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境界防衛  作者: 蓑火子
ルーティンワークにて
45/131

第45話 偽装走査の男/黒幕の女

 気まずい沈黙からややあって、


「庁舎隊長。何を、しているんだ」


 冷たい声。これはまずい。ボロ建屋に責任があるのであっておれ自身は全くの無罪だが潔白ではない。何とかしなければ。


「!」


 女宰相の叡智に勝る名案が浮かぶ。おれはのっそり立ち上がると、


「……」


 ふらふら呆けて進む。つまり、未だ軍司令官の術に掛かったまま、という体で渦中から逃げ出すのだ。これしかあるまい。


「……隊長殿?」【青】


 メガネか暗殺女かの声がしたが、振り返らない。振り返ってはならないのだ。さっき水に飛び込んだ時の感覚を心に思い浮かべ、なぞる。


「うーむ」


 軍司令官の訝しみに満ちた声。怪しんでいるなあ、鋭いヤツめ。


「!」


 さらなる名案が派生した!疑いを晴らすため、とびきりの不審行為をみせてくれるわ。おれは虚ろな顔、怪しげな足取りを維持し、庁舎を練り歩く。


ふらふら


「エリア君、クララさん。彼を追うぞ」

「は、はい」【黄】

「は、はい」【青】


 おや、アドミンの色を感じた。自分自身に向けられた言葉だったからだろうか?


ふらふら


「い、一体隊長殿はどうしてしまったんでしょうか」

「さあ……しかし、見極めてやる」

「?」


 う。野郎の声に意志が込められていやがる。確実におれを疑ってんぜ。


ふらふら


「そうだ。彼の噂を知っているかね。最近、メイドの誰か一人と食事に行ったとか」

「え、え?」【青】

「もしかして、お付き合いしているのでしょうか。あ、私ではありません……」

「うんうん」


 おい、嬉しそうな声が出ているぜ。


「一体誰かしら」【黄】

「さあて、私もワカらないが……でも、気になるよね」


 嘘つけ。やっぱコイツ、とんでもねえ野郎だ。


「あと、なんだ。彼の幼馴染への……もとい私への負債を返済するとき、誰か女性から金を借りたらしい。心当たりあるかい?」

「あ、ありませんが……」【青】

「私もそれ、気になってました」【黄】

「だよね!顔が広いのは結構だが、私は彼の借金の全てをこの手に集めてやろうかと考えているんだ。彼の立場で借金漬けというのは町の為にならないからね」

「それは良いお考えですね」【黄】

「だよね、フフフ」

「ウフフ」

「……」


 くっ、ど、動揺するなよ。こうやって、こうやっておれを揺さぶっていやがるんだ。ええとヤツの命令は、頭を冷やせ、だった。なら今度はあすこに行くしかない。


ふらふら


「おいタクロ」


 いきなり呼び声がかかって振り返りそうになり、ドキリとする。危ねえ。この声はミスター城壁だな。


「おい」


ふらふら


「聞こえてるだろ」

「そうだろうね」

「むっ……これは、軍司令官閣下」

「何か気になるかね?」

「は、庁舎隊長の様子が妙です」

「彼はいつも妙だろ」

「まあ、それは」


 ぶっとばしたろか。


「ちょっと散歩しているんだ。彼と私たち、エリア君とクララさんでね」

「クララ……ああ、新しいメイドですね?」

「なんだ。キミはまだ会ったことが無いのか。なら紹介してやるか。クララさん……あ、あれ!?」


 暗殺女は光曜境で城壁に顔を見られているから逃げたな。


「クララさんは何かを忘れたと、書庫へ戻りましたが……」

「あ、そう……ま、まあいいまた今度。で、城壁隊長は何の用事かな」

「城壁隊の人員補充に関する予算執行のご裁可を頂きに。前回の続きです」

「そうだったな。私の部屋で待っていてくれないか」

「承知しました……何かお手伝いしますか?」

「大丈夫だ。直に戻るから」

「はっ」

「あ、あの……」

「ん?なんだエリア」


 メガネが城壁に話しかけている。


「お、お疲れ様です。その後、文書の件で不都合はありませんでしたか」

「問題ない」

「よ、よかった」

「お陰で仕事が捗った。また頼む」

「は、はい!」

「城壁隊長」


 軍司令官の低い声だ。おれにはワカる。この男、城壁とメガネ女のめずらし組み合わせと会話が気に入らなかったのだ。欲深いなあ。


「はっ」

「今から思えば、先の試算は甘かった気がするが」

「はっ?」

「計算し直したまえ」

「しかし、根拠となる数字は先日の閣下のご意見を反映させたものですが」

「いいから、もう一度計算したまえ!」

「承知、いたしました」


 理不尽に敗れ去って行く城壁勤め人スタッドマウアー。落ち着いてちょっと楽になれたのはヤツの犠牲の賜物。よし、螺旋階段は目の前だ。行け!


ふらふら

ふらふら


 あっ、目の前から……


「むっ」


突撃クソ女がエラソーにキャットウォーク。しかも目が合った。が、今は、


フイ


視線を自然に外さねばならん。睨み合いに負けたようで悔しいが。


ふらふら

カツカツ


 そして、クソ女め。道を譲る気がない。おれも道を譲ることができない。このままだと衝突する。力を込めりゃ弾き飛ばせるが、それでは後のゴミ野郎に疑われてしまう。


「……」


 ダメだぶつかる。仕方ない。脱力したおれと、ぶつかり際に思いっきり肩を振るう女。


ドン


 肩に強い衝撃を受け、倒れるのであった。受け身をとったら、正気であると疑われる?なら地面へ素直に倒れるしかない。


ゴン


 うっ……なかなか鈍い音が響いた。


「なっ、お、おい。受け身ぐらい取れ。えっ?」【青】


 頭を打った。しかも、何か生温かいぞ。倒れながら体の要求に委ね、ぶらぶら揺れてみせる。


「す、すまない。まさか出血するとは」【赤】


 突撃クソ女がハンケチを取り出し、おれの頭に当てる。どうやら血が流れているようだが、ちょっと裂けただけかな。それより、ハンケチから花の香りが漂い、こんなヤツでも女を感じ、ちょっとドキドキする。アドミンも珍しい色を放った。


「それにしても、鍛え方が足りないのでは?あるいは腑抜けたのか?」【黄】

「どうかしたかい」

「あ、はっ!閣下」


 クソ女の声色が変わる。チッ。


「はい。庁舎隊長にぶつかり、彼を倒してしまいました」

「なあに、結構なことだよって……血?」

「も、申し訳ありません!この男、受け身を取らなかったので……」

「そうか、受け身を取らなかった……か……まだ効いてるのか」

「えっ?」

「あ、いや何でもないよ」


 くっくっくっ、効いてるって言ったな。価値ある独り言を得たぜ。疑いも極めて薄まったろう。立ち上がり、目的地へ向かうぞ。


ふらふら


「あっ」


 頭からハンケチが落ち、キャッチしたらしい突撃クソ女、おれの頭にまた乗せようとするが、おれはこの女より背が高いのだ。


「お、おい。止まれ。まだ血が止まってないぞ」


ふらふら


「……えいっ」


 頭にハンケチが投げ置かれた。良いコントロールだ。


「あの、閣下。庁舎隊長は何かあったのでしょうか?」

「変かね」

「は、はい。いつもの凶悪な気配がまるで無く……」

「そうかもしれないね。ワカらないが、何か様子が妙なこともあって、私たちは後をついて歩いているんだ」

「私たち……あら、エリア」

「しゅ、出撃隊長殿」

「アリアでいいのよ」


 スタッ、と軽快な足音が鳴る。戻ってきたな。


「お、お待たせしました」

「おっ、忘れ物かい?」

「いえっ、書庫の戸締りをすっかり忘れていまして……」

「あ、そうだった。それに雨が降る前に、彼が空けた天井の穴も埋めなければね」

「はい……あら出撃隊長殿」

「こんにちは」

「はい。ご機嫌麗しゅう」

「ええ、どうも」


 敢えて、品よく礼を呈したような暗殺女に、突撃女の対応はしょっぱい。軍司令官を巡る女の戦い、ああ、なんて醜い。このまま俺の状態のことなど二の次になってくれればいいのになあ。さて。


「あ、螺旋階段に」

「まさか女宰相殿の所?しかし何故……ともかく、ついていこう」

「……はい」

「はい」

「閣下、私も随行いたします」

「そ、そうか」


フッ


 今、おれは、暗殺女が突撃クソ女の意地を鼻先で嘲笑ったの聞き逃さなかった。演技でやっているのか、本気でやってるのかわからないが暗殺女……怖い女だ。


 そして、仲裁しきれない付き人を抱えたまま追跡をする男に、隙を見せるおれ様ではない。順調に螺旋階段を上っていく。その間、暗殺女と突撃クソ女は一言も口を開かなかった。無類の女好きである軍司令官も、女の意地に挟まれては無力。かわいいところもあるじゃないか。


 そしてメガネ女に至っては、あ、君いたの?と言う存在感である。ふぇっへっへっへ。



 そんなこんなであっという間に女宰相の部屋の前に着く。おれは管理者として常に鍵を持ち歩いているのだ。


ふらふら

ガチャ

ガチャ


 自然な流れで鍵を開けて中に入る。そしておれは心神喪失をしているのであるから、礼儀や挨拶等は不要だ。というかあの女宰相の事だから、どうせおれたちが階段を上がってきてることに気がついているに違いないのだから。


「あら、庁舎隊長殿」




―庁舎の塔 応接室


「……」


 階段を上る一群があることは感じていたから、すぐに出迎える姿勢をとる。しかし、タクロのこの振舞いは奇妙だ。入室するや否や、ウインクをしてきた。ここは黙って見ていろ、ということなのだろう。


「……」


 ふらふらしたまま、応接間を歩き回る。何か意味がある風ではない。上の天窓を見ているが……何かがあったのだろうが、ウビキトゥの考察に没頭していた私は事前行動を監視していなかった。


「……」


 ややあって、


「お邪魔しますよ」


 軍司令官が一行を引き連れて入ってきた。アリア、エリアにクララも居る。何か進展があったのか、私には敢えて目を合わせない様子だ。


「ご機嫌麗しく……はないでしょう。いきなりこんな闖入者があれば」

「そんな……しかし、庁舎隊長殿のご様子が」

「妙ですかな」

「はい」


 と応対しつつも、タクロが目指す場所はすぐにワカった。理由はワカらないが、天窓の上に上がりたいのだろう。私はタクロを避ける程で、部屋の隅に移動する。作業を始めるタクロ。先の火事の反省から、タクロは天窓を外す鍵となる石組のスペアを所持することを上申し、軍司令官は認めている。天窓は外された。そして軽々と上るタクロ。


「何がしたいんでしょうか」

「……頭でも冷やしているのでしょうか」

「あ、なるほどね」

「閣下?」

「あいや、何でもないよ」


 何かに合点が行ったような軍司令官である。


「宰相殿。というわけで庁舎隊長が不審な行動を取っているが、頭を冷やしているだけと思われる。さっき、私が強く叱ったものでね」


 そんなはずはない。まるで軍司令官の術にかかったようなこの振舞い……もしやタクロは術の謎を解き明かそうと、行動をしているのか。


「……」


 いや、これまでの行動を見るに、それもない。よって、何か不始末を誤魔化そうとしている、の一択だ。ならば、私もこの余興を楽しんでみよう。


「危険ではありませんか」

「この男なら大丈夫ですよ」

「しかし、何やらふらふらしています。病気の類ではありませんか」

「それもありません、ご安心を」

「軍司令官閣下がそう仰るのなら」


 そう頭を下げると同時に、私はクララに眴をする。一瞬、嫌そうな顔をした彼女、すぐに行動を起こす。


「軍司令官閣下、このお部屋、天窓の上に出ることが出来たんですね」

「ん?ああ、そうなんだ」

「私、高い所が見てみたいです。上がってもよろしいですか?」

「え、あ、いや、ダメダメ。危険だよ」

「では、頭を出して覗くだけなら、如何でしょうか」


 小さく跳ねてみせるクララ。瞬間、露骨にアリアが嫌悪を示した。とは言え、女の私から見ても可愛らしい仕草。ということは、


「まあ、それなら……大丈夫かな?」

「ああ、ありがとうございます!では」


 小さく跳び、天窓枠に手をかけたクララは懸垂の要領で顔を持ち上げた。小さなヒップが跳ね、軍司令官はそのしなやかな動きに目を奪われている。欲望に忠実なこの人物も、愚かなところは人間的で良い。


「わあ、いい景色ですね……きゃあ!」


 悲鳴ととみに、クララの身体は天窓の上に吸い込まれていった。タクロが無理矢理引っ張り上げたのだが、何か仕掛けるつもりだ。


「ク、クララさん!」


 天窓下まで走り来て、そこで動揺する軍司令官の頭上に降る声は、


「あああー」

「隊長殿、あっ、いやっ!」


 男の茫洋たる呻きに女の悲鳴。そして、組み合うような音。


「庁舎隊長何をしている!」

「やはり様子がヘンです。私たちの声も聞こえていないのでしょうか」

「しかし!勝手な行為をするはずは……」


 術の一端が漏れた。さらに落ちてくるクララの悲鳴。


「ああっ!」

「庁舎隊長、いい加減にしろ!」


ビリッ


 今度は声もなく、服を引き裂くような音。蛮斧世界では珍しくない事態を懸念し、真っ青になる女二人。しばらく、軍司令官は声を失っていたが、


「私も上がる」

「し、しかし……相手は庁舎隊長です。城壁隊長殿を呼びましょう」

「そんな猶予は無い!」


 今の軍司令官には、自身出撃隊長であるアリアの諫止も効かない。が、運動神経に特筆する点のない軍司令官の膂力では、屋上に上がることはできないだろう。案の定、彼が跳躍し天窓にかけた手は、か弱く外れた。それでもめげずに、もう一度跳ぶ。


 露見しないように、私は風を送り込む。それは僅かだが、


「よし!」


 軍司令官が屋上に上がるにはこと足りた。

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