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境界防衛  作者: 蓑火子
昇格ステージにて
71/131

第71話 支援の女/斧騎兵の男

「タクロ君、今どちらに?」

「あれ閣下?もう庁舎の仕事部屋に居るけど」


 タクロは戻って来ていたか。インタビューに熱中するあまり気が付かなかった。庁舎猫に視点を切り替えると、執務室にて机の上に足を乗せ、気だるげかつ無造作に書類へチェックを入れている。


「明日給料日だから、くだらん書類仕事してますよ。女どもからのこの仕事を片付けたら上に行きます。まあ、ここまで順調ですかね。軍司令官というのも結構楽ちん……」

「満足そうなところ申し訳ないけれど、反乱が起きましたよ」

「ほう」


 おや、動じていないか。


「閣下、相手の情報を」

「補給隊の戦士七名に扇動された群衆です。女性たちも混じっています。まだ大きな規模ではありませんが」

「補給隊……雑魚か!……女?えっ?住民も?」

「戦士たちは、族長会議が正式に任命した軍司令官デバッゲンに従う、という言葉を大義名分にしています。女性達は、あなたを単に嫌っている方々のようです」

「そうかあ」


 傷ついた感は無し。さすがだ。そして、


「補給隊長は?」


 タクロの懸念は危機管理として正しい。


「彼は不参加よ。よかったですね」

「じゃあ、過激な跳ねっ返りだな」

「統率下から離れた戦士たちが、貴方を倒してデバッゲンから報酬を得ようとしている、というのが真相です」

「やっぱり過激なクソ連中か。そんなら対処は容易いぜ」


 書類を放り投げ立ち上がったタクロは、悪趣味と名高い手斧を掴んだ。


「連中はどこまで来てます?」

「今、大通りを徒歩十分と言ったところです。気勢をあげ、勢力を糾合しながら庁舎へ突入をするつもりのようね」

「その人数ならこっちから出向いてやりますよ」

「制圧するのですか?」

「モチのロンよ」

「では私も支援をしましょう」

「魔術で?」

「ええ、目立たないようにね」

「共同作業すねフヒヒ、ピンチになったら頼んだ!」


 庁舎を飛び出したタクロは、ふいに向きを変え馬房に向かう。そこでは組長がまだ馬の世話をしていた。


「あ、隊長」

「ヘルツリヒ、こいつ借りるぜ。ぶらり都市してくる」

「早速乗るんですね。よかったなお前ツブされずにすみそうだ……って隊長、得物を持って?」

「お前も来るか?」

「何かあったんですか」

「まあね」

「行きます」


 手斧を持った二人の騎兵が、庁舎を出た。たった二人、数では劣勢でも、動きはこちらが圧倒的に素早い。手を貸すと言ったが、決断と行動力でタクロがこの問題を見事解決するところも見てみたいもの。




―前線都市大通り


「この芦毛、乗りやすいぜ」

「そりゃ牝馬だからでしょ」

「んな意味とは別にだ」

「体格あるからすかねえ」

「コイツに蹂躙されたヤツら、気の毒だよなあ……いたぞ!」

「えっ」

「補給隊の副官がいる!」

「タクロ君、あの集団のリーダーはその男ですがさらに」

「よっしゃ!」

「隊長これって!?」

「反乱だよ!」

「げっ!」

「鎮圧するぞ」

「たった二人で!?無茶だ!」【青】

「無茶じゃない!喧嘩だこれは!つまり大切なのは勢い!突っ込むぞ!」

「ひえ」



「おいあれ!」

「タ、タクロだ」

「突っ込んでくる!」


バーン!

ガーン!

カーン!


「フハハハハ!」


 うーむ良い音だ。これぞバトルの音。馬の速度に、ぶんまわしのゴールデンな手斧。さらにおれが手さばきを加えればまさに無敵。腑抜けどもの武具を蹴散らしてリーダーを引っ捕えるなんて簡単すぎる。


「おらあ!おい!コイツを縛っとけ!」

「へ、へい!」【黄】

「おら!まだ歯向かうヤツはいるか!」


 算を見出して逃げていく惨めな連中の背中は実に哀れっぽい。女達もあっという間に離脱していったようだ。おれ様の勝利だな。


「タクロ君!一人、魔術師に操られている戦士がいる!捕まえなさい!」

「ナヌ!」


 逃げていく連中の中に、一人鳥に襲われているヤツがいた。さすが閣下。必殺みね打ち投擲をくらえ!


ブン


「ぐわっ!」


 へへへ。見事、転ばせてやったぜ。馬というのはこんな時、実に便利。首にロープを引っ掛けて引きずっていく。


「よーし、庁舎に引き上げだ」

「ふう、良かった」

「もっとやりたきゃ行ってもいいんだぜ!」

「もう、冗談でしょ」【青】

「おいおい、人生守りに入ってんのか?」

「俺所帯持ちたいんすよ」

「何回も聞いたよ。でもカネがなけりゃ、女に捨てられるぜ」

「だから命を賭けて隊長に着いてるんじゃないですか」

「ウン、正しい!」

「……しかしコレ、補給隊まるごとの反乱?」

「いや、なんか違う感じだ」

「ですよねえ。明日昇給したカネが貰えるってのに。コイツらバカだよなあ」

「一度、庁舎の牢獄に放り込んでおこう。任せた」

「承知!……隊長、そいつは?」【黄】

「ちょっとね、直接絞る」



―庁舎中庭


「タクロ君。お見事ですね。私の支援は不要でした」

「んなことはないですって」

「ところで、その男は既に操縦者の手から離れています。絞っても何も出ないでしょう」

「あ、そうなの」


 さすが、すぐにワカんだね。


「前の学園長と同じ轍を踏まないようにでしょうが……他にも同様の潜伏があると思うべきです」

「つまり?」

「あなたに反対する者による攻撃工作が始まっています」

「もしや、こいつらを操ってあいつらを扇動したのか?」

「まず間違いなく」

「うーむ、そういや閣下はなんでワカったんですか?」

「口調や言葉が不自然でしたので。その男、この町、と言っていました。この都市、ではなく」

「あ、それは怪しい」


 蛮斧人にあるまじき発言だな。


「実際に喋っていたのは後で操る光曜人でしょう。魔術的アプローチは異なるものの、注意深く探れば判明します」

「へえ。じゃあコイツは無罪かな?」

「そうとも言えますね。しかし口車に乗った副官殿その他は……」

「もちろん有罪」

「捕えた彼ら、どうしますか?」

「インエクで固めたいが……」

「補給隊長のことですね」


 あいつをアドミンから解放させるのはマズイからな。


「閣下の力で洗脳できますか?」

「インエクと同じ効果を長時間は無理ですね」

「じゃあとりあえず投獄だな」



―庁舎エントランス


「閣下」

「よう」


 メイド長のお出迎えだ。体調は良さそうだが、明るい顔でない。


「騒動ですね?」

「ああ。もう治った」

「よかった」【黄】


 くくくっ。やっぱ強いというのは偉大だぜ。


「配金書類の処理は……」

「あとちょっと。すぐに終わらせるぜ。なんせ明日は昇給を伴う給料日だ。近年ない慶事だろ?」

「無事に終えれば、そうですね」


 条件付きか。


「明日の準備は?」

「私たちの分は、全て終えています」

「なら慶事確定だ」

「しかし戦いになってしまうのなら、どうでしょうか」

「族長会議の告示の件だな」

「はい。普段告示を見ない人まで、熱心に見始めています」

「注目の的か」

「……そう言った意味では。そしてあれを見て、都市を離れたエリシアのように考えだす人も居るでしょう」

「腹黒ロリロリ女はもう都市を去ったか」

「多分」

「で、告示を読んだお前は?」

「実家から帰還命令が出れば、従わざるを得ませんね……」

「出るかい?」

「私の父の性格を考えれば間違いなく」

「おれを讃えずに讃える手紙を送ってもらったろ。返事は来たか?」

「いいえ。返事がないのが返事。次の連絡が来るときは、帰って来い、でしょう」

「勇敢女と因縁女の実家も同じ感じか?」

「聞いている感じでは」


 コイツらもいなくなったら、庁舎の事務と維持管理が止まってしまうなあ。新規採用も厳しいか。


「クレア、もう一度問う。明日の準備は?」

「こちらは終えています」

「お前らも昇給だ。楽しみにしてろよ」

「もちろんです」【黄】


 良い笑顔だ。


―軍司令官執務室


カキカキ

ポイッ

カキカキ

ポイッ

カキカキカキカキカキカキ

ポイポイポイポイポイポイッ


「ふう終わった」

「……隊長」

「どうした無口君」

「……不穏な空気が続いてる。出撃隊宿舎で騒動中だ」

「またかよ。仲間割れ?」

「……当たり。五代目派と四代目派が兵舎の主導権を巡って争い始めている。まだ口論程度みたいですが」

「口論の内容は?」

「……明日カネを受け取りに行くか行かないか」

「チッ、行って頭を冷やしてやるか」


 面倒だがまあいい。書類は整ったしな。と女宰相の声が頭に響く。


「そのまま聞いてくださいタクロ君。その騒動も、光曜の扇動者の仕業の可能性がありますが、扇動工作が続く以上、彼らの同盟者が呼応して動き出す危険があります」

「デバッゲンか」


 思わず漏れ出た声。秘書トサカが凝視している。


「この町を、内外から攻略する策謀は動きはじめていると見るべきです」


 どいつもこいつも色々好き勝手やりやがって……あれ?おれ、これで配金にしくじったらどうなる……さすがに手詰まりか?


「……」


 しかし、部下に不安は見せられん。


「あ、いや。全く、昇給給与支給日を前に、騒がしいことだぜ」

「……隊長」

「おう?」

「……自分の考え言っていいすか」

「お、おう」


 無口な秘書トサカが語り始める。コイツいうほど無口じゃないのかも。


「……この騒動は、誰かの仕込みすよ。族長会議かデバッゲンかは知りませんが……隊長もそう考えてるんよね?」

「ああ」


 鋭い。


「……で、さっきの補給隊の跳ねっ返りに出撃隊の騒動。なのに城壁隊は落ち着いてます」

「静観してる、が正解だぜ」

「……城壁隊長に、協力を依頼した方がいいんじゃないですか」

「うーむ、しかしなあ。城壁チェリボーイにすでに宣言されちまったんだ。デバッゲンが来たらあっちに従うってね」

「……なるほど」

「そんなこんなで」

「……まだ来てないすよ」

「?」

「……デバッゲン」

「……」

「……」

「確かに、そうだ。うむ、鋭い。ちょっと行ってくる」

「……うす」【黄】



―城壁隊兵舎


「ふう、タクロか……」

「スーパーフォートレス……」


 ため息を吐いておれを見る安定野郎に対して余裕を示すにはコレしかない。


「……」

「……」

「……」

「うえっ」

「なんだ」

「無言で見つめ合って、気持ち悪いんだ」

「そんなつまらないギャグを飛ばしにきたのか?」【青】

「いや、お願いに来たんだ。同僚としてね」

「同僚?お前は軍司令官閣下なんじゃないのか?」

「ほら、そのうちデバッゲンが来るだろ」

「だろうな」

「その対策を練ってるんだが、良い案がでない」


 なぜ降参しないのか、という顔をしている。


「頭を下げて、地位を返上して、その指揮下に入ればいい」

「いや、今は無理だな」

「今は?今はとはなんだ」

「光曜の工作員が都市に侵入して反乱を扇動しているこの状況で、んなことができるか!」

「何?」


 豆鉄砲を喰らったような城壁のようなツラしやがって。


「確実にな。早速補給隊の副官と、四代目出撃隊長がハメられている」

「証拠は」

「無い」

「気でも狂ったか?」【青】

「証拠は無いがまあ聞け」

「いやダメだ」

「聞けってば!」

「ダメだ」


 逃すか!回り込む。


「おい!じゃあ、デバッゲンが来る前に、光曜が攻めてきたら、お前どうするよ?」

「無論、戦うまでだ」

「おれの指揮下で?それとも独自に?」

「……」

「えっ」

「……」

「おい、マジか?」


 答えない。この男の心は揺れている。まあ最初はインエクで操って賛同させたんだから、仕方ないね。


「じゃあ聴き方を変えよう。デバッゲンが来るまでなら、おれの指示に従えるか?」

「お前に従う……」

「うんうん」

「……従えば、族長会議やデバッゲンから睨まれる。おれだけじゃない。部下たちもそうなる」


 に、逃すか!もう一回、回り込む。


「待ってって!……明日は昇給の日だな」

「お前が勝手に決めた、と族長会議は思ってるだろう」

「うまく行ったら、記念日にしようかと思ってる」

「バカか?」【青】


 石頭め。


「それはともかく、昇給は蛮斧の戦士達が長らく希望していたことでもある。よって、おれはこの都市の戦士たちからの熱い熱い支持を確信している」

「……」

「圧倒的熱狂的支持だ。なのにお前だけはそうじゃない。何が不満だ?」

「……」

「無回答が多い野郎だな。おれの希望をもう一度伝えるぞ。デバッゲンが来るまでの間、隊長としての責任を果たしてくれ。最悪おれの指示に従わなくたっていい。光曜に隙を見せるワケにも行かない今、せめてデバッゲンが来るまでの間、おれに対して刃を向けないでもらいたい。どうだ?」

「……」


 これも無回答か。さては、族長会議かデバッゲンからコイツ宛に指示が来てるのか?


「おれを捕らえて殺せって?」

「……」


 当たりかな?その上でおれに対して無言を続けているということならば、それがコイツなりの最大限の譲歩ラインなのかもしれない。それなら感謝しなきゃならんが、それでは不足なんだ。


「ワカった。スタッドマウアー、ただいまをもって、お前の役職を解く」

「なに」【青】

「城壁隊長はクビ。後任はお前の副官だ。なんつったっけ……あ、ヴァフトゥルム君だ。そいつを二代目城壁隊長に任命する」

「……」【青】

「代わって命じる。たった今から軍司令官付き参事として、任務を遂行すること。勤務地はもちろん庁舎の執務室になるがな」

「おい」

「以上だ。スタッドマウアー君」

「タクロ、何を焦っている」

「ちなみに、参事というポジションだが、ちゃんと蛮斧軍の歴史には前例があるからな。おれは史料を紐解いたんだ。賃金は隊長より上がる。まいったか」

「おれを買収するつもりか」【青】

「これは人事発令だぞ。蛮斧軍人たるもの、ちゃんと命令には従うよな」

「時と場合と相手による」

「命令不服従は軍法会議行き」

「といってそんな会議は開かれた試しがない」

「なんでだか知ってるよな?」

「大体が殺されるか逃げ出すかするからだ。違うか?」

「お前はどうする逃げんのか?それともデバッゲンが来る前に戦争すっか?あ?」

「……」



―軍司令官執務室


「というわけで、ようこそ参事官殿」

「……」【青】

「そう渋い顔をするなよ。早速仕事だぜ。出撃隊内部で騒動が起きている。今から説得して鎮めてきてくれ」

「……」

「光曜の工作員が対立を煽っている。そいつが見つかればなお良しだ。明日の給料日に騒動を持ち越したくないからな。やり方は任せるし、全責任はおれが請け負う。頼んだぜ」

「……」

「またダンマリか。まあ、お前はやってくれるだろうがな」


 ガチャ


「閣下失礼します……城壁隊長殿」

「アリシア」

「勇敢女。今のそいつはおれ付きの参事の資格で騒動を未然に防ぐ為、汗をかいてくれる、頼もしい男だぞ」

「そうなのですね。ご苦労様です。お二方が協力されるのなら、心配はありませんね」

「そうか?」

「はい。お二方は軍の良心ですから。住民たちは安心します」

「……」

「だってよ、スタッドマウアー」

「……」

「おれたち二人は期待されてんだ。理不尽を相手に、気張らんとな」

「……ちっ」【黄】


 ガチャ


「……」

「……」

「アイツ行ったか?」

「そのようです。閣下、これでよかったでしょうか」

「素朴で泣かせる評価、バッチリだ。アイツこれでもうちっとはこちら側に立つな」

「閣下が何をお考えかは存じませんが、私は城壁隊長殿を騙したつもりはありません」

「つまり?」

「真にそう思う者も都市には多くいると考えています。閣下に期待をかける人たちのためにも、負けないでください」

「おれたちは良心的かい?」

「今のところは、そう見えます」

「そう見えることで、お前の実家はおれの支援をしてくれるかな?」

「初戦に勝つことができれば、その芽が出るかもしれません」

「やれやれ、その初戦がヤバイんだよなあ」

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