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境界防衛  作者: 蓑火子
ルーティンワークにて
41/131

第41章 履行の男/調査の女

―絶望ガ崗 坑内


 女宰相は好奇心の昂りを抑えていない。単なる廃鉱山の壁一つも、関心の的にしているのだ。ワケがワカらんが、常に目を凝らして、何かをジッと見つめている。


「閣下、そんな時間はないすよ。目的の場所へ急ぎましょうよ」

「ええ、ワカってます。でも、もう少しだけ……」


 虫の群れがいない山腹下からの探索済みルートを進行中。念のため、訳ありトサカ頭に極秘任務として露払いをさせている。


 この瞬間、庁舎の塔の応接間では、暗殺女が彼女の振りをして、部屋に鎮座している。これが彼女の考えるあの女の使い道なのだろう。


「ありがとう。では行きましょうか」


 歩き始める。並んで。松明に照らされた美女と。並び歩く。溢れる残り香を感じる……うひょー考えてみれば、いつもとは異なる場所、時間に二人きり。何かきわどい質問をしてみたとて、それは許されねばならないはずだ。


「閣下、何か香水でも?」

「?いいえ」

「ですよね。それでは……」

「変なことを聞こうとしてますね?」

「え。ま、まさか」

「あなたが嘘をつく時は、鼻毛が飛び出るのです」

「マジで!?」

「もちろん嘘ですよ。さあ、貴重な時間を有意義なものにしましょう」

「……」


 下らない質問は却下ということだな。仕方ない。鼻の穴に突っ込んだ指を抜く。


「なら真面目な話を。あの暗殺女。愛国心だなんだ言ってましたが、何やら難しいことがあるようですな」

「……」


 しばしの無言。そして、


「私の祖国、光曜は一見華やかな王国に見えますがその実、大きな問題を抱えているのです。彼女は国を憂い、ああ言ったのですよ」

「暗殺未遂も愛国心故?」

「でしょうね」

「閣下を殺せば光曜のためになる、と……騙されてしでかしたのかあ、タチ悪い話だ」


 反応を探るが特に無し。


「まあ、国ともなれば獣の群とは違うんだし。どんなトコだって問題の一つや二つはあるんじゃないすかね」

「それはその通りなのですが……我が国は少々特殊ですから」

「それは、最強の国だってこと?」

「かつてまでは」

「?」

「例えば昨今、戦いで貴国に勝てなくなってきています」


 今は絶対的最強国家ではない、と現宰相閣下からの重大発言だ。


「まあ、年寄りどもに聞く話よりは、最近大したことはねえな、と思ってますよ。おれの叔父がガキの頃には、今とは逆に攻め込まれてたらしいすし」

「先々代の光曜王が戦争ばかりの人物でしたからね。反面、今の王は平和を望んでいるのです」

「平和を望むにゃ、戦争に勝たにゃならんはずですが。一般常識としてですよ?」

「それが困難な事情があるから、何年か前に王は私に貴国との和平構築を命じたのです。当時、貴国にそれを受けてくれる軍司令官殿がいたことは、幸運でした」

「へえ……」


 前軍司令官は今どこで何をしているのやら。


「それで困難な事情って何です?」

「蛮斧世界の方々には思いもよらない事情ですよ」

「そ、それは?」

「さて……」


 これは自分で考えろということかな。おれが持つアドミンでは彼女の感情を探ることはできないが、それでも何となく何を言いたいのか、言葉の形や仕草からワカるようになってきた気がする。これまで女宰相と交わした会話の断片を思い出して、再構築してみよう。


「うーん。軍に女がいたり……男が軟弱になったり……戦争以外の楽しみがたくさんあったりとか?」


 我らが蛮斧では、手っ取り早く出世するには軍隊が一番だから、光曜のそれは真逆でさえある。女宰相の答えは、


「全てがその通りではないにせよ、あなたが指摘した影響もあるのでしょうね」

「で、自信を無くしてるとか?」

「最近も光曜境を失った後、奪われるよりは、と非道な処置が為されています。確かに、自信の無さの現れかもしれません」


 そこまで言うのなら、あの濃霧の件に女宰相は確実に関与していないのだろう。むしろ、非難めいてるし。


「今の光曜兵どもが情けないだけなら、訓練が足りないだけかも」

「さてどうでしょうか……そう、私はかつてあなたに、文明度の話をしたことがありますが」

「最初の頃。よーく覚えてますよ」

「国も人も熟れます。そのことによって、良いことも、悪いこともあるのでしょう」


 代々続いているという光曜は明らかに若い国ではない。一方の蛮斧は国なんてあるの?という体たらくなんだがなあ。


「若い娘と熟女のどちらがより良いか、と言う話なら、答えのでない永遠の問題ですがね」

「どちらがより良いのですか?」

「どっちもいいんですよ」




「ふふ。そう」


 陳腐だが、若く力に溢れた蛮斧の戦士が言いそうな言葉だ。彼の場合、全てが私へのご機嫌取りではないはず。


「しかし、爛熟の弊害に日々悩む者は、どちらも良いという心境には中々至れないものなのかもしれません。物事や事象には必ず原因が存在し、原因を突き止めて変化を与えることで、未来を変えることができる。であるならばそうするべきである……」

「それが、例の太子様ですか。理詰めなんすね」


 その通り。


「……太子は国の行末を強く憂いている方です。いずれ、光曜はその指導下に入ります」


 もう入っているのかもしれないが。


「話は戻りますが彼女、クララはその太子の薫陶を強く得ています」

「じゃあ、暗殺女の思いは貴国の太子のそれと大体同じってことすか」

「恐らくある一面では」

「やれやれ。その太子が閣下の命を狙い続けるのなら、私も難儀しそうです」

「あら、それは何故?」

「何故ってそりゃ」


 その時、前方から足音が聞こえてきた。トサカヘアーが二つ見える。先行していたエルリヒ組長とサイカーだ。


「隊長、大丈夫。この先に異常はないす」


 サイカーもコクリと頷いた。それを見て破顔するタクロ。


「漆黒君は口が無いから何も言わないだけで、もしかしたら色々と感情を持っているやつなのかもしれないなあ」

「はあ」


 サイカーが感情を持っている、中々面白い仮説だ。


 この洞窟に入り、エルリヒ隊員は怪訝な表情のまま、上司を観察している風だ。私が国境の町から外出していることに、不信と違和感があるに違いない。当然だろう。だからタクロが、


「これはお前のためさ」

「オレ?」

「漆黒隊員に困惑しているお前をおれは見てられない。そこで、アウトローな処置ではあるが、おれの権限を持って、学識豊かな宰相殿にあの施設を見て診断してもらおうという話なんだ」

「ホントすか?オレをダシにロクでもないこと考えてませんかね?オレ病み上がりなんすよね」

「大丈夫大丈夫。心配すんな。これは全部、お前のためさ」

「えー」


と嘘みたいなフォローをしても効果は薄そうだ。それでも、


「閣下。この先には、長い登り階段やら動く壁があったりしますので、足下にはお気をつけて」

「落ちたり挟まれたりしたら死ぬすからね」

「おい。漆黒隊員に肩を借りて登るなんてだらしない。気合いれろよ!」

「病み上がりっつったっしょ!」

「動く壁は瓦礫で隠してまして、今、道を開けます……お、漆黒隊員手伝ってくれるのか」

「オレが命令したんすよ~」

「閣下。これこそがそこのトサカ頭を泣かせた動く壁です」

「おい、オレは泣いてねえぞ」


と道中不信が問題を起こすことも退屈すること無く、二人が椅子の部屋と呼ぶ地点に到達した。前回元出撃隊長を操作して訪れた場所、愉快に騒いでいる彼らと戦ったこの場所。残りの時間で、いかなる原理で奇跡を発現しているのか、解き明かしたいものだ……。



―絶望ガ崗 坑内 椅子の部屋


「……それで、この岩の椅子に座ったのですね」

「うす。そんでしばらくしたら隊長ともう一人が、隣になんかいる!みたいに騒ぎ始めたんで」

「隣……ここかしら。で、実際に彼が現れたと」

「そす」

「成る程」


 不承不承だったエルリヒの野郎も、女宰相との受け応えが始まればちゃんとしだしたな。ま、こんだけの美女が自分のために危険を冒すとなれば、蛮斧野郎として文句はあるめえ。


 これで彼女との間で溜まっていた約束は概ね果たすことができたはず。まあ一安心だ。おれへの好感度が高まってドスケベなことしてくれたりするのかな?


「恐らくこの岩の構造は……ほら、これです。そのため、座ることで起動の条件を満たすようです」

「へええそうなんすね」


 いや、この女に限ってそれはないな。美女のお供をするのも楽しいが……なんだかなあ。もうちょい刺激が欲しいなあ。


「おや、これは……」

「?」

「漆黒隊員殿が現れた後、例の都市伝説は起きていないのでは?」

「例の……ああ撲殺僧侶。どうかなあ、いや、確かにそうかもしんねえす。ねえ、隊長」

「ああ」

「やはり」


 最近ちっともハッスルしてないし、女宰相を部屋に戻したら、誰かさんか誘って、夜の部にイクかなあ。


「これはそう定められています。その都市伝説は同時に一体までしか存続しないと」

「そんじゃあコイツが現れて、都市伝説野郎は消えた?」

「そういうことですね」

「なら、誰かがまたこの謎岩を動かしたら……」

「同じように、漆黒隊員殿もまた、消えます」

「……」


 誰がいいかな。メイド募集の時に良い女たちが居た。申し込みの記録は残ってるし、誘惑しに行くのもいいな、うひょーイクイク。


「それって死ぬってことすか?」

「いいえ。漆黒隊員殿はあくまであなたを写して造られた、全く個別の存在です。生命ではない。彼の体は石墨のような物質です。死ぬという表現は正しくないでしょう」

「よくワカらねえけど……でも、人間が死ぬようなもんだろ?魂がどっか行くんだ」

「エルリヒ殿」

「う、うす」

「あなたが魂と呼ぶものが性格だったり、記憶といったものならば、彼の魂は死にません」

「?」


 あるいはメイドどもの中から選ぼうか。今のおれにはこのアドミンがある。これを使えば、おれに好意的な女を探し出すことなど朝飯前。その女を狙う。その日のうちに一発キメちゃう。ウン、最高!


「漆黒隊員殿の行動を決める要素は、ここの設備が記録し続けています」

「ど、どういうことすか?ワカんねえ」

「言い換えれば、例え彼が消えても、ここの設備が彼の魂を保持しているので、あなたがこの設備を動かせば、彼はまた現れるのです」

「ほ、本当に?」

「はい」

「す、すげえな」


 ああ、腹が減ったなあ。っと股間の位置がズレたぞ直そう。よいしょ。




 自分で説明をしつつも、このウビキトゥ・プシュケーの機能には驚くばかりである。ここがダイヤモンド鉱山だから、石墨状のサイカーを産み出すにはうってつけという歴史的経緯があるのだろうか?


 古代にこれを建設した者はどのような目的を持っていたか、想像するしかないが、

労働力を欲したのか?

家族や親しい人の死に備えたのか?

それよりも、生命活動を停止した者でも起動するのか?

そもそも動力源は?

頭の中で仮説が次々に生まれて消えて、また生まれていく。泡が弾けるように。


 ああ、ここに来ることができて、本当に良かった。タクロには感謝をしなければなるまい。もっとも、


「ふあああ」


 見れば当の本人は、関心が無さそうに、気怠げだ。何かどうでも良いことを考えているのだろう。しかも、無遠慮に股間の位置を直している。幻滅の危機である。


 一方のエルリヒ隊員は、粗雑ではあるけれど、誠実に私の話を理解しようと頭を懸命に回転させている。良質な若者だ。彼にはきっとサイカーへの情が起こったのだろう。漆黒隊員を消すことにはもうこだわるまいし、承知もすまい。


「漆黒隊員殿について、まだワカらないことだらけですが、彼は思いやり深いようです。あなたに害を為すことは無いでしょう」

「そうなんすね……ならコイツは舎弟として鍛えようかな」

「それもいいでしょう」


 エルリヒ隊員が漆黒隊員を見ると、両者は自然に拳を突き合わせた。相性が良いようでなによりだ。


「あの」

「はい?」

「あ、ありがとうござい、ます。なんか安心す。隊長があんたを連れ出すって時、色ボケして気ぃ狂ったって疑ってたけど、オレの為に色々調べてくれて……オレが馬鹿だったよ」


 その善良な発言に少し心が痛むが、笑顔を作る。


「どういたしまして」


 さて、時間はまだある。ウビキトゥ・プシュケーの設定を変えてみよう。


 装置の裏側を確認すると、光る文字が浮かんでいた。古代の文字記号は全てが解明されてはいないが、どこをどのように操作すれば良いか、大体ワカるのだ。製造するサイカーを一名から二名としてみる。


「それでは」

「え!いいんすか」


 驚く隊員をよそに私は装置に腰をかける。すると、私の隣に、影が立った。驚くべきことにあっという間だった。


「で、出た!ウチのは消えねえ!」

「二人まで存在できるように変えてみました」


 エルリヒ隊員はちょっと嬉しげにはにかんだ。


「すげえな、ホントあんたなんでもできるんすね」

「フフフ」


 羨望の眼差しを受け、未知の設備を操作する。ああ、なんと幸せなのだろう。そして熱くなるタイミングはまさに今。自身のサイカーの前に立つ。その黒いシルエットは、今の体格、髪型、服装を精密に映し出している。我ながら美しい。光沢のある黒という色も良い。まさしく驚嘆すべき技術である。


 そこに、これまで全く話に入ってこなかったタクロが急にやってきた。


「これは……完全に、宰相殿じゃないすか」

「ええ」

「いやすごい……エロイ」

「ちょっと隊長……」


 エルリヒ隊員も呆れる蛮斧的模範とも言える反応は、無視。


「本当に。この技術力の真髄を解き明かしたいものです」

「質問しよう。あんたは宰相殿の映しか?」

「な」

「……」


コクリ


「頷いた!簡単な受け答えは、やはりできるんだな」

「そうね」


 急な積極性に呆れてしまう。


「というか自分が写しであるという自覚があるのか。そんなら次の質問だ。胸と腰と尻のサイズを答えろ」

「ちょっと」

「……」

「あれれ。答えてくれない。三つの数字の秘密を知らないのか?」


 これはこれで興味深い。が、私はタクロの言う三つの数字を知っている。サイカーが知らぬ筈はないが、


「いや、問い方が不味かったな。じゃあ年齢を、そうだな。指で示してくれ……あっ」


 サイカーへの尋問が上手く、こちらも驚異的だ。その声に応じて、我がサイカーが指を滑らかに上げ下げ始めた。気づけば二十回を超え……まずいこれで表現している。そして、タクロはその動きを凝視している。


 三十回を超えそうなところで、私は松明の火を消した。部屋は暗闇に包まれる。そして多少の怒りを含ませておく。


「庁舎隊長殿。邪魔をするなら出て行ってください」

「ワカりましたもうしませんはい」

「へっへっへっ!怒られてやんの!」




 女宰相の調査は続く。彼女生き生きしてやがる。ウキウキもしてて、ちょっと寂しい……言い直せば大の大人が無邪気にも、いやいやさらに言い直せばいい年こいた女が、年甲斐もなく。


 そして、漆黒隊員も話を聞いて頷いていたりする。こいつはまだ良いとして、エルリヒの野郎まで頷いている。本当に話を理解しているのか?


 くっそー、みんなでおれを除け者にしているわけではないだろうが、なんだかムカついてきたぜ。よーし、おれ様を舐めるとどうなるか、思い知らせてやる。


「ふぅ。まだまだ調べたいことはあるけれど、時間の余裕は見ておくべきでしょうね」

「オレもなんだか賢くなった気がするなあ」

「エルリヒさん。興味があることはどんどん学ぶべきです。知識を得ることには誰もいかなる差を持たないのですから」

「そうすね!オレ頑張るよ!」


 椅子の部屋は、朗らかな空気に包まれる。まだだ……


「さて、では私のサイカーには眠ってもらいましょう」

「眠る?」

「彼らの情報はここに蓄積されています。だから眠るという表現が最も適切ですね。ともかくエルリヒ殿がここに来れば、漆黒隊員殿も出し入れ自在です。今後の参考にしてください」

「了解す」

「では……」


 気が緩んでいる今だ!おれはエルリヒ、漆黒、女宰相を押し除けて、サイカー・マリスの前に立った。それは高貴な気を身にまとう、漆黒の女宰相そのものであった。怖気付くな。くらえ。


「宰相マリスは……」


 どのような目的を持って蛮斧世界にやってきたか、などと聞いたら女宰相との信頼関係に傷を与える気がする。複雑な答えはできないかも。路線転換せねば。しかしどうする?ここで躊躇しすぎてはカッコ悪すぎだ!出せ、出すんだ!年上女の自尊心をくすぐるような言葉を絞り出せ!


「……が庁舎隊長タクロを信頼して全てを打ち明けてくれる日はいつ来る?」


 しまった。イマイチすぎる。女宰相からの冷たい視線を感じる。ついでにトサカ頭の呆れ視線も。だが、サイカー・マリスは、


「……」


クンッ


 おれに向けて勢いよく腕を伸ばし、親指を立てるのであった。

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