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境界防衛  作者: 蓑火子
昇格ステージにて
59/131

第59話 飲み会を忌避しない男/忠告の女

 どうにもタクロにはインエクを用いて相手を操作する行為に躊躇いがあるようだ。正義を気取るなど柄ではないだろうに。


 無駄な手数が増え、私を苛つかせる。それにしても、浴びる程に酒を摂取して、大丈夫だろうか。


「……」

「ぷはー、細かいことはいい。従え」

「やるな」

「四代目として、出撃隊を任せるから」

「……」

「マジだよ」

「三代目腹心のガイルドゥムの旦那がいるぜ」


 私の切り札の一つであるガイルドゥムは、伏せておきたいもの。


「入院してる。おい三代目に義理立てすんなよ」

「……いや、やっぱダメだ。お前につくのは危険すぎる」

「何が怖いんだ?この蛮斧世界、領土や命の取った取られたは日常茶飯事だろうが」

「……」

「光曜に近いこの都市で、蛮斧魂を無くしたってか?」

「シー・テオダム閣下は知らねえが、三代目の実家は力がある。お前を認めるワケがねえよ」


 一考に値する情報ではある。しかし、


「どうかな」

「タクロ君、そのまま聞いてください。その者に力も無く、支配下に置く価値も少ないのなら、あまり時間はかけずにただ泳がせておいた方が得策では?」


 能力にもカリスマ性にも劣るのなら、味方は別の人物で差し支えはない。だがタクロは話を止めない。何か考えがあるのだろうが。


「四代目出撃隊長にはなりたくねえと?」

「そう焦るなよ。言ったろ?族長会議の返事待ちだ」

「おれたちにはこの都市を守る責任がある。そのためにもだ。川向こうの霧がかからないあたりを進軍したいんだ。出撃隊に隊長がいないんでは具合が悪い」

「今は、知らねえな」

「ならおれと勝負しろよ蛮斧戦士」

「勝負だあ?」

「ケンカじゃねえ。これだ」


バン


 酒瓶と何かの束を机に持ち出したタクロ。さっき赤毛の彼女から受け取っていたようだ。見覚えのある束に、不快な記憶が蘇る。


「酒と、狂気フルーツ……おいまさか」

「すでにおれは出来上がってるからひっく、不利だが、このデスレース受けろ。おれが勝ったら、出撃隊の隊長になれ」

「俺が勝ったら?」

「とりあえずお前に出撃隊を任せたまま、おれは口を挟まねえ。どうだ?」

「……」

「勝てば自由だぞ!受けろよ受けろ!ワカりやすい!皆の衆もそれが一番いいと思わねえか!」


 敵方の戦士たちを煽るタクロ。その効果はてきめんで、


「そう、だな」

「そうだ。ワカりやすいのがイイ」

「ワワワワワ、副官殿俺達のためにも受けてくれ!」

「あ、いや、その」

「受、け、ろ!受、け、ろ!」

「惨めな出撃隊に光を!」

「やれよ漢だろ!」


 引くに引けないフィールドをたやすく作り出した。


「チッ、ワカったよ」

「よーし決まったゾ♂スタッドマウアー君、立会人をしてくれ」

「ああ」


 男達がこういった原始的な決闘を好むのは国を選ばずなのだろう。常に真面目一本の城壁隊長だが、大真面目に姿勢を正している。


 酒と狂気フルーツという名の乾物、双方が手に取り交互に口に放り込んでいく。その度に蛮斧な歓声が立ち登る。それが何度か繰り返された後、


「ふぐっ!」


 出撃隊の副官殿は店の外へ飛び出していき、


パン!


何やら卑しい破裂音がしたかと思うと、嗚咽と呻吟の声が伸び聞こえる。どうやらタクロの勝利のようだった。


「はっはっはっ!」


 タクロの高笑いが響き渡っている。出撃隊の面々は悔しげに頭を垂れるのみだが、


「さあ、ともかく四代目出撃隊長が決まった!お前たちのリーダーの誕生だ!この喜びを共有しよう!」


 当然周囲の反応薄く、


「喜べ、喜べよ」


 と強要するタクロ。いささか悪酔いしているようで、酔人は妙な姿勢となり、


「おい出撃隊士ども、喜べ!」

「……、!」「……、!」「……、!」「……、!」「……、!」


 まさか。インエクを使用したのか。この場面、タクロにとって支配すべきは副官ではなく、その取り巻きだったのか。それにしてもあれだけ酒を呷って赤くなっていても、理性は保持しているのか。大した者だ。


「喜んでみろ!」

「……わーわわわ」

「よーし!」


 出撃隊の戦士五名くらいが支配下に囚われたようだ。問題の補給隊長は……


「……」


 解けたような反応はない。だが順番から言ってそう遠くないはず。なかなか危ないところだったと言えるのではないか。


「おれの勝利を認めるか!」


 五人全員が、


「……認める」


と発言し他の隊士が目を丸くしたことで、この会の目的は達せられたようだ。それを悟ったタクロは、


「うごごご……」


ひっくり返って気絶した。


 四代目となった副官とは異なり、嘔吐や失禁は無いようだ。赤毛の彼女と城壁隊長に介抱されている。インエクは……これだけは紛失しないように確保していた。偉い。


「コイツは俺が庁舎まで連れて行く」

「お願いします……あの」

「?」

「タクロの立場は……その、悪いんですか?」

「良くはないな。明確な権力を手にした以上、いつ抜き差しならない状態になるか」

「あ、あの、城壁隊長殿はお味方なんですか?」

「今はな」

「あの……困ったヤツだとは思いますが、よろしくお願いします」

「コイツと同郷だったな……状況次第ではどうにもできないが、今は支援する」


 城壁隊長と赤毛娘の心温まる会話を聞いた。しかし、彼女が痩せて美しい体型となりつつあることは、こういった会話が行われる原因なのだろうか。そうだとすれば、私の打った手は十重二重に正しかったと言える。


「おい補給隊長、そっちからコイツを持て」

「……」

「ああ、そうだったな。俺の言うことは聞かねえんだったかな」


 タクロを背負った城壁隊長が庁舎へ向かって歩み始めた。それは、光曜では見たことのない、美しい光景であった。


 私はと言えば、蛮斧人の素朴な心に触れたことで思い上がりそのものの喜びを覚え、夜空の星の点景と変じた二人を眺め続ける。良い気分であった。




―軍司令官執務室


 ああ。無茶をしたせいか、頭も腹も痛い。


「頭が痛え。腹も痛え」

「……昨日デスレースったとのことで。お疲れ様です」【黄】


 この無表情トサカ秘書野郎の色、おれの勝利を喜んでんのか、いいね。


「新たに出撃隊の長に就任した昨日までの副官殿について、なんか聞いてるかい?」

「……入院したとのこと」

「そうか、そりゃ気の毒に。で、なんで?」

「……脱水症とのこと」

「あんだけ噴水ゲリピーならなあ。さっ、出撃隊庁舎に行くか」

「……見舞いですか?」

「うんにゃ、新しい出撃隊長を決めに」

「……」

「決めるぞ」

「……おお」【黄】

「五代目になりたいヤツは絶対いる。抜擢しに行くぜ」

「……うす」【黄】



―出撃隊兵舎


「と言うわけでお前ら、五代目を今すぐ、この場で決めろ」

「いや……でも」

「いいか、ガイルドゥムに続いてツォーンも入院、副官どもはみんないねえ。誰かがやるしかねんだよ」

「いや……でも」


 凶悪無比の蛮斧戦士とは言え、こうもヘッドが入れ替わると腑抜けになるというワカりやすい例だな。


「……じゃねえよ!全員根性無しなのか?なわけねえよな!」

「いや……でも」

「ならおれが決めてやる!お前ら全員並べ!」

「いや……でも」

「黙れ!ナメたこと吐かすと叩っ斬るぞ!並べ!」


 根性無しどもには脅しが一番。ゴールデン手斧をチラつかせる。


「横と距離をとりやがれ!」


 怒鳴りつけると連中の動きが良くなり、


「蹴飛ばされたくなきゃ目を瞑れ!」


 顔をくしゃくしゃにして目を閉じる。


「ハイ、隊長やりたいヤツは挙手!」


 反応あり。コイツで行こう。


「はい、お前に決まり!」

「えっ、俺!?」


 きょとん顔のトサカが若くも若い若造だったので、


「ちょっと待てよ!」【青】

「なんであいつなんだ」【青】

「副官殿と比べても見劣りするぜ!」【青】


 と不満が噴出。この連中にどれだけ時間を費やしているか思い出し、腹が立ってきた。ええいくらえ。


「やかましい!いいか!コイツはな!端にいて距離をとらず、目も開けたまま、一番速く手を上げたんだ!天才だよコイツは!おい、名前」

「ひ、人呼んで低沸点媒体ジーダプンクトです」

「いいぞ気に入った!では五代目出撃隊長ジーダプンクト君、出撃隊の再興は貴官にかかっている。隊の統率は任せた!」

「ほ、本当に?」

「好きにやれ!責任は全部おれが取ってやる!困ったことがあれば何でも言ってこい!ワカったか!」

「しょ、承知!」【黄】



「……というシナリオであの若造に出撃隊隊長の地位を与えたんだ」

「ずいぶんと強引なことをする」【黄】

「文句あるか?」

「いや、ない」


 お、やる気が出てきたか。


「やる気のあるヤツの方が、今の出撃隊にはいいだろう」

「どうだ補給隊長」

「……異存は無い」

「いいね。おれ達にもまとまりが出てきたな!よーし、次だ。早速、例の翼人女が帰ってきた」

「本当か。速いな」

「空を飛べるっていいよな。で、それによると、東の翼人のリーダーはおれ達提案のこのサービスを購入してくれるということだった」

「カネは」

「こちらの想定分は払えるということだ。あるところにはあるんだよなあカネって」


 ですよね、と頭の中で女宰相殿へ問いかけるが、まあ当然答えはない。しかし、おれが出撃隊を治めている間、早々に戻ってきた翼人女からすでに話を聞いていたというから間違いはない。


「ということでカネの目処はたったな。これで将兵の士気は爆上がり、おれの地位も安泰だぜい」

「ふん、まだ身柄の送りもカネの受取も完了していないんだがな」

「それについて名案がある聞いてくれ。おれは河向こうの霧の調査をすると我らが戦士たちに約束した。公約ってヤツだ。それを実行に移す。つまり軍事演習だな。そのついでに、極悪小隊を納品するんだ。どう思う?」

「一石二鳥だが、兵を出して、都市の守りはどうする?」

「まだ、誰も攻めてこないだろ」

「族長会議からの返事もまだない。その回答次第では、お前の地位も吹っ飛ぶぞ」


 そちらへの対策としての軍事演習です、という本音は黙っておこう。


「だが、軍の立て直しは誰かがやんねえと。補給隊長、意見あるか?」

「……作戦に従事させれば、連中も新しい環境に慣れるだろう」

「そう、それだよ。おれが言いたかったことは。だからスタッドマウアー、演習中、お前に都市の防衛を委ねる」

「正気か?お前は臨時とは言え軍司令官だろうが」

「軍司令官たるもの前線に立たにゃ格好つかねえだろ?おれたちは叩き上げなんだぜ。お上品な小僧どもとは違うって、アピールしないとな。おっと補給隊も行くんだぜ」

「……承知」



―庁舎の塔 応接室


「というわけで、演習に出てきます」

「町は城壁隊長殿に任せるのですね」

「ヤツは信頼できるんで」

「良いと思いますよ。取引が無事に済むことを期待しています。ところで、商品の納品指揮は誰が?」

「おれが」

「軍司令官の身で?」

「隊の統率は部下どもにさせますから、ある意味では暇かもですし」


 なるほど。タクロにはまだ経験が足りていない。上手く誘導しよう。


「前線の最高指揮の経験は?」

「まあ、初めてです」

「これまでと勝手が違うこともあると思います」

「大丈夫すよ。これまでだってやりたい放題やってましたから」

「尚の事、納品部隊には別の人を当てた方が良いのでは?」

「うーんそうかな?」

「それがいいと思います」

「でも誰が適任かな。叛逆された時は躊躇なく叩き殺す判断ができるヤツ……あ、いた」

「ではその人に」

「いや、閣下ですよ」

「私?」

「良い意味で言うんですがね、閣下は躊躇しないタイプでしょ」

「……」

「でしょ?」


 その満面の笑みは私への評価でもあるのだろうが多少の邪気も見え、やや苛つかせてくる。


「私に誰かを操作して同行しろと?」

「ええ、突撃デブに対してやってた感じで」


 仕込みが必要、とは言いたくない。


「適性や相性の合う者を探すのに、時間がかかります」

「演習は明後日に出発します。それまでにどうです?」

「一人、適格者がいます」

「誰です」


 赤毛の幼馴染の名を出してやると、


「よし、別の手段を考えましょう」


 彼女を戦場に引き出したくないのか、あっさりと引いた。この男にも存外可愛いところがある。


「うーん、仕方ない。ウチの組長に率させます。他に思いつかない」

「三人の組長らですね。誰にするのですか?」

「経験的にナチュアリヒかな」

「彼の売りは?」

「素直なトコすね」

「それはあなたに対して?」

「いや、万遍なく。素直のナチュアリヒっていう通り名があるくらいです。蛮斧人にゃ珍しい美徳ですな」

「素直と言うのは良いことですが、反面、騙されやすく、協調できず、時に必要となる偽りを示すことが不得手とも言えます。私なら別の組長の名前を上げますね」

「い、言いたい放題だな。付き合いは断然おれのが長い。ヤツでイケるって!」


 おや、機嫌を損ねた様子だ。


「後のエルリヒさんとヘルツリヒさん、私ならどちらにすると思いますか?」

「どっちでもいいやい。ともかく、こういう仕事はあいつに任せるって決めてるんです。別にいいでしょ」

「集団を率いるのです。これからは些細なミスが命取りになるかもしれません。時間があるのなら、考え抜いてみることです」

「へいへい」




―庁舎前広場


「というわけで、あの犯罪者集団を派遣することになった。お前は連中の統率をしてくれ」

「ま、まじですか」

「大丈夫心配すんな、スタッドマウアーが連中に対して工作してるから、叛逆の心配はない。しかし、道中の脱走は防がんとな」

「そ、そうじゃなくて」

「?」

「連中、そのうち生きて帰ってくるんですか?」

「任務が終わってからってことか」


 建前は任務だからな。


「そうです。死刑になったりするもんだと思ってましたけど」

「この都市に留まればそうなるがな。だから、これはヤツらにとってチャンスと言える」

「……」【青】


 む、乗り気でないぞコイツ。押しとくか。


「なんにせよ、この重要な任務をお前に任せたいんだ。気になることがあれば言ってくれよ」

「……」【青】

「……」

「ワカりました。頑張ります」

「おう!そう気張んなって。心配ないって」

「はい……」



―会議室


「というわけで作戦が動く。当然おれも行く。よって庁舎の平和はお前ら三人にかかっているといっても過言ではない。庁舎が平和なら、都市もまあ平和と言える。どうだ?」

「どう考えても過言でしょ」

「まあな。何かあればスタッドマウアーに言ってくれ。おれの外出中、表向きのことは全部ヤツに一任したから」

「城壁隊長殿も庁舎に?」【黄】

「ああ、どうかな。まあ来ることもあるんじゃない?」

「なら楽しくなりそうですね!城壁隊長殿は私たちの癒し、人気がありますから」

「ああそうよかったね」


 あいつ本当に女受け良いんだなあ。


「それと、女宰相殿についてもよろしく。何か異常があったら、後で教えてくれ」


 あまり警戒させるのも良くないかな?


「といってもいつも通りだろうがな」

「すぐにお伝えしなくても?」

「どうせすぐ戻ってくる予定だし」

「承知しました。隊長殿、お気をつけて」

「おう」

「あ」

「どうした?」

「隊長殿、この演習油断しない方がいいですよ」

「なにが」

「この演習ですよ。油断禁物。そんな気がしたんです」


 因縁女め。何を言い出すかと思えば。


「いつもの占いか」

「そうです」

「当たるかどうか良くワカらない」

「そうでーす」

「油断すんななんて、よくスタッドマウアーからも言われてるぜ」

「それは戦術だったり性格的に、ということでしょ?私のは占い的に、です」

「違いが良くワカらん。具体的には?」

「さあ?」


 この瞬間のクソアマの顔、なんとも憎たらしい。


「あー、でも悪いことが起こるとして、これが予言なら対処しても無駄ということになるかな」

「よくワカらんが、運命ってヤツか。だが具体的な警告も無いんじゃ話にもならんなあ」

「それが占いの良いところじゃないですか」【黄】

「レリア、出陣前にそんな話、関心しないのだけど」

「はーいごめんなさーい」

「……」


 因縁女を嗜めるクレアに特に表情を変えない勇敢女。まあ全員いつも通りで何よりだ。

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