第49話 炎の女
「この塔にはとある要人がいる。いや、住んでいる」
「塔に……人が住んでいるんですか」
「そうなんだ。本来人が住む場所じゃないが、改造してね」
「どなたがですか?」
「それは国家機密で言えない……が、君達も噂ぐらいは聞いたことがあるのかも」
「もしかして噂の……」
「フッ。立場上私はそれを否定も肯定もしない、いやできないのだが、今日この時、君達は噂を見ることができるかもしれない」
女達が歓声を上げた。私の部屋まで聞こえてくる。階段を登りながら随分と楽しげな軍司令官一行だ。
さて、どうしよう。私には軍司令官から奪ったウビキトゥがある。これを最大限活用したとして、仮に軍司令官自身を操ることができれば、タクロから得ている好意を超えて、私に資するだろう。
だが、対になるウビキトゥを軍司令官が持っているとすれば、逆に私が危ない。また私がこれを所持していることが露見したら、我が蛮斧世界でのバカンスは終わりだ。片割の存在を検知する機能すら付いているのだから、バレるのは速いかもしれぬ。これを活用するか、隠し通すか。
さすがに笑い声は鎮まり、足音のみが近づいてくる。私は覚悟を決めた。
ガチャ、
ガチャ
二つのドアの施錠が解かれ、一人の男と七人の女達が入ってきた。私は驚きを示して、
「軍司令官閣下。それと……」
「昼に続いてお邪魔しますよ」
「あの、お加減は……」
「ハハ、大丈夫。それより昼、ここで忘れ物をしたようでして、ね。家探しさせてもらいますよ」
「忘れ物?それは……」
「あっあっ、何かは問わなくて良い、大丈夫。彼女らが勝手に探すから」
すると整列した女達。
「ヴィルヘルミーナです」
「レオポルディーネです」
「マーセイディーズです」
「ジェラルダインです」
「イルメントルートです」
「フロレンティアーナです」
「ジークルーン・ジークリンデです」
一人一人名乗り始め、揃って屈膝礼をした。一糸乱れぬ動きとはまさにこのこと。呆気に取られてしまう。そして、
「さあ、捜索開始だ。捕虜とは言え、光曜国の宰相殿には失礼の無いように!」
家探しが始まった。極めて合理的に、段階的に調べられていく。全員が目的物がなにか、明確にワカっているかのように……ふと、光曜境の北で私を襲撃した太子の手勢らを思い出す。似たような印象だが、この女達が軍司令官の統率を受けるのは初めてのはず……つまり、七人の女達はすでに操られているのではないか?
なればどのように、対となるウビキトゥによって?軍司令官は装着して、ここに到ったのか?
ふと、軍司令官が目の前に立っていて、私は思考から抜けた。彼は濃く笑って曰く、
「何かお考えのようで」
「あの……問う必要なし、との物が一体何か、と考えていました」
「そうですか」
「こちらは、新しいメイドの方々ですか?」
「似たようなものかな」
「……」
「フフ、貴女は聡明だな」
「えっ?」
皮肉にそう笑った軍司令官。どうも雲行きは悪い。
「鳥はどこでも脱糞する」
「脱……」
「そこらへんにこびり着いている、あの汚らしい白い汚物ですよ。この町は鳥が多いからまあ、あちこちで見かける」
「……」
「入口や庭先の物はメイドらが日々掃除してくれているが、屋上や外壁はそうはいかん。なのに、だ。塔の外壁は鳥の糞が少ない、というか全くなかった。まるで誰かに遠慮しているみたいに」
そんなことから、私を疑い始めたのか。確かに、私がやってくる直前、外壁も清掃をさせたとタクロから聞いたことがある。
「これはあのクソったれ隊長と墜落した時に思ったことなのだがね。で、塔の住人たる貴女は魔術師である。魔術を使うから魔術師と言う。魔術師なら鳥を使役する魔術を使うかも?畜生どもから敬意を払われて、畜生どもはクソなどしないかも?さらに、魔術を使って私から何かを奪うことなど朝飯前なのかも?」
かなり飛躍した考え方だがこれはまずい、なにやら確信めいたものを持っているようだ。
「いったい何のお話で……」
「しらばっくれるな!」
突然、軍司令官が激昂したように地を蹴り怒鳴った。
「私の持ち物を返してもらうぞ!」
同時に、女の一人が私を後から羽交い締めにした。さらに左右からも一人ずつ、肩と腕を掴む。そして私の両足をやはりそれぞれ一人ずつ、計五人の女たち。私の体は固定された。力を込めても全く動かせない。今の大声に呼応したのだろう。すでに女達は操られているとみて違いない。
ならば話は単純、これは私とこの男との対決だ。好機至るまで、私は哀れな女を演じ続ければよい。
「軍司令官殿、何を!」
「か、勘違いするな。私は貴女のような熟女に関心は無い。関心は無いが、その体、隅々まで調べなければなるまい。残念ですよ」
「一体何を!」
「大丈夫。その衣服を脱がすのは私ではなく、彼女らが行うから」
残った女たちが私の前に立つ。早速、無慇懃な動作にて外套を取られた。
バサっ
一人は脱がす役、一人は服を預かる役のようだ。
軍司令官はというと、自分から始めたくせに、横を向いて目を逸らし、小さな咳払いを繰り返している。罪悪感がそうさせるのだろうが、ならば女性に対して酷薄に徹することができない性格と見える……甘い。
次は、襟の無い上着が、
バッ
脱がされた。
「軍司令官殿。何故このようなことを!」
「あ、貴女が私から持ち物を奪ったからだ」
声が揺れている。
「いつですか」
「先刻、私が塔から落ちたとき」
「誤解ではありませんか?」
「どうかな」
「私は捕虜、この部屋から出ることはできません」
「しかし、貴女は魔術師ではないか。どうにかしたに違いない」
なるほど、私がどのようにしてウビキトゥを奪ったか、までには到達していない。ならば、
「やめて!返してください」
さらに険しい顔になる軍司令官。己の美学に反した行動が、明らかにその心を悩ましている。一方の女達は淡々と服を検めている。確認も彼女らがやるのか。
「……ありません」
「で、では次だ!行け!」
勢いで罪悪感を押し殺すつもりか。もっと煽ってみせる。
次の上衣を脱がすため、私の両手が上に挙げられた。
「い、いや!」
シュルッ
さらに一枚。
「ダ、ダメ!」
「あ、あったか」
「……ありません」
「う」
ここまでは身体検査として言い訳ができるかもしれない。だが、いよいよ肌着である。言う程、若くない女への嫌悪は見られずも、己の生き方に反する手段を前にして、軍司令官はさらに複雑な表情になり、
「つ、次……」
ついに後を向いた。声も小さい。その命令に従って、女の手が私の肌着に触れた。
蛮斧世界に留まる今の状態を保つためならば、裸体を晒されてもどうということはない。
ファサッ
「ま、まだ時間がかかるかな?」
「……ありません」
「そんなバカな」
軍司令官は一瞬こちらを向くが、
「うおっ!」
全裸の私を見て、瞬く間に後ろを向く。
「み、見つからない?何故だ」
「な、何故と言われても……」
「く、靴はどうだ?」
「……確認済みです。ありません」
「髪の毛の中は?」
「……ありません」
「探す場所が違うのか?このあたりから反応があるのは間違いないのだ」
反応。やはり、軍司令官はウビキトゥの存在を知っている。だが、ありかの当たりはついても、詳細位置は不明ということなのか。
「軍司令官殿、もう服や下着を返して頂けませんか?」
「……」
返事はない。ではと、やや怒気を含んでみせる。
「軍司令官殿……」
「あ、そうだね……」
ふぅ、落着か。勇気を奮ってこちらを向く軍司令官。しかし、目のみは私の裸体を決して見ないよう、別の方向を向いている……あ。見つけた。
彼の左目が微かに光る。あれが、もう一つの対となるウビキトゥだろう。やはり片割れを装着しての来訪だった。愚かなり。 私はなんと幸運なのだろう。なんとしても、アレを奪ってみせる。
と考えていたら、視線が重なった。その時、
「いやダメだ!やはり、疑わしい!」
自分の心の奥底に隠していた炎を、私は顕にしていたのかもしれない。
「軍司令官殿!いい加減になさってください!」
「素直に白状しない貴女が悪いのだ!」
ふっ切れたのか、私の顔から視線を外さない。私を操ろうとしている。その左眼から光が放たれた。
「私の前ではいかなる隠し事も不可能!我が命令に従え!」
私はこのウビキトゥについては分析を終えている。防幕はすでに展開済み。アドミンを持つタクロが私の心を読めないように、もはや軍司令官も私を操ることはできない。
「インエクをどこに隠したか!言え!」
インエク。このウビキトゥは、インエク、というのか。これからそう呼称しよう、などと考えながら、
「ああっ!」
私は術にかかった時のタクロの真似をする。小さく体を痙攣させ、すぐに力を抜き、虚ろな表情を呈するのだ。そして、囁く。
「……は……に」
「え?」
裸体から距離を置いていた軍司令官は、身を乗り出してくる。
「閣下の望む物は……に……」
「ど、何処に?」
私の口元へ、さらに顔を寄せる。その間、彼は私の瞳だけを見据えていた。
「もう一度、何処なんだ?」
今だ。私は空中に浮遊させて隠蔽していたウビキトゥを私の右眼の前に浮かせた。
「ここよ」
「えっ?」
「私に従ってもらうわ」
「なっ……あひょおっ!」
「あうっ!」
バツンッ!
私がインエクを操作させた瞬間、強烈な光が散乱した。しまった、目が眩み何も見えない。
「ああああ!目が!目が!」
軍司令官は顔を押さえながら転がっているようだ。この状況、明らかに私は操れていない。失敗した!だが、私の体を抑えていた女たちも光を浴びたのだろう、手が外れている。左眼から奪い取る好機。天窓に待機させていたハチドリを放つ。
「痛い!目が痛い!開かないい!」
対象が大絶叫で暴れ回っているため、狙いが定まらないハチドリが攻めあぐねている。このままでは埒が明かない。衝撃を与えて気絶させてからが良いか。だが、私も光の残像が晴れず、視界が無い。
「ああああ皆、この年増女を叩きのめせ!」
腹部付近に放たれた一撃の気配を感じる。先手を取られたが、全員目が眩らんでいるこの状況、攻撃はそう簡単には当たらないし、さらに、私と軍司令官を含めて、9人もの人間がこの場所に密集しているのだ。当ててはいけない相手にも当たっている。誰かの肉を打つ音が響く。
「ぎゃははは、彼女らは美人なだけじゃない。腕っ節も強いんだ」
もし見えているのであれば、美女たちが仲間同士で殴り合ってる様がワカるはず。その証に、壁際に避難した私には攻撃が飛んできていない。軍司令官の視界も失われている、やはりこれは好機だ。
目が見えないまま殴り合っている女たちは放置して、軍司令官を捕獲しなければ。けたたましいバカ笑いの方向に、衝力を放出する。
ド ン
「あぎょっ?!ぐぺっ!」
ガシャん
命中はしたが、まずい。軍司令官の体が扉に当たった音がした。
「ば、化け物。うあああ……」
ガチャ
ガチャ
扉を開ける音。いけない、決め手には至らないどころか逃げられる。しかし、このまま彼を逃すことは絶対にできない。最悪その命を奪わなければ、蛮斧世界における私の安全が消え失せてしまう……
……いくらか視界が戻ってきた。やはり室内に軍司令官の姿が無い。そして私の視界が戻ったということは、
ガシ
やはり。私の肩を掴む手があった。
手加減をして、全員に衝力を撃ち込むか?いや、それよりもここはインエク活用だ。心を鎮め、緊張を落として、インエクを目の前に浮かべる。
「なによりも優先して、今、この部屋から出て行った軍司令官シー・テオダムを追って、実力行使により捕らえよ」
「!、……はい」
栗毛の女が直ちに後を追う。軍司令官のインエクと私のインエクで、命令を上書きすることになるが、問題は無いようだ。私を叩きのめそうと近づいてくる女達を、次々に洗脳する。
「……はい」「……はい」「……はい」「……はい」「……はい」
ふと名案が浮かび、自分の応用力に安心感を得る。さらに準備を仕込むが、時間はかからず、むしろガイルドゥムに対する時よりも容易だ……良し。黒髪の女の口から、私の指示を発してみる。
「絶対に逃してはなりませんよ……はい」
「……はい」
「……はい」
「……はい」
「……はい」
「……はい」
全員が出撃した。同時に冷えを感じて全裸であることを思い出す。とりあえず私は外套のみを身に纏い、彼女らのコントロールに集中する。
それにしてもさきほどの強烈な光。あれは左右インエクそれぞれの機能が衝突したため、と仮説可能だが、別々の人間がこのウビキトゥによって対峙することを防ぐ機能、とも思える。
そしてあれだけの光が放たれた後だが、機能している。つまり、軍司令官のインエクも機能するということ。
協力者が誰もいない今、支配下に置いた七人の女達を駆使してこの難題を解決せねばならない。ガイルドゥムは入院中、クララは所在不明、タクロはそれどころではないし、仮にこちらに到達できたとして、あの性格では私が軍司令官の命を奪うという局面では確実な協力を期待できない。
しかし、と思う。かつて彼は私に約束をしたではないか。私の依頼は断らず、受け入れると。
「フフフ」
タクロの行動を思い浮かべる。殺害を依頼しても素直に受けるはずがない男だが、それでも何処かで期待してしまう。
だが、今は追跡に専念しよう。軍司令官に追いつき、まずは、左眼への対処が必要だ。それができなければ我が身こそ危険である以上、もはや目を抉り出すことにも躊躇しない。この応接間を動けない以上、私の方が圧倒的に不利なのだから。