第60話 リスク管理の女/不祥事の男
前軍司令官の出奔、トップの交代、闇組織への攻撃と事態が立て続くこの国境の町から、タクロ率いる蛮斧の群れが出陣した。表向きは現地調査目的の演習だが、部隊の鍛錬、資金の獲得とそれによるタクロの権力確立が真の目的となっている。
目指すルートは東。荒っぽい開発が入り乱れる国境の町付近とは異なり、自然が優勢の中、細道が残された地域だ。千年河の支流を渡り、死の商人さながら「極悪」と名付けられた偽りの小隊を購入希望者へ納品に行く。実に邪悪な生業だ。
先頭をエルリヒ率いる組が進み、そのすぐ後に同じくナチュアリヒ率いる極悪小隊が、タクロ率いる司令部はその後に位置しているヘルツリヒ組にある。補給隊長率いる補給隊は最後尾である。私は空を旋回するノスリの目を通して、上空から事態を点検し、都度意識をタクロの乗る馬に切り替える。
「いやあ、これが軍司令官の景色かあ」
「隊長、ご機嫌ですね」
「んなことはないよ」
「いやあるでしょ」
「ないッ」
「……」
「まあ、この作戦が上手く行けば、前の閣下がメチャメチャにした軍隊を立て直せるからな」
「そりゃまあ結構ですが」
「お前らへの給金も増やせるかもだ」
「そ、それってホントにホントなんですよね!」
「この作戦が上手く行けばな」
「ワワワワ、俺、カネが必要になりそうだから嬉しいっす」
「何かあんのか?」
「馴染みの女と所帯を持ちたくて」
「あ、例の女?」
「そうっす」
「こりゃめでたい。話を聞いた以上、おれもお前ら夫婦のために頑張らないとなあ」
自分が最高リーダーとなった以上組織を良き形へ導ける、という自信があるのだろう。やや気持ちが逸っているようだ。
そんな高揚を帯びているため彼は気が付いていないようだが、組長ナチュアリヒの様子が不審である。見れば犯罪者集団に対して必要以上に過酷に当たっている様子。
「死刑じゃないなんて、過ぎた処遇だ」
「この犯罪者どもめ。もう前線都市へは戻れんぞ」
「ゴミはゴミ捨て場へ。川は昔からゴミ捨て場と決まってるのだ」
組長がこの調子だから、彼らを監視する蛮斧戦士も同じように侮辱したりからかったりを繰り返している。手を前に縛られて進む極悪小隊の面々の多くが、鋭い目で組長殿を睨みつけている。というわけで、
「タクロ君」
極悪小隊の状態を、相変わらず世間話中のタクロへ伝える。
「騒動が起こらないうちに手を打つべきでしょう。それは早く納品してしまう、ということに尽きます」
今更先導者を交代することは害にしかならないから、私の助言もここまで。タクロは、私のこの意見には大きく頷いて賛同を示した。
「ヘルツリヒ」
「へい」
「お前この先に行ったことはあったっけ?」
「作戦で数回ほど。でも何もないトコですよ。小さな集落がポツポツと。獲物も無い」
「河が合流する地点は?」
「そこまでは無いですねえ。あそこはほとんど光曜すから。光曜兵と出会したらイヤじゃないすか」
「翼人の集落があるくらいだからな」
「HEッ、翼人ですか」
「翼人に知り合いはいるかい?」
「まさか!でも、作戦中に見つけて始末したことはあります」
「どんな感じだった?」
「空飛ぶ小人っすね。おれら蛮斧戦士の敵じゃねえ」
「だがこの先の翼人はカネはしこたま持ってるらしい。光曜領内で色々稼いでいるって」
「マジすか。ああ、だったら始末した翼人もとっ捕まえてカネ吐き出させてから殺るべきでした。俺にはカネが必要なんDA!」
「さすが蛮斧戦士、豪胆だぞ!」
「ワワワ」
今の会話、タクロは私に聞かせたのだろう。光曜はさまざまな種族が暮らす国だが、蛮斧はそうではない。光曜人が蛮斧人を野蛮と見下す理由の一つでもある。
だから、ナチュアリヒは翼人の国に売られていく犯罪者同胞に同情して苛々している、と言いたいのだろうが、私の見立てではそれも違う。その苛つきがこの計画を妨害するようなことがあるのならば、私にはこのタクロの右腕を実力行使で脱落させる用意がある。
無論、タクロの気を害さないように。ならばこの手だ。衝力を与えたハクセキレイを、馬上を進む他の組長、エルリヒの肩に止める。
「おっ、鳥かよ」
「組長、コイツは焼くと旨いヤツすね」
「ホントかよ!」
あの素直さに定評があるという組長に影響を及ぼすには仲の良い同僚を使うのが一番だ。私との相性も良い。仕込みも済んでいる。
「コイツは今晩の夕食だな…………」
「気が早えw」
「今晩…………の…………」
「?」
「夕……食……」
「へっ、もう腹ヘリすか」
鳥を介して、一切の支障無くエルリヒを支配下に置いた。かなりの遠距離、操縦には高度な技術が求められるが、集中すれば私には全く問題ない。私は深く椅子に腰をかけて深呼吸し、操縦に集中する。エルリヒ、彼の口調を思い出して……
「ああ、うん。ところで」
「へい」
「周囲に、異常はありませんよね?」
「は?」
「ン゛ン゛いや、異常があったら不味いだろが」
「お、おお。そうすねこの辺りは対岸にも霧が波ってますし。敵影なしっす」
「結構。私……ン゛ン゛いやオレは先頭のナチュアリヒの様子を見てくるぜ」
「え、あ、へい」
私の魔力とエルリヒとの相性はかなり良好だ。
「組長!」
おっと、何か勘付かれたか?
「ン゛ン゛なんだ?」
「ほれ、のど飴」
「え?」
「それよか酒の方がよかったすか?」
エルリヒの部下はニヤニヤしているから大丈夫だろう。
「そりゃ酒が良い。決まってる。けど今飲んだら隊長に殺される!」
「ワワワワ!」
「ま、頂いておこう。すまんね」
「なんの」
飴を転がしながら馬を駆り、先頭集団を目指す蛮斧戦士。さして距離が離れてるわけでもなく、すぐに追いついた。並び歩く極悪小隊の罪人達は恨めしげにこちらを見る。その奥、不愉快そうにしている男に近付き、馬を並走させる。
「ナチュアリヒ」
「……なんだエルリヒか」
「様子を見に来たよ」
「残念だけど、叛逆の気配は無いよ。あれば後ろの連中皆殺しにしてやるんだが」
「いや、お前の様子を見に来たんだよ」
「え、なんで?」
「なんか隊長が気にしていた」
「嘘つくな。隊長そういうの気が付かないタイプだろ」
なるほど、部下から見たタクロの一面か。興味深い。話題に深く入る前に飴を嚙み砕く。
「ところで軍司令官閣下」
「な、なんだねヘルツリヒ君?」
コイツニヤニヤしつつも流れるように言いやがった……できる!
「あんたは閣下と呼ばれる身分になりました。つまり昇格です。となると庁舎隊長の席が空く。で?」
「で?って」
「ワカるでしょ~」
「まあな」
やっぱ気になるもんか。
「もう大体決めてるよ」
「えっ、誰です?」
「そりゃお前ら三人の内から選ぶんだけどな」
といっても獲物は斧。髪型は同じ。体格も腕っぷしもほぼ一緒。性格は微妙に異なるから判断材料はそこら辺かな。
「お、俺にも芽が?」
「おう!」
素直のナチュアリヒ、誠実のエルリヒ、親切のヘルツリヒ……
「給金は?」
「多少は増える」
「よっし。絶対あいつらに負けねえ。俺の活躍見ててくれよ閣下!」
「お、おう」
「?どうしたんですか?」
すまんヘルちゃん。お前は三番手なのよ……適当に誤魔化そう。
「いや閣下と呼ばれるの……良いねえ。ゾクゾクする」
「そりゃ当然でしょ、閣下!ワワワワ!」
「なにか機嫌が悪いように見える」
「良いわけあるか」
「話を聞こう」
「隊長はこの罪人ども……売るってさ」
「給料の原資になるって話なら悪くはない」
「本気か?」
「人身売買が気に入らないのか?」
「逆だよ。これって、この犯罪者どもを許すのと同じだろ?都市で散々悪事を働いたクズ達だぞ。納得できるか」
さすが素直な男、自分にも素直だ。だが本当にそれだけか?探ってみよう。
「納得、まあ言われてみれば、確かにな」
「だろ?闇経済の罪人共なんか、確保即死刑でいいと思う」
「ま、隊長も色々考えているんだろう」
「色々って?」
「ええっと、それに、隊長はお前を一番信頼している」
「と、唐突になんだよ」
「だからこそ、こいつらの管理をお前に任せたんだろう」
「どうかな?隊長のお気に入りはお前だと思うけど?」
「お気に入りはそうだけど、組長の中で一番裁量あるのお前じゃない」
「……」
蛮斧の男同士の野蛮な会話というのに、光曜で聞いていてもおかしくない内容だ。
「なあ、他にも何かあるのなら話を聞くぜ」
「……エルリヒ、お前だから、本当言うとな」
「ああ」
「前の軍司令官を追い出したのもどうかと思ってる」
「でも追い出したわけでは」
「細かいことはワカらない。でも結果的にはそうなってるじゃないか」
「じゃあ、あのままアリアに捕まっていれば良かったのか?」
「まあ、今よりはマシだったかもな」
なんとも。素直な男は相当思い詰めており、欠点が露呈してしまっている。
「ナチュアリヒよ、それこそ本気で言ってるのか」
「え、なにその口調?」
「ゲフンゲフン、本気か」
「私は曲がった事がイヤなんだよ」
「隊長の下で出世してるのに?」
「間違いで出世する位なら自分で降りる」
これはこれは。
「本気か」
「本気だ」
青き病は相当の重症だ。演習が終わったら、人事についてタクロの強く進言せねば。私の考えでは彼の代わりはすぐに見つかる。
「最近は寝ても覚めても、そのことばかりずっと考えている」
「そうなのか」
「ああ」
「それで、いつ、降りる気なんだ」
「この演習が終わったら。そういえば下女の中にも出勤を辞めたのがいたってな。ハッキリ言って同感なんだ。当然だと思うよ」
「隊長が嘆くぜ」
「嘆けばいいや。隊長が悪いんだ」
タクロはこの事を全く知らないはず。それでいて、この作戦初期で最も重大な役目をこの男に与えている。人間とは文字通り、ワカらないものとしか言いようがない。
「なんか、ついていけないよ……」
「ともかく、今は聞かなかったことにする。思い直しをするなら、いつでも相談に乗るぞ」
「ああ、すまないな」
「……」
「……」
「な、なんだよ」
「なんだとは?」
「いつまでここにいるんだ。持ち場に戻れよ」
「敵の気配も無い。問題ないだろ」
「さっきの話はもうしないぞ」
「ワカってる」
「……」
「……」
エルリヒがここに居続ければ、ナチュアリヒの口も黙り、無用のトラブルも防ぐことができるだろう。世話の焼けることだが、当然のことを再認識してしまう。つまり、蛮斧人だって自らの将来や信念について強く考えるものなのだ。
「あ、あの……」
極悪小隊の一人が下卑た笑みを浮かべて話しかけてきた。その手は手鎖で拘束されている。
「なんだ」
「この辺りで休憩を取らしてくれませんか……あんたらは馬、あたしらは徒歩なんで」
これは良い機会。ここで下手に出たら悪い影響だけが残る。私はエルリヒの体でその一人にしたたか張り手を打ち込む。倒れない程度に。そしてこう言うのだ。
「思い違いをするなこれは軍隊だぞ。この隊を率いる彼が、いつお前に発言を許可したか」
「ひぃ……」
「黙って歩け」
「うぅ……」
そして並走するナチュアリヒを見て述べる。
「あの連中を見ていると、お前の言うことも理解できなくもない気になる」
「何が」
「諸々が」
「……」
「……」
「おう」
信念に反する仕事を前に、心荒んだ人間を落ち着かせるには、共感が良い。本当に、世話の焼けることだ。
「閣下、ねえ閣下」
「なんだねなんだね」
「軍司令官夫人には誰を?」
「え!決めてないよ」
「酒場の女将の彼女、最近急に痩せてキレイになったって評判ですぜ」
「あ、あれは幼馴染ってだけ」
「マジかよ。彼女狙ってる野郎ども増えてますよ」
「ま、上手くやりゃいいんじゃない?」
「もったいねえ。彼女あんたのこと好きなんだと思いますが」
「ご親切にどうも。それよりお前だよっていつ所帯を持つの?」
「まとまったカネが手に入ったらすぐに」
「御祝儀が必要だな!」
「くれるんですか?」
「当然だよキミ」
「閣下……一生ついていきます!ワワワワワ」
「ワワワワワ」
その後も大きなトラブル無く、千年河の支流、十年川に到達した。水面の先に、川又に在る翼人の集落が見えた。
「エルリヒ」
「なんだ」
「あの集落、攻め落としてしまわないか」
「えっ?」
「幸か不幸か、隊長はまだ後だ。この連中を奮起させて、戦わせて、あの地を攻めとるんだ」
想像の上を行く提案だった。
「いや……隊長の命令に背くのはダメだ」
「カネを得るのが目的なんだろ?なら集落を奪った方がカネになるはずだ」
「彼らは商売人だ。この集落に全てのカネを置いているはずがない。きっと分散させている。資産運用ってヤツの基本だ」
「賢しげな意見じゃないかエルリヒ」
ナチュアリヒのその目は萌えるように明るい。
「お前はそりゃ隊長に可愛がられてさぞ賢くなったんだろうが、沢山のことを忘れたな」
「沢山のこと?」
「その一、我らは蛮斧戦士なんだ。その二、掠奪で稼がなきゃどうすんだ」
背後を振り向いたナチュアリヒは素直な男にしては思いもよらぬ大声を張り上げた。
「聞け罪人ども!」
「あの集落には翼人が住む!」
「攻め落とすことができれば、あの集落をお前らに与えてやる!」
静まり返った小さな間の後、極悪小隊からは大きな声が起こった。
「な、なんだって」
「売られずに済むのか」
「死ななくても済むかも」
私が呆気に取られている間に、ナチュアリヒは続ける。
「光曜で商売をして裕福だが弱々しい翼人たちだ!前線都市では誘拐を生業にしていた!売り手、買い手がいるからだ!犯罪者諸君でも許せるものではないだろう!」
「そうでもないぞ!」
「黙れ!庁舎隊長はお前達を翼人に売り飛ばすつもりで連れてきたのだ!売られるということは奴隷になるということ!それが嫌ならば、あの集落を攻め落とせ!そして自分たちのものにしてみせろ!」
「集落を奪った後、俺たちを殺す気だろ!」
「知るかそんなこと!それよりもお前達が奴隷になることは確定しているんだぞ!ワカってんのか!」
「うぅ……」
「自由を取り戻したければ、河原にある石を手に取れ!そしてあの集落を奪い取るのだ!奪い取ったのなら、この俺が便宜を図ってやる!」
「死刑は嫌だ!」
「この集落に住めば、死刑は無い!ここは死刑の無い、光曜の領域なのだから!」
極悪小隊員が顔を寄せ合い相談をしている。急速に合意が形成されようとしている。
「や、やるか」
「奴隷になるよりは……」
「ワカった。もうそうするしかない」
「手鎖のカギは俺が持っている!これが欲しければ川を渡れ!渡った者について、例外なく拘束を解く!ついてこい!」
「止めないか!」
このような暴走に至るとは。止めさせなければ。
「エルリヒ、お前は俺の提案を拒否するんだな」
「当たり前だ!これではカネを得られなくなウッ!」
急に馬をぶつけられエルリヒは落馬、そして上から落ちてくる声。
「その三、私はやる時はやるんだぞ」
エルリヒが起き上がらない。一時的に気を失い、操縦が解けたか。
「お前はそこから動くなよ……行くぞ、ついてこい!ついてこい!」
ナチュアリヒの馬が川を駆けると、オロオロするばかりの部下達を余所に、極悪小隊は一気に川を渡り始めた。私は気絶したエルリヒから上空のノスリに視点を切り替える。
すでに渡り終えたナチュアリヒは鍵の束をジャラリと両手に掲げている。この川はそれなりに勢いはあっても浅い。犯罪者集団は老若男女問わず次々に渡り進み、競ってナチュアリヒのカギを手にしている。
なんとも情けないが、この局面で私にできる事はタクロに意識を送る以外何もない。
「タクロ君。ナチュアリヒ組長の扇動で、集落が攻撃されています。急いで対策してください」
「……というわけでエルリヒは元気がないんだぜぇ」
「あの野郎サイコーすねワワワ」