第74話 助力の女/単騎奮闘の男
痩せたガイルドゥムに馬を貸し与えたタクロ。だが、町を進む二人の距離がどんどん開いていく。
「やっぱ、痩せてもデブは、デブなのか」
酷い言いっぷりだが、元肥満体の彼は乗馬が不得手の様子。覚えておこう。
―国境の町 都市城壁 蛮斧門
南の門。現場を守るべき城壁隊士は地に伏し、門が今、まさに開けられようとしているが、
「あああ、あー!」
「おらあ!」
タクロはいやに大声を発し、手斧を投擲した。開門中の出撃隊士に命中するが、致命傷にならないように放ったようで、相手の肉は避けていない。
「タクロだ!」
「ヤツが来た!」
「一人じゃねえか!殺せ!」
出撃隊士らは向きを変え、タクロへ向かって行く。しかし、タクロは馬の速度を緩めるどころか、さらに加速させる。
「いい度胸だ!対デバッゲンの先発に起用してやるぜ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
やはり強い。平坦な地形を活かし駆け抜けたタクロの前に、陣形も無く、バラバラに手を出した出撃隊士らは蹴散らされるしかない。城門の外に抜け出たタクロは、そのまま都市へと向きを変えた。誰かの声が飛ぶ。
「槍持ってこい!」
「斧と短剣、弓しかねえよ!」
「じゃあ弓だ!はやくよこせよ!」
城門から素早く矢が発射された。が、手斧を振るって矢を弾いたタクロ。凛々しい姿だ。
「な、なんてヤツ」
「次、次撃て!馬狙え!」
「初代……?も来てるぞ後から!ヤバい!」
ガイルドゥムも追いついてきた。これで反逆者達は門を中心に前後を挟み撃ちされた形となった。ここはタクロを確実に支援するため、明確な指示が必要だろう。
「ガイルドゥムよ、反逆者たちは門を中心に密集しつつあります。的確、確実に相手を戦闘不能にするのです。容赦は不要です」
「承知!」
タクロは外で構えて誰も脱出させないつもりのようで、ガイルドゥムの戦闘を静観する姿勢のようだ。
「ちくしょう、ブタ死ね!」
「げへ!」
「ふぐっ!」
体が絞れても、身体能力は高いまま、むしろスピードは向上している。これなら私の手足として十分に使えるだろう。
あのカラスが、突撃非デブを操る女宰相殿の手先か。うーん、気味悪いがあの野郎も哀れなもんだ。痩せて迫力も無くなってるし、デブのスキンヘッドだったあの頃が懐かしい……
なんて非デブの戦闘を傍観していると、城門の詰所から偉そうなトサカ頭が躍り出てきた。
「来やがったなタクロ!」
「おい、今なら譴責処分で許してやるよ!」
「誰がてめえを信じるか!ツォーン様をなめるんじゃねえ!お前ら、タクロを殺せば族長会議からたんまり褒章がでるぜ!昇給なんて目じゃねえ!」
根拠のないネタに違いないが、哀しいかな。どん詰まりの蛮斧戦士はこんな話にコロっと乗ってしまうのだ。
「ホント!?」
「ああ!」
「よっしゃあ!タクロ死ね!」
ほーら。仕方ねえ。
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
殺さないように加減して闘うのは実に難しいがやるしかねえ。コイツら貴重な兵隊なんだ。
「化け物!」
「うるせえ!お前ら対デバッゲン先発隊内定だからな!」
「嫌だ!助けて!」
「今だ!」
なんと。ツォーンの野郎、いつの間にか馬を駆って逃げ出しやがった。後に続く何騎かと悲鳴。
「そんな!」
「副長!」
「見捨てないで!」
部下を捨て駒にしやがったな。そして、女宰相殿の声。
「彼らが敵と合流した場合、あなたにとって一定の脅威になり得ます。タクロ君、よってここは一人たりとも逃すべきではありません。城門の封鎖は私に任せて」
「ワカってますって!」
彼女がそう言うんだ。やってくれるだろう。それにしても、さっきから戦闘中の突撃非デブが、チラチラ不敵な笑みを向けてきやがる。あいつ殺意満々じゃねえか。
ツォーンと、ええとえーつぇっとでー……十騎。こりゃ骨が折れるが、幸い馬の能力はこの暴れ馬が上だ。明らかに。火を見るより。だから馬を狙うより、追いついて騎者を叩き落とそう。
「おらあ!」
「ひいぃ!」
体当たりで一人落とす。もう一人を馬上腕立てドロップキックの要領で、
「落ちろ!」
「ひいぃ!」
あと八人、多いなあ……そうだ!
「おい!タクロ様の側につくヤツがいたら、最初の二人までは優遇してやるぜ!」
反応しない。馬の蹄の音のせいっぽいな。と、女宰相殿の声が。
「タクロ君、もう一度言ってみて」
「えっ、あ、はい……タクロ様の側につくヤツがいたら!!最初の二人までは優遇してやる!!」
自分でも驚く大きな声が出た。見れば、近くで鳥が滑空していた。多分彼女の支援で、これが何かしたんだな。
何人かの逃走速度が落ちる。早速横付けして、
「戻ってくるか?」
「も、戻りてえ!殺さないで!」
「じゃあ一緒にツォーンを捕まえっぞ」
「しょ、承知」
すると、もう一人寄ってくる。
「お、俺も!従うしかなかったんだ!」
「いいぞ!ツォーンの野郎を逃すな!お前は左、お前は右から追え!」
これでこっちは三騎になった。向こうの五騎の内、さらに気弱になった二騎が速度を落とす。
「俺たちも戻りたい!」
「なんでだ!」
「俺たちゃ三代目なんか知ったこっちゃねえ!」
なるほど。ツォーンの野郎め、身分違いの熱に浮かされやがって。だが最初の二人は優遇するが後は功績次第だ。
「ツォーンを捕らえろ!そしたら復帰を許すし褒美も出す、いいな!」
「承知承知!」
フハハ。これで五対三だ。が、一目散に逃げている残りとの距離が開いてしまった。馬には悪いが、追うしかねえ。強く鞭手で打つ……よし、いい感じだ。
と、同時にトサカ頭が一騎、速度を落としてきた。これはビビってるな。
「タクロ君!相手から離れて!」
女宰相の強い声。必死な響きがセクシー、というか急には止まれないから抜いて抜いてヌクしかない……あ、反応が一拍遅れた。ぶつかりそうな瞬間、おれの馬がさらに加速した。そして、
ドン
背中で熱風を感じた。振り返ると、馬もトサカ頭も肉片になっていた。
「な、なんだありゃ!」
「気をつけなさい!彼は自爆させられた!巻き込まれたら命はない!」
「こ、光曜の魔術師の仕業?」
「そうよ」
「ひええ」
今の衝撃で、こっちの四騎の脚が完全に止まってしまった。無理もない。目の前で仲間が爆裂死すれば、普通ビビる。おれもビビってる。
「ツォーンの野郎が魔術的に操られている可能性は?」
「それは無いわ。でも、残りのもう一騎からは微かに魔術の反応がある……あちらは私に任せて、あなたはツォーン氏のみを追って下さい」
「承知!」
おれが追う向きを一直線に変えると、もう一騎が敢えておれを迎撃するように進路を変えてきた。明らかに、蛮斧戦士らしくない動きだで、普通おれたちはこの手の忠誠心を持たない。
おれの横を、すごい勢いで鳥が追い抜いていき野郎を妨害すると、進路が開けた。最後に追い込みである。一騎躱して、
「追いついたぜ」
「野郎……」
あとはコイツを捕えりゃいい。馬を足場に、飛びかかり、
「おらあ!」
「ぐおお!」
もんどり打って転がって、
「面倒な中年だぜ!」
「このガキ!」
議論をしながらの取っ組み合いになる。
視線の横でタクロとツォーン氏が格闘を展開しているが、私の鳥たちの攻撃は既に蛮斧戦士の動きを完全に止めている。距離がとれたから、爆発がタクロに影響を与えることはあるまい。
それにしても、この相手は誰だろうか。衝力の蓄積を済ませていたとしても、魔術操作で人間を爆発させるとは、前々回のテロを行ったあの女並には腕が立つ。
「……」
だが、あの女とは異なり、お喋り好きでは無い様子。私の妨害から逃れようと身をよじっているが、無茶な姿勢が酷い。
ゴキゴキ
骨が外れる音。私の魔術妨害から逃れようと、随分無茶な操作を身体に強いている。
ゴキリ……バキン!バキ……バキ……
あちこちの関節が壊れた音だ。蛮斧戦士の身体は細長く変形し、ねじ曲がり、異形を呈している。痙攣も酷く、吐血も見える。哀れだがこの蛮斧戦士はもう助かるまい……相手はなんとかタクロまで手を伸ばして、爆発させるつもりか?そうはさせない。
タクロ側に寝返った蛮斧騎兵たちが追いついてきた。彼らは異形の姿となった同僚を見て、声を失っているが、この光景をよそに二人の男は取っ組み合いを続けている。
「タクロ、貴様は三代目に酷い事をした!」
「なんだやっぱり反逆はあのクソメスのためなのかよ!自業自得だろ!」
「なんだと」【黒】
「男に狂って職権濫用!笑えるぜ!笑え!」
「そうかもな!だがそれはそれ、貴様は俺との約束を破ったんだ!」【青】
「突撃クソ女の自業自得だっつったろ!何度も言わせんな!」
「知るか!約束を破ったは破ったんだ!」
「おれは何もしていないつまり約束も破っちゃいない!裸にひん剥いて、ベッドに並べただけだ。いい乳してたけどな!」
弱パンチ弱パンチ弱パンチ弱パンチ強パンチ
「ううっ!」
埒があかねえこの野郎め。気は進まねえが、アドミン使って黙らせるか?
「……俺は二度と……貴様の言うことに耳は貸さねえ……決めたんだ」【青】
口からベッタリ血を流すこの野郎の眼に、ふと意識が向く。
「決めたんだ」
直向きな眼。こんなに痛めつけてやってんのに。
「……」
コイツ決意しやがったな。
「……」
「な、何のつもりだ」
「行けよ、クソ女の下に行きたいんだろ?」
「あぁ?」
「行かせてやるよ。次会ったら命は無いと思えよ」
「……」
男と男の間に流れる沈黙……ブルースだぜ。と、また女宰相の強い声。
「右よ!」
右を見る。トサカ頭が飛んできていた。文字通り、トサカ頭だけ。魔術凄え。アレ、きっと爆発するんだ。ツォーンの野郎を盾にすれば爆発も避けられるな。どうしよう。そうしよう。
グイ
ボン
「ウッ」
ころころりん……
トサカ頭はツォーンの胸に当たって地を転がった。爆発……しなかった。ワカらんが……凄まじい断末の顔、というべき迫力がある。がここはやるべきことは一つ。ツォーン野郎を正面から見据えて、
「ひでえな。部下をこんな風に扱うのか」
「なっ!」
おれの声に、周りの出撃隊士が驚いた顔をした後、自分たちの副官を睨み始める。
「お、俺じゃねえ!現に貴様と戦ってたじゃねえか」
「知ってるよ。光耀人がさ」
「何だと?」
「こんなんあれだ、魔術しか無いだろ。光耀の工作員が、おれ達の都市に入り込んでるんだ。お前はコイツを操った光耀人に、扇動されたんだよ」
「そんな……バカな……」
「さっき爆発したアイツとコイツ。お前に族長会議に従うよう、しきりに話して来てたんじゃねえか?」
「……」
「図星だろ?光耀人だって前線都市を取り戻したいはずだからなあ」
「お前……何を知ってんだ?」
「シー・テオダム殿の不始末を誰かが取らなきゃならねえってこと以外は何も」
「……」
「で、なんだったっけ?お前は無責任前任者にこれまた無責任にもついていった突撃クソったれ自業自得のクソ豚女を追って、おれ達を見捨てるって?」
「……」
「単なる戦線離脱じゃねえ。敵前逃亡、裏切りだ」
「う……」
「まあいいや。ほれ行けよ」
「……おれを殺さないのか」
「蛮斧戦士としてのお前さんはもう終わりだからな。このおれ様が相手をするまでもねえよ」
「……」
「行けっつってんだろ!漢じゃねえヤツらの現実を見て来い!」
タクロの一喝を受け、飛び乗るように馬に跨り南へ去るツォーン氏は、後を振り向くことはなかった。タクロは残った蛮斧騎士に指示を出す。
「じゃあ帰還だ。お前らが免責されるにはあと一つ条件がある」
青くなった蛮斧騎士らだが、その条件は穏健そのもので、
「お前らを追跡した時、最初二人を落馬させた。あいつらを説得して、おれを軍司令官として認める、と言わせんだ。どうだ?」
「しょ、承知」
「しかし、落馬した拍子で死んでたら、お前らに連隊責任を負わせてやる」
「え……」
「ほれ、とっとと走れ!看病してやれ!」
彼らもまた弾かれたように馬首を巡らせ、北へ向かっていった。微風の中、一人になったタクロへ私は質問する。
「何故、ツォーン氏にインエクを使わなかったのですか?」
「やっぱ漢のやることじゃない……」
これだけならくだらない台詞だが、
「ってのと、光曜の工作員の存在を示すことがでけた。つまり、真の敵の存在だ。あとおれの正義と、ツォーンどもの不正義も。ま、上々の成果じゃないすか」
確かに。今回発露されたタクロの人の悪さに、私は満足している。
「あなたの言う通りですね。犠牲者は出てしまいましたが」
「死んだ二人の墓を作ってやるか……あ、こればかりは本心だよ。正真正銘の戦死だしな」
敵の正体はワカらなかったが、光曜国も人材が育っているということか。ある意味で楽しみなことである……その時、庁舎における私の感知担当である庁舎猫が異常を察知した。
「タクロ君。次は庁舎で異変発生です」
「ええ……次から次へと。一連の工作なのかな?」
「その可能性はありますね。今の所、給与支給会場は平穏ですが、庁舎の牢屋を内側から破った者がいます」
「内側って……暗殺女がか?」
「区域は違いますがもう一人います。給与を受け取れなかったと苦情を申し立てていた人物です」
「補給隊倉庫組のトライプストフ!」
「その人物です。騒動が広がる前に私の方で足止めを行いますが、急ぎ帰還してください。問題は軍司令官たるあなたの手で防がねばなりませんよ」
「ねえ、軍司令官ってマジ大変だよ。ワカってます?」