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境界防衛  作者: 蓑火子
ルーティンワークにて
44/131

第44話 パワーハラスメントを非難される男

「物覚えの悪い新米メイドめが!この書類の最終到達地はおれじゃねえって何遍言わせんだコラ!」


ビリ!ビリ!ビリリ!バッ!


 持っていた全く関係の無い紙をビリビリにして暗殺女へぶちまけて、顔をぐしゃぐしゃにして怒鳴り散らす。軍司令官以外にも誰かが見ている。罵ってやる。手刀を繰り出すように、捻りを加えた腕を完璧な角度で振りかぶり、暗殺女の鼻先一寸に指を突き刺し付ける。


ズビシ!


「なめてんのかこのおれを!よお!よおよお!」


ズビシ、ズビシ!


「おまえなんか採用するんじゃなかったよ!辞めちまえ辞めちまえ!やる気のないクズは帰れ!」


ズビズビ!


「よお!よお!ダンマリか!?お得意のダンマリかよ!?これだから女は使えねえってんだ!」

「おい、庁舎隊長。やめたまえ」


 来た来た、よーし、ここは態度悪く。


「ああ閣下。なんすか。仕事の邪魔せんでくださいよ!」

「な!」


 びっくり顔にしてやったぜ!しかし、感情の色は起こらない。意外と冷静じゃねえか。


「こ、この……コホン。な、何があったか知らないが、ちょっとやりすぎだぞ。みんな見ている」


 さらに咳払いして、庇うようにおれとクララの間に立つ。狙い通りだ。


「その女、おれが教えたことを何遍言っても理解しやがらねんすよ。こっちも暇じゃねえんだぞコラ!」

「うぅ……す、すみません」


 恐縮した風に頭を下げる暗殺女。うん。この女、始めれば実にノリが良い。素材だ。


「もうよさないか。謝っているだろう」

「それじゃ何も解決しないんですわ。甘やかすこたしませんよおらぁ。おいてめえ!」


 ナイス、声が上擦って、狂気を帯びた声になったぜ。


「軍司令官が庇ってくれるからって、調子クレちゃってクレちゃってクレちゃってるんじゃねえぞ!」

「うぅ……」

「庁舎隊長!」

「!」




―庁舎の塔 応接室


 タクロの怒号が塔の上にまで聞こえてきた。庁舎ネコがビクと警戒するほど凄まじい声量または肺活量だが、この三文芝居にはクララもノリノリである。良いコンビではないか。


 そして、軍司令官に例の力を発揮させた。怒鳴り散らしていたタクロは、視線で目を射られた瞬間、沈静した。表情も虚ろで、脱力している様子。


「私の言うことを聞け」

「はい……」

「全く。少し頭を冷やしてこい」

「はい……」


 素直に頷いて、そのまま何処かへ歩いて行く。


「クララさん、彼が申し訳ないことをしたね」

「そ、そんな。私が至らないばかりに……」


 そこに、駆けつけ様子のクレアが飛び込んで、頭を下げはじめる。


「彼女の教育は私の担当です。申し訳ありませんでした」

「何、キミたちが詫びることではない。あの男に問題があるのだ。どんな間違いがあったとしても、あんな怒鳴り方はするべきではないのだ」

「あ、ありがとうございます。しかしクララさん。一体何があったのですか?」

「そ、それは……」


 俯いてしおらしく黙って見せるクララ。その振る舞いは、保護欲を引き出すべく、軍司令官に向けられている。


「まあまあ。それはみんな落ち着いた後に再確認すればいいさ。ところでクララ君」

「は、はい」

「気分直しに私の依頼を受けてくれないかな」


 見事。それでもクララはさらにタクロが去った方角を気にしてみせる念の入れよう。


「そ、その……」

「あの男のことなら気にしなくていい……そうだな。これは業務命令さ。書庫で仕事を手伝ってもらいたいんだ」

「は、はい。承知……いたしました」

「よし。じゃ、行こうか」


 良し。極めて自然な形で、クララは軍司令官の接触を受け止めた。書庫への道すがら、クララは猫の目を見て、頷いた。私の目にも気づいている。優秀な諜報員を手にした気分は爽快である。成果に期待したい。


 どこかで、誰かが水に飛び込んだ音が聞こえ、再び猫がビクとした。




「はっ!ここは」


 気がつけばおれはずぶ濡れだった。というか、ここはどこだ?見慣れた風景。庁舎内貯水池だ。まずい、貯水池に飛び込んだら罰金だった。はやく上がらねば。じゃぶじゃぶ。


「隊長殿」【青】

「おや」


 目の前に、クレアの足がある。


「一体、クララさんが何をしたというのですか?」【青】

「えっ?」

「私が仕事をしていた部屋にまで、隊長殿の怒鳴り声が聞こえて来ました」【青】


 しまった。大声の副作用か。青い光の効果だけではあるまいが、ツンデレクレアの表情は青ざめている。


「ですが彼女はまだ新任です。何があったとしても、あんな言い方、酷すぎます」【青】

「いや、その。あれはだな」

「彼女の教育は私が任されていました。私に至らない点があったということでしょうか」【青】

「ち、違う。そうじゃない」

「本当は優しい方だと思っていましたが……私の考え違いでした。浅はかな自分が恥ずかしく、残念です」【黒】


 急に目の前に不穏な黒い光と文字が現れた。ドーンという妙に重い音まで耳に聞こえる。幻聴?いや、こんな時だがアドミンの新たな現象だ。後で女宰相に報告せねば。


「失礼します」【黒】

「ちょ、ちょちょちょちょっと!」


 走り去るクレアであった。


「あの女、人の話聞かねえんだなあ。よいしょ」


 水から上がり、初めて自ら体験した現象について考える。なるほど。これが軍司令官の力か。二代目出撃隊長や、暴動トサカ衆はこんなで操られたんだな。朧げだが、記憶がある。目を見た瞬間、あいつの言いなりになることが正しいことだと、強く感じていた。


 厄介だな……といって、軍司令官と喧嘩するわけじゃないが。


 服が水を吸って体が重いが、さて。暗殺女の貞操を守るため、いざ書庫の様子を伺うとしよう。




―書庫


「私が保管文書のタイトルを読み上げるから、君はそれを分類別に一覧に集めて整理してくれたまえ」

「はい、承知いたしました」

「では、軍司令官ギラッファの記録。一年目から三年目」

「はい」

「軍司令官ギュルテルティアの記録。一年目から二年目」

「はい」

「軍司令官ニルプフェルトの記録。一年目……ん、しかない?」

「この軍司令官は、一年でクビにされたと聞いています」

「クビ?誰に?」

「族長会議の方々に……と」

「そうなんだ。君は故事に詳しいんだね」

「あ、ありがとうございます」

「では次だ。軍司令官ツォルの記録。一、二、三……この軍司令官は長いな、まだある。十一、十二、十三。一巻一年として十三年もこの町に居たのか」

「お金に滅法強くて、この町で荒稼ぎして、たくさんのネマワシの結果、長く地位を保った方、と聞いています」

「本当かい?私は歴史には疎くてね。でも、戦争よりも金儲けの方が、私も好きかな。今度ヒマな時に読んでみようか。次は徴税……記録?凄い冊数だが、全部この軍司令官から始まってるな。さては税金を取り立てて儲けた口か。悪辣な」

「特に、光曜との取引に対して、税を取っていたそうです」

「関税か。確かに町を運営する旨味だろうね。私は戦争開始のタイミングで着任してるから、全く稼げていないよ、ハハハ」

「それも良いのかも……」

「何故だね?」

「この文書の時代、多くの蛮斧戦士が光曜ではなくこの町を目指したと聞きます。目的は、手っ取り早く現金を得るためだとか」

「あり得そうな話だ。それが次だね。従兄フェッターとの交渉記録?なんだこりゃ?」

「この族長は、時の軍司令官のお金を目当てに恐喝を仕掛けてきたしてきたという話です」

「ハハハ。次のは、同胞フォルコとの交渉記録、さらに荒くれフォクトとの交渉記録。従兄、同胞と来て荒くれか。回数を重ねるたびに表現が悪くなってるね。目一杯巻き上げられたんだろうなあ。で、軍司令官の地位も失ったのか。軍司令官巨狼フノルフ、闘狼ヘロルフ、軍狼ヘルルフの記録。なんとも渾名は立派なのに、この辺りの記録はペラペラ」

「乱世になり、記す人がいなかったのかもしれません」

「あるいは記録する内容が無かったんじゃ?ん、中に詩が書いてある。ええとなになに……


千年河の野辺に立つ

狼同然の彼ら、彼ら

彼らが蛮斧の深き地から

いかなる経路で、いかなる理由で移動したのか

確と説けし者いずれなし

頭を抱えた軍司令官、

金と同時に真心要求

しかして、金持つ手もろとも食い千切られるように、

惨めに都市から追われてしまった


……ほほう、まあまあな詩じゃないか。クララさん、詩はお好きですか?私は結構嗜んでいる。こんな簡素なものに限るがね」

「は、はい。私は情緒豊かなものが」

「おお素晴らしいね。今度詩を詠み合ってみようか」

「私など、そんな」

「大丈夫、貴女は賢明だから、私も教わるものがあるだろう」

「……」

「おっと失礼。次だったね。軍司令官警狼フリドゥルフの頃、光曜人がこの町を奪還した、と。この話は私でも知ってる」

「当時の光曜王は戦争ばかりの大変な人だったとか」

「今の王様の前の前だね。しかも、世を去るまでの間、結構長かったはず」

「どちらも、私や閣下が生まれる前の方々です」

「おや、私の歳を知っているのかね」

「い、いえ。ただお若くいらっしゃるので」

「賢明な貴女らしくないかもな。見た目と実際は違うこともある」

「そ、そうだったのですね。失礼しました」


サッ


「!」

「それでクララさん。貴女の目に私は何歳に見えるかな」

「……私より少し上でしょうか」

「当たりだ」

「あ」




 なんだなんだ。暗殺女め、真面目に仕事してるんじゃない。ちゃんと誘惑してコマそうとして、えらいゾ。でも、この流れでどうやって軍司令官の能力の謎を解き明かすんだろか?


「うーむ」


 想像が及ばない。考えている間、軍司令官の右手が暗殺女の腰に置かれた。そしてすでに左手は壁に突かれ、相手の逃走経路を塞いでいる。ジリジリ、右手が上に移動しているように見えるのは気のせいだろうか?


 なんにせよ、本格的な貞操の危機が訪れるまで手出し無用かな。それからこの天窓をブチ破って、密着している二人の前に降り立って、セクハラ行為は蛮斧規則違反だと糾弾するか?流れで、二度とヤツの目を見ない。それで捕虜、というか簀巻きにして尋問するとか。でも反逆行為になるかもだなあ。


ガチャ


「ん?」


 扉が開き切る前に二人の密着は自然に解かれた、かと思ったらメガネ女が部屋に飛び込んできた。


「閣下」

「やーあ、エリア君」


 表情を巧みに隠した軍司令官は。自然も自然。コイツ、こんなことばっかりやっているから慣れてるんじゃないかと言いたくなるほどの見事なお手並。


「こ、ここにある書物記録のタイトル全て、私は把握しております」

「君が、全て?」

「は、はい」

「そりゃ凄い。これ……全部か」

「ですからど、どうぞ私にご諮問ください」


 直向きな顔での直訴。何も言うまい。ただ、ひたすらにいじましく、泣けてくるぜ。うーむ。


「ありがとう。全てとは、知らなかったよ。私がものを知らなかったようだね」

「い、いえそんな……」

「今回は、資料としての一覧が欲しかったんだ。ある族長殿からの依頼があってね。そして自分の目で確かめたいと言う私の癖もあったからさ」

「そう、なんですね……し、失礼しました」


 メガネ女は、暗殺女をチラと見た。微かに睨んだ視線刺を見逃すおれではない。


 それにしてもアドミンが反応しないな。距離かな?それとも、おれと会話をしている相手の心しか読み取れないのか。あるいは、水に濡れて壊れたか?


 ともあれ軍司令官にはメガネ趣味がないのだろうが、肩を落として出て行こうとするメガネに、


「まあまあエリア君。いい機会だ。仕事を手伝って欲しい」

「で、でも」

「エリア君の知見に、クララさんの作業効率が組み合わされば、この仕事はすぐに仕上がるだろうからね」

「……」

「……」

「そうだろう、ん?」


 暗殺女を敵視するメガネ、ミッション達成のためにはメガネが邪魔な暗殺女。そして、本音は暗殺女と二人きりになりたいが、メイドらの好感度は損いたくない、欲深いのに鈍感な軍司令官は、微妙かつ不器用な空気が覆う部屋を一点突破する。やるな。


「じゃぁ、始めるよ。次は処刑者リストだけど、最新冊がない。エリア君、ワカるかね?」

「は、はい。書面の追加のために、城壁隊長殿が、お手元に置いています」

「さすがだ。そういう情報をよろしく頼むよ!」

「はい!」


 一気に元気になる健気なメガネ。しかし、暗殺女と視線を交わすことはない。


「で、誰を処刑するんだ?あ、先の出撃隊長か」

「はい……」

「まだ処分してなかったのか」

「城壁隊長殿は徹底的に尋問をするとかで……」

「なるほど。彼は職務熱心で良いね……お、光曜者捕虜リストなんてあるのか」

「各軍司令官記録に含まれる記録の抜粋です。先の処刑者リストと同じですね」

「誰かが作らせたんだろうが」

「先の軍司令官殿です」

「そうなんだ。エリア君も手伝ったのかい」

「い、いいえ。蛮斧には歴史家がいないから、と当時は光曜人の書士を雇っておいででした」

「ほう……興味深いね」


 ちっ。どうやら、軍司令官の情欲の炎は鎮まっちまったようだな。もうこの場にいても面白いことはなさそうだ。


「お?私のを発見だ!軍司令官シー・テオダムの記録」

「閣下が決済された書類は都度こちらへ保管しています」

「ということは間違いだらけの庁舎隊長の書類に私が加えた訂正分もここに?」

「はい」

「くっくっくっ。彼のバカさ加減と私の勤勉さが歴史に残るわけだ」


 あの野郎……


「うふふ、そうですね」

「ウフフ」


 女二人も同調したことで、イラつきも増す。見れば暗殺女とメガネも目を合わせて笑っている。ああクソ、人間敵がいりゃ仲良くなんだよなと痛感するよ。


 さて、屋根に寝転がって自分の悪口を隠れ聞いても仕方あんめえ。酒でも飲みに行こう。腹筋の要領で、


「よっ」


と起き上がる。


 その時、天窓が崩れ、おれは真っ逆さま、書庫に墜落した。悪口を言い合って笑顔満面の三人はその表情のまま固まった。

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