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境界防衛  作者: 蓑火子
昇格ステージにて
58/131

第58話 牧者の女/馭者の男

 タクロが臨時の軍司令官を称し始めてから十日が過ぎた。町の混乱は収束し、新しい秩序が形成されている。


「タクロ、コレは面白いと思ってやってるのか」

「こんだけカネをもらえりゃ面白いだろ、な?」

「……ああ面白いな」


 タクロは前線都市の兵の給与を引き上げた。一気に二倍であるから、私の忠告に従うまでも無く、その必要は感じていたのだろうか。


「いくらなんでも上げすぎだ。一体全体」

「どこにそんなカネがあるって?ダイジョーブ、軍の給与は後払い方式だし、前の軍司令官が握っていた予算を付ける。それに蛮斧兵士の数は減ってるんだ。当座はイケるイケる」

「そんなんで足りるのか。補充だってしなきゃならんのだぞ」

「確かに。どうなんだ補給隊長」

「……足りないな」

「おい」


 それでもタクロは賃上げ発表を強行。蛮斧戦士からの大絶賛に迎えられた。


「さすがはオレ達の隊長だぜ!」【黄】

「いや、ウソ吐きタクロの言う事は信じられねえ。実際カネをもらうまでは」

「次の支給日まであと二週間か」


 三隊長での会合の回数も増える。


「闇経済?」

「ああ。強盗、詐欺、暗殺、密輸入、誘拐……そこを回してるところから特別税を盗るか。心当たりはあるぞ」

「犯罪者にお墨付きを?そんなことしたら、いくら蛮斧世界とはいえ、敵にまわるやつが続出するぞ」

「じゃあ、徴税はやめて襲撃にしよう。補給隊長、問題はあるか?」

「……カネは分散管理されている。同時に接収しないと得るものは少ないだろう」

「今日なし得ることは明日に延ばすべからず、とも言うしな。城壁侍、おらぁやるぞ」

「本気か」


 こうして蛮斧兵は、都市郊外に点在する闇組織の拠点を非合法摘発と称し襲撃。


ドカッ!


「よお」

「おや、あなたですか。丁度良かった。お願いしたい話があるんですよ」【黒】

「その話はまた今度。まずおれの話を聞け。お前らの商売は今日でオシマイだ」

「……あんたがわたしらに手を貸すって話を反故にするんで?」【黒】

「蛮斧の戦士を甘く見るなよ!突撃だ!」

「逃げろ!」【黒】


 奇襲は成功し、タクロは大量の現金を得た。さらに犯罪被害者の救出を兼ねていたため、


「……隊長。闇組織摘発を感謝する者達が面会を求めてます」

「よっし、会おう」

「娘が帰ってきました」【黄】

「息子が帰ってきました」【黄】

「家族は殺されてましたが、仇を討ってもらいました。感謝します」【黄】


 と市井の評判も上昇。


「良い事をしたあとは気分が良いね。で、補給隊長カネは貯まったか?」

「……まだ少し足りないな」

「この都市にカネ貸してくれそうな商売人なんてのはいないぞ」

「というか、この国で貸せるほどカネを持ってるのは族長くらい。しかも絶対にカネを貸してくれない連中だ!」


 悩むタクロと城壁隊長。ここは助言を与えよう。



 ―会議室


「タクロ君」

「ん?」

「タクロどうした」

「……」

「おい、タクロ」

「いや、アドバイスと言うか思い付きと言うか……光曜境の東に翼人達の小さな集落があるって話、知ってるだろ。ヤツらは労働に汗してたんまりカネを持ってるらしい。そこと取引を試みてみるか?」

「攻めるのでなく取引か」

「攻めるにはちょっと距離があるし、光曜領だしな」

「で、何を売る。連中が買いたいと思う物がこの都市にあるかな?」

「えっと、ある?うん、ある」

「それは?」

「に、ニンゲン!?」

「な、人身売買だと!」【青】

「えっと、ええと、えーと、き、昨日とっ捕まえた犯罪者集団。あいつらを売り飛ばす」

「は、犯罪者とはいえこの都市の人間だぞ」【青】

「全員がそうではないし。ほ、補給隊長。闇組織の連中、罪状に照らしたら何刑だ?」

「……半数は死刑。残り半数は手切断の身体刑」

「執行に承認を出すのは?」

「……この都市では軍司令官職だ」

「こ、殺すよりは異国でチャンスを与える、という解釈で行けないかな。どんなクズでも、おれはなるべく死刑は避けたい」

「いや……即答はできん」

「うーむ、あ、名案だぞ。ならこうしよう。連中で部隊を新設。隊を派遣してその派遣料の名目でカネを得る」

「まあそれなら……」【黄】


 しぶしぶの体で、城壁隊長が補給隊長を見る。


「補給隊長はどう思う?」

「……光曜人みたいなことをするなって批判が出そうだ」


 その発言に少し私の胸が騒ぐ。ウビキトゥ・インエクの影響下にあるこの男は、非常に興味深い発言をしている。


「だがそもそも連中はニンゲンを欲しがってるのか」

「多分奴隷としては」

「光曜は奴隷を禁止しているが、その決まりに違反しないのか」

「そこから先は連中に任せようぜ」

「で、どうやって取引を行うんだ」

「確か郊外に、翼人の女がいるらしい」

「そうなのか?見た事はないが」

「おれも。補給隊長知ってる?」

「……誘拐専門の犯罪者で翼人の女がいる。通称女神の心を持つラプタ」

「なぜ知っている」

「……」

「俺の質問には無視か?」【青】

「まあまあ、で、スタッドマウアーの質問に答えてくれよ」

「……会ったことは無いが、情報に接したことがある。誰かの暗殺を試みているらしい」

「……暗殺。なんかおれも聞いたことがあるぞ」


 そう、クララと犯罪組織の男から聞いた話にあった。推測では前軍司令官の暗殺を目的としていたはずだが、今、暗殺対象が居なくなり宙に浮いている。私はこの都市の鳥たちを奔らせる。翼人女の居場所は……判明した。


「タクロ君。翼人女の居場所を教えます」

「ほうほう!」

「?」

「えっと、じゃあその件で翼人女を脅して交渉役を務めさせるか。段取りは、見つけて、説得して、聞かなきゃ言うこと聞かせて、翼人の集落へ行かせて、カネもらって、犯罪者部隊を送り付けて……」

「次の給与支給日まであまり時間はないぞ」

「この山場、なんとか乗り切るぞ!おう!」

「……」

「……」

「おい、気合が足りねえよ!おーう!」

「……」【青】

「……」

「まあいいや。その女をとっ捕まえて来るぜ」

「居場所がワカるのか?」

「蛮斧世界に翼人なんて珍しいから行きゃすぐワカるだろ。じゃあ解散!」

「……隊長、今夜は出撃隊との酒盛りがあります」

「それまでには戻るよ」


 タクロは即座に動いた。


「タクロ君、道案内は任せてください」

「頼もしいです。にしてもさすがは閣下の案、血も涙もないですね」

「いいえ、慈悲深いですよ。死ぬよりはマシなのではないですか?」

「確かに」


 郊外の崩れた城壁の辺りにて、小柄な翼人女は郊外で誘拐業に精を出していた。闇組織が壊滅した直後というのに、迂闊な様子だ。


「あそこに」


 フードで体を隠しているが、タクロは話しかけもせずにいきなり体当たりを決行。


「おらあ!」

「!」

「おい、自称女神の心を持つラプタ。このクソガキをどこに連れて行くんだ?」

「なっ」


 翼人女と、抱えていた少年を岩陰に押し込めて尋問が始まる。


「そ、その顔は」【青】

「へえ、おれを知ってるか」

「庁舎隊長タクロ」

「なら話が早い。お前が得物を卸していた組織はとりあえず壊滅状態。このガキをどこに連れて行く?」

「……」

「ダンマリか。だが、おれにはこれがある!」

「!」


 タクロは、ウビキトゥ・インエクを使用した。結果、誰かへのコントロールが解かれたはずだったが、


「確認だ。名前は?」

「……サトゥ・ラプタ」

「それが本名か。で、この意識の無いガキをどうする?」

「……連れて行く」

「どちら様の所へ?」

「……光曜」

「うひゃ」

「……光曜のフィコットという者へ。その先どこへ行くかはワカらない」

「このガキはどこで拾った?」

「……この町の孤児窟で」

「あーあ、辛い話だぜ。で、どう思ってこの商売を?」

「……光曜で成長した方が幸せだろうと思ってる」

「かもな。だがこの仕事はキャンセルだ。ガキは孤児窟に返すぞ」

「……ワカった」


 少年の顔を叩いて目を覚まさせるタクロ。蛮斧人らしい所作だ。


「クソガキ。こんなとこで寝てるんじゃねえ。とっとと帰れ」


 目を覚ました少年は走って逃げて行った。


「蛮斧世界で翼人は珍しい。一仕事してもらうぞ。東の翼人の集落に犯罪者集団を売りたい。男が多いが、女も少しいて、全部で大体二百人くらい、年齢層はバラバラだ。売れると思うか?」

「……確実に売れるだろう」

「何故?」

「……翼人は蛮斧人より弱く、それだけで需要がある。奴隷、警備員、傭兵、愛玩用、あとは光曜社会への転売だ」

「伝手はあるか」

「……ある」

「誰だ?」

「……ホッシ・ロケツ」

「何者だ?」

「……集落のボスで、やり手の商売人だ」

「時間がない。とっとと話をつけて、またこの場所へ戻ってこい。不首尾でも戻るんだぞ」

「……了解」


 タクロから指示を受けた小柄な翼人女が東へ飛び去っていった。結構な風が巻き起こるが、郊外ならば目につかないだろう。


「タクロ君、あとは吉報を待ちましょう」

「上手くいきゃいいが」

「私も彼女を追跡します。それよりも、インエクの操作にも慣れてきたようですね。今の操作により、補給隊の門番の一人が正気に還ったようです」

「えっ、見えてるの?」

「あなたを支えると言った通りですよ」

「ありがたい。しかし、あんまり乱発してると、補給隊長の番がすぐに来るなあ」

「解けても、すぐに支配をかけなおせば問題はありません」

「そう上手く行けばなあ」




―庁舎エントランス


 庁舎に戻ってくると、エルリヒが近づいてくる。


「ねえ隊長」

「おう」

「逮捕されたクララさんって」

「ああ」

「例の騒動でなんかやったんすよね」


 無論、女宰相と城壁それぞれから説明は受けているからな。だが、


「おれやヘルツリヒはその場にいなかったから詳細はワカらん。だが、なんか容疑がかかってるらしい」

「彼女どうなるんすかね」

「城壁次郎が管理してる案件だからなあ。ただ、すぐに処刑ということにはならないだろ。加害の件は……前の軍司令官に意見を聞かないとワカらんしな」

「そうすよねえ……」


 トサカの顔色は暗い。反逆罪は通常死刑なのだ。


「隊長」

「おう」

「隊長が彼女の死刑をひっくり返せたら、恩に着ますよ」


 そういやコイツ、あの女に懸想してたっけな。


「おう、忘れないでおこう」

「頼んますよ!」


ガチャ


「……お疲れ様です」

「これから出撃隊と酒盛りだったな。行くぞ!」


 というわけで、いつもの酒場にやって来た。おれ、城壁三郎、補給隊長、そして出撃隊副官とその部下どもで、店は満ち満ちている。息を潜めて話しかけてくる声が一つ。


「ねえタクロ」

「こんだけ客が入りゃ文句はあるまい」

「お金を払ってさえくれればね。今日は乱闘しない?」

「今日ばかりは。約束するぜ女将」

「でも、あんたなんだか偉くなっちゃったんだね」

「いつまで続くか知らんがね。前回は短かった!」

「心得時代だね」

「それよりも」

「?」

「お前、本当に病気じゃないか。痩せすぎじゃないか」

「健康だってば」

「普通の女に見える」

「痩せてからうるさい男が増えたよ」

「おれが追い払ってやってもいいぜ」

「いいよ別に。未来の旦那様まで追い払われたくないし」【黄】

「はは、今日は浴びる程に酒を出してくれよ」


 出撃隊の誰かが声を上げる。


「軍司令官殿、早く来いよ。うちの副官がお待ちかねだぜ」

「あい」


ドガッ


 おれは行儀良く中心に座り、長机の上に足を乗っける。左を城壁五郎、右を補給隊長が座り、周辺を全て出撃隊の連中が固めている。正面に座るのは出撃隊副官で、おれを睨んでいる。であればと酒を呷るおれ、


「タクロ」


 不作法を詰る城壁君だが構うものか。グビグビ。空になった土器を出撃隊副官の鼻先に突きつける。


「乾杯することなんてないぜ。かわいそうなシー・テオダム閣下に流浪する突撃クソ女。ああ、何でこんなことになっちまったのか」


 無言で注がれる酒。さすればとさらに器を空にしてやる。グビグビ。おれは女将に大声を放つ。


「うっす!薄い酒だ。もっと強いの持ってこいよ!」


 人が多すぎて顔が見えないが、赤毛の頭が頷いた。補充に従事しているようだ。


「副官君はお酒が進んでいないようだネ」

「進んでんのはお前だけだよ」

「時間も勿体無いし、せっかくの酒と料理が待っている。結論を急ぐぞ。出撃隊は、おれ、城壁隊長、補給隊長の連合政権に従うってことでいいな?」


グビグビ


「族長会議からの回答次第だ」

「すでに城壁隊長殿が使者を送ってる。いつ頃帰ってくるかな?」


グビグビ


「次の給与支払日ぐらいには」


グビグビ


「で、仮に族長会議の回答が不賛成だったらどうするね?」


グビグビ


「へっ、城壁隊長さんはどうすんだよ」


グビグビ


「この情勢下、不賛成ということもあるまい」


グビグビ


「あんた後悔してんだよなあ。迂闊にもコイツを支持したこと」


グビグビ


「そんなことはない」


グビグビ


「補給隊長はどうなんだよ」


グビグビ


「……」


グビグビ


「反タクロのあんたがこうも簡単に肩入れするとはな。あんたにゃガッカリだよ」


グビグビ


「……」


グビグビ


「おう、何とか言えよ!」


グビグビ


「補給隊長、意見があれば」


グビグビ


「……意見は無い」


グビグビ


「なんか大人しくなりやがって、タクロの野郎に脅されてんのか?」


グビグビ


「……脅されてはいない」


グビグビ


「……」


 空気が白け、沈黙が続いた後、酒が追加された。そしてこっそりと、狂気のフルーツ束も。


「軍司令官殿のご希望で、強い酒をお持ちしました」

「よっしゃあ、寄越せ!」

「はい……あっ!」


 おれはその手を奪い、おれの口の中に直接酒を注がせる。


「ちょっ」


グビグビ

グビグビグビグビ

グビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビ

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