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境界防衛  作者: 蓑火子
ルーティンワークにて
43/131

第43話 賢者の男

 今、まさしく、おれ様と、


「隊長殿とこういう風に話をする日が来るとは」【黄】


この病弱ツンデレ女ことクレアはかつてないほどに打ち解けている。しかしである。


 単純に夜の相手を探しているおれ。職場で管轄下に置いている女。手を出したとして、一夜の関係で終わるだろうか?


「全く思ってもいませんでしたのに。本当に」【黄】


 ありえないだろう、ほぼ確。その場合、さすがのおれもまずい立場になるのではないか?まずい立場とは、すなわち結婚を強制されるということ。


「……」


 それもただの結婚ではない。この女は野蛮な蛮斧世界の、とは言え名門の娘だ。軍隊という実力優先世界でボかされているが、厳たる身分差はある。おれは族長でもその眷属でもなく、一軍人でしかない。身分が違うとは言え、軍隊での実績があるから、懇ろになったとて殺されることはないはず。つまり、行き着く先は婿取りということだ。想像してみる。


「……」


 そ、それだけは、絶対に避けねばならぬ。おれは自由でいたいんだ。


「隊長殿?」

 

 と、考えればメイド達に手を出すなど、正気の沙汰ではない、ありえない話だった。急速に酔いと頭と股間の熱が冷め、動悸が高まる。


「……」


 クレアの目は輝き、黄の光を放ち続けている。自分で自分の罠を拵えてしまうとは……ならばどうするか?ウン、適当に仕事の話を続けて、切り上げよう。それしかない。


「あ、あの」

「お、おう?」

「このようなことを伺って良いのかどうかワカかりませんが」

「お、おう」


 なのに質問がきやがった、全く。


「隊長殿は独身と聞いていますが、将来のご予定はあるのですか」


 これは危険な質問だぞ。進路を曲げねば。


「将来、というと結婚や……」


 しまった動揺が!いやその前に打診してやったと思えばいい。思うしかない。


「婿入か?」

「はい」


 む、大した反応無し。そんならどんな意図の質問だろ。


「そ……そんな暇はないな」

「しかし例の話」

「例の?」

「採用試験時の借金騒動です。軍司令官閣下への借金を立替てくれた女性はどんな人か、メイドたちの間では話題になりましたよ」

「ああ……」


 本当は巻き上げた金だしなあ。しかし、この女に真相を話して、すぐに噂が広がるだろうか?ワカらん……ならウソを貫こう。


「なんにせよ借金は返さなきゃな。でないと身柄を固められてしまう」

「ということは、返済が出来なければ、そのまま……」【黄】

「まあ、そうかも?」


 そのままとはなんだそのままとは。しかも、この女、なぜか興味津々だぞ。おれにとっとと身を固めさせたいのか?叔父叔母みたいなヤツめ。


「今度もし、必要であればご相談ください」

「何、用立てしてくれるって?」

「……」


 公務員間の金銭のやり取りは一応禁止されている。本当なら、軍司令官がおれの借金を立て替えることも、法律に違反しそうだが、あんまり厳格に守られてない。


「そうだな。しかしまあ、一応上司部下ということになってる」

「直接はできませんが、何かご協力はできるかもしれません」【黄】

「ワカった。メイドの誰かに相談しなきゃならんときは、まずお前に相談することに決めた」

「その時はぜひ」【黄】


 ニッコリ笑っている、ふう。よくワカらんが、路線方向に成功したか。


「ところで暇もないということでしたが……」


 まだか!クソ。


「今は軍司令官閣下のご指示や、戦争の準備が大変なのですか?」

「それは大したことないな。最近は塔の上の御方のお世話、これが中々に忙しい」

「ふふふ、そうなんですね」【黄】

「客、と言っても彼女いつまでいるかワカらんしな。それだけに粗略には出来ないし。お前たちとも親密になったようだし」

「そうですね、メイドはみな、あの御方に憧れています」

「やっぱそうなんだ。でもなんで?」

「そもそも先進国の方ですし」

「ふんふん」

「只の御方ではありません。女性で最も……輝いている方だと思うからです」


 この店に他の客はいないし、宰相マリスのことを知らぬ者のいない町だが、クレアは配慮を絶やさない。


「不自由な身なのにお洒落で、清潔で、知的で、美しく……憧れない蛮斧の女はいないでしょう」

「逆に嫉妬の対象にはならんの?」

「あそこまで突き抜けていると、ありませんね」

「へえ、そういうもんか」

「私、当初はアリシアが羨ましかったんです。一番近くであの方を見ることができて。その後、私が専属になって嬉しくて、だからクララさんに引き継ぐことも残念でした。何かミスをしてしまったのか、結構考えました」

「……」

「でも、隊長殿だけでなくあの御方の推薦で、ということなら、今はメイド長の職務を頑張ろうと思っています」


 そうだ、いいぞ。


「メイド組の方面において、隊長殿が満足な時間を得ることが出来るように」【黄】


 まーた、戻ったぞ。話が。


「まあまあ。おれはどうにも女たちから評判が悪い。暇が無い云々言ったが、もっと大きな功績を立てるまでは独身だろうな。名誉を餌にしなきゃ、相手が見つかるまい」


 ああ、もうこれで話を終わりにしたいのに。


「あと少し」

「?」

「隊長殿が変わる気になれば、庁舎の女たちからも人気が出ると思いますよ」

「慰めの言葉、悼みいるね」

「隊長殿はすごく強いのですから、ほんの少しでも優しさと思いやりを見せて下されば、それで十分ではないでしょうか。今日みたいに」


 今日おれは優しかったのだろうか?欲望のため、著しく混乱していたはずで、この評価は的外れも良いトコのお笑い草だ。が、


「精々精進するとしよう」

「それが良いと思います。それはそうとこちらの店の方」


 まだ続くの?この女、結構おしゃべりだな。


「採用試験にも来ていた方」

「そのようだな」

「あの方は、隊長殿の」

「断じて違う。幼なじみだよ」

「……」【青】


 まだ何も言っていない、という顔をしているが、何を言うかはワカっている。そして久々の青光り。


「試験では、優秀な成績を残した方でした」

「あの試験内容には疑問がある。おれも中座してたし」


 途中は、軍司令官主催だったし。


「でも、隊長殿の評価の高かったクララさんの次は、あの方でしょう」

「だがもっと武芸を磨いてもらわんと」

「あと、きれいな方ですね」

「最近たまにそのセリフを聞くが、みんな誰のこと言ってるんだろう?」

「あちらの方ですが」

「無い無い。良く見てくれ」

「それは……こちらのセリフです」


 客も居ないし、頬杖ついて暇そうにしている。が、こっちの話は聞かないように、こういった職場の流儀は守っているようだ。うーむ、あいつもプロだな。そして前会った時よりも、さらに痩せたようだ。本当に病気じゃないのか?


「ああまあ最近、ちょっと痩せてな。病気が……」

「あ、これは失礼なことを伺いました」

「なに、いいさ」


 何の病気かはおれも知らないのだ。



 この女が思ってるだろう不適切な質問の効果か、その後、おれの身の上話には戻らなかった。ひたすら仕事の話を続けるおれの願いは通じたらしい。皿を平らげて、追加の注文を促す。まあ礼儀として。


「いえ。これ以上は食べきれません。今日は、美味しいご馳走ありがとうございました」

「そうか」

「隊長殿からのご期待に応えることができるよう、努力します」

「ダメな時はビシビシ指摘してやる」

「はい、よろしくお願いします。それでは、これで失礼します」

「ああ、気をつけて帰れよ」

「はい、ごちそうさまでした」【黄】


 カウンター奥に挨拶をして、クララは出て行った。客はおれしか居ない。よって、酒場の主がのしのしやってくるはずだ。そらきた。のっしのっし……していない。


「きれいな娘だったね。気が強そうだけど」

「なんだよ」

「あの子、落とさなかったのね」

「今日は仕事の話をしに来たんだぜ。落としたのは指示だ」

「ウソだよ。店に来た時は落とす気満々だったでしょ」


 見抜かれてやがる。


「なんで?」

「落とす時の顔してたよ」

「どんな顔だ?」

「マヌケなスカし顔」


 なんとなく、鼻の穴に指を入れてみる。


「なんで止めたの?」

「考えてみれば……」

「……」

「今日懐も寂しく、カネが無かったから」

「ハイハイ」


グビグビ


「……」


グビグビグビグビ


「……」

「う、うるさい顔だなあ。なんでって?」

「あの娘、多分あんたのことが気にいっているんだよ」

「まさか。おれは庁舎隊長タクロ様だぜ。女子供相手でも容赦しねえから、下女連中とは常に緊張関係にあるんだ、暴力、暴力、暴力!」


と言いつつも、黄色の光が多かったのは確かだ。そうなのかな?


「上司部下の関係なんだよ」

「上司部下であっても、嫌いな相手と食事なんかしないよ」

「今日はおれが無理に連れ出してきたからな。業務命令ってやつだ」

「私たち蛮斧の女ならなおさらだよ。逃げたり断ったり反撃したりすると思うけど」

「うるさいなあ。おれにあの女と付き合えとでも言うのか?」

「言わないわよ。あんたにその気がなさそうだから」

「そんならおれがなんであの女落とさなかったか、なんてくだらない質問するでね」


 すると、おれの前の空席に座る。赤毛が揺れた。


「あんたのせいでお客もいないし、私につきあってよ」

「なんでおれのせいなんだ」

「お客を威嚇して脅すからでしょ……はい」

「おう」


 チビリチビリしずかに幼馴染と酌み交わすのも、まあ……うん。


「で、なんの病気だ?」

「何度も言ったでしょ。健康だってば」

「水くさいぞ。確かにその痩せ方、尋常でない」

「もしかして心配してくれてる?」【黄】

「お前が再起不能になる前に、たくさん呑み食いしておかなきゃならん。ツケで」

「いいよ。もし、私が死んだら債権を軍司令官閣下に譲るから」

「ちょ、ちょっと冗談……」

「あはは」【黄】

「心臓に悪い。大変だったんだぜ」

「ところで、誰にお金を用意してもらったの?」

「……」

「……」

「内緒」

「ケチ」

「ガキの頃から楽しみより苦労を先に覚えたからな。おれは慎重派なんだ」

「良く言うよ、可愛がられて育ったくせに。おじさんおばさん元気?」

「ああ、めちゃ蛮斧」



―庁舎エントランス


 翌日早朝、目の前にいきなり現れた軍司令官、笑顔で曰く、


「庁舎隊長。真っ昼間から勤務中に酒を飲んでいたと、市民から通報があったぞ」

「市民?」

「ああ、君に侮辱されたと泣いていたが」

「あ、ああ、あいつ。ガンクレ男か。叩いたり脅したりはもちろんしてません」

「そんなことはどうでもいいし、好きにすればいい。重要な点は、女連れだったということだ。で、誰を連れてイッた?」

「は?」

「いいから答えたまえ」

「え、ええと……」

「クララ君かね?」

「クララ、ああ、そうです。それがどうかし」


 瞬時に鬼の形相である。


「ああっと、クララ?クレレ?クラレ?クレラ?」

「ハハ、君は面白い男だね。ハッキリしろこの野郎!」


 歯を剥いて、拳を握って、キレはじめる。


「いや、メイド長になってくれるように説得してただけなんですが」

「メイド長?クレア君を推薦してると聞いたが」

「そうです。だからそのええと……クレア君、を説得していたんですよ」

「酒場でか?」

「まあ、夕飯を奢れば承知してくれるかなと。上手く行きましたよ」

「……」

「……」

「な、なるほどね」

「?」

「いやキミは策士だね。怖い男だ!ハッハッハッ!」

「なんか、急にご機嫌ですが」

「まあね。下がっていいよ」

「はあ、では」

「というかキミ、部下の女の子の名前ぐらいしっかり覚えたまえよ。中間管理職としてどうなんだね?」

「無理ですよ。だって紛らわしい名前ばっかじゃないですか」

「本気で言ってるとしたら、キミの頭がおかしいんだ」

「渾名はバッチリなんですが」

「ほう、例えば?」

「病弱ツンデレ女です」

「な、なるほど。他には?」

「勇敢女、因縁女、メガネ、腹黒ロリータ、出撃クソ女」

「酷いのばっかりだ。というかメガネなんて、女の子につける渾名か?これだから野蛮人は……」


 同じ蛮斧人のくせに良く言うよ。と、一拍おいて本命が来た。


「ク、クララ君は?」

「暗殺女」


 しまった。つい即答してしまった。


「なんだって?」

「ほら、閣下の心を仕留めたようですから」

「キミ、言葉には気をつけたまえ!」

「はーい」

「……」

「はい!」

「結構だ。ところで書庫の整理がしたい」

「書庫……あすこは普段から整頓されてますよ」

「文書の一覧を作りたいんだ。メイドを一人専属でつけてくれ」

「じゃあメガネ女を遣します」

「いや、誰にするかは私が決める。いいね?」

「……まあ、好きにしてくださいよ」



―庁舎の塔 応接室


「というわけでチャンス到来だ。行ってこい」


 マリスに食事の用意しているクララ、一気に顔が凍りつく。


「しょ、書庫」【青】

「そうだ。我らが都市の行政文書が保存されている。前はゴミ溜めみたいな場所だったが、メガネ女がメイドになって以来、どんどん整理されている」

「なら、整頓なんて必要ないだろう」

「その通りだ。どの文書がどこにどれだけあるか、メガネ女しか把握していないが、軍司令官曰く、その一覧を作りたい、ということだ。当然口実だろう」

「あ、悪夢だ……」【青】

「例え貞操の危機が訪れたとしても、使命を果たすべきだ、とおれは思うがね」


 キッとおれを睨む暗殺女である。フォローを入れねば。


「気にすんな。どうせ人間、いつかは死ぬんだし?それなら死ぬまで貞操を守っても意味がない」

「随分と刹那的なことですね、タクロ君」

「そうですか?でもチャンスでしょ」

「確かに。では、タクロ君。もしも軍司令官がクララの貞操に危害を及ぼすような気配を見せた時は、徹底的に妨害して下さい」

「げ……」


 ほっと息を吐く暗殺女。そんなに貞操が大切か?


「それは、軍司令官からクララに対する疑いを逸らすことにもなるでしょう。クララも頑張って下さい。期待していますよ」

「は、はい……」

「ところで庁舎隊長殿」

「はい?」

「今日のご訪問、何のご用かしら?」


 そうだった。六日間は来るなって言われてたんだった。冷たいなあ。暗殺女を下に連れ出そう。



―庁舎の塔 螺旋階段前踊り場


「と言うわけで、軍司令官はお前を誘いに来る」

「こ、来ないかもしれない」

「いーや、絶対に来る。というか、今もお前を探して徘徊している」

「くっ……」【青】

「おれもあの暇人クソ野郎に秘密があれば知りたい。上手くやってくれたら恩に着るんだがなあ。今以上に便宜を図ってやる。頑張ってこい」

「野蛮な蛮斧人め!」

「ワワワワワ!」

「おい、そこで何を騒いでいる」

「!」


 来た。軍司令官だ。


「ほら来たぜ。早速だ」

「こ、心づもりがまだ」

「仕方ない。なら、おれ様がお膳立てをしてやろう」

「えっ?」

「この……バカメイドが!」

「!!」【青】


 おれの咆哮が庁舎に轟いた。

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