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境界防衛  作者: 蓑火子
昇格ステージにて
66/131

第66話 瀬戸際の男/アイデアの女

「はあはあ……」

「ふん、さすがのお前も心穏やかではいられない……」

「はあはあはあ、ウッ!」

「……」【青】


 誤魔化してやったやった。しかしだ。


「ううん、どこで恨まれたんだろ」

「ワカりきった話だろ?」

「そうかなあ」

「一人は娘を通して、一人は人事の完遂のため」


 確かに。突然クソ女の親父はおれをブッ殺したいだろうなあ。


「前任者殿は、どの族長からの推薦だったっけ」

「良くワカらない。明確に誰、ってのがない」

「みんなで推薦したって?」

「らしい」


 んなバカな。


「不仲が芸の我らが族長会議だぜ」

「だが、全会一致での選出だったのは間違いない」

「ふーむ」


 ということは、軍司令官の地位を得るために、アドミン・インエクを駆使したんだろうなあさすがに。それなら、心酔している突撃クソ女が保護者を気取っている気持ちも理解できる。つまり親父に代わって、ということだ。


「おれが献金を欠かしていない族長殿からは何か連絡はあったか?」

「それって持たざらぬ漢の」

「そう。ウンダリッヒの老いぼれ」

「何も無いな」

「クソ、せっせこ献金してやってるのに」


 蛮斧の世は、人脈作りも難しく。今に至って、本当に地位が欲しいとおれは思う。


「このことを知っているのは俺だけだが、使者殿は夜明けとともに、城壁隊長の名前で告示をすることを求めている。それを見届けて帰還するということだ」

「スタッドマウアー君」

「ダメだ」

「ま、まだ何も言ってない」

「使者殿を殺す相談だろ」


 外れ。


「殺すとは言っていない。身ぐるみ剥いで、光曜にでも追いやってやろうかと」

「この状況下、同じ事だな」

「どうしても?」

「ダメだ。それに勘違いするなよ。場合によっては、俺だってお前の敵になるんだ」

「……」

「俺だけじゃない。お前の部下たちだってどうするかワカらんぞ」

「ヤツらはついてきてくれるさ。たっぷりカネで釣ったことだし」

「カネの競り合いになったらさすがに勝てないぞ」


 そりゃ、ヤツらは下から搾りとってるからなあ。


「それにお前には正当性がない」

「族長どもにそれがあるとでも?」

「少なくとも、軍司令官って地位は族長会議の決定から生まれるもんだ」

「うーん」

「だからって光曜に寝返るようなことをすれば、誰もついてこない」

「こら、んなことするかよ」


 心外な野郎め。


「よしんばお前の部下たちが付いて行ったとして、内戦になれば死ぬ者も出る。どうせお前、部下たちの死に責任を感じるだろ。耐えられるか?」

「……」

「……」【黄】


 言葉が切れる。確かに、おれには部下を死なせる覚悟はできていない。死者が少ないのが庁舎隊の自慢、それが終わるのか?


「朝、日が昇ったら、俺は使者殿の前で告示を張り出す。それまでに身の振り方を考えておいてくれ」


 そうカッコよく述べた城壁マンは自身の兵舎へ去っていった。明日に備えて、今日は家に帰らないのか。こりゃマジだな。


 身の振り方……つまりその使者殿に降伏するか、逃亡するか、亡命するか、あるいは……ってことか。



―庁舎エントランス


 庁舎の入口に篝火に照らされて、病弱クレアが立っている。エラぶってやるか。


「戻ったぞ」

「お帰りなさい」

「こんな遅くまでご苦労さんだぜ」

「レリアもアリシアも中で仕事をしていますよ」

「やっぱ忙しいか」

「いくらか騒動もあって、療養所に入り切らない負傷者を庁舎内に寝かせています」


 ほう。


「城壁くんから騒動の話は聞いたが、前任者殿なら絶対却下しそうな良い判断だな。お前の考えか?」

「承知されたのは城壁隊長殿ですが」【黄】

「そうか」


 うーん、友情を信じてしまいそうになる。


「演習」

「ん?」

「万事順調だったと伺いました」

「まあね。で、全員いるなら丁度良い話がある。呼んできてくれ」



―軍司令官執務室


「聞いての通り、万事順調だった。演習とはいえ軍勢を動かして行進し、まあトラブルも少なく、霧の調査も行えて、なによりカネの目処が立った」

「この都市の軍勢をカネで買収するってことですか?」


 辛辣な因縁女の意見だが、


「まったくその通り。蛮斧世界最高のこの都市での生活は他の蛮斧イモ集落に比べてカネがかかる。実際、昔に比べて物価が上がってて、変わらんままの報酬じゃ足らんのは間違いないからなあ……で、お前らの給金も上げる」

「え」【黄】


 まず、因縁女の目が輝く。


「あ、お前ら実家の支援があるから、カネなんていらないってか?」

「言ってません。言ってませんよ。いくら上げてくれるんです?」

「銀貨でこんくらい足そう」

「わー!」【黄】

「言っておくがこれは買収じゃないぜ。残って責任を果たしているお前らの正当な報酬だ。負担も増えてるしな」

「わー!わー!」【黄】


 両手両足バタバタ大騒ぎの因縁女に比して、冷静さを崩さない他の二人。しかし、クレアの口角は上がっている。勇敢女は……変化無し。読めんヤツ。


「で、お願い事ではなく、指示がある」

「軍司令官閣下。なんなりと」【黄】


 カネの額が不平を上回っている間は信用できるが、それにしても現金な因縁女め。ちょっとカワイイかも。


「お前ら実家と連絡してるだろ。その中に、昇給した旨を書いて伝えてくれ」

「言われなくても書きますよ!」【黄】

「お願いってのは早速書いて送って欲しいってことだ。ただし、事実のみを書いてくれ。下手におれを誉め殺しせずに。おれの肩書きも臨時の男とでもしておけばいい。指示だから、費用はおれが出しちゃる」

「清廉をウリにするんですね!でも、意味ないのでは?」

「なんで」

「なんでって、ねえ」


 顔を見合わせる三人のメイド。微妙な表情。


「私たちの父がどう考えているか、ワカりませんから」

「でも父親ってのは大体娘が可愛いはずだ。その娘をおれが厚遇している。悪くは思わんだろ?」

「つまり、族長会議から何か回答があったのですか?」


 鋭い勇敢女め。が、ここは黙って嘘で逃げよう。


「まだ無いな。その回答を良くするための作戦だよ。つまり、おれの安全は諸君らに掛かっているわけだ。よろしく!よろしく頼むよ!」


 とりあえず三名とも承知したが、城壁さん情報の通りなら意味がないのかもなあ。無駄金ということだが……まいっか、福利厚生ってヤツだ。


「閣下」

「……」

「軍司令官閣下ぁ」

「お、おうん?」


 相変わらず慣れないのに、女どもから言われると一層落ち着かない。


「私の占いは当たりましたか?」

「なんだっけ……あ!」

「そうですそれです。その顔は当たりましたね」

「油断禁物な」


 ナチュアリヒの不服従と、光曜境であったあのメスガキ。どっちも危ないところではあったが……どうなんだろう。


「当たっ……たような気もするが、ハッキリしない」

「何があったか教えてください。私の占いは当たるんですよ」

「お前のは何占いなんだ?」

「直感占いです」

「ヘッ、それじゃあ客に信頼されんだろうな」

「クレアからはね」

「当然でしょ」

「でも閣下、当たったような気はしたんでしょ?じゃあこう聞きます……外れました?」

「……ワカらん」

「フフフ、また占えたら必ずお知らせします。私の見立てでは、例の油断禁物、続いていますからね」【黄】

「レリア」

「はーい」

「……」



―庁舎の塔 応接室


「と、クレアが嗜めて、因縁女はようやく黙ったんです」

「なるほど」




「独裁者が戻りましたよ閣下」

「無事でなによりです」

「お互いにね」


 帰還後、私の下を訪れたタクロは足を差し出したまま話し続けている。私は手翳し治療を加えながら、


「都市のダニを高値で売る。辛辣な閣下らしい作戦は成功です」

「この都市の防衛も感謝します。これでもうしばらくは独裁者できます」

「あと、翼人とは友好関係が結べましたよ。今も二人、雇って上空から監視させてるくらいには」


話を聞く。


「これで昇給ができる。ついでにメイドどももね。あいつら絶対喜んでますぜ」


 どうやらタクロと残ったメイド達の関係は良好に推移しているようだ。給与増額だけが原因ではあるまい。危機に際して見捨てなかったのだから、そもそも相性が良い娘達が残ったと見るべきだろう。


「ところで閣下は占い信じます?」


 その質問、軽いが多少の感情による湿りがある。少し気にしているのだろうが、責任者という立場も楽ではなさそうだ。


「光曜でも、幸運を求めたり不幸を避けたりするために占いが用いられることはありますよ」

「へえ、そうなんすね。文明人がねえ。なんか意外だぜ」

「私自身、その占いが結果を左右することは無いと考える一方で、占いそれ自体が人の心に影響を与えることは往々にしてあるものと考えています」

「つまり、信じてないってことすね。因縁女め、フハハ」

「あなたはどうですか?」

「当たっても外れてもそんなに気にしない……かな」


 そうなんだけどなあ、と顔が言っている。では、


「占いもきっかけの一つですよ。私も判定してみましょうか。レリアさんの占いに対して。具体的に思い当たることは?」

「ええと、油断禁物に当たる、これかな?ってヤツすね」

「そう」

「ナチュアリヒの野郎の件かなあ」


 やはり。


「彼の行為は、造反というよりも反発と独走と言えるでしょう。その原因があなたにあるのならば、確かに該当するのでしょうね」

「しかし、犯罪者を即死刑にしろ!とか、ねえ」

「それが蛮斧式なのでは?」

「そうなんだけど、ちゃらんぽらんたんなのも蛮斧式です。今のおれにはこうするより他にないからなあ」


 並ぶ者のない腕っぷしを誇るタクロだが、私の見たところ意識の本質はどこまでも穏健、なのだ。それが気に入らない者もいるのは当然だ。私だって気に入らないのだ。


「以後、あなたが彼をどうするかはまたいずれ教えてください。それで……他にはどうです?」

「ああ、光曜境は霧の中でのトラブルっすね」


 そう言えば詳細を聞いていなかった。


「何が起こったのですか?」

「光曜境で女に攻撃されたんすよ」

「女」


 まさかあの女の別働隊が動いていたのか?


「いや、女というには幼く、十代中程って感じの娘っ子だったんですけど、ヘルツリヒ達は操られるわ、おれも腹に魔術的一撃を食らうわで大変でしたよ。それもたった一人で!」


 タクロ相手に、中々腕が良いが、


「少女、ですか」

「もちろん魔術を使うくらいだから光曜人でしたけどね。多少事情を吐かせたんですよ……っと、女子供相手に酷いことはしてませんよ」


 だろうとも。怖気付くメイドたちに気合で威圧するのとは違う。敵の少女を虐待するなど、この男にはできまい。


「あなたのことですからワカっていますよ。それで、その少女は何と?」

「ええと母親を探しに来たと」

「母親」

「光曜境の戦いで行方不明になっちまったとかで」

「……」


 母を探す娘の姿に、我が娘を重ねそうになる。


「閣下?」

「失礼」

「そういや閣下にも娘さんがいるんでしたね。故郷を思い出したんすか?」

「まあ、そんなところです」

「もしや帰りたくなりました?」

「タクロ君」

「はい失礼しました」


 全く帰りたくないと言えば嘘になるが、私は自分の意思でここにいるのだ、ということを娘の顔を思い起こすことで再確認した。


「その、少女の特徴はありましたか?」

「背はちょっと低かったかな。あと胸はペッタンコでした」

「?なぜ胸のサイズを?」

「いや、ガキとは言え魔術を使うから、死ぬ気で取り押さえたんすよ。こう、羽交締めにしてね」

「その時に胸に触ったと」

「触ってません。見た感じを述べただけです」


 抗議の臨時軍司令官殿は真剣だが、


「私はあなたが紳士的な蛮斧戦士であると、確信していますよ」


 多少疑わしい目で私を見ている。が、彼が紳士の道を歩むことは以後重要な意味を持つはず。


「あとリボンをしてて、それで猿ぐつわをキメて……」

「リボン?」


 私の娘が好むリボンを思う。私が贈った、少し大人びて見える純白リボン。


「ええ。イイトコのガキにお似合いの白いリボンすね。蛮斧世界じゃ一日でくすんじまうでしょう」

「……」


 もしや。


「あ、そうだ。閣下と似た髪の色でした。碧がかった髪……」

「……」


 まさか。


「え、ええとですね」

「……」

「そ、そう言えば名前も聞きましてね、確か」

「教えてください」

「うおっと。閣下、顔がなんか怖いです……」

「それで名前は?」

「えっと、いやちょっと……」

「名前は?」

「ま、まさか……」


 この男も私と同じ考えに到った事が手に取るようにワカる。


「その少女の名前は?」

「ええと」

「さ」


 私が真剣に促すと、タクロは意を決したように曰く、


「……レイス、ちゃん」

「ハッキリと」

「はい。レイス!レイスと名乗ってました!」

「……」

「まさか……閣下の、おぜうさん、の名前は……」

「私の娘の名前と同じですね」

「よくある名前では?」

「いいえ」

「ハハ、偶然でしょ」

「そんなわけがありますか。母親を探す光曜人の魔術を用いる私と同じ髪色の私の娘と同じ年頃で同じ装いの同じ名前の少女が」

「うわマジか!嫌な予感がしたんだ!」

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