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境界防衛  作者: 蓑火子
昇格ステージにて
62/131

第62話 張り切る女

「というわけでおれが行ってる間、この拠点のことは任せたぜ」

「……承知」


 蛮斧勢は無事に霧の境を進み、国境の町対岸に到った。光曜境探索のための補給拠点、といっても物資置場だが、戻れる拠点が近くにあれば兵は安心するのだろう。補給隊長と打ち合わせを重ね、タクロにしては用心深く時間を投じている。


「何か心配事はあるかい?」

「……なし。敵の姿もなし。霧対策が十分なら問題なし。この現場においては」

「おう」


 インエクで操作されている限り、補給隊長と相性が良いタクロの様子は妙に可笑しい。良いコンビのようにも見える。


「……お前自身は霧の中には入らない方がいい」

「万が一を考えて?」

「……そうだ」

「中にはヘルツリヒが入るよ」

「また俺ですか!」

「頼りにしてるぜ相棒!」

「もう……それより隊長お耳を」

「なんだよ小さい声で」

「…・・・最近補給隊長の野郎と仲いいすね、和解したんすか?」

「いや、あいつとは憎みあってるはずだ」

「へえ、ワカんねえもんすね」【黄】


 準備の整ったヘルツリヒ組。メンバーの顔付きも、霧に慣れてきているのか、いつもの蛮斧戦士そのもの。慣れで恐怖を払うというタクロ流訓練は有効のようだ。


「よし、もういっちょ行くぞ」

「へーい」


 命綱を曳きながら松明を手に霧の中に進んでいくヘルツリヒ組。タクロは正真正銘、霧との境で悠々と構えている。上空には例の翼人が留まっている。交代で休みも取り合って律儀なものだ。


 上空から眺める範囲ではタクロ勢を脅かす光曜兵はいないが、厚い霧の下ではワカらない。もしも私が光曜側に立っていれば……霧の中で動ける仕組みを用意して、深入りした相手を血祭りに上げる策を用意する。仮に蛮斧側ならどうか?おそらく何もしないが、タクロ側なら?別の活用法があるのかもしれない。


 その時、応接間への人の接近を感じ、姿勢を正した。


「失礼します」

「あら」


 クレアが食事を持って入ってきた。調子は良さそうだ。


「だいぶ落ち着きましたか」

「はい」


 多忙が彼女を癒しているのだろう。いくらか顔に生気が戻ってきている。私は表向き、一連の詳細は知らず、メイドが三名になったことだけは知っている体でいる。


「出発前に庁舎隊長殿、失礼。臨時の軍司令官殿が、また人を増やさねばと呟いておいででした」

「人の出入りが激しい職場というのは、きっと問題が多いのです。だからきっと隊長殿は応募に苦労すると思います」

「何故?」

「前の軍司令官閣下は、一般にも女たちから人気がありました。私たちへの配慮も完璧でした。対して隊長殿は……」


 確かに、タクロは女への配慮など薬にもしない。


「そう言った話が広まっている以上、新たな募集に応じる女たちは少ないでしょうから」

「フフフ、そうなんですね」


 とはいえ、クレアは不満気ではない。この娘は真面目だし、事態がどう変化しても今を受け入れるだろう。反面、融通が利かないとも言えるが。


「そう。庁舎隊長殿が出発される際に城壁隊長殿も見えられましたよ」

「あの方は、庁舎隊長殿と協力してこの都市を守ると決められた、と聞いています」

「簡潔にですが、都市は騒がしいが気にしないように、何かあれば言うようにとお話をいただきました」

「さすがは城壁隊長殿ですね」


 クレアは微笑んだが、タクロの話をしている時の方が愉快にしているようだ。なるほど、あの男も中々のプレイボーイではないか。私も彼を鍛える甲斐があるというもの。


 アリア、エリア、エリシア、そしてクララと半数が欠けてもタクロを見捨てない三人に、私は敬意を感じている。持ち場を離脱した我が身と比さずしても。私はしばし、節度の保たれた会話を愉しんだ。



「本日の夕餉は他の二人どちらかが用意いたします」

「ありがとう」


 午後。クレア退室後、私の他何者もいない部屋。快適な牢獄。暖かな気候に、天窓から差す陽。耳をすませば、揺れる風と鳥の音。町の人々の生活音。まさに休暇のそれだ。しかしここは光曜のリゾート地ではなく、荒々しい蛮斧の領域なのだ。


 それでも、考えたいこと、行いたいことは数多い。ウビキトゥの腰を据えた研究、そのために必要な環境づくりのためのタクロの立場の強化、それとは別に、タクロを支援したいし、本国の太子の動向も気になる。


 時に、光曜に残した家族や親しい人々のことを忘れ、そんな考えに没頭している自分を、明らかに良き性質の人間ではない、と定義している。そのためだろうか。蛮斧世界への逗留も二ヶ月を超えたというのに、望郷の念も弱い。


 町を俯瞰していると思う。光曜蛮斧それぞれの政治権力の及び腰から生まれたこの国境の奇跡は、小さな均衡により立っているに過ぎない。


 光曜で太子が立つ、あるいは前軍司令官が軍勢を引き連れて戻ってくる。そのようなことがあればこの町は、タクロがいかに奮闘しようとおm、河が溢れるが如くひとたまりもないだろう。


 それでも私にはタクロを筆頭に好ましい人々ができた。さらに上空から静かに町を見下ろせば、愛着すら感じる。脆く儚い運命にあるだけに。


 もし、この町に私の楽園を築くことができたら……例えようのない幸福は思うだけにした方がよく、現実を強かに生き抜くにはそうでなければならない。しかし、時に夢想する。私はしばらく、心深くで建設途中の我がファンタジーに身を委ねるのだった。



 奇妙な感触を得た。この感じは衝力の移動である。霧の前線ではない。この国境の町においてだ。私は常に上空からこの町を監視しているが、良く見ればまたも庁舎が包囲されている。ただ前回のような軍事的包囲ではない。要所に人が立つ形の状況だ。この配置は何を目標としているのだろうか?城壁隊員では無さそうだが、見るからに蛮斧人。しかも遠目からはっきりとワカる程に、虚ろな表情をしている。この相貌は魔術支配によるものだ。


 まずは、現在の町の防衛責任者である城壁隊長の様子を探る。しかし庁舎内にも、城壁隊宿舎にも姿が見当たらない。奇妙である。クーデターだろうか?


 しかし今の状況下、彼が突然タクロを裏切るとは考え難い。ならば、この異変は別の要因による。それは何か……また、衝力の移動を感じた。衝力を持つ何者かが、町へ侵入している。


 目的は破壊工作だろう。私以外の魔術師が、この町にやって来た。


「……」


 強い不快の自覚に、自分でも意外であった。この感情の源は明白。庁舎の応接室に住み始めてから、町を陰からコントロールしてきた私への挑戦と感じたことによる。確かに私は、現時点で良き想い出に満ちているこの町に愛着を覚えている。


 町全域に意識を走査させると、異変の根源はすぐに見つかった。奇妙な馬が町を闊歩しているが、たった一頭、人に連れられず大通りを巡回するように進んでいる。強い衝力を帯びているが、誰からも注目されないよう巧みな隠蔽を施されている。この衝力の主は恐らく、遠くから町を観察しているのだ。私と同じように。


 また偵察にしては衝力が大きすぎる。未熟な相手なのか、別の目的を有しているのか。同国人たる光曜人だろうが、ここはお引き取り願おう。


 力には力をぶつけるのが最適解である。私は馬の衝力を霧散させるため、上空のカラスを急降下させる。


 衝突の瞬間。


「!?」


 カラスに向き直った馬が、衝力の波を次々に散乱させた。衝突の軌道が逸れ、むしろ攻撃を迎撃しなければならず、力の激突により周辺の空気が激しく揺れた。奇襲は失敗、戦闘開始だ。


「これは……」


 覚えのある衝力配置、知った感触、しかし誰の気配かを思い出せない。それでも、光曜の魔術師による異変ということに確信を得た。といって私の姿を晒すことは出来ない。仮に、私を消しに来ているのなら尚更だ。敵にはここで消えてもらおう。


「まて」


 この声なき声。発せられた馬の嘶きに、魔術師間にのみ理解できる波があった。馬の貌は笑っており、前足を挙げている。戦いの間合いを取らず、上唇と鼻先にくしゃりとしわを寄せ、歯を見せつけてくる。不気味だ。


「お前、マリスか」


 気付かれている、というよりも、相手は私を知っているのか。だが、私は一切の反応を待たず、衝力を放ち続ける。それが正解だ。


ドン


「危ないヤツめ。周りの蛮斧人を巻き込んでも構わないということか?」


ドン

 ドン

  ドン


「待てと言ったのに」


 初手を押さえられ、攻撃が封殺された。そして衝力の応酬で気がついた。この相手は、私と面識すらある光曜の魔術師。ターゲットが絞れてきた。さらにカラスに衝力を溜める。


「国境の町で政変が起こったと聞いて、確認をしにきたのだ。お前の様子も確認せねばならなかったが、こうも早く見つけられるとは、ツイてるな」

「……」

「今は庁舎の塔住まいだって?あそこかな」


 馬首が私の部屋を指した。


「……」

「野蛮人にかしずかれ、さしずめ女王様といったところか。魔術を駆使して無双してさぞかし良い気分なのだろうな。羨ましい限りだ」


 遠感に反応は不用。おしゃべり好きの相手はしばらく語らせるに限る。私は衝力の蓄積を継続。


「まだ無言?なら……喜べ。お前の宰相解任が決まったよ。これならどうだ?」


 心の揺らぎが生じた。私ではなく、相手に。この感情は心からの歓喜。何とも正直な相手だ。


「当然だな。捕虜として国を空け、ずっと不在にしていたのだから。遅すぎるくらいだ」


 同感だ。さらに言えば、私は王の厚意を無下にしたのだ。


「つまり、権力の構造が変わったのだ。だからこそ、非公式にとはいえこうやってこの町を覗きに来ることができるようになったのだがな」

「……」

「お前はもう宰相マリスではなく、ただの中年女ということだ。古き者は去り、この蛮地で骨を埋めるといい」


 熱い挑発か、冷静な扇動か……これを見極めることができれば正体がワカる。


「無言を貫くか……いいだろう。偵察ついでに、私はもうしばらくこの町の野蛮人たちと遊んでいくぞ。そうやって眺めつづければいい……興味があればの話だが」


 馬の体内に異変確認。衝力が駆け巡り、その勢いが馬を強力な感情へ向けて解き放った。解放、自由、暴走、破壊。加速を付けた馬は大通りの群衆へ突入。無数の悲鳴が上がる。


 同時に、配置されていた不審者達が人々を襲い始めている。不意を襲われ、声なく地に倒れる者が続発している。


 あの馬を操る者は一つ嘘を吐いた。これは偵察では無く、テロだろう。無論、タクロの権力に対する攻撃だ。


 私はまだ、衝力をため続けている。その間にも、彼には伝えなければならない。


「そのまま聞いてくださいタクロ君。こちらで異変が起きています」

「異変?異変って?」

「あなたに対するテロ、破壊工作です。住民からの支持を守るためにも、ここは速やかに帰還するべきです」

「だ、誰の仕業だよう」

「光曜人のようですが、詳細は調査中です」

「光曜人!な、なんで光曜人がおれを狙うんだ?」

「ワカったら知らせます。また、テロリストは私が排除しますが、すでに都市に被害が出ています。一刻も早く帰還しなければ、あなたは政治的に傷を負いますよ」

「せ、政治的?」

「そうよ」

「くっ、こ、こっちでも異変が起きてんだ!」

「なんですって?」

「霧の中を光曜境へ進んだ連中が敵らしき何かと遭遇した。すぐには退けないし、こっちは軍事なんだ。逃げ出したらそれこそ政治的にマズい!」

「なるほど。ではあなたが最善と信じる道を選択してください。こちらでできることは、私が対処します」

「え、ちょちょっと!」

「タクロ君、健闘を祈りますよ」


 連絡を切る。私は留守を預かった身でもある。私の能力と信頼にかけて、この騒動を収めてみせよう。


 私はまだまだ衝力をため続けながら、療養施設に一羽のカラスを緊急飛行させる。


「ガイルドゥムよ、聞こえますか」

「……!」


 未だ療養中であちこちに包帯を巻いた戦士は、私の呼びかけに反応した。


「ガイルドゥムよ、今、この町はテロリストの襲撃を受けています」

「テ、テロロロロロッロリスト?」

「すぐに立ち上がり、迎撃してください。敵の位置は、このカラスがあなたに教えます」

「うう……かかかか体が……」


 やはり、まだ復調していない。無茶をさせることにはなるが致し方なし。私はカラスを通して、彼の幾分か痩せた身体に衝力を打ち込む。


ドーン


「こ、これは!」


 彼の動きが俊敏になる。強制的に身体を活性化させるこの手法、肉体にとって大きな負担だが、耐えてもらうしかない。


「今、この町を守るのはあなたしかいません。奮戦に期待します」

「タ、タクロのヤツがおれに褒美を?」


 これは危険な問いだ。その通りと言えばタクロ嫌いの彼は戦意を失うだろうし、否定すれば私の声を信じなくなるだろう。ガイルドゥムは、超自然的な何かに従っているだけなのだから。


「タクロではなく、この町の人々があなたを讃えるでしょう。栄達はそこから始まるのです」

「そ、そうなのかなあ……?」

「あなたが栄達を求め続けるのなら、外に出て人々の敵を撃退するのです」

「え、栄達……栄達!ワワ、ワワワワ」


 怪我をおして療養所を出る男。だがここは蛮斧世界、勝手に退所する患者を止める者はいない。通りを行く元出撃隊長で出撃隊副官のこの男、私の治療の効果もあり、本当に身体が痩せてきている。肥満を活かした攻撃の達人であったが、痩身に近づいた今、物の役に立つであろうか。早速、人々を襲うテロリストを確認、


「ガイルドゥムよ、あれがテロリストです。鎮圧しなさい」

「しょ、承知」


 奔り出した戦士の動きは捷く、もはや肥満とは言えない腕から繰り出された拳は、一撃でテロリストを昏倒させた。腕っぷしは健在のようである。テロリストの戦斧から解放されたその女が礼を述べようとするが、


「……あ」


 言葉に詰まったように何も言わない。どうやら戦士の顔を見て固まっている。元肥満戦士も何も言わずに、次の敵を探して動き出す。するとすぐに発見。今度は体当たりと裸締めで終わらせた。


 命の危機から救出されたのはまたも女だったが、やはり同じように、戦士の顔を見て何も言わない。やや顔が赤らんでいる。


「……あ」


 だが、明らかに感謝をしている様子ではある。やはり無言で去る男だが、これは伝えたい。


「ガイルドゥムよ、良い調子です。彼女らも感謝していますよ」

「そ、そうかなあ?」

「ガイルドゥムよ、あなたの功績は明らかです」

「ぐ、ぐえっへへ!」

「ガイルドゥムよ、カラスがあなたに敵の所在を伝えます。発見次第、全て鎮圧するのです」

「しょ、しょしょうしょうしょう承知!」


 良し、ノッてきた。タクロに匹敵するこの強さならば要所に立つテロリスト対策になる。


 これで、相変わらず人間を目標に暴れ回っている例の遠隔馬の対処ができる。遠隔操作面でもさることながら、情報秘匿の意識が薄いあの喋り方、何者であるかはほぼ目処は付いているのだ。確信を握ってみせよう。


 私は町の至る所に配置済みの鳥達へ一斉に指示を発し、遠隔馬の包囲を開始した。

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