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境界防衛  作者: 蓑火子
ルーティンワークにて
48/131

第48話 身柄確保の男/多難の女

―療養所


「隊長、足首の骨折れてるんすって?」

「ああ」

「痛いすか?」

「動かすとなあ」

「酒飲みます?」

「おう!」

「そうこなくちゃ」【黄】


 この病床の前任者が退院するその日にまさかおれ様が入院することになるとは。前任者の漆黒が酒を勧めてくれるので、有り難く頂く。差し入れの酒、女宰相によると良薬であるそうだし。


 呑んでいると次第に、トサカ頭が増えていく。


「結構お見舞いに来てくれるもんですね」

「隊長に人徳があるとは!奇跡すよ」

「差し入れがこんなにあるぜ」

「差し入れじゃなくて付け届けだよ」


 ゲラゲラ笑うトサカどもが憎い。勝手な女宰相もちょっと憎い。


「軍司令官は大丈夫だったんですか」

「心臓は動いていたな」

「隊長……すげえよ。そこはオレ素直に尊敬っす」【黄】

「そこだけ?」

「オレあの軍司令官嫌いなんすよね……庁舎の可愛い娘入れ食いっしょ」

「さあなあ。どうなんだろうなあ」

「アリアも、クレアも、エリアもレリアもエリシアもアリシアも食われてると思うと腹立つっしょ」【青】


 うーむ、どうなんだろう。あの野郎、意外と奥手のようだし、まだ誰も食われてないような気もする。


「暗殺女は食われてないのか?」

「暗殺女?」

「新入りだよ」

「ク、クララさんすね。彼女は……」【黄】

「ちょっと、そのあだ名なんですか?」

「今、軍司令官の気持ちはその女だけって感じだから」


 全員でゲラゲラ笑い合う。


「エルリヒ諦めろよ、軍司令官が食いたい女だぜ」

「もう遅いんじゃ?」 

「んなことはない!……ですよね隊長」

「本人に聞いてみたら?今度機会を作ってやるよ」

「やめて!」【赤】


 さらに大爆笑。というわけで療養所は酒盛り会場と化した。庁舎隊の連中がどんどん見舞いに来てくれるため、部屋いっぱいになる。気が付けば外は暮れ、器の酒が茜色に染まる。何かを思い出したように、トサカ頭の影が揺れた。


「そうだ。隊長、彼女にお礼は言っておいた方がいいですよ」

「彼女?誰だっけ?」

「いや、誰って。三代目出撃隊長殿がクソみたいに放置した隊長を助けてくれたじゃないですか。人集めて、ここまで運んで、色々手配して、俺らに知らせて」

「デキる奴だが、前後の記憶が曖昧なんだよな。で、誰だ?」

「誰でもいい」

「えっ?」


 女が立っていた。重武装しているためワカらなかったが、突撃クソ女だった。


「抵抗は無駄だ。この建物は包囲した」

「抵抗?」

「無駄……」

「包、囲?」

「んん?」


 庁舎隊士はみなそれなりに酩酊しており、言葉の意味をすぐには理解できない。


「タクロ。軍司令官閣下の命令を伝える。先般の行いについて査問を行う。それまで、庁舎隊長の身柄は出撃隊長である私に預ける。以上だ」


 先般の行いって、仲良く墜落したあの行いしか無いよな。だが、事の発端はヤツの術によるもの、として演技ぶっコイてたのに。バレたかな?


「繰り返す。査問が実施されるまで、出撃隊の監視下にいてもらう」

「閣下、目覚めたのか」

「ああ」

「怪我は?」

「お前の知ったことではない」【青】

「査問……いつ査問するんだ?」

「今、軍司令官閣下がご調整中だ」

「じゃあ日程がワカったらまた来いよ」

「生憎とそうは行かない」【青】

「まあまあ、ともかく出撃隊長殿もよろしければ一杯」


 出撃隊にレンタル中の身でお見舞いに来ていたトサカ頭が器を差し出す。いいぞよくワカらないからこっちに引き込んでしまえ、と空気が一気に柔らかくなるが、


「フン」

「あっ」


 剣の束で下から突いて、意地悪くそれを拒否するクソ女。盃をひっくり返されて、さすがのヘルツリヒも強ばる。酔いも醒めてくる。半分位は。シン……と静まった場を満足気に睨む突撃クソ女であった。


「というわけだ。タクロ、ついてきてもらうぞ」

「ちょっと待った」


 おれの子飼のトサカ頭たちが間に入る。これまで日銭をはたいて餌付けしてきた努力の真価がここで問われるはず。曰く、


「出撃隊長殿は運が悪いな。ここに俺たちがいる以上、ウチの隊長は逮捕させない」

「逮捕ではない。身柄の確保だ」

「同じだろ」

「全然違うさ。庁舎隊長にはある程度の自由は認められているのだからな。我々の監視下に入るというだけで」

「隊長は足の骨が折れている。すぐには歩けないしここで療養するしかない」

「手を貸す者はいくらでもいるさ」


 突撃クソ女がクソカッコよく手を掲げると、出撃隊士が十数名入ってきた。重武装しており、準備は万端でやって来たということか。こりゃ逆らわない方がいいか。


「おれも自分の立場を主張したい。だから城壁隊長と話がしたい。スタッドマウアーを呼んできてくれ。そしたら大人しく従うよ」


 が、冷笑が飛んでくる。


「城壁隊長は別の任務で出動中だ。それは無理だな」

「なら補給隊長でいいや」


 怒りの突撃クソ女。お前以外なら誰でも良い、というおれの意図は伝わったようだ。


「立場を弁えるんだなタクロ。そんな救済はない」【青】

「世知辛いなあ、っと」


 屈強な戦士が近づいてきて、おれの両脇に立つ。それを見てさすがに、


「なんのマネだ」


 と勇ましく間に入る我が組長達だが、酔いが足がふらつかせていて、全く頼りない。


「さっきも言ったが建物は包囲した。従わなければ、総攻撃だ」

「おれが、何をしたってんだよ!」

「自分の胸に聞け!」【青】


 適当なことを言いやがって。


「隊長何したんですか!」

「軍司令官と塔から落ちただけじゃ無いんですか?」

「軍司令官ほとんど裸だったらしいすけど、なんかしたんすか?ワワワワワ!」


 笑笑しい我が子飼いの酔っ払いめ。くっそー、流石のおれさまもイライラしてきたぜ。


「理不尽だ!これは一方的な報復だろ!おい突撃クソ女、お前こんな理不尽に与するのかよ!」

「どこがだ!軍司令官閣下はこの都市で最も偉い御方、命令には従うのが筋だろう!というかその不愉快な呼び方を改めろ!出撃隊長殿と呼べ!」【青】


 こんのクソ女、やってやるぜ!


「やかましいクソ女が!軍司令官の前でケツふれや!」

「なっ!」

「この淫乱ドスケベ女め!チ\(^o^)/ポ吸いな!」

「き、貴様!」【黒】

「ピンクのお乳首と物凄い美乳で、軍司令官はビンビンだぜ!ただしお前のじゃねえーウチのクララのパイオツでだー!ワワワワワ!」

「ワワワワワ!」

「ワワワワワ!」


 庁舎隊士一同、拳を突き上げ呼応してくれる。


「閣下は新入り女のケツを査問したいはずだ!おれじゃなく!そしてお前でもなく!」

「査問!査問!」


 もっとだ!もっと盛り上げてやるぜ!


「お前はもう用済みなんだよ!でも軍司令官のお古じゃおれたちだって嫌だぜ!そうだろお前ら!」

「そうだその通り!」

「いや、この売女でかまわねえ!」

「フゥー!悪趣味だね!命懸けの地雷処理に感服するよ!さすがは庁舎隊の勇者たち!用済みお古の欲求不満ドスケベ女に敬礼してやれ!」

「用済み!用済み!」

「お古!お古!」

「淫乱!淫乱!」

「イイぞドスケベ女!」


 いつの間にか突撃クソ女の顔色は真っ白になっていた。窪んだ目と口元が、黒ずんで見える。まるでこの女の感情が、黒の闘気を作り吐き出しているかのようだった。


「総攻撃だ!皆殺しにせよ!」【黒】




―庁舎の塔 応接室


 町の空気が不審である。クララの姿が見当たらない上、他のメイド達がこの部屋を訪れる気配もない。外も静かすぎる。


 カラスを呼び、町の上空を確認する。その目に映るのは、部隊に包囲された庁舎であった。あちこちに城壁隊旗が翻り、特に私のいる塔の下には、屈強な戦士達が立っている。


「城壁隊が庁舎を取り囲んでいる」


 城壁隊長の姿は見えないが間違いない。建物の包囲に気がつかなかった理由は、研究に没頭していたためだ。訓練された動き、統率下の気配から暴動ではあるまい。目的に従って動いている。それは何か。


 明白だ。


「ウビキトゥの喪失に気付いた軍司令官が、奪還せんとしている」


 これは当然予想すべき事態である。生き残るために、最悪の事態に備えておくべきだ。。軍司令官がどこまで確信を持っているかを見極めねばなるまい。


 塔の下の戦士の声を拾う。


「庁舎を防衛するなんて、変な命令だよな」

「全く。こんなのは庁舎隊の仕事だろうに」

「タクロのヤツ、この塔から落ちて骨折したらしいぜ」

「ざまぁワワワワワ」

「全くだぜワワワワワ」


 骨が折れていたか。私の躊躇が彼を負傷させてしまったようだ。


「でもさ、城門守るより楽よ」

「だな。内も外も警戒する必要ないし敵もいない。建物に誰も近づけなきゃいいんだから」

「ただ突っ立っていればいい。それでカネがもらえる」


 包囲ではなく、逆に庁舎を守っている、と言う口ぶり。そういう指示なのだろう。すなわちそれは、軍司令官が奪われたウビキトゥは庁舎の何処かにある、と見ているということ。


 すでに庁舎の内と外は隔絶されている。であれば、この庁舎の中こそが重要だ。軍司令官を探すのだ。私は視点を庁舎猫に切り替えた。猫たちは見慣れぬ警備兵に警戒を強め、臨戦態勢になっている。


 一頭を軍司令官の執務室に向かわせる。そこでは、クララとアリシアを除くメイドと軍司令官の間で、労使の業務を巡る攻防が交わされていた。


「何度も言うように、私は塔の上の応接間で大切なものを紛失した。回収しなければならない」


 軍司令官には珍しく、断固たる口調であった。そして当然、朝の騒動があった応接間に狙いを定めている。軍司令官が再びここにやってくるということだ。それも、恐らく私にも強い疑念を抱いて。


 対してメイド長クレアが職務の矜持を発揮、捕虜への礼を守護していた。


「で、ですから、何を紛失されたかお教えいただければ、私たちで探し当ててみせます」


 彼女は先日タクロからメイド長に任命されたばかり。だからこそ、蛮斧国家として捕虜たる私に失礼が無いよう、言外に諫言している。だが、相手が悪い。


「これこそ何度も言うように、君たちで探し当てる事は無理だ。君たちが知らないものなのだから」

「し、しかし」

「君たちに命令を下すことは心苦しいが、只今より紛失物発見まで、メイド組の皆はこの執務室にて待機していてもらう」


 捜索にメイドを伴わないのか。それはすなわち、


「そ、そんな。閣下は……そ、その……私たちをお疑いなのですか」


 その通り。


「違うよ」


 違わない。


「なら何故」


 メイドと捕虜たる私との繋がりを疑っているのだ。そして、軍司令官にはメイドらを極力傷つけたくない思いもまた、あるのだろう。


「全てが片付いたら話そう。今はこの私を信じていて欲しい」

「失礼します」


 そこに、猫が通った通路からアリシアが入ってきた。


「軍司令官閣下。ご命令通り、皆様をお連れいたしました」

「よし、通してくれ。その前に、今皆に話をしたが、私の指示があるまで君たちはこの部屋に待機をしていてくれ。アリシア君、キミもだ。いいね?」

「かしこ、まりました。それではどうぞ」

「失礼します」


 見覚えのある見目麗しい女たち幾人かが、おずおずと入ってきた。採用試験に参加した女たち、しかも名前の長い女たちがそこにはいた。全員容姿に優れていることでも共通している。


「あの軍司令官閣下……私たちをお呼びでいらっしゃるとか……」


 幾人もの美女を前に、軍司令官は気障に髪をかき上げる。


「そう、なんだ。私はこれからある探し物をしなければならなくて、手助けをして欲しい。みなさん、どうだろうか?」

「よ、喜んで!」


 庁舎のメイドたちではなく、全く別の手駒を使っての捜索を決行しようとする軍司令官はなかなかに良いセンスをしている。彼がメイドたちになんらかの不信感を抱いていることは間違いないが、本来それはクララを通して感づかなければならないもののはず。


 そして、女達は大歓迎の様子。


「私たちを頼って頂けるなんて……」

「軍司令官閣下、光栄です!」

「フッ」


 軍司令官にいつもの調子が戻ってきた。ということはその態度を示さないメイド達への疑念は極めて大きいのではないか。酷い八つ当たりだが、


「ありがとう。みんな、ありがとう。では早速、私と一緒にこの庁舎の塔へ行こうか」

「えっ、この都市で一番高い塔に登れるんですか」

「ああ、その最上階の部屋を調べるのさ」

「それくらい全然!なんでも言って下さい!」

「これから夕飯時だって言うのに申し訳ないね。よし、すぐに終わらせて食事に行こうか。今日は私がみなさんにご馳走するよ!」


 女達の嬌声を身に纏い、部屋を退出する軍司令官。残されたメイドたちの表情は暗い。


「ねえ、何があったの?」


 とメイド長クレアに質問するエリシアはぶりっ子仕草をしていない。


「昼、マリス様の部屋で何かがあったということしか……」

「何かって?」

「その場にいたアリアは……教えてくれなかった」

「もう出撃隊長様だもんね」

「そういうわけじゃないと思うけれど」

「エリアもその場に居たって、聞いたけれど?」

「……私は、知りません」

「ウソ」

「……知らないわ」


 エリアはある程度の事情を知っているのだろうが自ら何かを明かすつもりは無いようだ。


「アリシアは?」

「何も存じません」

「でも、あの女達を呼びに行っていたのは?」

「軍司令官閣下から命令を受けました」

「今、この建物を城壁隊が囲んでいる。庁舎隊ではなく。どう考えても異常事態でしょ」

「あと、ここに居ない人は?」

「そう言えば、クララさんが居ない」

「昨日彼女、庁舎隊長殿に酷く叱られていたけれど……」

「何か、やらかしたの?」

「……」


 事の一端しか知らないクレアは黙り込む。軍司令官の命令もある。メイド達はもうこの部屋を動くまい。クララの所在も気になるが、これからここへやってくる軍司令官対策を取らねばならない。


 道すがら、軍司令官は立ち止まり報告を受けていた。


「軍司令官閣下、出撃隊長殿からの伝令です。目的の建物の包囲は完了しました」


 満足気に頷いて、笑顔を作って、


「うん、そうか。結構だ」


 なるほど。私は即座に、アリアが包囲している建物を上空から捜索。この瞬間、町中の鳥が騒いだことだろう。そして見つかった。出撃隊が包囲しているその建物は、庁舎隊のエルリヒ組長が療養をしていた場所だ。恐らく今回のタクロも。


 今、私にはタクロがいない。クララもいない。メイドたちも。果たして軍司令官はどこまでの確信と決意を私の前に現れるか。闘いになるかもしれない。それにしても。


 タクロは骨折したのに、軍司令官には目立った負傷がない。好ましくない言葉だが、幸運、を備えた男のようで、面白くない。あのタクロのこと、墜落時にかばってやったのだろうが……などと考える私に最も必要なものは、冷静さだ。すなわち、このウビキトゥを死守し、軍司令官が保持しているだろう片割れをも奪取する。


 蛮斧の領域にやってきて以来の危機であることには違いない。覚悟しなければ。

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