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境界防衛  作者: 蓑火子
ルーティンワークにて
42/131

第42話 猟色願望の男

 絶望ガ崗の探索は無事に完了した。サイカー・マリスは闇に還り、椅子の部屋にも再び隠蔽を施した。


「素晴らしい場所でしたね。来て良かった」

「オレも今日は来れてよかったよ!」【黄】


 多くの収穫があったと主張する女宰相に、漆黒隊員についてなにやら納得した様子のエルリヒと二人はご機嫌。ただし、おれの最後の行動について、女宰相は全く触れなかった。不自然なほどに。


 サイカー・マリスのあの仕草、恐らく問題や心配無い、ということなのだろうが……蛮斧にはないサインだからよくワカらん。おれが一定の信頼を得ているということならば、たまに彼女が呟くように時を待つべきなのだろうが……待ち切れるかな?


 そんなこんなで、日の沈んだ頃、余裕で都市に帰還。トサカ頭らと別れ、行きと同じように女宰相の部屋に戻る。そこにいた暗殺女は女宰相そのものであったが、サイカー・マリスと見比べるとやはりどこか違った。


「ご苦労様。どうでしたか?」

「クレアとレリア、あとアリシアが入室しています。多分、バレていない、と思いたいのですが……」

「気づかれたか?」

「アリシアが少し疑っているようでした」【青】

「あいつ感が鋭いからな。何か気づいたかも」

「彼女は言いふらしたりはしない性格です。念の為に用心はしましょう」

「始末するんすか?」

「どうしてそうなるんです?普段の会話で気をつけるということですよ」


 この怖い女ならやりかね無い、とおれは心のどこかで思っているのだ。


「ともかくこのミッション。よくやったな。これで晴れて庁舎メイド隊の一員、閣下からの信頼もちょっとは回復だ。オメデトウ」

「……はあ」


 微妙だが嫌がってはいない様子。まあ良かったかな?というのに、


「ではクララ。あなたに次の命令を下します」

「……ッ」【青】

「よろしいですね?」

「……は、はい」


 この女……だよ、ホント。


「今回あなたの報告は正確で、三人のメイドたちがこの部屋に入りましたが……」


 どうやってか確認していたのか!怖ッ


「この部屋に入ろうとして躊躇したり、また庁舎の中を歩き回ったりであなたを探していた人物がいます」

「えっ」

「軍司令官だろ?」

「その通り」

「ああ……」【青】


 イイ女は嘆息までイイ。


「採用試験の時からお前を狙ってたもんな。でも、お前もそう仕向けてたんだから、仕方ないな。色目使ってたろ?」

「くっ……」【黒】


 うひょ、凄い目で睨んでくる。怖いところもあるぜ。単に、顔が良いだけじゃこうはいかない。


「クララ、命令です。あなたは軍司令官に近づき、彼の秘密を調査してください」

「秘密?」

「彼には不思議な力があります。瞬時に人の心を操作するような性質。タクロ君も見てきた通りですが」

「まあね」


 こちらの謎は掴んでいないのか。


「……」

「私は一つの可能性として、それがウビキトゥによるものではないかと睨んでいます」

「蛮斧の軍司令官風情が、ウビキトゥを所有していると?」


 ちっ、この女、なんかおれたちを馬鹿にしてんだよな。


「あり得ないと?」

「はい」

「それを確認して下さい。方法はあなたに任せます。ただし、奪取する必要まではありません。いいですね?」

「……承知、しました」

「この調査に成功した暁に、褒美として、私はあなたの願いを叶えてあげましょう」

「願い……」


 捕虜の身なのにまあ、良くぞ言えたものだ。しかし、この女の願いか……なんだろ。


「ええ。私の命以外で。無事の帰国、祖国での安全、それがあなたの願いなら、便宜を図ります。だからきっと、私の依頼をやり遂げてください」

「……はい」


 反応が鈍い。願いを叶える提案にもっと飛びついてもよさそうだが。希望を失っているのかな?



 密議を持って夜明けとともに解散する一同。ふわあ、眠い。


「この外出、誰かに見られていないとは思いますが、確実とは言えません。よってタクロ君」

「へい」

「表向きの要件以外での訪問はしばらく不要です」

「ええ……?」

「そうね、六日間としましょう」

「本音は、今日の調査の成果を消化するため、でしょ」

「もちろん。でも、そういうとあなたが傷つくと思って」

「そんならもちろん、なんて言わんで欲しいなあ」


 あーあ。胸が跳ねるような、あるいはちょっとエッチなご褒美が欲しかったのだが。一緒に肩を並べて都市を歩くだけでもいいのになあ。


「まあ仕方ない」


 怖い女だし、抗議しても聞かんだろうし。今は趣味に夢中のようだし。


 それにおれの腕に収まっているアドミンの効力を用いて女を誘惑するという余暇の過ごし方もあるのだ。その場合むしろ、来るなと言われていた方が好都合でもある。だってさ、彼女と知り合ってもう一月半以上だぜ?未だにおっぱいすら触れてない。


 というわけで、ひとつ庁舎内をぶらついてみよう。今は戦争中、しかし戦闘が無い。甘く桃色の小康を愉しむにゃ今!この時しかあんめえ。ぐひっ。



―庁舎の塔 螺旋階段前踊り場


「お、よう勇敢女。おはよう」

「?おはようございます」

「調子はどうだ」

「……何か御用でしょうか」【青】

「げ……」


 いきなりなんなんだこれは。


「い、いやいや!ちょっと様子を聞いただけだよ」

「失礼しました。普段、隊長殿からそのような事を尋ねられたことがないため、何かあっただろうかと思案しておりました」【青】

「……ん、んなことはないんだがなあ」

「……」【青】


 紛れもなく青い感情から見るに……バリバリに警戒されてるぜ。ちっくしょう勘づかれたか。コイツも怖い女だ。次は自然に行くか。



―会議室


「おい因縁女」

「な、なんなんですか」【青】

「ちょっと付き合えよ」

「え?」

「ついて来い」

「あ、あの、ご用件をどうぞ」【青】

「いや、だからさ」

「庁舎隊長殿、何かよからぬことを考えているのではありませんか?」【青】


 何か感づかれたか?腕で胸を隠してやがる。改めてみると、結構でかいくて結構だ。


「何か臭うか?」

「えーそれはもう、プンプンに」

「本当かよ、くんくん」

「いえ、適当なことを言いました。本当を言うと今朝の占いで、今日一日は上司に気をつけるべし、と出たのです。だから今日はこれにて失礼いたします」【黄】


 妙なヤツめ。だが、的確な占い……というしかない。やるな。



―庁舎管理棟


「あら」

「よう突撃クソ女」

「……ふざけないで」【青】

「愛しの軍司令官殿とご一緒ではないのですか?」

「……」【黒】


 殺気。そして無言で去って行った。極めて不機嫌だ。と思ったらまた戻ってきた。


「ねえ」

「あぁん?」


 ね、ねえだとコイツ……おれはちょっと前までお前の上司だったのに。なんて気安さだくっそ、めちゃめちゃに犯してやりたい。クソ司令官が怖いからできないけど。


「あの新入りメイドについてだけど」

「おぅん?」

「ちゃんと教育を施して」【青】

「うぉん?」

「私と戦争がしたいのか」【黒】


 しかも短気。ヤバいなこりゃ。


「へいへい。病弱女のOJTに委ねてるよ。ちゃんとやってるみたいだけど」

「どこが!あの女、礼儀知らずにも私と軍司令官閣下の会話に割って入って来たのだ」【黒】


 ならそれを咎めなかった軍司令官閣下に苦情を言えよ、と言ったらどうなるかな?この女、怒りを再爆発させて大騒ぎするに違いない。これは嫉妬だけでなく、上下の規律の不尊重から来る怒りかな。めんどくせえ。


「あぉん?」

「なに?」【青】


 こりゃ回答を要求されているタイプだ。クソ。


「ええと、ワカった。緊急事態以外、上席者の会話を邪魔すんなと言っておく」

「二度とこのようなことの無いように」


 足音を鳴らして去っていく。うーむ、地位は人を変えるもんだ。そしてあれは軍司令官の懸想に気がついているな。



―庁舎エントランス


「おい、病弱ツンデレ女」

「病……いえ、何でしょうか」

「あんさ……」

「あ、暗殺?」【青】

「んなことは言ってない。いや、クレレの様子はどうだ」

「はい。責任を持って、宰相殿のお世話をしていると思います、クララさんは」

「そのようだな。良い教育だ」

「そんな、当然のことです」【黄】


 お。お初の思わぬ好反応。


「今、手は空いているか?」

「今日やるべき事はあらかた終わっていますので、空いています」

「ならちょっと付き合ってくれ」

「はい」


 これはチャンス。それにしても女は素直が一番だぜい。


「何をすればよろしいですか」

「夕飯に付き合え」

「え、私はまだ勤務時間中ですが」【青】

「知ってるよ。だから?」

「……」

「まあ付き合えよ」

「……ワカりました。お供いたします」


 無表情ではあるが。よーし、公私内混ぜて攻めるぞ。



―前線都市大通り


「ここは……庁舎隊御用達のお店ですね」

「入った事あるか?」

「ありません」

「だろうな。酒場はがらが悪く、とかく女どもの評判が悪い……たのもう!」

「いらっしゃい、あ」

「よう。もうツケは無いはずだ。そしてここはツケ払いがきく。だから庁舎隊御用達なんだ。覚えておくように」

「ど、どうも庁舎隊メイド組のクレアです」

「そ、その節はありがとうございました」


 挨拶をする二人。なんだかぎこちない。


「さあさあ、大人しく酒と料理を出してもらおうか」

「……はいはい」【青】


 うーむ、今日は不機嫌なようだな。向かい机に座る。


「これは何の変哲もない机だが、酔っ払いにど突かれたり蹴られたりゲロ吐かれたりかわいそうな机の中の机だ」

「物に優しいんですね。意外です」【黄】


 無表情だが、こちらのご機嫌は良いようだ。やはり誘うなら上機嫌な相手に限るなあ。


「こんな寂れた店だが、つぶれないように通ってるおれはホントなんて優しい男なんだろう」

「隊長殿。彼女が怖い顔で睨んでます」

「生理中で機嫌が悪いだけだ」

「……」【青】


 おっと、発言には注意ってヤツだな。全く女は大変だぜ。


 凝視の手前、カウンターに男が二人いて、こちらをチラチラ見ている。女連れのおれが妬ましいに違いあんめえ。ここは蛮斧軍人的にビシッとガンくれてやろう。


ジィ……

ジィ……

ジィ……

ジィ……

ジィィィ

ジ、ジィ……

ジィィィィィィィィ


「お、お姉さん、水」

「勝った」

「何をしてるんですか?」

「睨めっこ」

「騒動になったらどうするんです?」【青】


 また減点?クソ、むしゃくしゃする。むしゃくしゃしたので、机の上にあった爪楊枝を指で飛ばす。


ビシ!


 見事、ガンクレ男のコップにホールインワンした。


「や、野郎……」


 ガンクレ男が立ち上がる。よしきた喧嘩で男を上げるチャンス到来だ。おれは酒を飲んで構えてさえいればいい。が、酒はまだ来ていない。


「おーいキープしていた酒、勝手にもらうぜ」


 『最強戦士タクロ様』と書いてある瓶を手にする。


「お、おい。こいつ……庁舎隊長だぜ」

「えっ……あ、あの?」

「ああ。やめとこうぜ」

「チッ……」


 口惜し気に店を出ていく二人。


「あらら」

「やっぱり隊長殿は有名なんですね」【黄】


 よっしゃ、好感度アップだぜい!


「ふふふ、まぁね」

「ただ単に悪名が広がっているだけだよ」【青】


 ドン!


と、料理と追加の酒が出てきた。相変わらず美味そうだが、


「おい、この女のは湯気が立ってるのに、なんでおれの料理は冷えてるんだ」

「あんたそれが好きでしょ。ツケなら文句言わないでね」

「……」

「隊長殿、交換しますか?」

「いや。この仇はいつか討つ。だからいい」

「乱暴は感心できませんよ」

「次の乱痴気騒ぎ、覚悟してろ……はむはむ」

「あ、いただきます」

「おお、食え食え!どうせツケだ!」

「そういうわけには」

「まあ、おれの奢りだ」

「あ、ありがとうございます……美味しい」【黄】

「……」【青】


 あちこち色が忙しい。この道具便利だけどちっと疲れるなあ。


「飯を食いながらでいいから聞いてくれ。宰相殿がお前を誉めていた」

「……は、はい」【黄】


 その内容を思い切り膨らまして伝える。まあ、褒めてたのは事実だから、やりやすい。曰く、熱心、正確、配慮あり……。


「おれももっともだとは思ったが、立場が微妙な彼女がそう人を誉めるのは珍しい。他には勇敢女くらいかな?」

「そうなんですね」

「おれから見ても、クソったれ陰険司令官閣下に前のメイド長を引き抜かれた後の抑えを地味にだがしっかりやってくれている。礼を言おう」

「そんな。当然です」【黄】


 フッ、どうだ。


 ここまで順調だ。続いてどう攻めるべきか……仕事の話よりは個人的な話だな。今宵の余興の相手として、


「で、実家のご両親はお元気か?」


 この女の親は部族の実力者である。というか、今のメイドどもの親は大小あれどほぼ全員そうだ。


「はい。つつがないようです」


 む。反応なし。


「親元離れて暮らすの大変だし、密な連絡は良いことだ。不都合があれば言ってくれ」

「はい」


 うーむ。ダメか。こいつらと余暇の話など、毒になるだけか。やっぱ仕事の話に戻ろう。


「それで本題だ。仕事の話なんだが」

「は、はい」【黄】


 お。光った。実家の話をされたくない、ということなのかな?


「おれは、お前をメイド長にする。それが一番だと考えているからだ。宰相殿もそれが良いと言っている。思うところはあるだろうが、給金も上がる。それで手を打て」

「前もお断りしました……」【黄】


 認められるのは歓迎なんだなあ。なんか、気兼ねがあんのか。


「理由を聞こうか」

「贔屓していると、隊長殿の評判が悪くなります」


 なるほど。おれは全てを察したぞ。ここは質問で征く!


「なんで贔屓になるんだ?」

「先般、隊長殿は火災の折、脱出のための良い道具を優先して私に与えてくださいました」

「ああ、そうだったなぁ」

「……」

「あん時のお前の体調が悪そうだったからってだけだぜ」

「ワカってます。それはそれとして、悪い道具を充てがわれた他のメイドたちが悪い感情を持っているのも確かです」【黄】

「なんだそりゃめんどくせえなあ」

「これがアリアならば、才能でも容姿でも一つ頭が抜けていましたから、そんな待遇があったとして、誰も何も思わなかったでしょう」

「あるいは我慢していただけかもな」

「そうかもしれませんが、彼女ほど何かがあるわけではない私がメイド長になれば、それまで我慢の下にあった不平や不満が爆発すると言うわけです」

「他人のクソみたいな平話なんてどうでもいいさ。おれには隊長としての人事権がある。あんまり文句を言うヤツがいたら……」

「ど、どうするのですか」

「辞めてもらう」

「どの娘も、実家が強いですよ」

「おれはもっと強いんだ」

「……確かにそうですね」【黄】


 フッフッフッ。既にここまで何回黄色に光らせたか、ワカるかな?


「でも、あまり女たちを甘く見ないほうがいいですよ。実家だけではなく、皆、軍司令官閣下とは親しいですから」

「へえ、お前もか?」

「何でも相談しろと言われています」

「一緒に食事をしたことは?」

「みんなと一緒でなら頻繁に」

「のようだな。楽しいか?」

「はい。色々な話をしてくれますから」

「それなら負けてない。おれは軍司令官の弱みを握ってるからな」

「そうなんですか?」【黄】

「興味あるだろ。聞きたいか?」

「きょ、興味はありますが、聞かないでおきます」

「懸命だな。因縁女とか他のメイドどもなら、絶対に聞いている」

「まあ、確かに」

「臭いがメイド長選抜の試験は合格だ。だから受けろ」

「……」【黄】

「返事は?」

「……はい、承知しました」【黄】

「結構。明日発表する」

「私を認めて頂き、ありがとうございます。あ、それから……」【黄】

「?」

「火災の折の御礼がまだでした……ありがとうございました」【黄】


 礼を言われるとは思っていなかったから、むず痒くもある。と、その時、目の前で光とともに謎文字が浮かび上がった。


「おわっ」

「?」

「あ、いやなに。素直に礼を言われるとは思って無かったんでね。柄にも無く驚いたんだ」

「確かに、私たちメイドと隊長殿は緊張関係にありますから」【黄】


 笑っている。上手く誤魔化せた。だが、興味ある話題だ。


「な。しかし、何でかね?」

「隊長殿の態度が等しく横柄だからですよ。私たちは大体、甘やかされて育っているのに」

「お前もか?」

「はい。だから、周りはちやほやするのが常。女友達だって。特に男達は実家に取り入ろうと、一度は考えるようです」

「さすが、蛮斧の名門出身だな。光曜人でもないのに気位が高い」

「その通りです。そしてもう一つ。私たちの名前を覚えてくれず、間違えたり、適当に呼ぶでしょう。私の事も病弱女って。フフ」【黄】


 お、笑った。可愛いではないか。この瞬間、この女の名前がクレアであることを、おれはしかと認識していた。と同時に、深刻な事実を自覚していた。

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