクロはまったく信用できない存在です。彼の者、権力を乱用し、極めて自己中心的な行動を繰り返しています。彼の政策スタイルは傲慢かつ高圧的であり、部下たちを虐待するような扱いをしている。彼は自分の意見以外を聞かず、他の意見を尊重することなどありません。まさに独裁者のような存在です」


 なんだこりゃ。その時、間髪入れずにエルリヒが反論を始めた。おれへの好漢度稼ぎだろうが、


「てめえ何言ってやがるんだ」


 うん、いいね!対する補給隊トサカはエルリヒの声を被せるように、さらに凄い声量で演説を続行。あんな姿勢で良くこんなデカい声だせるもんだ。だが、ウチの組長も負けちゃいない。


「うるせえ!というかてめえ脱獄しやがったなコラ!」

「タクロは私たちとは異なる立場にあります。つまり、反逆者であるということ」

「オレのメンツ潰しやがって!」

「今や、正式の軍司令官であるデバッゲン氏が急速に軍勢を整えつつあります」

「やかましいコラ!」

「タクロには自分の野心を追求せず、より対話的なリーダーシップを期待するしかありません。でないとこの町は同じ蛮斧人同士での争いにより、破滅します」

「てめえが規則を守れやコラ!」

「タクロが族長会議の意見や意思決定に対して柔軟に対応することで、この町は変わらず平和を維持できます。また、部下や人々への虐待は許されざる行為です。私たちの価値観を蔑ろにしない対話や妥協も重要です」

「私たちって誰なんだコラ!」


 うん。エルリヒはよく頑張っているな。やっぱコイツは荒事専門、受付業務や事務仕事なんかより、こういう時にこそ輝くんだよなあ。と、後から因縁女らのおしゃべりが聞こえてくる。


「彼トライプストフは、軍司令官殿に対して権力の乱用や傲慢さ、あと部下や住民への虐待を批判しているんですね」

「よ、よく冷静に聞いてられるな」

「よくある権力者批判なんてそんなもんでしょ」

「でも、彼どうしたの?なんだか変な口調だし」


 クレアの鋭いコメント。多分、奴も光曜の工作員に操られているのだ


「カネがもらえなくて狂ったとか?」


 これが周到な仕込みならば、ヤツの給与を先回りして得た奴はもう戻らんな。


 さて、どうしよう。会場の蛮斧戦士たちの目はトライプストフに注がれている。庁舎に引き摺り込むか。しかし、さっきみたく下手に爆発したら、


「……」


この場の誰かが死ぬかも。それは避けたい。


「じゃあよ!聞いてやっけど!てめえが言ったそのクソったれなクソ話以外に、ウチの隊長の何が敵を生み出してるんだよ?」


 さらに突っかかっていくエルリヒ。なんだか傷口が広がりそう。低次元な話はやめてくれ。


「彼の腐敗した指導や私利私欲の優先、公正さの欠如について強い批判と敵意が存在しています」

「腐敗した指導?ウチの隊長は部下から賄賂を取ったりはしねえぜ。それウソ情報だろ。第一オマエ、補給隊所属じゃねえか。それって補給隊の隊長のことだろ?付け届け授受の達人だって評判だぜえ」


 いいぞ、やっぱりえらい!後でご馳走してやらねば。


「タクロに対して何らかの改善や解決策は意味を持ちません。よって私達はタクロの退陣を求める一方で」

「おい聞けよ人の話〜」

「より透明性と公正さを持った指導者の登場を望んでいます。彼の代わりに、民衆や組織の声に耳を傾け、公正な政策決定を行うリーダーシップが必要なのです」

「勝手なことヌカすな!」

「私たちはタクロの悪行を明るみに出し、彼の支配から解放されることを願っています」

「オレは願ってねえや!」


 二人の会話がどこまでも噛み合ってないのは、光曜の工作員側に原因がありそうだな。ともかく、なんとかしないと。頭の中で女宰相殿に話しかける。


「閣下、今度こそ爆発する可能性は?」

「確実です」


 か、確実と来たか。


「衝力が充満しています。この場において、標的はあなた一択よ」

「おれがヤツと取っ組み合いになって爆発するなら、閣下の支援でおれの命を守れるかい?塔から落ちた時に助けてくれたみたいに」

「……」

「反対なのか?」

「いえ、成否を思案しています」

「誰かが巻き込まれれば、おれの信頼はガタ落ち、軍司令官業は終了だ。やるしかないだろ」

「……いいでしょう。その作戦で行きましょう。ですが、彼の体内に蓄積されている衝力は、先程の二人とは段違いです」

「うっ」

「しかし彼は操縦されています。それは常に衝力を消費することを意味します。よって、時間を稼げば稼ぐ程、爆発の威力は減少します。エルリヒさんがやっているように、なんとか誘導して……」

「いや、時間をかけるのは性に合わない。今、ケリをつけるよ。爆発を抑え込むのは閣下の力頼みですがね……おれはあんたのこと信用してますよ」

「一体どうするの?」


 おれは、おもむろに勇敢女の隣に立つ漆黒隊員に近づき、問う。


「おれの動きについてこれるか?」


コク


 素晴らしい。


「よし行くぜ!」


 おれは補給トサカに向かって走り始める。もちろん全力で。漆黒隊員は……しっかりとついてきている。やるべきことは一つ。


「ヤツを取り押さえるんだ!」


 おれの指示通り、さらに加速した漆黒隊員、補給ブリッジトサカに飛びつき、抱きついた。おれはさらにその後ろに飛びつく。


「おいおま……って隊長?」

「タクロはまったく信用できない存在です。彼の者、権力を乱用し」

「タクロ君!?」


 ギャラリーの目には、二人で重なって一人を取り押さえているようにしか見えまい。


「極めて自己中心的な行動を繰り返しています。彼の政策スタイルは傲慢かつ高圧的であり」

「待ちなさい。待って!」


 女宰相の声が頭に響き、補給トサカがの発言が途切れたその時、


「部下たちを虐待するような扱いをして―」


その瞬間を、確かにおれは見た。補給ブリッジトサカの体が膨れ、皮膚が裂け、そこから煙や熱、力の波が放射状に拡散する風景を。ゆっくり、ゆっくり、と。その爆風は、漆黒隊員もろともおれを吹き飛ばす。あいつの黒い体が散り散りと塵になっていく。ああ、あんなに散ったらもう集められないなあ、などと宙に放り出されながら考える。考える余地はまだある。波はさらに周囲に拡がって、少し離れていたメイドどもすらも巻き込む気配だ。


 だが、爆風の波はある地点で縦に消えた。いや、直角に上

を進みつつ消えた。凄まじ

殿

何か

したに

違いない。



 ややあった……かどうか。目の前に爆散した補給ブリッジトサカの身体の一部が落ちてきた時に、おれは正気に返ったようだった。可愛くも尻餅をついて。なによりの異変は、会場の全員が耳を押さえてうずくまっていたこと。なんとも奇妙な静けさだ。

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