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境界防衛  作者: 蓑火子
昇格ステージにて
68/131

第68話 アジ演説の男/支持者集計の女

「そうだ。閣下、突撃デブを動かしたろ?」

「はい。彼は私にとって、優秀な手足となりつつあります」

「ええ……ちょっとジェラシー」


 はい、はい、とおれを悩ます女の顔が憎い。


「アイツを操作するのってどんな感じです?」

「これはもちろん嫌味ですね?」

「そんな、違いますよ……」

「嫌味以外の質問の意図が読み取れませんが……まあそうですね。そう、乾いた土壌に清水を撒く気分ですね」


 本当に怖いなあ、この女。


「今回の件で、ミスター城壁から言われたんすよ。あのブタを表彰してやれって」

「あら、私もそれは強くお勧めします。彼は名誉に飢えているから、きっと喜びますよ。あなたとの関係改善も期待できるかもしれません」

「ワカりましたよ……あと、こういう助言を、スタッドマウアーの野郎はできるんだ」

「そのようですね」

「だからコイツを使うのは、ヤツの造反が確定した時にします」

「……」


 歓迎してない面だなあ。


「甘いって?」

「あなたの意見を尊重します」

「顔にはそう書いてない気がする」

「いえ、相手が補給隊長殿なら違うのだろうなと考えただけです」

「多分、その通り」

「同じインエクでも、個々人で様子が違いますか」

「補給隊長は今の状態のが話し相手になるんだ」

「彼への効果切れには要注意ですよ」

「閣下のお嬢さんとの戦い後も、助言はくれているからまだ大丈夫だろ」

「順番から言って彼へのインエクが切れるのはそろそろのはず。十分に警戒してください」



「さて、足の具合はいかがですか」

「有難いことにだんだん良くなってきた気がするよ。顔にも痛いって書いてないはず」

「そうね、前よりは大分」

「なら一安心だ」

「?」

「この顔で、これからまた演説しますよ。夜明けとともにね」

「その……城壁隊長殿の告示に抵抗して?」

「ああ、きっとここが分水嶺だろうからなあ。今のおれは曲がりなりにの軍司令官。早朝でも、聴衆も集まるだろ。使者どもの度肝をヌイてやるぜ」


 手でヌイて見せたおれに、笑顔を示す女宰相殿。


「いいでしょう。この夜明け、住民たちが早く目覚め、あなたの話を聞けるよう、私も手を打ちます」

「えっ、そんなことができるの?」

「もちろん、任せてください」


 うーん一体、何する気だろ。


「それと私の見立てでは、未だ分水嶺には至っていません」

「厳しいね」

「ふふ、いいえ、そうではなく」


 苦笑しつつも、その柔らかい表情。うーむ美しい。久々に彼女の素の美に触れることができた気がする。


「水の方向など、どのようにでも出来るということです。あなたにはこの私がついていることをお忘れなく」



―庁舎前広場


 早朝。涼しい風が街並みを抜け、建物の影が陽の中に浮かんでいる。住民たちが静かに動き始める音が、庁舎広場まで聞こえてくる。今頃、城壁之介は族長会議の使者どもと一緒にポスターを貼り始めているのだろうか?だが、おれの部下どもは連中より先に庁舎前へ集合した。


「いいぞ、組め」

「うす」


 トサカたちが告示板の前に演台を組み始める。こんな仕事はあっという間にこなす我が精鋭たち。


「隊長、どうぞ」

「よっしゃ」


 多少の緊張感と共に演台に立つ。そんなおれを見るだけで、通りかかった住民どもがこちらを見て立ち止まる。それだけでいいのだ。


 それにしても今朝、日の出と共に鳥たちが大きく鳴き声を上げていた。実にやかましかったが、その為か朝の通りを歩く連中が多い。さすがは女宰相殿と言うしかない。


「どんだけ集まって来るかな」

「……おれたちがですか?住民どもですか」

「両方」


 目の前を睥睨してみせるおれ。隣に立つ普段無口なトサカは、聞けば色々応えてくれるヤツだ。


「……まだ朝なのに出歩いてる住民が多い。期待していいでしょう」

「戦士衆は?」

「……ウチの隊は問題なしです。他の隊も、ある程度は指示に従うんじゃないかと」

「根拠は」

「……そりゃ演習から戻ったばかりですし、なによりカネの話を聞きたいはず」

「だよな!おっ」


 ナチュアリヒを除く組長二人に率いられて、眠そうな顔をした庁舎隊員が集まってきた。


「ざす」

「こんな早くに、呼び出さんで欲しいすねえ」

「へえ、これからカネの話をするのに?」


 カネと聞いて、無数のトサカ頭がピンとしなり、目がギラつき始める。


「エルリヒ、太鼓来てるか」

「うす。言われたとおり。おーい」


 楽器を持った陽気なトサカが四名やってきた。太鼓が三、弦が一か。


「早速演奏してくれ」

「えっ、もう?」

「聴衆を集めるんだぜ。これから何かが始まる予感の音で行け。報酬は弾むぞ」

「承知!」


ズドーン!

ジャーン!


 重く響き渡る大音量の一撃の後、和音がかき鳴らされ祭りの雰囲気がでてきた。


「……来ましたぜ」


 出撃隊、補給隊の面々もパラパラと集まってきた。ただし全員ではない。出撃隊は長が来ているが、逆に補給隊にはいない。


「補給隊長が……いない?」

「……隊長から直接伝え済みですか?」

「人伝のみだ。昨日の夜は見当たらなかったんでな。まあいいアイツを使おう。おい五代目出撃隊長ジーダプンクト殿!こっち上がって来てくれよ!」


 五代目と呼ばれたトサカ頭が挙動不審にやって来る。名を呼ばれ、嬉し気にトサカヘアをいじっている。


「タクロさんすんません。全員は来なかったすよ」


ズドーン!

ジャーン!


「それって、お前にも反抗的なヤツらだろ」

「はい」


ズドーン!

ジャーン!


「四代目とかだろ」

「……まあ」


ズドーン!

ジャーン!


「す、すげえ音だぜ」

「なーに、ヤツらすぐに後悔するさ。で、五代目。おれが話している間、演台横に立って、聴衆にガン飛ばしてくれ」


ズドーン!

ジャーン!


「ガ、ガン?」

「いつもやってんだろ?」

「う、うす」


 早速、演台横に立った五代目が目をギラギラさせ始めると、俄かに殺気が薫り立つ。これぞ蛮斧式だぜ。舞台は整いつつある。そこに、女宰相の情報連絡が入る。


「タクロ君、城壁隊は誰一人動いていません」

「さすがの城壁マスターだな」


 大した統率力だ。


「あと補給隊長は、取り巻きの隊員らに留め置かれているようです」

「なるほど、そういう事情ね」

「使者の件、補給隊には速く伝わったのですね」

「おれも嫌われているなあ。だが、これからはどうかな?」


ズドーン!

ジャーン!


 ある程度集まってきた。いい具合だぜ。群衆がおれを見つめている。カネを求める熱い視線が、おれの体を指先までシビレさせてくる……気がする。


「よし、じゃやるぜ」

「……うす」


 無口君が演台を降りる。心得ているトサカ楽団は、


ズドーン……ドォーン……ドン……

ジャーン……ジャー……ジャ……


音を小粋に減弱させていき、


ドドン!

キュイーン!


高打音とともに止まった。


「……」


 場が静まる。臨時とはいえ軍司令官にならなけりゃ味わえなかっただろう静寂。この実に良い瞬間に、おれは演説を勃発させる。


「蛮斧戦士諸君!聞こえるか!」




 好天微風。群衆は演台に立ち弁を溜め続けている一人の男を見つめ、耳を傾けている。そして、演者の拳が突き上げられた。


「お前達の給料をあげる準備が完了したぞ!」


 それだけで大歓声が巻き起こった。喜びを爆発させた戦士たちはタクロを真似て拳を空へと突き上げる。拳は同意の証なのだろう。私は空からその数を集計する。現在の聴衆数は約二千人強だが、さらに増え続けている。


「喜べ!資金にはなんの心配も無い!喜べ!」(聴衆:二五〇〇人)


 演説には、度胸や明快さが必要だが、それだけでは十分ではない。目的意識、聴衆の知識レベルの理解、論理的な構成力。どれか一つが欠けただけで、聴衆の理解と共感を得ることが困難になる。これらを総じて説得力と言うが、私の見る限りタクロにはこれらが十分に備わっている。適度に人も悪い。


「知っての通り、おれたちは河の右岸、光曜領を進んだ!それこそ庭のように、進んだんだ!」(聴衆:二八〇〇人)

「霧の中にも入った!行ってきたんだ、もう一度光曜境に!そんで城壁に蛮斧の旗をまた立ててやったぜ!」(聴衆:二七五〇人)

「光曜兵は誰もいない!河の向う側は安全!相変わらずおれたちのものだ!」(聴衆:二七〇〇人)


 歓声は上がるが、やや小さい。空を突く拳の数が減った。戦士たちは対岸の安全に余り関心がないことがワカる。


「次!おれたちはどこを攻めるべきか!お前ワカるか?」(聴衆:二八〇〇人)


 聴衆を手差して尋ね、聴衆を引き込むタクロ。戦争は一時的に人々を結束させる。それが野蛮な蛮斧国家なら尚更だろう。陳腐な手段だが、今の彼にはそれが必要だ。


「よお知ってる?知らない?じゃあそこ!っというかココだ!五代目出撃隊長殿は?」(聴衆:三〇〇〇人)

「し、しらねえ」

「嘘つけ遠慮すんな!皆の衆攻めたいトコあるだろ、なあ!」(聴衆:三一〇〇人)


 進軍の後、攻撃も容易かつ収穫でも期待できる場所と言えば一つしかない。


「なあ!なあなあなあ!」(聴衆:三二〇〇人)


 手を振るタクロにより、蛮斧戦士たちの心が煽られている。聴衆も増え続けている。


「光曜の大農場だ!決まってんだろ!」(聴衆:三五〇〇人)


 合わせて太鼓と弦が蛮斧の旋律を短くも派手に鳴らすと、大歓声が沸き起こった。


「いいか!次、おれは光曜の大農場を攻めようと思う!攻めに攻めるんだ!」(聴衆:三七〇〇人)

「戦ってお前らも知ったはず!今の光曜の国防体制は腑抜けていて、かつてほどの力はない!霧が邪魔なら、霧の無いトコを攻めればいい!」(聴衆:三九〇〇人)

「攻めて攻めて、この前線都市をもっと豊かにしてやる!光曜相手の戦争に勝てば、カネが唸る!そうすりゃ褒美は思いのままよ!」(聴衆:四三〇〇人)

「ワワワワワ!」


 四重奏蛮斧のウォークライがあちこちで高らかに轟いた。


「さらに税金も下げれる!」(聴衆:四五〇〇人)


 遠くから響く太鼓のように、おおきなどよめきが伝わってきた。発生源は、遠巻きに演説を見ていた住民たち。彼らが一気に加わり始める。


「下げれるんだ、絶対に!」(聴衆:五五〇〇人)


 言い切った。どうやらタクロは大きな勝負に出るつもりのようだ。決意と決断の領域においては、これもまた成長したと言えるのかもしれぬ。


「この都市に住む全蛮斧人、聞いているか!お前らも豊かになるんだぜ!」(聴衆:六〇〇〇人)


 さらなる大歓声に次ぐ大歓声。惨めな生活に呻吟する民衆を扇動するこのデマゴーグ的レトリックは、意外なものではない。タクロにはこのような面がある。


「そうだ!いいか!……へ」

「?」

「へっ……へっ……」


 これはクシャミだ。


「へっくし!」(聴衆:五九〇〇人)


 演台の下から差し出された布で鼻を拭うタクロ。


「……」(聴衆:六一〇〇人)


 無声の間も、聴衆は増えた。この演説はノっている。


「ところで、族長会議がおれをクビにするという噂がある!これは、どうも真実かもしれないんだ!」(聴衆:六二〇〇人)


 聴衆は波のように驚きの声を震わせる。族長会議の権威は相当強いのか、人々の動揺が伝わってくる。太鼓と弦の四重奏も音を止めた。


「おれがクビになったら、昇給も、国境の守りも、次の遠征もオシャカ確実……」(聴衆:六二〇〇人)


 聴衆は深刻な表情になっていく。やはりタクロにはデマゴーグの才能がある。


「今さら昇給がフイになったら、お前ら泣くだろ」(聴衆:六四〇〇人)

「すでに始まっている戦争にも勝ちたいだろ」(聴衆:六五〇〇人)

「お前ら、給料上げたいだろ。税金下げたいだろ!」(聴衆:六六〇〇人)


 当然!と叫ぶ戦士もいるが、聴衆は一様に深刻な表情のまま頷く。そこには貧しさに対し懸命に抗う庶民の悲哀が滲んでいるよう。


「おれだってそうだ!おれだって給料上げたい。戦士の名誉にかけて国境を固めたいし、出来れば税金も下げてもらいたい。心得野郎とか、何だかんだ言われる身だが、これでも蛮斧男の誇りはあるんだ」(聴衆:六八〇〇人)


 泣かせる一節ではないか。そろそろ、タクロの口から勝負の一句が出てきてもよさそうだ。


「というわけで、族長会議によるおれのクビが確定した場合、おれはその決定を断固拒否する!」(聴衆:六九〇〇人)


 どよめきとともに、感心するような声も上がっている。良い傾向だ。


「おれたちゃ蛮斧人なんだ!光曜領をゲットしたら、お前達に土地を配る!開発された、良い穀物がとれる収益力の高い土地だ!遊んで暮らせるかもしれないぜ!」(聴衆七千二百人)


 蛮斧のウォークライが鳴り響いた。夢を語り煽動をするのも一つの方策である。大音量の狭間で、群衆の中から誰かが叫んだ。


「だが、正当な軍司令官が来たら?それってもう、内戦だぞ!」(聴衆七千三百人)


 内戦、と聞いてさすがに静まり返る会場。だが、タクロはこれも予想していたようだ。タクロは叫んだ男を向いて、ゆっくりと手を広げた。


「族長会議が任命した前の軍司令官シー・テオダム殿を思い出せ。あのオシャレ人間は、訳がワカらないうちにこの都市を去った。勝手な離脱だ。おれはテオダム氏の無責任を非難するぜ」(聴衆七千四百人)


 ため息にも似た同意が、群衆から湧き上がった。当然だが、蛮斧戦士たちには、あの人物を好く理由がない。


「無責任……無責任!無責任!そうだろ皆の衆!」

「そうだ!」

「酷い無責任だ!」

「無責任!無責任!」


 前軍司令官を非難する声が溢れ出す。そしてこの場面を、族長会議の使者も見ているはず。


「族長会議は無責任野郎を選んだ責任を取るべきだ。といっても今!おれたちが!その責任を担っているんだ!違うか!」

「そうだ!」

「なら、ここでおれたちが前線都市を防衛することに、族長達に何の不都合があるってんだ?」

「ない!あるはずがない!」(聴衆七千六百人)


 太鼓と弦もタクロの気運を盛り上げようと音を鳴らしているが、群衆の盛り上がりの中に埋もれていく。場の空気を統率できる者はもはや一人のみ。タクロが両手を高く掲げると、誰もがその声を聞くために静まった。


「だからおれやお前やお前ら皆の衆が納得できる、新しい軍司令官が必要なんだ!そして、事情がなんであれ、この都市をヘッド無しにはできねえ!引き続きおれに任せろ!」(聴衆七千七百人)

「ワワワワワ!」

「ワワワワワ!」

「おれたちが最前線のこの都市に住むことで、蛮斧世界は安全って名の利益を得ている。この都市の連中みんなに正当な評価があってしかるべきだ。違うか諸君!」(聴衆七千八百人)


 そうだ!と同意する叫び声が増えていく。見れば二人の組長も前のめりに拳を突き上げている。


「その手始めが昇給、戦争、減税だ!繰り返す、昇給、戦争、減税、ほら!」

「昇給!戦争!減税!」

「声が小さい!」

「昇給!戦争!減税!」

「声が小さいもっとだ!もっと腹の底から、魂を震わせろ!」


 昇給と戦争と減税を叫ぶ声が町をこだまし、外にすら洩れだした。すでに人数を数える必要も無いほどに、国境の町の住民たちは扇動されている。


 良い才能だ。光曜ではすでに需要がないとされる演説能力が光り輝き、眩い。人々の眼の中心に立つタクロを見て、私はある種の羨ましさを自覚していた。

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